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リアクション
第六章 理想の相手
部屋の扉の前に腰を下ろす高柳 陣(たかやなぎ・じん)。その横で心配するパートナーのティエン・シア(てぃえん・しあ)。
「お兄ちゃん、行かなくて良いのー」
「ああ、しばらくほっとけ」
「そんなー、お姉ちゃんはどうするの? 1人で中に入っちゃったんだよー」
陣のもう1人のパートナーユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)は、いち早く「光輝appassionato」の部屋に入っていた。
「ユピリアが入りたがったんだから構わねぇだろ。俺は訓練なんかする気ねぇんだからな」
諦めたティエンは、陣の横に座る。
「だいたい来るなっつったのは、ユピリアの方なんだぜ。あのババァ、何を懐かしがってるのか知らんけど、どうせろくなもんじゃねえだろ」
「う……ん」
ティエンはユピリアが「ここに来たことがあるかも」と言っていたのを思い出す。
「それにしても腹減ったなぁ」
陣の言葉にティエンは紙袋を取り出した。
「食べる?」
「お、何だ?」
陣が袋を開けると、ケチャップの香りと共に細長いパンが2つ出てくる。
「ナポリタンパンだって。購買部で売ってたから買ってきたの」
コッペパンにスパゲティナポリタンを挟んだ新商品。その中央には、切り込みの入った真っ赤なソーセージが乗っている。
「おー、気が利くな。こう言うのもユピリアに言わせりゃ邪道とか言うんだろうな」
陣がティエンの頭をナデナデすると、ティエンはニッコリと笑った。
「はかはかうはいな(なかなかうまいな)」
「うん、おいひい(うん、おいしい)」
各部屋の混乱をよそに、ひと時の団らんがここにあった。
光輝appassionatoを志した一同が通路を進むと、すぐに部屋へとたどり着く。部屋の壁一面が鏡張りになっていた。
「なんだか趣味が悪いですわね。でも普通の鏡ですわ」
最初に部屋に入った崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、鏡を人差し指で弾く。ガラスの凍った音が部屋中に響く。
他のメンバーも次々に部屋に入る。全員が入ったところで、突然部屋の明かりが消えた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「理想の相手だって、ラブラブなあたしたちにはぴったりな部屋よね」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と肩を並べて部屋に入った。
「何よ、どこから見ても、自分の姿よね。まぁ、ある意味理想の相手なのかもしれないけど」
壁の鏡に向かってビキニ姿でポーズをとるセレンフィリティを、セレアナがたしなめる。
「気をつけて、どんな仕掛けがあるか分からないんだから」
「やっぱセレアナもビキニの方が良かったんじゃない? 絶対似合うと思うんだけどな」
共に長身でスタイルの良い2人。セレンフィリティの言葉を否定こそしないものの、セレアナは苦笑して受け流した。
その瞬間、部屋の明かりが消えた。
「何?」
ぼんやり明るくなり、セレアナの姿が浮かび上がった。
「セレアナ、そんなとこに…………」
言いかけたセレンフィリティが、真剣な顔になる。アサルトカービンに手を当てたものの、すぐに両手をヒラヒラさせる。しばらく黙ってセレアナを見ていたが、突然クスッと笑い出す。
「完全に推測通りじゃないの。再確認しただけって、つまんなくない?」
セレンフィリティが周囲を見ると、同じようにこの部屋に入ったメンバーの姿は、どこにもなかった。闇の中にセレアナの姿のみが浮かんでいる。
「これが部屋の作用ってことか。で、どうするの? 確かappassionatoって、熱情的にとか激情的にって意味よね。熱くプロポーズでもすれば良いのかしら」
「そんなことなら100回でも……」と言いかけて、こちらを見つめるセレアナの視線が気になった。
悲しそうな、それでいてどこか見下すような青い瞳。いつもの冷静で温かく見守ってくれるそれとは正反対だった。違和感は次第に大きくなる。
「どういうこと? これのどこが理想の相手なの?」
浮かんだセレアナは、黙ってセレンフィリティを見つめるばかりで何も答えない。まるで奥底の醜悪な部分を見通しているような、そして普段のセレアナが自分に対して隠しているものを露わに感じるような眼差しで。
セレンフィリティは、これまでの行動を思い出していた。いい加減、大雑把、気分屋の自分を、セレアナはフォローし続けてくれた。もちろん心をえぐられるような突っ込みをされることはあったけれども、概ね壊し屋セレンと呼ばれた暴走を冷静にコントロールしてくれた。それはこれからもずっと続くと思っていた。
「好意を持っていたから……だよね。違うの?」
自分のセレアナに対する想いは間違いない。しかしセレアナが同様に思っていることについては、これまで露ほどにも疑っていなかった。
「何とか言いなさいよ!」
アサルトカービンを抜き取ると、セレアナの額に当てる。しかし像として浮かび上がったセレアナはピクリとも動かなかった。
「単なるおせっかいだった? 私のしてきたことが」
セレアナはセレンフィリティの喉元にランスを当てる。そのまま数センチも進めれば、絶命してもおかしくない。もっとも目の前にいるのは、理想の相手として浮かび上がったセレンフィリティの虚像だ。
壊し屋セレンと呼ばれていたセレンフィリティの行き過ぎた言動を、自分なりに全力でフォローしてきたつもりだ。しかしそれは型破りのスケールを持つセレンフィリティの可能性を、枠にはめただけだったのかもしれない。
「そんなはずはない! セレンだって私のことを!」
それが何の保証もない、個人的な思い込みに過ぎないことを、今更ながらに痛感させられた。
セレンフィリティは、ギリギリで引き金から指を外すと、アサルトカービンをしまう。
「……それでも、あたしは逃げないよ……だって、あたしにはセレアナしかいないんだから!」
セレアナは、像の喉元に当てていたランスを引いて、大きくひとなぎすると向き直る。
「私は逃げないし、絶望もしないわよ。なぜなら……セレンの何もかも……セレンが心の奥に持っている醜い部分も含めて、セレンが好きなのよ」
互いに像とばかり思っていた相手が、突然しゃべりだしたことに驚いた。
「「え?」」
それがすぐに部屋が作り出した像ではないことを理解する。どちらからともなく手を伸ばして、強く引き寄せる。力のままに抱き合った。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)はグレートソードを突きつける。しかし寸前で持つ手を止めた。
「陣! やっぱり貴方だったのね!」
剣を収めると、浮かんだ相手をしげしげと見つめる。高柳 陣(たかやなぎ・じん)であることには間違いない。しかし見慣れたユピリアでさえ、『誰?』と思えるほどに様相が変わっていた。
サファリスーツでなくタキシード。頭髪はキッチリ整えられ、ヒゲもしっかり剃ってある。左手には真っ赤なバラの花束。右手にはピストル……ならぬ、指輪の入った小箱。
バラの花束をユピリアに渡す。甘い香りにうっとりするユピリアの左手を取ると、薬指に指輪をはめた。まるでサイズが分かっていたかのように、きれいに収まった。そこには1月の誕生石であるガーネットが輝いている。
「覚えててくれたのね」
部屋が作り上げた像であることなどすっかり忘れて、ユピリアは舞い上がった。1月7日はユピリアが生まれた日。「それがどうかしたか?」の言葉で、何回スルーされただろう。そんな過去を全て埋め合わせるかのように、ガーネットの赤い煌きはユピリアの細い指に良く似合った。
「こ、婚約指輪かしら。するとその次は……結婚指輪。それでもって披露宴で、ハネムーンで、夜になったら大きなベッドの上で『ユピリア、こっちに来いよ』なんて言われて……」
妄想が爆走して迷走して暴走する。
「私が『恥ずかしいから明かりを消して』って言うと、陣が『そんなことしたら、ユピリアの可愛い顔が見えなくなるじゃないか』とか……」
ユピリアは真っ赤な頬に両手を当てたまま、クネクネと身をよじる。
陣がこの場にいたら「学園の広場に立たせて置けば、見物料が入るんじゃないか。それで美味いもんでも食いに行こうぜ」などと言いそうだった。タンバリンでリズムを取るティエンを横に立たせて、自らは「タダ見はダメだよー」と帽子を持って回るだろう。
「可愛いなんて、陣ったら正直なんだから」
「ユピリアの前では、どんな狼も正直になるのさ」
「狼? 陣、あなたも狼なの?」
「ああ、狙った獲物は逃がさない獰猛な狼だー」
「キャー、怖い!」
ユピリアの一人二役は延々と続く。それをただ1人の観客、正装した陣の像がにこやかに眺めている。
「いいわ、陣、私の全てをア・ゲ・ル」
無限に続くかと思われた1人芝居が、どこをどう通過したのか、陣へのラブアタックにたどり着いた。ユピリアは両手を広げて、胸に飛び込む。陣に……、部屋が作り上げた虚像の陣に……。
次の瞬間、ユピリアは顔面に大きな衝撃を受けた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
夜月 鴉(やづき・からす)の目の前に現れたのは、まさに化け物だった。
身長や体格こそ鴉とほぼ同じだが、古びた骨で作った鎧を身にまとっている。そして頭蓋骨を元に作った仮面をかぶっていて、人相ははっきりしない。
しかもその化け物は、一言も発することなくいきなり襲いかかってきた。もし鴉がスキルディエクトエビルを使っていなければ、避けることはできなかっただろう。
「冗談じゃねえぜ」
シン・サペリドとシュバルツェア・モンドを構えると、化け物の正面に向き直る。
「命の危険はないんじゃなかったのか?」
虚像であれば、どんな攻撃でも逃げずに受けてみようと考えていた。しかし長年動いていなかった古代の遺跡だ。どこにどんな不具合が生じているか分からない。もしかすれば、何か不都合が生じて放棄されかのかもしれない。
「これも調査の内って言えば、その通りだな」
バーストダッシュで一気に距離を詰めると、アルティマ・トゥーレで、氷結攻撃をくらわせた……はずだった。しかし受けることも避けることもしない像は、そのままそこに立っていた。
「俺の攻撃が聞かないのか、それとも俺が弱いのか」
鴉が迷っていると、それを見透かすように化け物が襲い掛かってくる。まずバーストダッシュ、そしてアルティマ・トゥーレで。鴉より数段早く、しかも容赦のない攻撃で。
「やられる!」
パートナーで一緒に来ているはずのアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)とサクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)の顔が思い浮かんだが、どこに行ったのか姿が見えない。元より同じ部屋を選んだはずの他のメンバーすら見えなかった。
「所詮は1人と言うことか、それともこの程度を切り抜けられなければ、マスターと呼ばれる資格はないってことか」
鴉の迷いはますます深くなる。それに反比例して、化け物の攻撃は、無慈悲なまでに鋭くなった。
襲い来る刃をかろうじて受け止めると、ドクロの奥に光る化け物の瞳が怪しく鴉を睨む。
『この瞳、どこかで見た覚えが』
全身の力を振り絞って、刃を弾き返す。
『まさか…………?』
数度の攻撃を受けただけで、全身は悲鳴を上げていた。息はあがり、汗がとめどなく流れる。鴉に体勢を立て直す間を与えることなく、化け物は何度も攻撃を仕掛けてくる。
「面倒な部屋を選んじまったもんだぜ。しかしこいつにだけは負けてやる気にはならねえな」
深呼吸を一回。獲物を握りなおすと、再度バーストダッシュで突っ込んでいく。またしても像は受けることも避けることもしなかった。
脳天に振り下ろしたシン・サペリドが、化け物の仮面を叩き割る。予想通りの顔をそこに見て、鴉は軽く舌打ちする。
すぐさま反撃してくるかと思われたが、意外にも像は動かない。それどころか次第に影が薄くなっていく。消え去る寸前に像が何事かつぶやく。口の動きを読み取った鴉は、ほんの少し顔をゆがめた。
アルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)とサクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)の前には、{SFM0030023 参加 夜月 鴉}が出現していた。
もっとも2人とも、最初はそれが部屋の作り上げた像とは気付かない。
「主、サクラや他の人達はどこに行ったのでしょう?」
数度問いかけた後、アルティナは目にしている鴉が、自分にとって理想の相手なのだと理解する。
「考えてみれば、これも当然なのかもしれませんね」
虚像であっても、一目ぼれして契約した鴉と2人っきりでいる幸せを実感した。
『確かこの部屋はappassionato。私の思いのままに行動しても良いのでしょうか』
少しためらった後に、鴉の胸に飛び込んでいく。
「マスター、お腹すいたんだよ……」
サクラは今回の遺跡探検で、日課の日向ぼっこ&お昼ね+ご飯が台無しになったのが不満だった。
鴉の眠そうな顔は変わりなかったが、返事がなかった。
「マスター、無視するのか? それはいけないことなんだよ」
そこでようやくいつもの鴉ではないことに気付く。
「これが理想の相手ってことか。なかなか面白いんだよ」
反応の無い鴉の周りをグルグル回っていたが、何をしても怒られないのが分かると、「えーい」と思いっきりジャンプして、鴉の背中に飛び乗った。
「うぉっ! 何だお前ら!」
パートナーに前後からサンドイッチされた鴉が悲鳴を上げる。
「主、いつの間に?」
アルティナは慌てて飛びのいたが、サクラは「おー、いつものマスターだよー」と飛び乗ったまま。
「いい加減に降りろ」
背中に当たる柔らかな感触は、悪いものではなかったが、鴉はサクラを強引に振りほどいた。
「理想の相手が主でしたの」
「私のところにもマスターが出てきたんだよ」
アルティナはいくぶん恥らって、サクラはあっけらかんと話。鴉は複雑な気持ちになる。自分の前に出現した形とは、全く違うらしいことを聞かされたからだ。
『俺の理想とこいつらの理想。向かう道が異なると言うのか…………』
虚像の最後の言葉を噛みしめた。
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