校長室
【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)
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第3章 白騎士、そして黒騎士 7 剣を振り下ろした男――モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は舌打ちした。彼だけではない。後に続くように現れたのは、それまで白騎士の近くで南カナン兵の排除に動いていた久我内 椋(くがうち・りょう)だった。 「貴様……うちの兵ではないなっ!」 「……まあ、ばれたらしょうがないよな」 兵士の一人が兜を外すと、そこにいたのは七刀 切(しちとう・きり)だった。となれば、もう一人は…… 「ふぅ……まったく、息苦しくてたまらんかったわ」 「そう言うなってさ。こうして、シャムスたちを守れたんだから」 切のパートナーである黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)は兜をはずして不満げな表情を浮かべていた。そんな彼女にフォローを入れる切へと、モードレットの容赦ない槍の一撃が飛ぶ。 「おっと!」 「ふん……少しは出来るようだな」 軽くそれをいなした切を見据えて、モードレットがわずかに愉しげに不敵な笑みを見せた。刀を構えて、切も相手を見据え返す。互いの視線が交錯したとき、二人はぶつかり合っていた。剣と槍の金属音が、激しく幾度も打ち鳴らされる。 「切ッ!」 「邪魔はさせんぞ!」 「……ッ!」 切を助けようと飛び出した音穏。すると、そこに同じくモードレットを守ろうとする椋が飛び出してきた。道を阻まれた音穏が振りぬいた槍を、二刀の打刀で挟むように受け止める。がっちと挟み込んだ槍を弾きかえして、逆に自分から攻撃を仕掛けた。 「ぐ……!」 鬼神のごとき力が椋の中から溢れてくる。更には、彼を包み込む魔鎧ホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)の与えてくれる活力が、己が身体能力を活性化させた。 「はあぁっ!」 「くああぁッ……!」 先を読んだ鮮烈な一撃が音穏を吹き飛ばす。 「音穏!」 「甘いぞ!」 「……ぐッ」 それに気をとられた隙に、モードレットの槍が切の眼前へ迫っていた。その身からにじみ出た幻覚は、集中していなければ攻撃の手を隠してしまう。どこから飛んでくるのか分からぬ一撃が、切を叩き伏せた。 それでもなんとか、攻撃を避けようとして致命傷は逃れた。頬が切り裂かれたが、彼は地に伏した音穏のもとに後退して彼女を守る体勢に移行した。そんな切を、モードレットの見下した目が見つめた。 「ふん……所詮はただの契約者か」 「自分ら……己が何をしてるか、分かってるのか? このままだったら、ネルガルにカナンが支配されるかもしれないうえに、エンヘドゥの心も闇に囚われたままかもしれないっていうに」 「他人がどうなろうと、俺の知った事か。それに、力など使う奴次第でどうとでもなる」 「なに……?」 切は怪訝そうにモードレットを見返した。彼の瞳には、火が灯るように爛々とした意志が湛えられていた。 「モートですらも、俺の前であれば足がかりに過ぎんさ。エンヘドゥを逃がしたのは痛かったが……まあ、せいぜい俺のために散るといい。あいつも、お前もな」 「…………」 饒舌に言い放つモードレットを唖然と見ていた切。すると、突然彼は声を漏らした。 「自分……えらく暗いなぁ」 「くら……!?」 まるで可愛そうな人でも見るような目で見られて、モードレットは憤慨した。 「ぐ……な、なら、貴様はなんのために戦うというんだ!」 「ワイか? そんなの、決まってるっってもんだ」 切は不敵に笑った。そしてまるで当たり前かのように言い放った。 「女の子の笑顔のために! 当然だろ?」 さすがに、モードレットも呆気にとらえてしまった。彼にとってはあまりにも馬鹿馬鹿しい言い草だが、しかし……なぜか切の表情は眩しく見えた。 モードレットはそんな彼に苛立ちを向けて、とどめを刺してやろうと槍を振り上げた。 その瞬間―― 「モードレット!」 モードレットを狙った何者かの剣を、飛び出した椋が自らを盾にして受け止めた。 「自分……!」 それは、かつて切が敵の砦で戦ったことのある少女――夕条 媛花だった。彼女は切と同じく敵兵の鎧を纏っていたが、すでにその兜は脱ぎ捨ててあった。 「無事だったんだな」 再会に喜ぶ切だったが、どうやら媛花はそのようなことどうでもいいようで、敵を見据えて身構えていた。 深手を負った椋は、転がるようにしてその場にくずおれる。 「ク……クロセル」 静かに呟かれた彼の言葉に従って、パートナーである浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)が召還された。 「おや、少年……ずいぶんと傷ついているねぇ」 「く……た、たのむ、治療を」 クロセルは椋に頼まれるが、ねばつくような笑みだけを浮かべていた。憎たらしく椋を見下ろして、彼は問いかける。 「ん? それが物を頼むときの態度かね?」 やはり、というべきか。このような腹の立つ物言いをされることが分かっていた椋は、わずかに彼を召還したことを後悔した。とはいえ、今では治療を頼めるのは奴しかいない。 「お願い、します」 「まあ、そこまで頼まれちゃあ、仕方がないね。ほれ」 クロセルの癒しの魔術がかけられて、なんとか椋は身動きができる程度までには回復した。起き上がった彼に、魔鎧を解いたホイトが手を貸す。 「おい、椋、大丈夫か!」 「あ、ああ……」 そんな椋を見やって、モードレットは興が冷めたように構えを解いた。いまだこちらを見据えている媛花と切に、彼は言い捨てる。 「今回はこれで退いてやる。だが……俺の道を阻むことは出来んぞ。もし邪魔をすることがあれば、たとえ女の笑顔であろうと砕いてやろう」 「なに……!」 切が憤慨したのを後ろに見て、モードレットは満足そうに笑っていた。