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リアクション
11
チェリーは、再び病室に落ち着いた。ベッドに移される際に少し表情が歪んだが、診療所に駆け込んできた時のような恐怖や動揺は緩和されているように見えた。
「えーと、この花は誰が活けるのかな、と」
日比谷 皐月(ひびや・さつき)は見舞い用の花束を手にしたまま、さりげなくを装い何気に全員に聞こえるように言ってみる。しかし、それには皆が目を逸らした。
「そーゆーのは持ってきた本人がやるもんだぜ? しょーねん。ほら、ちょうど花瓶も空いてるし」
如月 夜空(きさらぎ・よぞら)の目線の先には、からっ、となった花瓶がある。しかも、なぜか傍の床が水浸しだ。
「オプションで床の掃除付きだ!」
「床はオレ、関係ねーと思うんだけど…………ま、いいか」
花束を脇に持ち、皐月は花瓶を持ち上げる。
「……えっと、ありがとう……」
そんな彼に、チェリーは不器用に少し笑った。エミリアが言う。
「体調はどうだ? ロストの影響が少なくなってきているようなら、話せる範囲で聞かせてほしいが」
ロストの影響が少ないようであれば話せる範囲で聞かせてほしい。
「……今なら、質問に答えられる気がする……その為に、来たんだよな……」
「それもそうだけど……私は違うよ」
ベッド脇にいた遠野 歌菜(とおの・かな)が笑いかける。
「貴方のした事は皆を傷付ける事だったけど……でも、そのお陰で羽純くんは過去の記憶を取り戻す事が出来た……その事は、本当に感謝しているの。だからね、私は貴方に一言お礼が言いたかったんだ」
「お礼……? 私に?」
信じられない、という目でチェリーは歌菜を見返した。一歩後ろで見守っていた月崎 羽純(つきざき・はすみ)に真偽を確認する視線を向ける。羽純は軽く頷いた。礼を言う気こそ無かったが、彼女に感謝しているのは事実である。
「そうだよ、ありがとう」
「…………」
戸惑うチェリーは、どう反応すれば良いか分からなくて内心でおろおろとした。何か、暖かいものが流れてくるのを感じる。それに、また動揺した。
「そ、それより……何か、訊きたいことがあるなら……」
促す彼女に、皆の中に「じゃあ……」という雰囲気が広がる。そして。
「何であんな事したの?」「どうして、こんな事件起こしたんだ?」「何故こんな事を……」
歌菜と輝石 ライス(きせき・らいす)、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がほぼ同時に質問した。
「…………」
3人はお互いに顔を見合わせ、何だか妙な間の後に遙遠が続ける。
「……こんなことをしても、あなたの利は何も無いのではないですか?」
「そうだな……。私は山田太郎を失ってしまった……。でも……私達が生きる為には、こうするしか方法が無かった……。これしか、思いつかなかった……。ずっと裏で動いてきた私達は、情勢が変わったからといってそれに適応出来ない。裏で、寺院としての立場を確立することでしか、息が出来ないんだ……山田太郎には、大きな拠点を手に入れることで寺院を見返してやろうという気持ちがあったようだけどな……。
部署を移され、実質用済み扱いされ、収入も激減した。研究も出来なくなり、あいつは焦っていた……怒ってさえいた。要らないなら要らない、とはっきり言えばいい。それならまだ納得出来る。嫌味な真似をする、と……。しかし、結果として居場所も無くしてしまった。アクアの所には……もう、戻れないだろう」
「アクア……それは、誰だ? 山田太郎以外にも仲間が居るということか」
初めて聞く名前に、エミリアが反応する。
「私が直接関わるようになったのは最近だが、有体に言えば上司だ……」
「……それは、黒幕、という事になりますか? 今回の事件の……」
「いや……アクア・ベリルはファーシーを恨んでいて……黒幕といえば、言えるが……」
遙遠が問うと、チェリーは大佐に語ったように説明した。アクアは切欠に過ぎない事を。
また、バズーカについても彼女は話す。出自がポータラカであることも。
「ポータラカ……このような物を製造する技術があるのであれば、やはり、他にも色々な兵器が存在するんですかね。今の所、全く情報が無い国ですが……」
「……シャンバラには無い技術が数多くあるそうだ。兵器も、ある……。それこそ、1度行けば戻りたくなくなる程の、な……私はシャンバラに残っていたから、詳しい事は分からない……」
「そうですか……」
情報を整理するように一旦間を置き、遙遠は言う。
「こんな状況ですけど……これからどうされるおつもりですか?」
「……これ、から……?」
その質問を聞くと、チェリーは政敏の方をちらりと見た。政敏は、知り合いと話す方が落ち着く、という観点から身を引いて会話を聞いていた。腕に巻かれた包帯が、袖口からちらりと出ている。
「分からない……もう、行く所が無い、から……」
「……大丈夫だ」
そこで、確信と共にヴァルは言った。
「今、お前は自分の意思で喋っている。それが出来るようになったんだ。だから、もう大丈夫だ。回復した先には、新しい未来がある」
「……そんな、ものが……」
「……俺の所に来るか?」
「……え……?」
正悟に言われ、チェリーは、その言葉の意味が分からずに呆けたように彼を見た。
「お前が良ければ、この際1人や2人匿うのは構わない。その場合、しっかり家事は分担させてもらうけどな」
「…………いいのか……?」
「今回の一件、恨んでいるわけではないしな」
エミリアが頷くと、正悟は続ける。
「尤も、テロ行為や他人から見ての迷惑行為は、居る間は禁止させてもらう。後、来る場合は全員家族として接する事。俺としてはこれが守れるなら別にいいが」
「…………」
「そうだな、条件としてそちらがよければ、当面少年の家で危険がないように匿おう」
チェリーは視線を落とし、数秒後に顔を上げる。
「1日、考えてみてもいいか……?」
「ああ。明日、また来るよ。その時に答えを聞かせてくれればいい」
彼らの会話が一段落し、そろそろ失礼しようか、という空気になった。現時点で訊きたい、知っておきたかったことは確認した。いつまでも大人数で囲むのもよくないだろう。
ぽつぽつと皆が別れを告げていく中、遙遠がそうだ、というような顔をして言った。
「最後に、ちょっと明るい話題を……。チェリーさん、男性の好みを教えてください」
それに驚いたのは遥遠である。
「え、遙遠!?」
「まあ、参考までにということですよ。『素直になれる薬』(ウソ)を飲んでもらった後に、と思っていましたが、今はそんなもの無くても素直に答えてもらえそうです」
「男の好み……そうだな……」
チェリーは今日1日の出来事を思い返す。そして、部屋を出て行きかけていたトライブを呼び止めた。
「……トライブ」
「ん? 何だ?」
戻ってきたトライブの頬に、身を起こしてキスをする。驚いて頬を押さえる彼に、彼女は少し顔を赤くした。
「えっと……、喜んだか?」
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