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リアクション
第二章 白姫岳
『待て〜!絶対、逃がしてなんかやんないだからね!!』
と心の中で叫びながら、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は逃げる空賊を追跡していた。
尾行に気付かれないように雲間に隠れつつ、【強化光翼】と【ロケットシューズ】で高速移動を続ける。
飛空艇は、島の西端に近づくと、大きく機首を下げ、妹島の下へと潜り込んでいく
固唾を飲んで見守るあゆみの目の前で、突然、飛空艇の姿が消えた。
「え!?」
思わず、驚きの声をあげるあゆみ。
「あゆみ、どうしたのにゃ?」
呼ばれて振り返ると、そこにパートナーのミディア・ミル(みでぃあ・みる)がいた。
いつの間にか、追いついていたらしい。
「そ、それが……」
と事情を説明するあゆみ。
「ナルホド!わかったにゃ。きっと、あの島には何か秘密があるにゃ!早速調査ニャ〜」
「ちょ、ちょっと待って!危ないよ!みんなを呼んできたほうが良くない?」
「ナニ言ってるのニャ!これはまたとないチャンスにゃよ?もしあの島に秘密の扉みたいなものがあって、それが味方が来た時しか開かないようなものだったら、どうするのニャ?“虎穴に入らずんば虎子を得ず”ニャ!」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
思わず納得してしまうあゆみ。内心、あゆみとしても調べてみたいのは同じなので、どうしても強く出れない」
「ニャ!そうと決まれば、“善は急げ”ニャ!」
「ま、待って!」
【ワイルドペガサス】で島に接近していくミディアを、慌てて追うあゆみ。
姿を消した飛空艇の謎は、以外に呆気無く解けた。
飛んできた鳥が、飛空艇と同じようにフッと消えてしまったのを見たあゆみが、閃いたのだ。
島の下部とその周囲を隠すように、巨大な幻影が投影されていたのである。幻の大きさは、半径100メートル以上はあるのではないだろうか。
念のため、ミディアを見張りに残し、1人で幻の中に入っていくあゆみ。
ミディアにはもし15分経っても自分が戻ってこなかったら、みんなにこの事を伝えるよう言ってある。
幻の内側に入り込むと、島の岸壁に設けられた小さな入口があった。
『あった!白姫岳の、秘密の入り口だ!』
小声で歓声を上げるあゆみ。
発見した入り口から、中を覗くと、そこは、小さな港になっていた。先ほどの空賊が乗っていた飛空艇が、停めたままになっている。辺りに、人の気配はない。
『間違いない。ここが空賊のアジトだ!』
頷いて、そおっと入り口から離れるあゆみ。音を立てたら、一巻の終わりだ。
一旦入り口の側に隠れたあゆみは、もう一度振り返って誰も来ないのを確認すると、脱兎のごとく逃げ出した。
スピードを上げ、幻の外へと飛び出すあゆみ。だがそこに、ミディアの姿はなかった。
「誰を探してるんだ?」
背後から、男の野太い声が響く。
あゆみが振り返ると、そこには、後ろ手に縛られ猿轡を咬まされたミディアと、身の丈3メートルはあろうかという巨漢がいた。ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。激しく抵抗したのだろうか、ミディアのペガサスも縄で縛りあげられている。
「見張りのつもりだったんだろうが、迂闊だったな。この幻影は、音も通さないのさ。飛空艇が出入りする音で、感づかれると困るんでね」
「ミディアを放して!」
あゆみが、悲痛な叫びを上げる。
「そう言われて、『ハイそうですか』と放すとでも思うか?コイツの命が惜しければ、大人しく投降しろ。言う通りにすれば、命までは取らん。オマエたちに、色々と聞きたいコトがある」
淡々と続けるジャジラッド。
その顔を、怒りに燃えた目で見つめるあゆみ。だが、ジャジラッドは毛ほども動じた風もない。
「生憎と、そういう目で見られるのは慣れてるんでな……。投降するのか、しないのか、早く決めろ!」
『あゆみ……ゴメン……』
目だけで、あゆみに謝るミディア。
「……わかったわ」
ミディアを見捨てることなど出来ない。あゆみは、ゆっくりと両手を上げた。
「ふぅ……。抜き終わりましたわよ、祥子さん。次は、どうすればよろしいの?」
細長い棒状の部品をビニール袋にしまい込むと、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)は宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に、ケータイで指示を求めた。
「オッケー。後は今抜いた信管の代わりに、樹脂を流し込んで。それで端子が絶縁されれば、完全に無力化出来るはずよ」
祥子は、《銃型HC》に映しだされている資料を元に、【トラッパー】と【博識】を駆使して、トラップ解除の手順を指示していた。
万が一イオテスがトラップの解除に失敗した場合、巻き込まれるのを防ぐため、彼女自身は、イオテスから数十メートル離れた物陰にいた。
二人は今、妹島の中央に聳え立つ、白姫岳(しらひめだけ)の麓にいた。
“金鷲党の残党が、まだ要塞としての機能を失っていない白姫岳を再び占拠するのではないか”という危惧を抱いた二人は、白姫岳への侵攻ルートを確保するべく、放置されたままのトラップを撤去しているのだ。
「起爆装置の処置、終わりましたわ。元通り埋め戻して、そちらに戻ります」
「お疲れ様。こっちもコレで終わり……っと」
トラップの処理を完全に終えたイオテスに、声をかける祥子。彼女の方も、今解除したトラップの場所を《銃型HC》に記録したところだ。
トラップを解除したと言っても、実際に無くなったのは起爆装置の部分だけで、火薬を含む本体部分はそのままにしてある。普通なら本体も爆破処理するところだが、白姫岳に敵がいる可能性を考えるとそれは危険だったし、かといって解除した罠を全部担いで歩くわけにも行かない。
埋め戻しているのは、トラップを解除したことを、敵に知られないためである。
祥子の《銃型HC》には、捕虜となった白姫岳守備隊から聞き出した“道”が記録されている。この道には、罠が仕掛けられていないため、安全に移動できた。
「それにしても、結構あるわね〜。まだ50メートルも処理してないわよ」
「仕方ありませんわよ。部隊の進撃路を確保するのですから、どうしても幅も必要ですし」
などと雑談を交わしながら進んでいた二人の身体が、突如強い力で宙に引き上げられた。
『しまった!!』
と思ったときには、もう手遅れだった。二人は、強靭なワイヤー製のネットに絡め取られて、宙吊りにされてしまっていた。
“道に罠は存在しない”という先入観が、仇となったのである。
「さ、祥子さん!」
「私は大丈夫よ。でも、この体勢はちょっとツラいわね……」
二人はネットの中で、背中合わせに団子のようになっていた。正直、あまり長居したい格好ではない。
「どうしましょう……」
「ちょっと待ってて。コレくらいのワイヤーなら、たぶん【ティアマトの鱗】で切れるはず……」
「チュキューン!」
辺りに反響する、聞き慣れた音。鱗を取り出そうと身じろぎした祥子のすぐ脇を、何かが通り過ぎる。
軍服の袖が一文字に裂け、うっすらと血がにじむ。
「……狙撃手付きってわけ」
敵はご丁寧に、脱出防止用の狙撃手まで用意していたらしい。銃で威嚇している間に、回収班がやって来るのだろう。
祥子は、目だけで周囲を探ってみるが、狙撃手の姿は見えない。
「イオテス、何か見えない?」
「……ダメです。こんな密林の中ですから、それほど遠くでは無いはずですけれど……」
イオテスの声も弱々しい。
「さて、どうしたものかしらね……」
いつもの台詞が口を突いて出るが、この状況では空元気も湧いてこない。
ガサガサと、茂みを掻き分ける音と共に、複数の足音が近づいてくる。回収班が来たようだ。
『ヤツらが来たときが、最初で最後のチャンスね……』
回収班がネットを木から下ろす時に隙を作れれば、なんとかなるだろう。この体勢で“術”が使えるか疑問だが、やってみるしかあるまい。
必死に策を練りながら、揺れる茂みをじっと見つめる祥子。
突然、その身体がふわっと浮きあがった。
かと思うと、今度は真っ直ぐ下へと引っ張られる。
『落ちる!』
そう思った瞬間、咄嗟に全身の筋肉に力を込める。落下の衝撃に備えるためだ。
だが予想に反して、衝撃は驚くほど軽かった。
恐る恐る瞼を開く祥子。その目に、見覚えのある顔が映る。
「牙竜!?」
「喋るな、位置を気取られる」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、囁くように言う。
その途端、乾いた音が立て続けに左右を通り抜けた。
事態の異変に気づいた敵が、捕虜の確保から抹殺に方針を変更したらしい。
「確保完了だ。ハデにブチかましてやれ!」
ヘッドセット越しに重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)に指示をだす牙竜。
「了解!うぉぉぉ……!私にミサイルを撃たせなさぁい!!」
辺りに怒声が鳴り響くと共に、激しい突風が逆巻く。
リュウライザーが【弾幕援護】として放った6発のミサイルが、宙に尾を引きながら空を駆ける。
ジャングルが、轟音と爆炎に包まれた。
「二人とも、怪我はないか?」
愛用の《虎徹》でネットを切りながら、牙竜が言う。
「えぇ。おかげさまで、カスリ傷で済んだわ」
「わたくしは、傷一つ」
「敵の数が多い!ここは一旦退却だ!リュウライザー!」
「了解!」
リュウライザーが、すかさず《メモリープロジェクター》で偽の映像を投影する。
しかし敵は、それでも攻撃の手を休めようとはしない。
激しく振り注ぐ弾丸の雨の中を、4人は素早く撤退した。
硝煙と木が焼け焦げる匂いが充満する森の中。
両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は、撤退していく4人をじっと見つめていた。
「追撃しなくて、よろしいのですか?」
傍らの若い侍の言葉に、悪路は静かに首を横に振る。
「えぇ。あのまま行かせなさい。今回は、私たちが“ここ”にいるのを知らせるのが目的です。それに……」
「それに?」
「どのみちあなたたちでは、相手になりません。あなたたちの父親が、100人にも満たない契約者たちにしてやられたのを、忘れた訳ではないでしょう?」
悪路の侮蔑したような台詞に、まだ少年のような歳の侍たちは、一気にいきり立つ。中には、刀に手をかけるものすらいる。
そんな若者たちを、リーダー各の侍が手で制する。そして――。
「いえ。あの屈辱は、忘れようとしても忘れられるものではありません」
侍は、そう静かに答える。しかしその身体から発せられる青白い火が、悪路には見える。
「なら、今は耐えることです。まだ、その時ではないのですから」
その目は、遠く金冠岳に注がれていた。
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