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リアクション
「それにしても60匹とは、さすがに多すぎないか。……いや、もちろん猫の愛らしさはわかるがね」
常に気だるそうな表情だが仕事はきっちりやる、ということで少しは名の知られた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、よく見ればわかるという程度に顔をほころばせていた。
「それなりに人海戦術は行われているようだし、それならこっちもしっかり仕事をしないと……」
言いつつ林付近にて猫探しを始める彼を、パートナーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は呆れた表情で眺めていた。
(そんなの、別にわざわざ口に出すようなことじゃないよね……?)
ネルにはどうも邦彦の「独り言」が気になって仕方がない。彼女としてもどう表現すればいいのかわからなかったが、無理矢理考えてみるとするならそれは、
(わざわざああいったことを口にすることで、冷静さを保っているというか、照れ隠し? いや、誰に向かってそんなことするんだろう……)
まさか、と彼女は数時間前の光景を思い返す。
「どうも初めまして。私は斉藤邦彦、空京大学の学生だ。でこっちはパートナーのネル・マイヤーズ」
猫探しが始まる前、ファイローニ家の門前にて邦彦とネルは静香の姿を見つけ、挨拶に向かった。初対面である上に、人脈作りという観点から挨拶は必要だと判断したからである。
そもそも彼らがこの依頼に参加したのは「たまにはこんな仕事も悪くないだろう」との理由からだった。銃や爆発物の扱いを得意とする、リアリストな仕事人で何でも屋の邦彦は、その仕事柄、ほぼ常に危険と隣り合わせとも言うべき状況に出くわすことが多く、それに比例して――かつて「十二星華」という存在がシャンバラの契約者の間に認知されるようになっていた頃、当時の十二星華の筆頭によって左腕を落とされたことがあるように、負傷と無縁ではない。そんな生活ばかりではさすがに疲れてくるというので、骨休めというのもおかしいが、ペット捕獲の依頼に参加することを決めたのである。
「あ、どうも初めまして。百合園女学院校長の、桜井静香です」
「そこそこ活動してるくせに、意外と会うことが無いので、こうして挨拶に来させてもらったよ」
ネルも邦彦に続いて静香と挨拶を交わす。
「ところで……」
軽い挨拶が終わると、邦彦は静香の傍らに立つ百合園制服の下にセーラー服という珍妙な格好をした、体が全体的に透けて見える少女に目をやった。
「彼女は誰かな。ラズィーヤさん、じゃないだろうし……」
「あ、ご挨拶が遅れました。吉村弓子と申します。訳あって今は校長先生のアシスタントをさせていただいております」
話を振られ、静かの近くにいた少女――弓子が邦彦に向かって頭を下げる。
「アシスタント? それにしては……」
「色々と奇妙、ですか?」
「まあ奇妙というか怪しいというか」
「……弓子さんは、実は幽霊なんだ」
苦笑しながら静香は説明を始めた。数日前に幽霊の弓子に取り憑かれたその一連の出来事を聞いた邦彦とネルは、特に何も反応しなかった。
「なるほど、それは大変だな」
「……あれ、結構反応薄いですね。普通ならここで驚いて逃げる、興味津々といった風に話しかけてくる、むしろ攻撃してくるの3パターンが考えられるんですけど」
「そりゃあ、正直、パラミタに来てからというもの、幽霊くらい別に珍しくもなんともなくなったからな」
パラミタという土地は、地球で言うところの「中世ファンタジーRPG」の世界と似通ったところがある。人間の姿をした異種族の存在に、数々のモンスター。その中には幽霊もいる。モンスターとしての幽霊の存在を知っている以上、今更無害な幽霊が1人増えたところで別に大したことではないと邦彦は考えていた。
「確かに、幽霊についてはあまり珍しくない、かもしれないね。……いや、こっちの感覚がおかしいだけなのか……?」
「さ、さあ……どうなんでしょうね」
珍しいのか珍しくないのかよくわからない存在も、ネルの言葉に苦笑いを返すしかできなかった。
「というか、それよりむしろ校長が現場にいることの方が珍しいような気がするが?」
静香にそれだけの行動力があっただろうか。邦彦はそう疑問に感じたが、静香と弓子が1〜2メートル以上を離れられないと知ると、疑問はすぐに納得に変わった。
「……なるほど、依頼の現場に一緒にいるわけだ」
離れられないのなら仕方ないな。邦彦とネルはそんな静香と弓子から離れ、庭の林方面へと向かった。
(まさかアピールは桜井校長に向けて? ……いや、さすがにそれは考えすぎね)
静香への挨拶のシーンを思い出し終えたネルは、邦彦の行動に呆れを隠せないままでいた。
(大体にして、この状況、なんかすごいデジャブを感じるんだけど……)
冷静なはずのパートナーが、猫が絡むとその途端に冷静さを無くす。この状況にネルは覚えがあった。そう、あれは確か、空京で起きた事件で、氷の肖像画に猫が突撃した……。
「前と似たような状況……! まさか、これは……ッ! 私は何らかのフラワシ攻撃を受けているッ!?」
「ん、どうした、ネル?」
突然叫びだしたパートナーに邦彦がいぶかしげな目を向ける。
「ん、ああ、いやごめん、なんでもないわ。少し疲れてるのかな……。もうさっさと仕事終わらせましょ」
叫んでしまったことはどうにかごまかし、ネルは邦彦の指示に従って猫探しを始める。
「相手は生き物、しかも猫である以上、手荒に扱うのは言語道断」
言いながら邦彦は持ってきた煮干しや生肉をネルに渡す。
「怖がらせないように優しく接するのが大事だ。初対面だから餌付けは非常に有効だ。……屋敷の使用人さんからキャットフード貰った方がいいみたいだから、とりあえず煮干しと生肉はおびき寄せるのに使う。ああ、それから捕獲とはいえ無闇に触るのも駄目だからな。ただし、向こうから擦り寄ってくるのは例外だぞ。その時は愛でるのを忘れないよう――……なんだネル、その顔は。何か変なこと言ったか?」
「……いや、別に」
どう考えても私情――猫好きであることに従って動いてるようにしか見えない邦彦の、その大真面目な行動に、ネルはほとほと呆れるばかりだった。
(まあ、期待してるわ。猫絡みだし……)
ネルは口の中でつぶやいた。
結果としてこの2人は3匹の猫をおびき寄せるのに成功する。
「う〜ん、なんかよくわからないけど、やっぱりあのお姉さんに悪いことしちゃってたような……」
先日、友人と共に、百合園女学院にてラズィーヤを相手に色々やらかした鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)もまた猫探しに参加するメンバーの1人だった。氷雨自身はどちらかといえば「無自覚の悪意」に近いものだったが、後になって考えた結果、少々の罪悪感が湧いたらしく、パートナーの敦賀 紫焔(つるが・しえん)を伴って猫探しの依頼に参加した、というわけだ。
氷雨と紫焔も林方面を中心に捜索する予定である。そこを選んだ理由は特にないが。
「えっと、ネコさんを捕まえればいいんだよね。よーし、ボク頑張るよー」
「うん、氷雨ちゃん頑張ってー」
猫じゃらし片手に張り切る氷雨と、その後ろを眠そうな目でついていく紫焔。別に紫焔はやる気が無いというわけではなく、単にどんないかなる状況・状態であろうとも眠い時には寝るというものだったが。
「あ、ネコさん捕まえたら少しだけモフモフしていいかな? ボク、モフモフするの好きなんだー」
「まあいいんじゃない、モフモフしても? まあ猫が嫌がらなければ、だけどね」
それに他の捜索メンバーも似たようなものだし、と紫焔は周囲を見渡した。確かに見てみれば、おびき寄せた猫を捕まえるついでに遊んでいるようだ。
「みんな早いなぁ、もう捕まえちゃってる。よし、それじゃボクもやろうかな! というわけで片手に持ちますのは猫じゃらし〜。これならネコさんが寄ってきたら捕まえるんだー」
「うん、確かに猫には猫じゃらしは有効だよね……」
張り切る氷雨とは対照的に、紫焔は近くの木に寄りかかって座り欠伸をする。
「って、紫焔……どうして木に寄りかかって座ってるの? 明らかに寝ようとしてるよね?」
紫焔のそんな姿を認めた氷雨がつかつかと歩み寄る。
「え? だって、焦ったってしょうがないじゃん? 焦って探しても見つからないものは見つからないし、ほら『果報は寝て待て』ってよく言うじゃん? それに、最近暖かくなってきて日向ぼっこに丁度いいんだよねぇ」
「いや確かに最近暖かくなってきて日向ぼっことか気持ちいいけどさ……今、お手伝い中なんだよ?」
「猫だってこんなにいい天気なんだもん、少しくらい外でのんびりしたいだろうし、それに、1時間もあるんだよ。のんびり待とうよ」
「いやいや逆、1時間以内にネコさん捕まえないといけない……って、もう寝てるし!」
目を閉じて完全に寝入ってしまった紫焔を起こそうとする氷雨だが、こうなると彼はなかなか起きてくれない。それこそ武器攻撃か必殺技スキルでも叩き込まない限りは、一定時間が経たないと目を覚まさないのだ。
ところで氷雨も紫焔も1つ勘違いをしていた。2人は今回の依頼において「作業化意思から1時間以内に猫を捕まえる」と認識しているらしかったが、これは誤りで、正確には「食事会が開かれるその『1時間前までに』猫を捕まえる」のが依頼内容である。今回の食事会は夕方から開かれるため、別に1時間以内に集める必要は無い。とはいえ氷雨たちが勘違いしたのは、食事会の「日付」については依頼書に書いてあったものの「時間」については書いていなかった当主ジルダの落ち度のせいと言えたが。
「もう……紫焔のバカー。本当に、紫焔はすぐ寝るんだから……」
頬を膨らませ氷雨は紫焔の隣に座る。
「まったく、ボクたちはお手伝い、っていうか仕事に来たんだよ……。それなのに何もしないで寝るなんてさ……。果報は寝て待て? こっちから何かやらないとネコさん寄ってこないじゃないか、まったく……」
ぶつぶつと文句を言いながら猫じゃらしを左右に振る。するとその動きに反応したのか、近くの草むらが音を立てて揺れ動き、そこから1匹の猫が這い出てきた。
「あ、ネコさん出てきたー」
警戒心を見せず、その猫は氷雨の猫じゃらしに近寄り、前足を出してみたり噛み付いてきたりとじゃれ付いてくる。かと思えば別の所からもう1匹猫が歩み寄り、一緒になって暴れる。
氷雨は氷雨で、2匹目の猫が出てくると猫じゃらしをその場に置き、1匹を優しく抱き上げて、その感触を楽しむ。
結局それ以降は猫は現れず、結果として氷雨は2匹の猫を回収することとなった。
林付近にて学生たちが捕まえられた猫は、合計にして18匹。内3匹はルカルカ・ルーと大羽薫の2人がすぐに空き部屋へと運んでいったため、その場には15匹がいる計算となる。
また捜索せずに寝入ってしまった紫焔については、いくら待っても起きてこないため、しばらく放置することにしたという。