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アグリと、アクリト。

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chapter.12 増多教授の憂鬱(3)・露出と未知なる存在の誘い 


 夜は、危険な匂いがする。
 数々の変質者を生んだこのみなと公園には、あの増多教授がいた。痴漢容疑で連行された彼は、またもや大人の力により解放されていたのだ。さすがにこう短時間で捕まってしまっては、大学に戻りづらいと感じた彼はほとぼりが冷めるまで、適当に近所をうろついていた。
「今夜は、良い風だ」
 夜の公園を散歩しながら、増多教授は目を細め呟いた。時折サイレンやドラの音が鳴ったりしてはいたが、基本的には静かで穏やかな夜だった。が、運命は、彼に平穏な生活を許さない。ざっ、と彼の背後にひとつの影が忍び寄る。影は、暗闇に気配を紛らわせ、増多教授へと近づくと、彼の進路を塞ぐように飛び出し、その姿を現した。
「鬼羅星!」
「……?」
 突如わけの分からない単語を叫び、目元で横向きにピースしながら登場したのは、天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)だった。彼は、どういうわけか全裸だった。いや、正確には、マフラーのみを装着していた。そのあまりに強大なインパクトに、さすがの増多教授も言葉を失う。あっけにとられている彼に、鬼羅は握手を求めた。
「国際女性観察機構理事長、増多端義とお見受けした! 突然で悪いが、どうかオレに、進むべき道を教えてほしい!」
「ま、まずは服を着ようか」
「お、おう……!」
 当然の指摘を受け、鬼羅はいそいそと服を着た。なぜかその衣装はセーラー服だったが、増多教授は「もう服着ていてくれればなんでもいいや」とその部分をスルーした。
「……で、道を教えてほしいとはどういうことだい?」
 夜道を歩きながら、増多教授は改めて鬼羅に尋ねた。すると彼は、その詳細と理由を語り出した。
「オレは、人前……特に女性の前で全裸になることに喜びを感じるんだ」
 まったくもって迷惑な性癖である。
「当然、裸になった後はボコボコにされる。だがそれは構わない。いやむしろいい。女性にボコボコにされると、すごく気持ちいい! ありがとうございますっ! 感謝!! すべてのオレを蔑む女性に感謝だっ、うおおおおおおお!」
「分かった、分かったから落ち着いて話してくれないか」
 話している最中に自分がその状況に陥ったことを想像してしまい、興奮したのだろう。突然叫び出した鬼羅をどうにかなだめ、増多教授は話を続きを促した。
「話を聞いている限り、君はそれほど困っているようには見えないけれど」
 むしろお前の対応にこっちが困ってるよ、と言いそうになって慌てて彼は口をつぐんだ。そんな増多教授の心中などつゆ知らず、鬼羅は悩みを打ち明けた。
「だがしかし! しかしだ! 残念なことに、マンネリ化してしまっているんだ! 全裸、興奮、殴打という流れが出来上がってしまっていて、刺激が足りない! なにか……なにか新境地をオレは見つけてぇ!! うぼぉおぉおおあああ!」
「よし、うん、まずそのすぐ叫ぶ癖を直そうか」
 犯罪でも起こして捕まりかねないな。増多教授は、目の前の男を見てそう思った。鬼羅は軽く頭を下げ謝った後、もう一度、今度は深く頭を下げ願い出た。
「増多端義……いや、マスター端義! マスターに教えてもらいたい! このオレの……オレの中に眠っている力を、フェティシズムの概念から開拓できないだろうか!?」
「フェティシズムの概念から……」
「ああ、オレはまだまだ女の子たちのことが見えていないんだろう。きっとそうに違いない。あの可憐な花々の素晴らしさを、もっと知りたい! 感じたい! この体! この肌で! オレに出来ることならなんだってする!!」
 その真剣な態度に、増多教授もほう、と感心した。
「つまり、全裸になった後、どう振る舞えば良いか迷っている、ということだね?」
「ああ、その通りだ! マンネリを打破するには、どうすればいい?」
 鬼羅に問われた増多教授は、顎に手を当て、じっと考える。全裸分野に関しては、彼はまだそこまで研究を深めていなかったため答えに時間を要したのだ。
「全裸、全裸か……」
 閃きが下りるまでふたりで散歩を続けていた彼らは、道中、妙な声を耳にする。
「開け、地獄の門!!」
「……なんだ?」
 その声に釣られたふたりが発生源へと近づくと、そこにいたのは全身を真っ黒にペイントしていたロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だった。彼はズボンのチャック全開で、そこからおそらく何かを出していた。周囲が暗いためよく見えないが、きっとろくなものを出していないだろう。さらにロイは、大声で叫び続けている。
「飛べ、朱の飛沫!!」
 どうやら、どこかから何かを放出させたようだが、これも暗くてよく分からない。ただひとつ言えるのは、間違いなく彼が不審者であるということだ。
 ひとしきりはしゃいだ後、ロイは額から流れる汗を拭いながら、小さく呟いた。
「ふう……このくらいやれば、アクリトの評判も地に落ちるだろう」
 彼のこの行動の真意、それは、今の言葉に表されていた。
 ロイは、空京を我が物にしようと企んでいた。しかし、それを実現させるには大学の学長であるアクリトの存在が邪魔であった。そんな折、彼はアクリトが学長の座を降りたことを知り、これが好機だと判断し、計画を実行に移した。
 その計画こそが、彼が先程からやっていた「アクリトに変装し、周囲をひかせるような行動を取ることで間接的に評判を落とし、彼の居場所を空京から奪う作戦」だった。ちなみに、肌を黒く染めた染料はイカスミである。
「インドに帰る! チャパティチャパティ!」
 カバディカバディ! みたいなノリでロイがアクリトっぽさを主張する。が、いくら彼がそれっぽい単語を出したところで、外見や性格、行動があまりにもアクリトとかけ離れていたため、通行人にはただの変質者としか受け取ってもらえなかった。そんな風に見られていることなどまったく気付いていないロイは、ふう、と一息吐いてから含み笑いをして言った。
「しかし、これではまるでロイ・グラードではなくエロイ・グラードだな」
 にやり、とカメラ目線でキメた彼は、これ以上ないくらいのドヤ顔だった。そして、思いっきりすべっていた。
「……ごらん、あれが変態だよ」
「レ、レベルが高え……!」
「まあ、君の悩みは分かる。けれど君はまだ若い。これから色々なシチュエーションに出くわすことで、君の性癖は様々な形に変わっていくんだ。君の意志は信じている。とりあえずシャンバラ一の変態になりなさい」
 陰から様子を見ていた増多教授と鬼羅がそんな会話をしていると、そこに夜魅を連れた野々が不運にも、通りかかってしまった。
「え、へ、変質者っ……!?」
 咄嗟に夜魅の目を塞ぐ野々。親探しを手伝ってしまったばかりに、彼女はこの変質者と遭遇してしまったのだった。
「どうしたの?」
 無邪気に尋ねる夜魅に、野々は「良い子は見ちゃいけませんっ」と早口で告げ、その場から全力で逃げた。
「ナマステ! ナマステ!」
 アクリトっぽさを出そうと、インドの言葉で別れの挨拶をするロイ。アクリトはたぶんそんな言い方はしないが。
「……しかし、あそこまでの変態は僕も久しぶりに見たね」
 増多教授が驚きを隠せないといった感じで彼を見つめる。そんな彼を含めたこの光景を、もうひとり見ていた者が実はこの場にいた。それは、増多教授の所属する機関を怪しみ、増多教授を観察するべく後をつけていた神代 明日香(かみしろ・あすか)だった。
「へ、変態です……紛れもない変態集団ですー!」
 鬼羅と増多教授の会話を盗み聞きしていた辺りで、「この人たちはおかしい」と感じてはいたが、ロイの痴態に遭遇したことで彼女の思いは確信へと変わった。
 正義のため、彼らを滅ぼさなければいけない。女性として当然の行為、いや、義務なのだと。
 まあロイはWWOの一員ではないし、増多教授と鬼羅もたまたまここに居合わせただけで、ロイとは無関係なのだが、一ヶ所に彼らが集まってしまったことが、運の尽きであった。
「誰ひとり、逃がさないですよー」
 空飛ぶ魔法で上空へと上がった明日香は、一網打尽にするべく、その手に魔力を込める。危険な気配を感じた増多教授や鬼羅、ロイが一斉に上を向くと、そこには短いスカートのメイド服に、ニーソックスをはいた明日香がいた。
「これは……ファンタジーとチラリズムの融合だね」
「なるほど、こういう魅力も女の子にはあるのか……マスター、分かった、オレもニーソックスを履くべきなんだな!?」
「……いや、そうじゃない」
 明日香のチラリズムに気を取られているうちに、彼らは逃げるタイミングを失った。
「さーちあんどですとろい!」
 明日香は炎を広範囲に放つと、彼らを丸焼きにしようとした。それを最も威力のある地点で受けてしまったのは、皮肉にも肌を黒く染めていたロイだった。
「おおおぉっぉおぉぉっ……!」
 より一層黒こげになったロイはそのまま前へと倒れ込む。その際、彼が自分の体で表出させていたある部位が、部分的に他の部位より突き出ていたため、真っ先に地面と垂直に交わる形で衝突してしまった。ロイは声にならぬ叫びを上げた。そして、どういうわけか、その叫び声を何か蟲の鳴き声と勘違いしたのか、気絶から立ち直ったカシウナが、小型飛空艇をかっ飛ばし彼のところへ飛び込んでくる。
「私自分が怖い……もうこれ以上、誰も傷つけたくないのに!」
 どこの口がそんなことを言うのか問いただしたいところだが、カシウナはその勢いのまま、倒れているロイに衝突した。スピードがついていたため、ロイは外気に晒していたその部分を地面に擦ったまま、数メートルほど体を前方へと滑らせた。彼はあまりの強いダメージに、言葉を発する間もなく気絶した。自分の意思で露出させていたのだから、自業自得といえば自業自得である。
「な、なんだか途中で変な人が来ましたけど、とにかくこれで、怪しい機関も滅亡ですー」
 うろたえつつも確かな満足感を覚えた明日香は、合掌をしてからその場を去っていった。彼女の一撃によって服を燃やされた増多教授と鬼羅はこの後、「全裸の男性ふたり組が公園を徘徊している」と通報を受け、公然わいせつ罪の容疑で留置場に送られた。もっとも鬼羅の方は未成年ということですぐに釈放されたが、増多教授は三度目の逮捕ということもあり、大学側から「もう来ないでくれ」と解雇宣言を受けてしまったという。