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リアクション
「でまじゃないのかなぁ」
白泉 条一(しらいずみ・じょういち)は、電子画面に大きくバツをつけては溜息を漏らす乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)の手元を覗き込む。
円とレッテが警察署を訪れていた頃、二人は、東京駅近辺の商社を一つ一つしらみつぶしに回っていた。
「すみません、空京に以前いて、妻子と生き別れたという人を知りませんか」
受付に座っているのは、どこの会社も若い女の子だ。笑顔で応対はしてくれるものの、どこか迷惑そうな対応だ。
「弊社では社員の個人情報についてはお話できません」
多くの会社で紋切り型に断られる。
「どうして、そんなことを知りたいんですか」
怪訝な顔で聞き返されることもある。
しかし、七ッ音は怯まず、食い下がる。
「たぶん、5、6年前だと思うんです、子どもは女の子です」
七ッ音も両親を知らない。なぜ、七ッ音の両親が死んだのか、それは今もあやふやなままだ。
しかし、七ッ音には家族の変わりに、条一がいる。
レッテが地球人ならパラミタにいるのだから、当然、パートナーがいるはずだが、レッテ自身、よく分からないようだ。
「すみません、該当するような社員はおりません」
七ッ音の必死さが伝わると、多くの会社では妻子と別れた社員がいるかどうか、調べてくれた。
「やっぱり、デマだ…パラミタから地球に戻りたくて、適当なことを言ったんだ」
条一は事前に下調べした商社名がバツ印でほとんど消えていく過程で思うことがあった。
「混乱期のパラミタに子ども連れで社員を派遣するような、そのようなことはありません」
真摯に対応してくれた会社では、上役が出てきてくれた。
彼らは、一応に同じことを言う。
「我が社がパラミタを訪れるようになったのは、2015年には日本とパラミタを結ぶ新幹線が開通してからです。当時、混乱が予想され、家族で赴任などという場所ではありませんでした。」
だから、妻子と共になど考えにくいというのだ。
「何か特別な事情があるのかもしれません」
特別な事情という言葉に、条一の顔色が曇る。
条一にも、「特別な事情」が、七ッ音には明かすことにできない、事情があるのだ。
「四季報に載るような大きな商社を回っていても、レッテの父親には行き着かない」
条一は狭い路地に入り、裏通りへと向かう。東京駅近辺は表は綺麗に開発されているが、少し奥に入ると、小さな雑居ビルが連なり、全く別の顔を持つ街になる。
「案外、こうした場所に情報があるんだよ」
条一は、あてずっぽうに選んだビルに飛び込んだ。郵便受けには、小さな事務所の名前が並んでいる。
「そうですね、一つ一つ聞いていきましょう」
七ッ音は、にっこり笑って、エレベーターのないビルの顔段を上がった。
その頃。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と共に、東京駅から丸の内に向かって歩いていた。少し後方にイングヴァルが歩いている。
「あなたの記憶が頼りなんですよ」
東京に滞在できる時間は短い。
レッテの父親探しは幾つかのグループに分かれている。
「東京は始めてだったし、確かな場所は分からない。ただ、子どもの写真を持っていた、あんたの父親であることは間違いない、と思う」
出発前、イングヴァルは美羽に打ち明けている。
「私は日本人ですから、東京にも馴れてます。イングヴァルさんの記憶を呼び戻して、レッテをお父さんに合わせます」
東京「丸の内」と呼ばれる一角は、再開発が続き、すっかり町並みが変わっている。東京駅から丸の内に向かう途中にあった老朽化したペンシルビルはすっかり姿を消して、真新しい近代的な建物に変わっていた。
「うーん、私でさえも、少し戸惑いますが…でも大丈夫ですよ」
ベアトリーチェが歩みを緩めて、後方を歩くイングヴァルに並んだ。
「前に聞いた話の通りに歩くと、だいたい、この辺なんです」
「もうすこし、歩いた気がする、右のほうだ」
左右を見渡しながら、小声で話す。しかし、少し思い出すことがあるようだ。
「分かりました」
イングヴァルの言葉を美羽に告げるベアトリーチェ。
「だけど、この先は、さっき歩いたところです、美羽さん、大丈夫でしょうか」
ベアトリーチェは後方を歩く、イングヴァルの足音に耳をすませる。
目立たぬよう離れて歩いている3人だが、いつ、イングヴァルが逃げるかもしれない、それは覚悟して歩いている。
「あっ…」
イングヴァルが小さく声を上げ、横道に入った。
すかさず、美羽たちが後を追う。
イングヴァルはそのまま、暖簾をくぐって店の中に入っていく。
店は一間ほどの間口しかない土産物屋だ。
「いらっしゃい」
小さな老婆が顔を出す。
「以前、ここで娘に人形を買いました。覚えていますか」
イングヴァルがつたない日本語で語りかける。
「覚えていますよ、童の人形。娘さんに渡せましたか」
遅れて、美羽とベアトリーチェが店内に入ってくる。
「あの時、日本人と一緒でした。背の高い。あの人を知りませんか」
イングヴァルが美羽の顔を見た。イングヴァルの顔は興奮で紅潮している。
「…」
老婆は無言だ。
「知っているのでしょうか」
ベアトリーチェは小声で、そっと美羽に話しかける。
「まあ、暑いところを歩いてきたのだねぇ、少しお茶でも飲んで休んで行きなさい」
老婆は、三人に椅子を勧める。
「探している男はたまに来る客だが、前に来たのはいつだったか、何か伝言があれば聞いておきます」
茶を運んでくる老婆に、美羽は一枚の写真を見せる。
干支が書かれたワンピースを着たレッテの写真だ。ワンピースは当て布が縫いつけられている。
「この子の父親を探しに来ました。この子は、孤児として、ずっと、パラミタの荒野で働かされていました。暗い狭い坑道には大人は入れません。盗掘をする大人は、こうした孤児を使うんです。レッテは、獣や病と闘いながら、穴の中で暮らしていて…救ったのは、私たちの仲間とダーくん、王大鋸です。ダーくんは、孤児達のために、空京大学福祉学部で児童福祉を学んでいて…ダーくんが孤児達を養うため、ロイヤルガードとして立派に働いていて…ダーくんはレッテを大切に思っていて…だから、お父さんを探し出せたら、絶対に、みんなに合わせたい…」
美羽は想いが押さえきれなくなっていた。
「ごめんなさい、おばあさんにこんなこと言ってもなんですが」
「もし、男にあったら告げる。だから安心しなさい」
老婆は、イングヴァルを見ている。
「あの童の人形には、父親もいるんだ。またここを訪ねてきてくれた記念にどうですか」
老婆は、奥から戻ってきて、青い瞳の人形をイングヴァルに渡す。
「よく、生きて戻ってきたねぇ」
「あのおばあちゃんは何を知ってるのですか」
店を出たベアトリーチェは、イングヴァルに問う。
「俺が逃げ帰った傭兵だってことだ」
イングヴァルは、美羽を見た。
「俺が協力できるのは、ここまでだ」
頷く美羽。
イングヴァルは姿を消す。
5・契約
「子どもたちの面倒を見てくれたらしいな。感謝しよう」
農場を耕す安に、太陽のような男が声をかける。
イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)だ。
「イーオン!!」
「コウチョー!!こうちょー!!」
子ども達がたちまち集まってきた。
「なんだか少し見ない間に大きくなったな」
「イーオン!」
飛び掛ってくる男の子がいる。
イーオンは両手で受け止めて、高く持ち上げる。
「キミに見覚えがあるが…。俺の知っているエナロはもっと青白い肌をしたか細い男だったぞ」
イーオンは、高く上げた男子を引き寄せる。
「何があった、エナロ。まるで別人だぞ」
イーオンの声は明るく響いている。
「戦って、逃げて、戦った!そして、今は働いている、気持ちいいよ」
エナロは両手をイーオンに見せた。
鍬で出来たマメが両手に出来ている。なんどかつぶれてマメは硬くなっている。
「幸せか、エナロ!」
「モチロンだよ」
「あんたは、この子達の校長なのか」
「ああ、そうだ」
「で、横にいる別嬪は?」
安の瞳が隣に動く。
フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)がいる。
「私には名がある。別嬪などと呼ぶな。フィーネ・クラヴィス」
フィーネも右手を差し出す。
「安だ、宜しく」
「今日は、交渉に来た」
イーオンは率直に話を切り出す。
「交渉か…いまのところ、子どもたちから何も受け取っていない、理由はある」
安は、二人を母屋に案内した。
歩きながら、安は今の状況、この農場がどんな危機に直面しているかを話す。
「ここは、もともと荒地だった。パラミタに入って俺が耕した土地だ。いざこざもあったが、どうにか豚を育てることが出来るようになった。最近だ、それが…」
いつの間にか住宅が増えてきた。荒くれ者や先住していたものたちが姿を消し、そして、新しい小奇麗な住人が増えてきた。
「豚が臭いというだぁ、当たり前だろ、動物なんだ、糞をするのは」
大きなリビングに、イーオンとフィーネをつれてくる安。
「ここには、少し前まで多くの若い衆がいた、今はみんな消えたよ。居づれーらしんだ、なんかよぉ」
「子どもたちは働き手の代わりか」
フィーネは、子どもたちが、また搾取される側に回ったのではと、考えている。人のよさそうに見える男だが、結局は子どもは安価な労働力なのか。フィーネは、その憤りを隠すことが出来ない。
「まだ、彼らは働く年齢じゃないぞ」
「分かってる、だが、ここで居候として暮らすということは、そういうことだ」
安は開き直りとも言える言葉をイーオンにぶつけた。
「子どもらに人並みの環境を与えたい」
イーオンは、言葉を選んで、安に向き合う。
「かつて荒野に孤児院があった…ここに孤児院を再建したい。土地を貸してくれないか」
「俺は今のままで構わないぞ、子どもらはここに住み、変わりに農場で働いてくれればいい、子どもがいれば、周囲のやつらも俺や豚を追い出しにかからないからな。それに、この土地は値上がりを続けているんだ、そう簡単に貸すことは出来ないぞ」
「賃貸契約ならば、地価の上昇がキミの考えを超えていたとしても入ってくる金は変わらない。後悔はしないだろう」
フィーネは、イーオンの側に座り、資料を出す。
「まったく、秘書じゃないんだぞ…。セルでもつれてくればいいものを」
イーオンはこの土地の評価額などを持ってきている。
「売買契約なら、もちろん高めに見積もらせてもらおう。こちらとしてもキミへの感謝の念を忘れた訳ではないからな」
「あんたらが、真っ当な考え方をするってことは、分かった。だけど、少し考えさせてくれ、俺も損得がある」
その夜、安はいつものように、子ども達が寝静まった後に、寝酒を楽しんでいる。
「たった一人の娘の姿が見えないだけで、ずいぶん変わるもんだなぁ」
「アキラが静かになっている、我もびっくりだ」
「アキラか…あの子はパラミタ人だろう、地球にあの娘が戻ったら二度とあえないことを知ってるのだろうなぁ」
「パラミタ人、アキラが?」
「違うのか?」
「わからん、みな、同じ手のかかる子どもだ、どんな種族か地球人かも考えたことなどなかった」
安の晩酌の相手をしているのは、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。
「そうか…」
以前、黒崎 天音(くろさき・あまね)と話したことがある。
子ども達のパートナーはどこにいるのかと。もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
ブルースは安のグラスにコハク色の飲み物を注ぐ。
「ずっとここで豚を育てたかったが」
安が言葉を切った。
「無理なんだろうなぁ」
「今日は弱気だな」
数日前から、黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズは、ここに滞在している。
ブルースは、毎晩欠かさずに安の晩酌に付き合っている。
「イーオン校長と昼間、話した」
安は言葉を切った。
「あんたたちも同じ考えか?」
「もう酒が回った…難しい話は、天音と話してくれ」
「最初は労働力だと思って子どもを預かったが…笑い声が聞こえるのはいいもんだ」
安は昼間の子ども達を思い出している。
「おまえの味方だ」
ブルースが安の肩をポンと叩く。口下手なブルースの最大限の愛情表現だ。
「ああ、有難い」
「今日は、飲むか」
安は決心がついたようだ。
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