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リアクション
「なるほど、猫の捕獲か……。なかなか面白そうだな!」
そう意気込んだのは天御柱学院からの協力者大羽 薫(おおば・かおる)である。友人のルカルカ・ルー(るかるか・るー)に誘われて、この依頼を受けた彼だが、その動機は「誘われてホイホイついてきてしまった」という程度のものだったりする。
一方で誘った側であるルカルカの思いは少々複雑だった。事の発端である幽霊の弓子。せっかく知り合えたのだからお別れなどしたくなかったのだが、だからといってさすがに成仏するのを止めるというわけにはいかない。だからこそ、ルカルカはこの依頼をしっかりと成功させるつもりでいた。
「弓子の健やかな成仏のためにも、この依頼、絶対に成功させるわよ!」
「おっしゃあ! 頑張ってたくさん捕まえようぜ!」
2人は林の奥の方へと足を踏み入れ、早速行動を開始した。
ルカルカと薫の行動は事前に示し合わせたものだった。大まかに言えば、薫が猫の追い立て役で、実際に捕獲するのはルカルカの役目である。
「ねーこーくじょーだぜ!」
薫が早速林の中で猫を見つけ、軽く脅かしてみる。突然現れた人間に驚かされた猫は、その場からすぐに走り去ろうとするが、それよりも早く薫が回りこみ、退路を断つ。
「おっとっと、ルカ、そっちに行ったぜ!」
退路を断たれた猫は薫に追い立てられるままにルカルカの方へと走っていく。そのルカルカは、できるだけ物音を立てないように空飛ぶ箒に乗り、長柄の魚掬い網を構えて、それでやってきた猫を拾い上げた。
「よし、まずは1匹確保ね」
「よし、いっちょあがりっとぉ!」
捕まえた猫は別で用意していた麻袋に放り込む。これで数匹捕まえたら、部屋に連れて行くというわけだ。
その後も捜索の末、何とか3匹の猫を捕まえることに成功した。
「とりあえずはこんなところかな。他にも猫がいる気配はするんだけど……」
「ま、ここはあんまり欲張らないで、部屋に連れて行こうぜ」
「それもそうね」
猫が入った麻袋を抱え、ルカルカは林を出ることにした。
「それにしても結構あっさり捕まってくれちゃったなぁ。こっち色々と状況を考えて対策を立ててきたんだけど……」
彼女は猫を捕まえるに際して、複数の状況を想定して臨んだものである。物音を立てないように箒に乗るのを基本として、野外戦の経験を生かしてうまく立ち回ろうかと思えば猫が自ら網に飛び込んでくる。
猫が高いところにいるのなら、落ちないようにサイコキネシスを使って自分のところに運ぶつもりだったのだが、それ以前に木の上には猫の姿は見えない。
複数が同時に現れるならヒプノシスでまとめて眠らせる気でいたのだが、猫はあいにく1匹ずつしかやってこなかった。
貴族が飼うほどの猫なのだから首輪は高級品であるはずと予想を立てて、トレジャーセンスを働かせてみたが、どうにもうまく働いてくれなかった。実はファイローニ家で飼われている猫は、飼い主こそ上流階級だが、首輪は割とどこにでも売っているような代物だったのである。
「でもさ、簡単に捕まってくれるんだし、あんまり気にしないでもいいんじゃねぇか?」
少々から周り気味のルカルカを、薫はあっけらかんとした表情で笑い飛ばす。
「……ま、そうよね。猫探しなんだし、あんまり本気になりすぎるのもいけないよね」
立ててきた対策のほとんどが無駄に終わってしまい、少々肩透かしを食った気分だが、ルカルカは務めて気にしないようにした。
集まった面子の中で林の奥に行くことを選んだのはルカルカたちだけではなく、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)もその1人だった。
「う〜ん、林の中で歌いたかったんですけど……」
そんな彼女とそのパートナーたちは林の前にて待機していた。
林の中に入れなかったのは、実はルカルカが原因であった。
「百合園のお嬢様たちを枝まみれにするわけにもいかないから、悪いけどあなたたちは外で猫探しをお願い」
シャンバラが誇る軍隊組織に所属する人間にそう言われてしまえば、さすがに従わざるを得なかった。
「まあさすがに教導団の軍人から言われてしまえば、しょうがないですよね」
「林の中にこそ猫は隠れているものだと思いますけどぉ」
苦笑しながらメイベルをなだめるのは、彼女のパートナーの1人、シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)。どういうわけかパートナーのメイベルとほぼ瓜二つの姿をした魔道書である――唯一の違いといえば、その胸の大きさくらいだろうか。
「まあまあメイベル様、だからこそこうして猫の気を引くための準備を整えてきてるのですわ」
同じくパートナーの1人、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は言いながら猫用のおもちゃを多数、その場にばら撒いた。主に猫じゃらしやぬいぐるみがほとんどで、これでまずは猫と仲良くなるという気でいるらしい。
「そもそも60匹もいるのですから、普段の世話は大方放任主義ですわねぇ。となると、わがままな猫もいるはずですわ」
「で、そのおもちゃで気を引いて、警戒心を解くという作戦ですかぁ?」
「ええ。人懐っこいのであるならともかく、そうじゃないのがいたら、捕まえるのが難しくなりますわ」
結果的にフィリッパのそれは杞憂に終わるのだが、そういった状況を想定しておくに越したことはない。人懐っこい猫ばかりだとするなら、それはそれでおもちゃで遊んでもらえばいいだけのことである。
「お〜い、メイベル〜……」
そうして準備を済ませていたところに、メイベルのパートナーであるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が意気消沈といった雰囲気を漂わせて帰ってきた。
「あらセシリア、一体どうしたんですかぁ、そんな『ダメだった』みたいな顔して?」
「……その通り、ダメだったんだよね」
「何がですぅ?」
「料理が」
セシリアはメイベルたちから離れ1人厨房に行っていた。もちろんつまみ食いに行ったのではなく、むしろ逆に料理を作るつもりだったのである。
「僕としてはね、猫に僕の料理を食べてもらいたかったんだよ」
普段はメイベルたちの料理担当としてその腕を振るっている彼女は、猫を相手にその腕前が通用するかどうか、それを試したいがためにこの依頼に参加した。
だが彼女がその腕前を披露しようとすると、屋敷の使用人に止められてしまったのである。曰く、専用のキャットフードがすでに常備されているので、できればそれを使ってほしい、とのことである。もちろん彼女としては、猫に食べさせてはいけないものは一切使わないつもりでいたのだが「できれば」ということなので断念するしかなかったのだ。
「あらら、それは残念でしたねぇ」
「まあお屋敷のルールってものがあるし、仕方ないといえば仕方ないけども、やっぱり残念ではあるね」
使用人に懇切丁寧に断られたセシリアは、渡されたキャットフードを使って猫をおびき寄せることにしたのだった。
「それでは、そろそろ始めますぅ」
メイベルの号令とともに、それぞれがそれぞれの方法で林の中から猫をおびき出す。
最初に動いたのはメイベルだった。彼女は林の前で座り込み、「幸せの歌」を歌いだした。
せっかくたくさんの猫と触れ合うことができる場所に来たのだ。追い掛け回して捕まえるようなことはせず、できれば仲良くなって一緒に遊べたらという想いから、メイベルは猫を相手にミニコンサートを開くことにしたのである。
嗅覚や聴覚が人間よりも発達しており、まして人懐っこい性格の猫が、メイベルの歌に惹かれて、林の草むらの中から1匹、また1匹とやってくる。やってきた猫がメイベルに体を擦り付けている光景にシャーロットが感嘆の声をあげる。
「わ、すごい。どんどんやってきます!」
「お、メイベルったらやるじゃない。それじゃこっちも……」
キャットフードの入った器を地面に置き、セシリアはポケットからマタタビの実を取り出す。キャットフードの匂いと、マタタビの匂いで猫を釣る作戦である。
(ただこれ、キャットフードよりもマタタビで釣ってるような気がするんだよね。ちょっと複雑な気分……)
その一方でフィリッパのおもちゃ作戦も有効に働いていた。
「はいは〜い、こっちですわ〜」
呼びかけながら猫じゃらしを振ると、草むらから数匹の猫がやってきて早速じゃれつく。セシリアの方にも猫が集まり、出された食事に口をつけ始めた。警戒心などどこにもありはしないという雰囲気である。
「わぁ……、かわいい……」
普段猫と触れ合う機会の無いシャーロットは、集まったそれらを見て目を輝かす。高鳴る鼓動を抑え、シャーロットは恐る恐るメイベルの近くにいる猫に手を伸ばす。
差し出された手に気がついたのか、猫はすぐに近づき、その手に頭を擦り付けてくる。
「わ、本当に人懐っこいです……」
仕事があるため、その場でずっと関わっているわけにはいかなかったが、彼女たちはしばらくの間、集まった6匹の猫の相手をし続けた。