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「それでは彼女に対して、こちらが敵意を持っているように、感じさせてしまうのではなかろうか」
 元々蒼空学園に通う彼は、追いついたアインハルトと、その場にいたセレンフィリティ達を交互に見据えながら、思案するように顎に手を添えた。それから知的さが滲む黒い瞳を揺らす。
「だけど、このままじゃ、みんな困るわ」
 セレアナが呟くようにそう言った時、武尊が深々と頷いた。
「あの娘が暴れたままでは皆が困る。それは間違いがないことであろう」
 断言したのち彼は、髪を撫でながら、僅かばかり視線を落とす。
「だが……彼女が単に『災害』として処理されるのは忍びないのだ。聞き及んだところイゾルデというのか? 同校の学生としても、そして一人の人間としても、考えてしまう」
 強硬手段を考えていた二人に対して、武尊は思案するようにしてから顔をあげた。するとその知的な外見の奥に、隠されていたかのような大胆さが表に出ている。彼は力強い眼差しのまま言葉を続けた。
「まずは最初にイゾルデに、此方には敵意がないことを示しながら近づいて事情を聴き出す事にするのはどうであろう」
「つまり、端から敵だと考える必要はないってわけ、か」
 セレアナが黒髪を揺らしながら、パートナーを一瞥する。
「少し考えてみても良いかもしれないと思うんだよ」
 その声にセレンフィリティもまた頷いたのだった。


 一同が外へと出ると、そこにはイゾルデへ歩み寄ろうとしている千歳とイルマの姿があった。

 現在千歳は百合園女学院の生徒であるのだが、昨年の暮れまでは蒼空学園の生徒だったものである。その為待ち合わせ前に所用でこの場へ訪れたのであるが、思わずパートナーと共に足を止め、端整な顔立ちの口元へと右の掌をあてていた。
――どうやら生徒が騒ぎを起こしているようだな。
 内心そんなことを思いながら、正義感の滲む黒い瞳で、千歳はイルマへと振り返った。
「これは、判官として放っておく訳にはいかないな」
――見覚えのない生徒だけど……全生徒の顔覚えているわけじゃないしな。
 何とはなしに腑に落ちないところがあり、顎に手を添えながら続けた千歳に対し、パートナーであるシャンバラ人は、薄茶色のセミロングの髪を揺らしながら穏やかに頷いた。
「そうですわね」
 理知的かつ物静かな表情でイルマが頷いた丁度その時、揃って二人の元へと連絡が入る。
自分へ連絡を取ってきた相手が異母姉のブリジットである事を確認したイルマは、千歳へと視線を向けた。
「誰からです?」
「舞からだ――ちょっと待って、出てみる。――もしもし」
「……私もそうしますわ」
 イルマは一瞬だけその瞳に複雑そうな色を浮かべた後、連絡を受けることにした。
 彼女はブリジットの事を、お嬢様と呼んでいる。なぜならば、異母姉妹とはいえ、イルマは元々隠し子で、隠し子であり、母の死後にパウエル家にひき取られてからしばらくの間はブリジットづきのメイドとして仕えた過去があるからだ。
 その為ブリジットと舞が契約した後、自分からブリジットを奪った相手に思えて、舞には心中穏やかでない面があったのである。尤も最近は友好的になりつつある。とはいえ普段物腰穏やかなイルマの心中奥深くには、いつでも強い独占欲が青い炎を燃やしているため、必ずしも冷静でいる事が出来るというわけでもないのだ。
「もしもし、お嬢様?」

 イルマがそう告げた頃。彼女達の姿を見て取った悠希やアドルフィーネもまた場へ訪れようとしており、校舎内で話し合っていた皆もまた、イゾルデへと歩み寄ろうと足を速めた、丁度その時の事だった。

――ズガガガガ……ドゴォン!

 そんな轟音が周囲へと響き渡り、その場に居合わせたほぼ全員の視線が、付近の施設の壁へと向いた。一同の前で、白い外壁が瓦解していく。
 そこには、削岩機で壁を突き破ったコンクリート モモ(こんくりーと・もも)の姿があったのだった。
 呆気にとられる皆を前にして、そのまま彼女はシャギーがかった黒髪を揺らしながら、どことなく座った暗い眼差しのまま、イゾルデへと歩み寄ろうとしている。
 痩身の体躯をしている色白のモモは、事件を聞きつけ、工事現場のバイトから急行してきたのである。日焼けをしないのは、現場が現場だからなのかも知れないし、生まれつききめ細やかな白色の肌をしているからかも知れなかった。
 彼女は元来神経が過敏過ぎる程、心優しい性格をしている。その為ここへ訪れたのも、何かできることがあるならば、と考えての行動だった。黒髪の上には黄色いヘルメットが印象的に鎮座し、陽光を反射している。
「ちょっと待て、ただでさえ校舎が凍り付いているのに、離れとはいえ、学校の一部が壊れたら、や、やばいだろ」
 その光景を見守っていたアインハルトが、唇を振るわせながら目を剥いた。
「……金ならあるのよ」
 ――どうせ世の中コネとカネじゃん……あ、あとカオもか。
 若くして、道理が通らぬ世の中の不条理を悟り、若干情緒不安定な彼女は、常時持参している削岩機を強くつかみながら進む。手首までをも覆うトレードマークの長袖。それを纏う両手のもと、削岩機を更にしっかりと握り直してモモは内心決意した。
――自分の正義を貫くために、不逞の輩に天誅下す。
 そんな事を考えている彼女は、実は金銭的にも名声的にも恵まれた、両家の出である。
 だからこそ、そのように悟るような心中になっているのかも知れない。
――砕けコンクリ堅い意志!
――実力で乱世を駆け抜けろ!
 彼女は内心そう呟きながら、暴れているイゾルデ相手に削岩機を向け走り出そうとした。

 だが。
 それよりも、一拍早く起こった出来事が、モモのそんな行動を止めた。
 同時に、他の皆の足をも止める。

「なにしてんだ、おめーさんは。蒼空春の氷祭りか」

――スパァァァァン。

 小気味の良い音が辺りに響き渡った。
 イゾルデの金色の髪が、ハリセンで激しく一発叩かれる。
 止めようとしていた一同にすら気づかぬ様子でそれまで暴れていた彼女は、その衝撃に目を見開いた。息を飲むように何度も何度も瞬きをして、行動を止める。
 辺りに響き渡った声の主は、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)である。ぼさぼさの黒い髪の下、気まぐれさがのぞく同色の瞳が揺れている。無論、イゾルデ以外の、止めようとしていた皆も、突然の彼の出現に驚いていた。
 たまたまその場を通りかかった彼は、何せ光学迷彩で隠れてイゾルデへと近づいたのである。そして後ろから彼女の頭を光条兵器のハリセン――『ドウケシノタマシイ』で勢いよく叩きつけたのである。
 アキラの肩には、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が金色の緩やかに波打つ髪を揺らしながら、座っている。彼女はしげしげと、可愛らしい青い瞳をイゾルデに対して向けているのだった。


 丁度その頃、少し離れた位置では。
 ピンク色の髪をした少女が首を傾げていた。眼鏡もまた共に揺れる。
 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は眼前の光景に瞠目しながら、息を飲んでいたのだった。

 事は数時間前にさかのぼる。

「本日蒼空学園で、金髪の少女が暴挙を重ねるでしょう」

 そんな、パートナーのヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)の言葉を聞いたあゆみは、彼女を信頼してはいたものの、今日は休日であるから暫し悩んだ。いくつか補講もあるらしいが、本来であれば学校も休みである。だからこの日に一体誰が何を起こすのだろうと思案し、現場へと向かうかどうか悩んだのだった。

 だが、来てみて正解だったと、ヒルデガルトを一瞥しながら大きく頷く。
 時に眼鏡がないと動けないあゆみは、とても優しそうな外見をしている。勿論それに反せず実際に心優しい彼女は、人々の幸福をいつも祈るように、『幸運を』という意味である――クリアエーテルという声を、様々な場面で日々かけているものだ。
 彼女はツインテールの髪を揺らしながら、茶色い瞳で瞬きをする。それからパートナーである英霊を一瞥した。
「よし、ここは銀河パトロール隊の、愛のピンクレンズマンにお任せQX! あの子を止めれば事件解決だよね!」
 QX――了解したとパートナーに告げながら、一人あゆみは頷く。
 遠目には、ハリセンで頭を叩かれている少女の姿が見て取れた。
「いいえ。これは英霊と少女の問題です」
 だが、ヒルデガルトは首を振った。
「えっ、違うの? なによ、ヒルデどういうこと? ちょっと、どこ行くのよ、あの娘ほっとくの?」
 蒼空学園の傍を歩いていた彼女は、パートナーが足を向ける先を校門よりも更に先へとしている事に首を捻った。
「あゆみさん、自分の価値観を人に押し付けてはいけません。ハッピーエンドの定義も人によって違うのです。あゆみさんが善かれと思って行動しているのは分かります。私だって全ての人に幸福になってもらいたいと思っています。ただし、始めに申したとおり、人によって、その定義は異なるのです」
 ヒルデガルトのその言葉に、何度も目をしばたたかせながら、あゆみは頷いた。
 隣に追いつき、静かに頷く。
「そっか」
 外見年齢はほぼ同じではあっても、実際に生を歩んできた年月は全く異なる。パートナーは既に1000年にもなるらしい。まだまだ自分が理解できない事もある人の想いの存在を理解しようと努めながら、あゆみは元来持ち合わせている純粋な性格そのままに頷いたのだった。
「まずは今回の鍵となる、トリスタンさんへと会いに行きましょう」
 老成しているようでもあり、またそれゆえ培われた叡智なのか、元来持ち合わせた能力とも知れないのだけれど、しかしてなんらかの輝きが宿る瞳でヒルデガルトはそう応えた。
 だからあゆみもまた頷き返したのだった。