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リアクション
「メシ食ったら買い物いくぞぉ!」
どんぶり飯を口の中に頬張って、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は叫ぶ。
「さすがに無理だと思うね、その格好は」
ナガンは空京に来てからずっと気になっていた。レッテが東京に行く準備をしている間は孤児たちも浮き足立っていて、言い出せずにいたのだ。
「ここは都会だからね、一応」
「なんだよ、はっきり言えよ」
生意気だが臆病なハルが、挑むような、それでいて覚えたような瞳でナガンを問い詰める。
「手作りの服もいいんだよ、だが、買おうぜ、ちょっと小奇麗な服をよぉ。オレの金で買ってやる」
ナガンは少し胸を張る。多分、手持ちの金で足りるはずだ。
「でも、あたしたちの服はおねえちゃんが作ってくれた服だから・・・」
洗いすぎて表面が毛羽立ったTシャツの裾をぎゅっと握るのは、リアだ。孤児として始めて皆に出会ったときに作ってもらったワンピースは、背が伸びたために丈が足りずTシャツになっている。それでも大事に、大事に、来ていた。
「思い出を捨てろっていってんじゃない。今日、だが新しい服も必要だよ、みんなナガンと出かけるのは嫌か??」
「そんなことない」
「ずっと一緒だったじゃない」
「ナガンを頼りにしてる」
子どもたちはナガンの周りを取り囲む。
「よし、じゃ、大盤振る舞いするぞぉ!!ついてこい!」
ナガンが子ども達を連れて向かったのは、駅前にあるショッピングモールだ。郊外の小さな駅とはいえ、駅前のビルには様々な店舗が入っている。
「みんな、見てるよ」
「気にするな」
ナガンは堂々としている。
「まずは、服だな」
子供向けの衣類がある店に入るナガン。店員に向かって手を上げる。
「この子達、全員に服を買いたい。手伝ってくれ!」
孤児たちは、初めての大型店に恐怖を感じたのか、ナガンの後ろに隠れるように立っている。
「どんな服がご希望ですかぁ」
多くの子どもを引き連れたナガンに少し怯えて店員が聞き返す。
「どんな服だ?」
ナガンはくるっと振り返り、子ども達のなかでも一番しっかりしていそうなテアンを見いた。
「農場で働く服です。丈夫で、できれば大きくなっても着れる服がいいです」
店員がニコッと笑った。
「じゃ、順番に探しましょう」
「下着も必要か」
「靴もか」
しばらく、というか、数時間後、やっと買物が終わる。ナガンは大きな袋を持っている。その中に入っているのは、今まで子ども達が来ていた衣類だ。
子どもたちは、というと。
新しい服や下着、靴に着替えて、ピカピカしている。
「なんだ、お前ら、ほんとに馬子にも衣装だな」
空京で普通に見る子どもとなんら変わっていない。しいて言えば、みな少し色が白い。廃墟で暮らしていたからだろう。
「これから、旨いもの食って、太陽浴びれば、あっという間に都会の子だ、なぁ」
子どもたちは返事をしない。
今食べているファーストフードに夢中なのだ。
「なんだ、この味。めちゃ、うめーぞ」
「いや、菊さんの料理のほうが美味しいんだ…だけど、これ、なんなんだぁ」
生まれて始めてのジャンクフードだ。
「服、汚すなよ」
なぜか、アキラが小さな子が食べこぼしそうになると、口の周りを拭いて回っている。
「アキラ、気が利くねぇ」
ナガンはあきれたように茶化す。
「俺ら、大切に着るよ、ありがとう」
アキラは、コブシをナガンに突きつけた。
4・東京
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、一足先に東京に来ていた。馴れない1人旅だが、治安の安定している東京は、空京とは違う活気がある。
「たまには、こうして一人旅もいいですね」
遊びが目的ではないけれど、見慣れない町の風景に心浮き立つところもある。ロザリンドはかばんの中を覗き込む。レッテの写真を持って、日本橋に来ている。
「呉服屋さんが多いのは、日本橋から人形町、銀座にかけてですね。」
事前に調べて地図をチェックしてきたものの、少し心細い。ネットや書物などで得ていた町並みと実際に眼にする景色が微妙に異なるのだ。
「隣は画廊とありましたのに」
「再開発ですよ」
初めて立ち寄った呉服屋で、ロザリンドは女主人から聞かされた。
「この生地を売ったお店を探しているんです」
「これだけだと、印刷か手書きか分からないけれど」
人の良さそうな女主人はじっと写真を見ている。
「地は友禅のようですねぇ。手書きかしら。愛らしい干支、塗りに少し癖がありますねぇ。多分、手書きでしょう。変な言い方で申し訳ないけど、職人さんっぽくない」
女主人は小さく笑う。
「どなたかが、お子さんのために、自分で描かれたのかもしれません。手書き教室などもありますから」
「手書き教室ですか」
「いえいえ、素人さんのと決め付けるわけではありません。こうした愛らしい柄を扱っている店が銀座にあります。ご紹介しますよ」
女主人は、孤児の親探しをするために、遠方かははるばる訪れたロザリンドの献身に、できるだけのことをしようと思っているようだ。
「この女の子は何歳ぐらいですか」
「今年、10才ぐらいだと思います。小柄で最初はもっと小さく見えたんですけど」
「うちで働いていた子も一人、パラミタに渡りましたの。契約相手を紹介してくれる、いい会社があるって。その子のお父さんもそんな1人だったのかしらねぇ」
女主人はじっと写真を見ている。
「その…働いていた人って…」
「さあ、毎日戦いばかりだってメールが一回来て、それっきり。生きているのか死んでいるのか」
ロザリンドは、店の前にタクシーを呼んでもらった。
店の女主人は運転手に場所を教えている。
「見つかるといいわね、その子のお父さん」
女主人は、ロザリンドの乗る車が見えなくなるまで、ずっと店先で手を振っている。
「この辺だよな」
国頭 武尊(くにがみ・たける)は、浅草を歩いている。皆は東京駅に向かったが、武尊だけは分かれて、地下鉄に乗った。
「安すぎるんだよなぁ」
東京の宿として武尊が探した宿が浅草にある。もともと有名ホテルの10分の1以下の価格で一泊することが出来る格安の宿だったが、その金額は、パラミタから父親探しに行くとの事情を話すと、より割引き価格になった。
「おっと、ここだ!」
古いビジネスホテルがある。コンクリの塊で情緒も何もないが、清潔そうではある。
「お待ちしてましたよ」
ガラス戸が開き、中から高齢の男性が顔を出した。
「国頭さんですね」
武尊が頷く。
「想像していた通りのお方です」
男性が笑い、小声で呟く。
「そちらの方の宿も用意してありますよ」
武尊は、この主人の慧眼におどろく。
「いえ、ある方からお話を聞きまして」
少し離れた場所に、鏖殺寺院の残党イングヴァルがバックパッカーの様相で立っていた。
イングヴァルは、安全のために皆と別行動をしている。今も少し離れて、武尊の後ろにいた。
「逃げてもいい」
武尊は思っている。なので上野駅からの移動は目立たぬよう、武尊とイングヴァルは、少し離れて一人ずつでここまできた。
しかし、レッテの父親を探すためには…イングヴァルの力は必要だ。
二人は、別々に安宿に入る。
「サイコメトリとソートグラフィーを使って、レッテの親父の顔をこのデジカメに念で映す」
「どんなところであったんだ、レッテの親父と」
「オフィスだ、広い…」
イングヴァルは口を閉ざす。
念写された画像が現れる。レッテと同じ眼をした男だ。
「オレらを騙してないな」
武尊がイングヴァルを睨む。
その時。
「まってましたよ」
武尊とイングヴァルがいるのは、二段ベッドがふたつ入った狭く素っ気無い部屋だが、入り口には鍵がある。
声は、壁から聞こえてきた。
壁がドアとなり、現れたのは、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)。
「ここは二部屋続きなんですよ、驚いたでしょ」
「トマス、何でここにいるんだ」
トマスは、シャンバラ教導団だ。
「国際都市東京に興味があって…ってのは建前で…」
トマスが後ろを振り返ると、
魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)がのそっと顔を出した。
「顔の広い華僑のコネクションがありましてね、噂になってるんですよ、パラミタから少女がやってくる、何か危ないものを持っているようだとね」
「単なる善人ではない魯先生は、いろいろ詳しいんです」
「単なる善人ではない、ってどういうことですか!したたか、とせめて言い表して欲しいものです」
「で、どんな噂なんだ?」
武尊が二人を見つつ、イングヴァルを庇うように前に出る。
「孤児の小娘1人を多くのものが助けて日本に来る、不思議な話でしょう。何か裏があると考えるのが、影を歩いてきた人間の発想です」
「少女の持ちこむ危ないものとは、俺だろう」
イングヴァルは自虐ぎみに話す。
「しかし、俺は単なる傭兵だ。隠しもっているものなど、もうない」
「本当ですか?」
魯粛は覗き込むようにイングヴァルの顔を見る。
「俺の首をとっても血が出るだけだ。財宝も名誉も何も出ない」
「だそうですよ」
魯粛が背後にいる誰かに向かって話しかける。
「わかったよ。魯先生のいうこと、嘘ないね」
恰幅のよい中年の男が顔を出した。
「誰だ、そいつは?」
武尊が身構える。
「私の友人で、華人の不法滞在者を束ねている、黄さん」
魯粛は笑いながら、黄を紹介した。
「ここは正規の旅行者が宿泊するホテル」
黄は、ゆっくりと右手を武尊に出す。
「私は知られたくない男たちが泊まるホテルを持っている」
「どうですか。私たちを信じてみませんか」
トマスは、イングヴァルを見る。
「ここで一緒にいるより、華僑の中に入るほうが目立たないと思う。武尊、逃げたりはしない、心配しないでくれ」
「…」
返事はできなかった。
イングヴァルは魯粛を見た。
「夜になったら迎えに来てほしい。昼間はレッテの父親探しを助けたい」
イングヴァルは、東京駅に戻り、レッテの父親を探す仲間と動く予定だ。
「分かりました。私たちを信じてください」
「それまで、私たちは華僑のネットワークを使って、その少女の父親を探してみましょう。」
魯粛の言葉にトマスが笑顔を見せた。
「じゃあ、夜に」
「美味しい中華をご馳走しますよ」
黄もにこやかに笑っている。
「どういうことなんだ?」
皆が去ったあと、宿に残った武尊は主人に聞く。
「噂になってるんですよ、いろいろと。モヒカンの大男が仲間を引き連れて、パラミタの利権を奪いにくるとか、ピエロのお面を被った一団が東京を襲うとか、そんなです、だけど、あなたに嘘はない。安心しましたよ。魯先生が連れてきた黄さんは、このあたりでは噂の火を噴くモヒカンの大男より怖い人ですが、あなたを信用したようだ」
「なんだかレトロに感じるよ」
桐生 円(きりゅう・まどか)は、レッテと共に東京駅にいる。
間口の小さなみやげ物屋の並ぶ東京駅地下道を一行は歩いている。照明の一つ一つが星のように光を放ち、地下とは思えない。しかし、かつて最新であり店舗の隅々まで光で満たしていた地下道はあちこちに影を作り、蕎麦屋やレストランの匂いを含んだ空気は日本の中心、東京に昔あった下町を感じさせる。
「これなんだっ?」
何か見つける度にレッテは、左右の店を覗き込んで歩き、なかなか前に進まない。
「日が暮れちゃうよ」
円は、レッテの手をしっかりと握って、人波を縫って、外に出る。
「なんか、どこも同じだなぁ」
レッテは、歴史的建造物である東京駅を見ても、あまり感じるところはないようだ。
「ボクから離れないで」
円はレッテにぴったり寄り添い、警察署へと向かう。
「毎年10万人の捜索願が提出されてるんですよ」
対応に出てきた警察職員はデータベースを見ながら円に告げる。
「子どもだけ失踪なら事件だけど、母子でいなくなったり、家族で夜逃げだったりするとねぇ…」
職員は名前を尋ねる。
「レッテ、多分10才」
レッテははっきりした年齢も分からない。かつて住んでいる場所も知らない。ただ、名前は間違いないと信じている。
「昔、レッテって呼ばれてた。覚えてる」
帰り道、円はレッテをデパートに誘った。ビルに囲まれた屋上にはベンチがある。コンクリの広場では子ども達が遊んでいる。
「この辺に住んでたなら、来てたかもしれないね」
「ああ、もしかしたらね」
レッテは目の前で遊ぶ小さな子どもに自分を重ねてみる、が、思い出すことはない。
「あのね…」
円は、いつ買ったのか、手にしたアイスクリームをレッテに差し出した。
「レッテちゃんには、もう家族はいるじゃない。孤児院の仲間と、ほら、ピエロさんと…。家族って積み重ねだと思うんだよ」
「オレさぁ、自分が何者か知りたいんだよ…みんなを巻き込んじゃったけど…これ、甘いね」
レッテはソフトクリームを口に頬張り、はにかんだ笑顔を円に向けた。
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