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アグリと、アクリト。

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アグリと、アクリト。

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chapter.11 実験結果(9)・暴力と愛 


 日が沈み、徐々に夜の気配が漂い始めた頃。
 みなと公園では、マスコットキャラのみーなちゃんとなっとくんが仲良く手を繋いで歩いていた。彼らはこうしてみなとくうきょう内の至る所に現れては、来場者と触れ合うのだ。
 そんな仲良さげな二匹を、ベンチに座って憎しみのこもった瞳で睨みつけていたのは荒巻 さけ(あらまき・さけ)であった。
「随分恋人たちが多い場所なんですのね。あまつさえ、マスコットまでカップルだなんて……」
 その言葉からは、はっきりとした妬みと怒りを感じる。昼過ぎくらいに彼女がここを訪れた時、その心はここまで荒んではいなかった。むしろ、可愛らしく拗ねていた。

「んー、ヨサークさんに最後に会ったのが……もしかして、一年前とかそのあたりのような気がしますわ。さすがにこれは、ほっとかれすぎじゃありませんの?」
 擦れ違うカップルたちをちらりと見つつ、施設内を歩いていたさけはそんなことを呟いていた。空賊、キャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)のたいせつなひととして両思いになったはずの彼女だったが、長いこと彼の姿を見ていないようだった。
「きっとアレですわ、十年ほど前に流行ったという、草食系男子に違いありませんの」
 自分を納得させるように言う。しかし、心の中ではそれを打ち消す言葉が既に浮かび上がっていた。
「あれ、でもあの人、空賊ですわよね……? 欲しいものは必ず手に入れる、あの空賊ですわよね?」
 ぴた、とその場で止まり、俯いたさけは少しの間思考を働かせ、ヤケ気味に答えを出した。
「……あー! はいはい。欲しくない、と。欲しくないというわけですわね。なるほどですのー」
 バタバタと大きな足音を立てて、さけはそのまま公園でふて寝することにした。今からおよそ、5時間ほど前のことである。

「なんだか、無性にあの呑気な着ぐるみを虐げたくなってきましたわ」
 目を覚ましたさけは、八つ当たりにも似た感情でなっとくんに冷ややかな目線を送っていた。と、彼女は不意にベンチから立ち上がると、小走りでなっとくんのところへ駆け寄っていった。それに気がついたなっとくんが手を振って応えようとする……が、さけは一切それに応じず、思いっきり反動をつけてからなっとくんの急所を蹴り上げた。
「ぶぎゅっ」
 着ぐるみの中から到底生物が発する声ではない声が聞こえ、なっとくんは悶絶しながら股間を抑え、その場を転げ回った。
「起きろ! そしてもげろ!」
 それを無理矢理立ち上がらせたさけは、もう一度同じ場所にキックを見舞う。もはや声すら出てこないなっとくんが前のめりに倒れ込むと、その顔にさけは往復ビンタを食らわせた。さらに、足を上げたさけはなっとくんの腹部へと一直線に足を差し出し、そのまま蹴り倒した。
 口から泡を吹いているなっとくんだったが、さけのプレイはまだ終わらない。彼女は履いていた一本歯下駄で、なっとくんの股間をグリグリと踏みつけながら、気持ち良さそうに言った。
「あらあら、恋人たちのマスコットキャラがはしたない格好ですの」
 既にぐったりしているなっとくんの背後に移動したさけは、どこからかロープを取り出してぐるぐるとなっとくんを縛り始めた。いやらしい縛り方をされたなっとくんは近くの木に吊るされ、さけに棒でつつかれる。その様子を、さけはカメラで撮影しながら再び罵る。
「ほうら、どんな気持ちですの? 今、どんな気持ちですの?」
 なっとくんに返事をする力はもう残っていない。
 一体なぜ彼女は、ここまで暴力的になってしまったのだろうか。それは、細胞を活性化させた結果、「ドS気質」が発芽してしまったためである。ドSと言っても限度があるだろうという話だが、もし仮になっとくんが同じレベルのドMであった場合、これは最高のご褒美となる。なっとくんがどのくらいどちらに傾いているのか、確認する術がもうないのが無念である。
「あらあらまあまあ。しょうがあらしまへんな。こればっかりは」
 そんなさけとなっとくんの様子を、離れたところから見ていたのはパートナーの信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)がおっとりとした口調で言う。葛の葉はふうと一息吐くと、すっとマイクを取り出し、突然ナレーターのように振る舞い出した。
「少女に、何が起きたのだろうか。そして、ここまで理不尽な暴力があっただろうか。少女の、その、禍々しいまでの脚によって。屈辱と羞恥を、味わわされる。その性的興奮に堕ちる彼は、今後どうなっていくのであろうか。乞うご期待」
 お前に何が起きたんだよ、というほどの変貌ぶりだが、もしかしたら彼女もまた、細胞が活性化されたのかもしれない。
「……あら?」
 と、葛の葉の口調が普通に戻った。何やら、さけの方を見ている者がいることに気付いたようだった。さけもまた、自分に向けられている視線に感付く。
「……誰ですの?」
 ばっ、と振り返るさけ。そこに立っていた……いや、呆然と立ち尽くしていたのは、なんと彼女があれほど頭に浮かべていた、ヨサークだった。活性化装置を使用したというパートナーのことが気になり、みなとくうきょうまで様子を見に来たところ、偶然にもさけの痴態を目撃してしまったのだ。
「ヨ……!?」
 完全なる不意打ちに、言葉を失うさけ。しかし、ヨサークもまた、口を開けたまま言葉を失っていた。両者の間にどれくらいの沈黙が流れただろうか。ようやく我に返ったさけが、慌ててヨサークに弁明を試みる。
「ヨサークさん、これはちゃんと理由が……」
「……」
 半ば放心状態のヨサークは、さけの言葉が終わるのを待たずに、ふら、と覚束ない足取りで歩き出してしまった。一年ぶりの再会はこうして、何の甘さもロマンもなく終わってしまったのだった。

 少しだけ時間を遡り、さけがなっとくんをいたぶっていた時。
 その場にはある違和感があった。そう、みーなちゃんがいなかったのである。では果たして、みーなちゃんはなっとくんが虐められている間、どこで何をしていたのだろうか?
 さけがなっとくんとの距離を詰めていたまさにその時、みーなちゃんはどこからか、ドラの音を聞いていた。そのジャーンジャーンという響きに誘われ、なっとくんから離れ単独行動に出たみーなちゃんの前に現れたのは、久多 隆光(くた・たかみつ)だった。どうやら先程から鳴り響いているドラは、みーなちゃんをおびき寄せるため彼が鳴らしていたようだ。一体なぜ、彼はみーなちゃんをおびき出そうとしたのか? そこに理由はない。強いて言うならば、運命、とでも答えるべきだろうか。隆光は、みーなちゃんを一目見た瞬間、強く惹き付けられるものを感じていた。
「俺と彼女は、一心同体になるべきなんだ……!」
 そう願った隆光は、それを実践すべく、みーなちゃんを呼び寄せたのだ。計画通りみーなちゃんを呼ぶことに成功した隆光は、ファーストコンタクトとして物で釣る作戦に出た。ごそごそと懐から彼が取り出したのは、美味しそうなみかんだった。
「温州みかんでございます」
 一言を添えて、それを差し出す隆光。が、みーなちゃんは「オボロロロ」と低い唸り声を上げるだけで、それを受け取ろうとはしない。どうやら餌付けだと思われたのか、幾分みーなちゃんは警戒しているようである。その様子を見た隆光は、腹をくくった。
「俺は……どうしても合体したい。みーなちゃんと、ひとつになりたい。もうそれを叶えるためには、こうするしかない!」
 ばっ、と隆光が勢い良く飛びかかる。彼の魂が、「強引にでもいくんだ」と叫んでいたのだ。
「男はなあ……時に野獣になるしかねぶふぅぁああっ」
 決めのセリフを言う前に、隆光は地面に崩れ落ちた。みーなちゃんの放ったレーザービームが、隆光の肩を射抜いたのだ。
「ぐ……どこかに、どこかにファスナーがあるはずなんだ……!」
 それでも立ち上がろうとする隆光。そこに、みーなちゃんがダメ押しとばかりに背中から触手を伸ばし、隆光の首にドスッと突き刺す。そこから生命力を吸い取ったみーなちゃんは、隆光の顔が真っ青になったことを確認すると、首に刺さった触手を抜いて彼を地面に放った。
「み、みーな……ちゃん……俺は、あ、きらめ……」
 そこで、隆光の意識は途切れた。みーなちゃんが去った後偶然通りがかった通行人が救急車を呼んだことで彼はどうにか一命を取り留めたが、あと10分発見が遅れていたら、命は危なかったらしい。以降、隆光はこれがトラウマとなり触手恐怖症となった。



 あちこちで照明がつき始め、みなとくうきょうはそこかしこで晩ご飯を食べようとする人で溢れていた。
 隆光となっとくんを乗せた救急車のサイレンが鳴り響くみなと公園で、高務 野々(たかつかさ・のの)は公園で小さな子供たちと戯れていた。さけや隆光が起こしていた騒動とは打って変わって、ほのぼのとした風景である。
「暗くなってきたから、そろそろ帰りましょうね」
「ありがと、おねえちゃん!」
「ありがと!」
 ひとり、またひとりと子供が帰路につくのを、優しい笑みで見送る野々。そう、公園とは本来、このような風景が見られる場所なのだ。
 一通り子供たちがいなくなった後、野々は振っていた手を下ろし、一息吐くと同時に独り言を口にした。
「平和に子供たちと過ごすことが出来て、良かったです。まあ……子供に混ざっていても違和感がないのが少々アレですけれど」
 その表情は若干複雑だ。身長、そして体型ともに子供のそれと大差ない彼女は、ごく自然に子供たちの中に紛れ込んでいたのだった。それには、細胞活性化の影響もあった。彼女が装置を試したところ、「ロリータ属性」が活性化され、その特性がより顕著に現れてしまった。しかし彼女は、立派な成人である。だがそのことが逆に、彼女にある危機感を抱かせたのである。
 ――この装置により、とてつもない変態が現れてしまうかもしれない。大学にも怪しい機関が講師として来ているという話を聞いた。ならなおさら、その可能性は高い。
「成人ゆえに、ロリコンなどがいた場合、合法的にあんなことやこんなことをされてしまうのでは?」
 彼女がそう判断したのも、自然な決断と言えるだろう。仮にこれが未成年であった場合、法的にまだ危険な目には遭わない可能性の方が高いのだから。
 まあ、根本的に全年齢対象の世界である以上、彼女が思うような危険に遭うことはそもそもないと言えばないのだが。
 それでも、貞操の危機を感じた野々は、木を隠すなら森の中、とでも言わんばかりに、自身の身を子供たちの中に置いたのである。つまりこれは、子供たちとのスキンシップ活動の一環というよりは、防犯行動なのだ。
 それが幸いしたのか、彼女はあれだけ多くの変質者が公園で騒ぎを起こしまくっていたにも関わらず、未だそのどれとも遭遇していなかった。
「どうにか、誰にも襲われることなく一日を終えられそうですね……」
 ほっと安心した様子で、野々が言う。しかし、彼女はまだ分かっていなかった。
 本当の変質者は、夜遅くに出没するということを。
「あれ……? まだ子供が……?」
 凶兆が訪れる前触れであるかのように、野々はひとりの少女を見つけた。
「うーん、あたし、どうやったら自分の力を使うことが出来るのかな……?」
 困った顔で呟きながら歩いてきたのは、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)だった。
「どうしたんですか? もう暗いから、親のところに帰らないと……」
 心配そうに告げた野々の言葉に、夜魅はこう答えた。
「パパとママがね、ここでみーなちゃんとかなっとくんと遊んでなさい、って」
 でもみーなちゃんもなっとくんも見当たらないの、と彼女は残念そうに呟く。それもそのはず、今現在みーなちゃんは隆光のせいで凶暴化、なっとくんはさけの凶暴化により病院へ行っているため接触が叶わなかったのだ。
「それで、そのパパとママは?」
 野々が優しく尋ねるが、夜魅は首を傾げるばかりでその答えは出てこない。仕方なく、彼女は夜魅を連れて親を探してあげることにした。
 だが、それがいけなかった。



 みなとくうきょうから少し離れた、ネオンが灯る町並み。といっても、そこにあるのは華やかな雰囲気ではなく、インモラルでどこか排他的な空気だ。
 立ち並ぶビルの中のひとつ、少々古くさい装飾が施されたその建物の一室に、夜魅の契約者であり、彼女を我が子として育てているコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)はいた。
「コトノハ、夜魅がいるのに、こんなことを……」
 けばけばしい原色の照明にその体を染めているコトノハへ話しかけたのは、パートナーであり夫であるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)だ。彼は、コトノハに乗っかられて身動きが取れない体勢にあった。
「夜魅は、みーなちゃんとなっとくんと遊ぶよう言っています」
「なに、じゃあ……」
「ええ、そろそろ夜が深まってきたから、迎えに行かないと。でも、その前に……」
 す、とコトノハがルオシンの衣服に手をかける。その目は母親のそれではなく、ひとりの女性としての色気を帯びていた。
「男性観察機構の一員として、ルオシンさんをじっくり観察します」
「コ、コトノハっ……!?」
 開いた胸元に、コトノハが唇をつける。その柔らかい感触にルオシンが反応すると、コトノハは自らもおもむろに服を脱ぎ出した。しゅる、と衣擦れの音がルオシンの耳に届くと、彼の光条兵器が呼応するように硬度を増していく。
「どのくらいその光条兵器に持久力があるのか、調査しましょうか」
 艶のある笑みを浮かべ、コトノハは自らの唇を徐々に下へとスライドさせていく。やがて彼の光条兵器の付近までくると、彼女はルオシンのチャッ……否、光条兵器を解き放つための封印を開けた。
「ルオシンさん、さあ……」
「コトノハ……」
「あんっ」
 その時、部屋に備え付けられているテレビから音が流れた。ふたりが消すのを忘れていたためだ。画面に映っているのは、ちょっとアダルトチックなアニメだった。諸事情により、ここから先はふたりの絡み合いではなくアニメの音声の方をお楽しみいただこう。
「あっ、ああっ」
「だめっ、そんなのっ……!」
「すごいの、すごいのおっ!!」
「もっと、ねぇもっとちょうだいっ!」
「あああああんっ」
 念のため言っておくが、これはテレビの中から聞こえてくる音声である。このように、テレビをつけっ放しにしておくことで電力が無駄に使われるばかりか、有事の際に雰囲気を壊してしまうことだってあるのだ。
 みんなもこうならないため、普段の生活から節電を心がけよう。