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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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第六章 死霊

「ここが、その場所ですか?」
「ああ。ブリジットが調べて、何の証拠も見つけられなかった場所だよ」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の問いに、泉 椿(いずみ・つばき)が答える。
 橘 舞とブリジット・パウエルは、全く連絡の無い月美 あゆみとみでぃあ・ミルの捜索に行っており、この場にはいない。椿はどうしようか最後まで迷ったが、結局本来の目的を優先することにした。
「データによると……。ここはトーチカに立て籠った金鷲党と、激戦が繰り広げられた場所だって。崩れたトーチカの下には、まだ何人もの遺体が眠ってるってさ。いかにも、幽霊が出そうな場所だぜ」
 小次郎は手っ取り早く《迷彩塗装》に仕上げを施す。
「それじゃ、私はトーチカの側まで張りますから。泉殿は、ここからお願いします」
 椿は、迷彩の準備をしていない。一緒にいては発見される危険性が増えてしまう。
「ビデオ回すの、忘れんなよ!」
 椿の声に、片手を上げて答える小次郎。椿もビデオを撮るつもりだが、カメラは複数あったほうがいい。
 小次郎の姿は、あっという間に闇の中に消えていった。

 それからしばらくは、何事も無く過ぎ――。
 小次郎は、突然の寒さに身を震わせた。いつの間に出たのか、辺りが薄靄に包まれている。
 小次郎は回しっぱなしのカメラの電池とメモリーカードを、手早く入れ替える。カメラをセットし終えたちょうどその時、どこからか、何かを擦り合わせる低い音が聞こえてきた。
 咄嗟に身を低くしつつ、音の出所を探る。それは、崩れたトーチカの辺りから聞こえてくるようだった。
 誰かが、石を動かしている。
 小次郎は、物音を立てないようにして、音の方へと近づいていった。《ダークビジョン》のお陰で、暗闇でも問題なく動くことが出来る。
 音は、小次郎が近づくにつれ、だんだんとその大きさを増していく。
 一旦トーチカの影に身を潜めると、首だけを出すようして、向こう側を覗き込む小次郎。その目が、大きく見開かれた。

 そこにいた者。それは、確かに幽霊としか言えないような者だった。
 高温で激しく焼かれたのだろう、全身が焼け爛れ、黒く焦げた衣服や皮膚が、ブラブラと垂れ下がっている。大きく開いたままの口と、目玉の無くなった眼窩が、すっかり人相の分からなくなってしまった顔の中で、辛うじて判別できる。
しかもその人影は、向こう側が半ば透けて見えているのた。
 声を上げそうになるのをグッと堪え、小次郎は、トーチカの影に隠れた。ケータイを取り出し、椿に手早くメールを打つ。電話では、気づかれる危険がある。
 それが済むと、小次郎は素早く周囲に目を配った。何処かに、この幽霊を操っている死霊術師がいるはずだ。何としても、そいつを捕まえなくてはいけない。
 幽霊の撮影は椿たちに任せることにして、小次郎は、静かに移動を始めた。



 小次郎からの連絡を受けた椿は、カメラを構えたままトーチカの方へ急ぐ。椿たちがトーチカについた時も、幽霊はその場所にいた。
 幽霊は、何かを求めるように両手を虚空に差し出し、非常にゆっくりとした速度で動いている。今のところ、こちらに気づいた様子はない。椿は撮影を続けた。

 しかし椿は、ずっと幽霊を見ているうちに、何だか、可哀想に思えてきた。あんな姿になってまで、一体、何を求めているのか。何処に行こうとしているのか。
 小次郎たちは操る者がいると言うが、必死さすら伝わってく幽霊の姿を見ていると、椿にはどうしても、この幽霊が自分の意志でさまよい出ているようにしか思えなかった。
「なあ……。一体、何を探してるんだ?」
 そんな言葉が、思わず口を突いて出た。
 その途端――。
 幽霊の歩みが、止まった。

 幽霊は、ゆっくりと踵を返すと、椿の方へと一歩、足を踏み出した。
『ぉぉぉぉぉ……ぁぁぁぁぁ……』
 そんな、うめき声のような音が、椿の耳に聞こえて来た。
「な、なんだよ……や、やろうってのか……?」
 そのただならぬ様子に、カメラを構えたまま後退る椿。
 うめき声は、どんどん大きくなってくる。
 幽霊は、椿の方へ迫って来たかと思うと、突然、飛び掛ってきた。
「う、うわぁ!」
 伸ばした幽霊の手が、自分に触れそうになるその直前、椿は転がって幽霊を避けた。
「く、くそっ。何だってんだよ!」
 もう、ビデオを撮っている場合ではない。椿は素早く身構えた。
 しかし、自分の拳が実体のない相手に効き目があるのか、正直まるで自信がない。
『……逃げた方がいいか?』
 椿の逡巡を見透かしたかのように、襲いかかってくる幽霊。
「せやっ!」
 相手の攻撃を交わしざま、回し蹴りを見舞う椿。しかし、その蹴りは虚しく空を切る。
 さらに、二度三度と《鳳凰の拳》を繰り出したが、そのいずれも手応えがない。
『やっぱりダメか!』
 そう思った瞬間、幽霊の手が椿の手を掴んだ。
「し、しまった!」
 幽霊の触れたところから、すごい勢いで冷気が流れこんでくる。身体の力が、体温と共に急速に奪われていき、代わりに苦痛が全身に広がっていく。
「う、うぅあぁぁ……」
 声にならない悲鳴を上げながら、ガックリと膝を付く椿。何とか幽霊を振り払おうとするが、身体に力が入らない。助けを呼ぼうにも、最早声も出なかった。
『ダ、ダメだ……このままじゃ……』
 徐々にぼやけていく視界。朦朧としていく意識の片隅に、ぼんやりと誰かの顔が浮かんぶ。
椿が、死を覚悟したその時。
五感の中で最後まで感覚の残った聴覚に、誰かが駆け寄ってくるかすかな音が届いた。
「はぁっ!」
 裂帛の気合と共に、何かが空を切る。
『ぉおぁあああああ!!』
 という絶叫が辺りに響き、椿の身体を捉えていた冷気が消えた。
「我が刃は正邪を別つ。我が刀は神を狩り、我が刀は魔を討つ。神狩討魔、推参」
 椿の目に最初に入ったのは、死霊を一刀両断にした神狩 討魔(かがり・とうま)の剣だった。



「椿さん!」
「大丈夫ですか、泉殿!」
「あぁ……。だいぶキツかったけど、もう大丈夫だぜ」
 異変に気づいた小次郎が戻ってきた頃には、椿の体力も相当回復していた。
「そちらの方は、どうだった?誰かいたか?」
 討魔が、ぶっきらぼうに聞いた。

「誰もいませんでした」
「そうだろうな」
 小次郎たちの答えに、討魔は“さも当然”というように言った。
「まるで、『初めから分かっていた』というカンジですね」
「あの霊たちは、誰かに操られて出てきた訳ではない。あのような浅ましい姿を晒してでも、訴えたいコトがあるからこそ、出てくるのだ。……泉。お前には、それがわかるはずだ」
「あぁ。アイツがアタシに触れたとき、アイツの“心”がアタシの中に流れ込んできた……。アイツ、ツラくて、苦しくて、『誰かに助けて欲しいって』言ってた」
 死ぬような思いをしたにもかかわらず、死者を気遣う椿。
「わかってたなら、何故事前に一言言っていただけなかったのですか?泉殿がこんな目に遭わずに済んだかも知れません」
 討魔を非難する戦部。
「泉には、悪いことをしたと思っている。しかし、俺も直感的にそう思っただけで、何か証拠があった訳ではない。証拠なしでは、お前たちは納得しないだろう?」
「そ、それは……」
 思わず口ごもる戦部
「まぁでも、これで幽霊の存在が実証されたんだぜ。無駄じゃなかったよ」
 椿が、努めて明るく言う。
「とにかく、一度本部に戻りましょう。報告も必要ですし、ちゃんと画が撮れてるか、確認もしませんと」
 小次郎の言葉に、立ち上がろうとする椿。その前に、スッと手が差し出される。
「まだ、動くのは無理だ。俺が運ぼう」
「い、いらねぇよ。そんなの……」
 討魔の手を無視し、立ち上がろうとする椿。
「うわっ!」
だが足に力が入らず、後ろに倒れそうになる。大きく泳いだ椿の手を、討魔が掴んだ。
「見ろ。まだ歩くのは無理だ。それに、お前がこんな目に遭ったのは、俺が遅れたせいでもある。俺に、償いをさせてくれ」
 椿の手を握ったまま、じっと見つめる討魔。その瞳に、椿の姿が映っている。
「そ、そんなに言うんなら……いいぜ」
 わずかに頬を赤らめて、椿が言った。
「済まない」
 簡潔にそう言うと、討魔は、椿を軽々と抱き上げた。いわゆる、“お姫様だっこ”だ。
「お、おい!おんぶとかじゃないのかよ!」
「面倒だ、このまま行く」
 椿の抗議をよそに、椿を抱いたまま走り出す討魔。その姿は、あっという間に見えなくなった。



 小次郎たちが幽霊の姿を求めて張り込みを続けていたちょうどその頃、棗 絃弥(なつめ・げんや)クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の3人もまた、別の場所で張り込みをしていた。

「棗さん」
「あぁ。気づいてる」
 絃弥とクリスティーは、同時に《殺気看破》した。闇の向こうから、強烈な殺気が近づいてくる。三道 六黒(みどう・むくろ)だ。
 その2メートル近い体躯が、発散する殺気のために倍くらいにも感じられる。
 三道は、棗たちの姿を認めると、物も言わずに襲いかかって来た。
 【黒檀の砂時計】【ハイパーガントレット】【彗星のアンクレット】【勇士の薬】で強化したスピードを活かし、一気に間合いを詰めると、目にも留まらぬ速さで抜刀し、斬りつける。
 その一撃をは、両手に構えた兼定の小太刀で辛うじて受け止めた。
 三道は、ニヤリと笑みを浮かべると、《金剛力》と《鬼神力》を刀に込め、一気に絃弥を《一刀両断》にかかる。三道の刃が、あっという間に絃弥の眉間に迫る。
「棗くん!」
 横合いからクリストファーが、【飛竜の槍】で突きかかった。その突きを、わずかに身を反らせるだけで避ける三道。その間も、刀にかける力は緩まない。
「棗さん、頑張って!」
 必死に刀を押し戻す絃弥を、クリスティーが《激励》する。
さらにクリストファーが、《チェインスマイト》で立て続けに突きを繰り出す。三道の体勢が、大きく崩れた。
「う……うぉぉぉ!」
 その瞬間、絃弥の小太刀が三道の刀を跳ね飛ばした。
 その勢いのまま、体勢を崩した三道に斬りかかる絃弥。
《朱の飛沫》と《則天去私》で威力を増した両手の小太刀が三道の身体を捉えるが、魔鎧に阻まれ、十分なダメージを与えることができない。
 三道は、自分にのしかかる絃弥の身体を蹴り飛ばす。
『ぐっ!』 
 絃弥の身体が、数メートルは吹き飛んだ。
 さらに三道は蹴りの勢いを利用して後ろに飛び退り、クリストファーとも距離を取る。
三道は、なおも立ち会うと見せておきながら、すぐに身を翻して傍らの森に飛び込んだ。
「今のは挨拶代わりだ。五十鈴宮円華に伝えておけ。『今頃ノコノコ出てきても、もう遅い。我らが“アレ”を手に入れるのはもうすぐだ』とな」
「待て!」
 絃弥たちが後を追ったが、【ベルフラマント】で気配を消した三道を見つけることは出来なかった。
「やはり、この島には何かあるんだな」
「でも、“アレ”って……」
「とにかく、円華さんに伝えようよ。何かわかるかもしれない」
 3人は、帰路を急いだ。