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chapter.5 実験結果(4)・演出家と悪酔い 


 みなとくうきょう。
 増多教授が逮捕されている頃、みなとテラスでは何やら数名の生徒たちが、酒の匂いを発しながら賑やかな声を上げていた。まだ時刻は14時を少し回ったくらいだったが、ビアーガーデンはそんなことお構いなしという盛り上がり具合だ。
「うっし! ねえちゃん、もっと酒を持ってきてくれ!」
 広めのテーブル席に座っていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、店員に大声で注文を追加する。
「ぐははは、これは飲み放題のプランなんだろ? だったら樽ごと持ってこい!」
 ラルクに対抗するように、彼の隣では黒髭 危機一髪(くろひげ・ききいっぱつ)が乱暴な口調で告げながら空き瓶を転がした。
「黒髭さん、もしかしてそれ、ビールじゃなくて樽に興味持ってません?」
 樽を常時ライフスペースにしている黒髭の生活スタイルを思い浮かべ、頬をぽりぽりと掻きながら契約者のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が口にする。
「おい、十二星華がひとり、ゴットファー座を舐めるなよ? いいかお前ら、十二星華の胃袋はコスモなのさ! 酒だろうと樽だろうと、なんでもウエルカムだ!!」
「あ、結局樽も欲しいんですね」
 両手を広げ、陽気に笑う黒髭の後ろでクロセルは冷静につっこんだ。ちなみに十二星華の胃袋が大きいかどうか、真偽は定かではない。そしてもうひとつ言うならば、黒髭は当然ながら十二星華ではない。ゴットなんたらとかいうのも、自称である。
 ただ黒髭にとって最大の不幸は、自分の立ち位置が自称でしかないことではなかった。そう、黒髭の不幸は、十二星華が大活躍していた頃に依頼へ参加できず、若干の今さら感が滲み出てしまっていることだった。細胞活性化の話を聞き、黒髭はこれ幸いとそれらの性質を前面に出した。
「こんな機会はどうせ最後だ、ここで一花咲かせてやるぜ!」
 新しくテーブルに運ばれた酒瓶を、かっさらうように手元へ引き寄せ、次々と喉に流していく黒髭。さらに残りの酒も飲もうとテーブルの反対側へ手を伸ばした黒髭だったが、それを同席していた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が止めた。
「ちょっと、ここらへんにある瓶は私のだからね! 私は装置の実験結果を試すため、いっぱいお酒を飲まなくちゃいけないんだから邪魔しないで!」
「あぁ? おまえこそ、俺様の活躍に水を差すんじゃねぇぜ!」
「透乃ちゃん、私のお酒を上げますから、とりあえず落ち着いて……お酒を飲むことはあくまで検証のための準備ですし……」
 あわや乱闘になりかけたふたりを、透乃のパートナー、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が止めに入った。とはいえ雰囲気はまだ和やかとは言えない。そこで、ラルクが明朗な口ぶりで提案をした。
「なんだなんだ、せっかくの酒の席で揉め事はなしだぜ! そんなに全員自信があるなら、飲み比べといこうじゃねぇか!」
「ぐはは! 俺様と飲み比べするとは良い度胸だ! よしいいぞ、受けてたってやる!」
「いいけど、そう簡単にはくだばらないよ?」
 彼の提案を黒髭、透乃両名共呑んだところで、クロセルもここぞとばかりに前へ進み出た。
「そうと決まれば皆さん、ここからは俺の出番ですね!」
 言って、彼はラルクと黒髭、透乃の3名がテーブルに横一列に並ぶよう誘導すると、自らも移動し、そのテーブルの脇へと立った。その配列は、まるで大食い選手権の舞台を思わせる。クロセルはさながら司会者のごとく、声を周囲に響かせた。
「さあ皆さん、今世紀最大の大酒飲み対決、今ここに開幕です!」
 なんだなんだ、と彼の声を聞いた周りの客たちが、視線を彼らへと向ける。それを確認したクロセルは、普段から研究している演出用の魔法でさらに人目をひこうとする。
「では早速、選手の皆さんを紹介しましょう! まずは俺のパートナーにしてみなとテラスの生きる伝説となる男、黒髭危機一髪さん!」
 クロセルは、紹介と同時に魔法を放ち、黒髭の頭上からスポットライトのように光を当てた。同時に、背後で爆発も起こすというおまけつきだ。
「えー、あとはラルクさんと霧雨さんですね。では競技に移りましょう!」
「おい、手抜き過ぎだろ!?」
「ちゃんと紹介してよ!」
 参加者のブーイングを無視し、クロセルは試合の開始を宣言した。
「みなとテラス飲み比べ勝負……よーい、スタート!」
 強引に始められてしまった勝負に、慌ててラルクと透乃は瓶を手に取る。その隙を突き、黒髭は既に瓶の半分ほどを空けていた。
「おーっと、黒髭選手、一歩リードです!」
 アップテンポな、明るい音楽をクロセルが流す。本人曰く「これも演出魔法です」とのことらしい。クロセルも細胞を活性化させた結果、演出魔法を使うという性質が突出し、このようなことをするに至ったようである。まあもしかしたらこっそり音楽を機械で流していた説もあるが、クロセルは「いえ、演出魔法です」と言い切っていた。
「あー、しかしいつの間にか、ラルク選手が追い上げてきたっ!」
「は! こんなもんじゃ俺はまだまだ酔わないぜ!」
 調子が上がってきたのか、ラルクは威勢の良い言葉を吐くとさらに追加で来た酒を流し込んだ。
「ブーブー! 黒髭さん頑張れー!」
 それを見たクロセルが、ブーイングの効果音と共に黒髭への応援メッセージを発する。彼の言うところの、演出魔法の一種である。
「おい司会者、肩入れしすぎだろ!」
「いえ、これは演出用の魔法です。ちゃんと平等に、観客の野次が聞こえるようになってますから大丈夫です」
「魔法って、さっき明らかにそのプレーヤーから音が……」
「魔法です」
 ラルクがクロセルと言い争っている間に、黒髭と透乃はラルクに2瓶以上の差をつけていた。
「くっ……このままじゃまじぃな! 仕方ねぇ、ペースを上げるぜ!」
 そう言うとラルクは、一気に3、4本の瓶を持ってこさせると、それらを矢継ぎ早に胃へと流し込んだ。これにより勝負は接戦となり、さらなる盛り上がりを見せていた……のだが、ここで誤算が起こる。
「あー……酔ってきやがった……あっちぃあっちぃー……」
 あまりにハイペースで酒を飲み過ぎたラルクに、酔いが回り始めてしまったのだ。この瞬間、勝負がついてしまったかに思われたが、ここで彼の悪い癖が出てしまった。細胞を活性化させたラルクが現した性質、それは「酔うと脱いでしまう癖がある」ことだった。
「ちょっと失礼するぜ!」
 ばっ、と立ち上がったラルクは、その勢いのまま着ていた服を乱暴に脱ぎ始めた。
「……!?」
 これには周囲の人々だけでなく、飲み比べをしていた黒髭や透乃、司会者のクロセルまでもが言葉を失った。ラルクはそのまま下着も脱ぎ、一糸まとわぬ姿となった。ちょっと失礼どころの話ではない。通報されたら署に連行されるレベルである。
「さあ、飲み比べの続きといこうぜ! 酒を持ってきてくれ!」
 そんな周囲の反応など気にする様子もなく、ラルクは店員に注文をしていた。そのテンションで彼は、妙なことまで口走る。
「なんなら酒だけじゃなくて、こっちを比べてもいいんだぜ?」
 そう言って彼が指差したのは、テーブルで足と足の間から飛び出ていた光条兵器だった。この世界で光条兵器といえば、それが指し示すものはひとつである。さらに、彼の光条兵器はとても巨大だった。彼が口にしたセリフは、それを自覚した上での自信の表れだろう。
「さあ、麦100%、膨張率も100%だぜ!」
 ラルクがよく分からないことを口走ったあたりで、他の客が連絡したと思われる警備員がやってきた。
 そして彼は、そのままみなとくうきょう警備室に連れて行かれ、厳重注意を受けた。当然、飲み比べはこの時点で中止となった。