葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

古来の訓練の遺跡

リアクション公開中!

古来の訓練の遺跡

リアクション


第一章 夢からの目覚め

 彼は眠っていた。元より彼には、意識も思考能力もなかった。しかしあまりに長い間、何の反応をすることもなく留まる姿は、‘眠る’と表現するのが妥当だった。
 何年、いや何十年ぶりだろうか、彼の眠りが破られる時が来た。彼は、久しぶりに活躍できる喜びも長く放置された怒りも示すことはなかったが、己の役割を果たそうと全ての機能をONにした。
 彼の息吹だろうか。かすかに流れる空気が、レティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)の金髪を揺らした。

 遺跡の前に立つレティーシアは、端末の画面に目を落とす。
「入り口が埋まっていたのでは、見つからないのも無理ないですわ」
 あちこちで古代遺跡の発掘が続けられているが、ここもその一つ。どうやらシャンバラ古王国時代に、守護天使やヴァルキリーが実戦さながらの訓練をした施設と考えられた。内部は一番手前に半円形の部屋と、そこから分かれる7つの部屋。ただし7つの部屋の内部までは解明されていない。
 手がかりになるのは、それぞれの扉に書かれていた古代文字。それについては翻訳が終わっており、部屋の手がかりらしいことが判明している。
「音楽記号……ですのね」
 最初の部屋はト音記号。これは始まりの部屋と推察された。そして7つの部屋には、更に異なった文字と音楽記号。ある程度の推測は可能ながら、翻訳での微妙な誤差も考えられる。
「とりあえず各学校から有志を募りましょう」

 古来訓練遺跡の実戦調査員募集

 送られた告知は、腕自慢の猛者連中や好奇心旺盛な学生達の興味を誘った。
 当日、集まったのは90名ほど。レティーシアが作った遺跡の見取り図を手に、希望する部屋の前へと分かれつつあった。

「よっ、ちゃんとお守り持ってるな」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、軽く泉 美緒(いずみ・みお)の肩を叩く。
「シリウス様!」
「どこに行くか決めたか? もし良かったらオレと物理Pの部屋に行かないか?」
「そうですね……」
 美緒は小首を傾げる。そこに崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)割って入った。
「あら、美緒、せっかくなのだから光輝appassionatoに一緒しましょう。理想の相手に会えるのは面白そうですわ」
 シリウスが不機嫌になる。
「なんだよ、いきなり横から」
「失礼」と言いながらも、亜璃珠は鼻で笑う。
「でも美緒は、私と一緒の方が良いのではないかしら」
「亜璃珠お姉様……」
 悩む美緒の前に、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が誘いをかける。
「なぁ、美緒さん、決まってないなら、闇黒feroceに行かないか? 自分の影と戦える機会なんてめったにないぜ」
 3人目の挑戦者に対して、1人目と2人目が急造のタッグを組んだ。
「暗い部屋に美緒を誘い込んで、どうしようってんだよ」
「そうですわ。大切な美緒を、狼と一緒に送り出すなんてできませんわ」
「何言ってだよ。俺がそんな風に……」
 必死に抗弁しようとするが、急造タッグは強力だった。
「見えるぜ!」
「視線が語ってますわよ」
 正悟の視線は、3人の胸元を行きつ戻りつしている。根っからのおっぱい党である正悟にとって、美緒−シリウス−亜璃珠の山脈は、いずれ劣らぬ名峰だった。
 恥ずかしそうな美緒は、ラナ・リゼット(らな・りぜっと)の変化した純白に輝くビキニアーマーの魔鎧から、こぼれんばかりになっている胸元を押さえる。
「ごめんなさい、今回は……」
 かろうじて聞き取れる美緒の声を受けて、正悟は止む無く退散した。
「じゃあ、美緒、行きましょうか」
 素早くタッグを解消した亜璃珠が連れて行こうとするものの、当然シリウスが待ったをかける。
「おいおい、勝手なことすんなよ」
「あら、私は『強くなりたい』美緒の願いを叶えてあげたいだけですわ」
「それでもいきなり光輝appassionatoは無ぇだろ。美緒とお前の理想の相手が同時に出てきても、美緒を守ってやれるのか」
 亜璃珠は答えに詰まる。
「オレはその点も考えて物理Pに行こうって言ってるんだ」
 何かを言おうとした美緒。亜璃珠の人差し指がその唇を止める。そのままシリウスを見つめる。
「私の大事な美緒に怪我一つでもさせたら、承知しませんわよ」
 シリウスは「任せときな」と自身ありげに胸を張る。
 亜璃珠は美緒を優しく抱きしめる。
「あなたにも素敵なお友達が増えているみたいね。口惜しいけど、今回は彼女に付いて行きなさいな。それで強くなった美緒を見せてくれる?」
「はい、亜璃珠お姉様」

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)加能 シズル(かのう・しずる)を探していた。美羽は物理Pの部屋を探索しようと考えていたが、どうせならシズルと一緒にとも思っていた。
「あ、いたいた! シズルー、シズリーン、シズラー、シズリッちょー」
「美羽さん、普通に呼んでいただければ」
「そう? じゃあ、かのう しずる で、ウッシーとか」
「…………シズリンくらいで。ところで私に何か?」
「私と一緒に物理Pに行かない? 水月ってカウンターを教えてあげるよ。タイ捨流にも応用できると思うんだけど」
「ホントですか?」
 ここで美羽は目前に揺れる2つの果実が気になった。シズルは美羽よりも20センチは身長が高い。必然的にシズルの胸に目が行ってしまう。
「ねぇ、加能シズルさん」
 改まった美羽の言葉と顔つきに、シズルの背筋が伸びた。
「最近、大きくなった?」
「大きく? 何がでしょうか」
「あ、その……そうね、シズルの家では、どんな食事なのかしら」
 いきなりの質問に戸惑うシズルだが、これも何かに必要なことかと考えをめぐらす。
「普通にご飯とお味噌汁の和食が多かったと思います。ただ洋食メニューも少なからずありました。好き嫌いは無いように言われていましたけど」
「そ、そう……和食ね。牛乳……とかは、どうだったの? 子供の頃から好きでたくさん飲んだとか」
「牛乳ですか? 特に好きでも嫌いでもありませんでした。でもたんぱく質とカルシウムを効果的に摂取できるそうで、乳製品は少なからず食べたように思います」
 美羽は自分の胸元と目前の果実を見比べる。

「そう、やっぱり乳製品が良いのかしら。いえね、大きければ良いってモノではないのは分かってるの。『大きすぎて邪魔よー』なんてたわ言を聞くと『このアマぁー』なんて殺意が……、あれ? 私、ナニ言ってるのかな。そうそう、大きさだけじゃなくって形も大切だって聞くよね。もちろん私もまだまだ成長期なんだから、心配することはないんだけど、一応参考までにいろんな情報を得ておこうかなって。だから別に劣等感とかを感じてるわけじゃないんだけど、ホラ、‘大は小を兼ねる’なんて言うじゃない。やっぱり大きい方が何かの役に立つのかなって。それでどうこうしようって…………」

 美羽の一人漫談に戸惑っているシズルの側に秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が近寄る。
「シズル様、よろしければ私と光輝appassionatoにご一緒いたしませんか?」
「それが今、物理Pに誘われたところで……」
 つかさは「ふふっ」と笑う。
物理Pの経験も、決して無駄にはならないとは思いますが、光輝appassionatoの部屋で会える理想の相手に興味はありませんこと?」
 シズルは「理想の……」とつぶやく。常日頃から想い焦がれている相手が脳裏に浮かんだ。
「そう、今、シズル様が思い浮かべた方が現れるのか、それとも全く違った人が姿を見せるのか」
 その後に「怖いですか?」と付け加えた。
 シズルは目を見開くと、「行きます」と答える。
「美羽さん、すみません。私、光輝appassionatoの部屋に行こうと思います」
 深く一礼すると、つかさと共に立ち去った。

「……マッサージが良いって聞いたから、お風呂とか寝る前とかにちょっと試してみたりもしたの。でもなかなか効果がでないのよね。それに生徒会副会長となったからには、苦手な勉強も頑張ってるの。外見だけじゃなくって、中身が伴ってないと『副会長失格だ』なんて言われちゃうでしょ。だから中身と共に外見も整えたいなって。それで胸をってことじゃないのよ。あくまでも一つの参考にどんな栄養を取ってるのかなって。ほら音速の美脚魅惑の足技使いって言われているように、足には自信があるの。あ、コレ、決して自慢じゃないからね。でもそうなると、『足だけじゃちょっとな』って思うのが自然な流れよね……」

「美羽さん、美羽さん!
 レティーシアに肩を揺らされて、美羽は我に返る。
「あれ? ウッシーはどこに?」
 もちろん既に光輝appassionatoの部屋へと向かっている。
「ウッシー? さぁ、美羽さん、ずっと1人でしゃべってらしたので、どうかしたのかと思いまして」
「ずっと? 1人で?」
 レティーシアが2度うなずく。
 副会長の威厳はどこへやら、美羽はドッと冷たい汗をかいたが、懸命に取り繕う。
「ね、レティーはどの部屋に行くか決めた?」
「レティーって、紅茶ですか……、いえ、まだ決めかねてますが」
「じゃあクロちゃん! 私と一緒に物理Pに行かない? 水月ってカウンター教えたげるよ」
「ドーン! ドーン! って何をさせるんですの! でもその技には興味があります。教えていただけるのであれば嬉しいです」
「じゃあ決定! クロちゃんと一緒だと、なーんか安心するんだよね」
「そうですね。年も近いですし、背格好も似てますし」
「おっぱいも……」
 レティーシアは「何か言いました?」と美羽を見たが、美羽は「行こう!」とレティーシアを引っ張った。

 参加者は希望する部屋の前に分かれて入っていく。しかし残る学生も数名。
「野々、こんなところで何をしてるんですか?」
 皆と離れて最初の部屋を見て回っている高務 野々(たかつかさ・のの)に、パートナーのエルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)が尋ねた。
「遺跡は浪漫です!」
「いつも野々が言ってますね」
「久々の遺跡調査ですよ!」
「はぁ、それで?」
「初めが肝心だと思うんです。だから入り口を丁寧に調べようと思うんです」
 デッキブラシで壁を叩いたり、レティーシアから渡された見取り図を眺める。
 エルシアは乳白金のロングヘアーを揺らしながら、深くため息をついた。
『やはりあたしがしっかりしないと……』
 そう思いながら、懐かしさも感じている。
『あたしはそんなに利用しなかったですけど、仲間の守護天使には毎日のように通っている者がいましたね』
 感慨に浸るのも早々に、野々をせっつく。
「ここにはこれ以上何もありません。調べるのであれば、他の部屋に行かないと」
「エルシア、何か知ってるの?」
 それには答えず、他の部屋に向けて手を広げた。
「うー、じゃあD.C.に行きまーす!」
 駆け出す野々。エルシアもいそいそと後を追った。