|
|
リアクション
〜長いエピローグの終わり(翌日、あるいは中日)〜
AM10:00
太陽が昇って暫く。窓から降り注ぐ日光が、病室を暖める。夜は何事もなく過ぎていき、部屋の外からは心地の良いざわめきが聞こえてくる。朝になって出勤してきた他の看護師や医師達、そして患者達が日々を営む音。
外も平和そのもので、何かが起こるような不穏な気配は無い。
寺院関係者が口封じに来る可能性を考えて庭の方に気を配っていたヴァルはチェリーに対して、言う。
「……おめでとう、哀しいかもしれないが、組織からは切り離された」
そして、1枚のメモを花瓶の脇に置いた。携帯電話の番号が書いてある。
「何かしたくなったら連絡をくれ。冒険屋はいつでも人手不足なんだ」
そう言って、ヴァルはキリカと共に帰っていった。
「少年はどーする? あたし達も帰る?」
「うーん、どうすっかな。もう心配無いと思うけど……」
考える皐月を見つつ、夜空は思う。
覚えている事が有る。まだ、地上に居た頃の皐月の事。
……偽りの記憶だ。
眼鏡をかけた鉄面皮の誰かさんに植え付けられた、如月旭という人間の。
皐月の大切なヒーローの、記憶。
また違う病室。
ピノは腕に点滴のチューブをつけて、眠っていた。ベッドの脇の椅子には、ラスが座っていた。どこかぼうっとした表情をしている。床の上では、毒蛇がとぐろを巻いていた。
「……ラスさん?」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)がそっと室内に入ってくる。マラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)が後から続き、後ろ手に戸を閉めた。2人に気付いて、ラスはちらりと振り向いた。
「……もしかして、一晩中そうしてた?」
「あー……まあ、な、落ち着かなくて……」
「……何か、顔赤いよ? 大丈夫?」
「……別に、気のせいだろ」
「ピノさんは……?」
「まだ、起きないんだ。検査結果に特別な異常は無かったから、大丈夫の筈なんだけどな」
そう言いつつ、その顔は物凄く心配そうだ。少し、後悔の色も見える。
「馬鹿だよな、俺……。兆候はあったのに、ピノの事に全然気が回らなかった。……頭、整理出来てなかったんだな、やっぱり」
それは昨夜、ケイラが聞いたことだった。整理出来てる? と。
「……ラスさん、昨日、いろいろ話してくれたよね。確かに、自分は相談に乗るって言ったけど……でも、心に仕舞っておきたいことは、無理に言わなくていいからね」
「……?」
「自分だって、話したくないことの1つや2つあるしね。それを誰かに知られたらって考えると……」
その人の苦しみは、その人だけの物。ケイラはそう思う。だから――
「だから、話してくれて嬉しいけどちょっと複雑かな……とか」
苦しみを肩代わりするのではなくて、横から支えるという形で力になりたいと思うのだ。
「忘れてくれてもいいんだぞ。というより、そうしてくれると助かるけどな」
「でも、うん……今回は聞いちゃったから……。ねえラスさん、確かに前、後悔する事もあったかもしれない。それに則って、行動してるのかもしれない。だけど、今、ピノさんがここにいる事を忘れちゃ駄目だよ」
「…………」
ラスはケイラからピノに目を移した。しばらく黙ってそうしていたが、やがて、つぶやくように言った。
「……そうだな。ちゃんと……ピノ自身を見て、向き合わないとな……って、うわ! また、こいつ……!」
毒蛇がまた這い上がってくる。今度は足を伝ってにょろにょろと。蛇は苦手だ。全てのシリアスがぶっとぶくらいに苦手だ。コレは噛まないだろうと理屈では解っていても、苦手だ。ナイス蛇。
「勘弁してくれよ……! エイムん所に帰れって……!」
そこで、ふと思い出す。
「明日香に、金返さねーとな。あと、お前にも。バイト探さなきゃ、だめかな……」
「あ、それなら、自分も一緒に探すよ。疲れた時には、ご飯作ってあげたりとか……」
借金は、全額分自分が持っていても、ぽんと渡したりはしないほうがいいよね、とかそんなことを考えながら言い……、ケイラははっ、と気が付いた。ラスが何だか目を丸くして、こちらを見ている。
「ご飯って……なんか今、変な光景想像したんだけど……」
「ち、違うよ、そのくらいは……! 友達だしね、するってことだよ! 借金の経緯については、どんまい、としか言えないけど……!」
「借金……」
マラッタが、何事かを考えるように呟いた。なんだかんだでここまで付き合ってしまったが、ラスに言えることはただ1つ。
「……借金キャラはホイップ・ノーンとかぶっている」
「……………………昼(前回)までは貧乏キャラだったんだ……」
ラスがうんざりとしたようにマラッタにそう応えている脇で、ピノの目が薄っすらと開く。そのまま天井を見ること数秒、彼女は眠そうな顔で頭だけを少し動かし、彼を見た。
「……お兄、ちゃん……?」
「ピノ……!?」
マラッタなどは放っておいて、ピノに齧りつかんばかりに反応する。
「大丈夫か?」
「うん……よくわかんないけど、良く寝たし、大丈夫だよ! でも、おなかすいたなあ……」
「わ、分かった。すぐに何か作ってもらうから……」
急いで立ち上がり……そこで、彼は頭からぷしゅう、と湯気を出す勢いでぶっ倒れた。
◇◇
「脚はもう、大丈夫ね。身体の方は……熱も高いし、もう少し、様子を見た方がいいかしら。今日、もう1日、入院していけばいいわ」
チェリーの病室では、看護師が何事かをカルテに書き込んでいた。そこに、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が入ってくる。彼は、チェリーにまずエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が元に戻ったことを報告した。レポートを作り終え、朝になったら戻っていた、と。
「そうか……」
「それで、どうする? 家に来るか?」
「…………」
チェリーは正悟を見上げ、言う。
「条件を守るように、頑張ってみる……。よろしく、頼む」
「……39度6分。風邪じゃな」
「……風邪、ですか」
まあ、フラグはそこら中で立っていた気もするが。
「とりあえず、今日は1日入院していきんさい」
ベッドの上でぼーーーっと天井を見ていたラスは、その言葉に敏感に反応して飛び起きた。
「い、いや、帰ります! これ以上の出費は、あの……! しかも2人分とか!」
「なぁに、治ってから払いに来ればいいよ。バイトするんじゃろ?」
「……聞いてたんですか……」
ほっほっほ、と笑う院長をげんなりとして見遣ってから、彼はふと思った。
「あの……、まだ、チェリーって居ます? 結局、大事な事を何も話していないので……あ、勿論殴ったりはしませんから!」
そうしてやっとの事、ラスは剣の花嫁事件の真相を知ったのだった。