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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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序章 戦場へのいざない

 仮に……だ。
 モデルなみに抜群のプロポーションの持ち主で、しかも胸がバインバインにでかくて、なおかつ顔も好みのタイプと公言してかまわぬほど可愛い女性士官が、「ねえ、お願い?」と猫なで声で腕なんかに胸の感触を押し当てながら頼み事をしてきたら、断ることができようか?
 否。できるはずはない。
 まして正常な成人男性並みのちょっとした羞恥心と好奇心に欲望が重なれば、断るなどむしろ言語道断である。
 とはいえ――
「ここは、どこだ?」
 たどり着いた砂漠のど真ん中で呆然として、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)はつぶやいた。
 見渡す限り、砂と荒れた大地の続く無情な場所。そのあまりにも想像とかけ離れた姿に、シャウラは思わず背中や腰など、身体のあちこちにぶら下がっている手荷物を落とすところだった。
 すると、そんな彼に冷静すぎる声がかかる。
「南カナン、ニヌアに程近い場所ですね。正確にはカナン南領地ということになるでしょうが」
「そんなこと、聞いてんじゃなーい!」
 ついにどさっと荷物を落として、冷静すぎたパートナーのユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)にシャウラは叫んだ。
「なんで水と食料を渡しに来ただけなのに、こんな途方もない場所なんだよっ!? 『ちょっち運んできてね♪』っていうレベルじゃねーだろ!」
「頼むほうも頼むほうですが……受けるほうも受けるほうですね。どうしてこちらにたどり着く前に気づかなかったんですか?」
「いや、だって誰がいきなりペーペーの俺にこんな場所まで遠征させると思うよ? 幻だよ、幻。きっとこれは俺の夢で、目が覚めたら実はちゃんとシャンバラのどっかにいましたっていう展開があったのさ……結局違ったみたいだけど」
 ため息をついて、シャウラは落とした荷物を再び拾い上げた。
「はあ……まあ、悔やんでもしょうがないか。さっさと任務終わらせて帰ろう。んで……あて先のルース中尉ってのはどこに――」
「シャウラ、見てください」
 ニヌアの地にいるという情報だけをもとに現地を探す必要があるだろうか。そんな悲観な思いでいたシャウラたちのもとに、視界の向こうから何かが近づいてきた。
「な、なんだぁ……!?」
 それは――いわば軍隊であった。歩兵を中心として、数多くの兵士たちが砂の大地を進軍している。
 歩兵だけではなく、砂漠に鍛えられたパラミタホースに乗る騎兵に、砂鯱に跨る銃士兵。進軍する軍隊の群れに近づいていって、シャウラはその裂帛した空気に圧倒された。
「すげえ……南カナンの兵士か……?」
「おい、そこの奴っ!」
 軍隊の光景に感嘆していたシャウラに、鋭い声がかかった。
「きさま、我が軍の者ではないな? 何者だッ!」
「い、いや、俺は……」
「おんやぁ? どうしました?」
 上官らしき兵士に詰問されていたところで、次いで聞こえたのはのんびりとした声音だった。振り向いたシャウラの目に映ったのは、胡散臭そうな雰囲気を漂わせる男だった。無精ひげを生やし、いかにもかったるそうな空気をかもし出しているが、黙っていれば渋く格好いい大人に見えなくもない。
「ルース中尉……いえ、実は怪しい男を見つけましたので」
「ルース中尉……!?」
「ん……なに、オレのこと知ってるんですか?」
 兵士の口にした名前にシャウラが驚くと、男――ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)中尉は目を丸くした。
 そんな彼に、慌ててシャウラが手紙を手渡す。
「じ、自分は、本国シャンバラより、補給命令を受けてやって参りました、シャウラ・エピゼシーです! こ、これを……」
「手紙ですか?」
 シャンバラよりの遠征兵。そのことを知ったルースは、兵士に手を振ってその場を後にさせ、突き出された手紙を開いた。
 しばし目を通す彼の表情が、納得いったようになる。
「なるほど、水と食料ですか」
「はい、大部分は、小型飛空艇に積んでおります」
「了解しました。じゃあ、まずはそれを降ろしてしまいましょう」
 そう言ったシャウラは、小型飛空艇に目をやった。ルースが兵士を呼ぶと、南カナンの兵士たちはテキパキとシャウラの飛空艇へ向かう。シャウラも一緒になって、自らが運んできた補給物資を降ろした。
 物資とはいえ一機の小型飛空艇で運べる量だ。そう大した量ではないが、水と食料に限定していることが功を奏しているのか、それだけに絞って考えれば十分なものだった。
 積荷を降ろし終えて、ようやくシャウラは一息つく。さあ、任務達成だ。
 彼は、再びルースに向き直った。
「あ、じゃあ自分は任務を終えたんでこれで失礼を――」
「さて、じゃあまずはイナンナ様やユーフォリアさんに挨拶ですね。いきますよ」
 と、全く予想していなかった言葉が返ってきて、シャウラはきょとんとした。
「はい?」
「ほら、はやく」
「え、いや、自分はこのまま帰ろうかなーと」
「なに言ってるんですか? 『――また、補給物資運送後、シャウラ・エピゼシーは現地任務に就くものとする』。……ばっちり書かれてますよ」
「……え」
 蛙の鳴くような声をあげて、シャウラはすぐにルースの手から手紙を奪った。その目に飛び込んできた文面の下には、『追伸――生き残れば軍人よ。頑張れ♪−』の文字が。
 ヤ、ヤラレター!
「はいはい、さっさと行きますよぉ」
「たーすけてー!」
 ルースにずるずると引きずられながら、シャウラは平穏との別れを告げた。