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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

 それはそれは、さすがにドラゴンと言ったところか。柚、ハルの両名が行った雷撃と、遠距離武器を持つ面々による支援射撃で落下したドラゴンはしかし、しぶとくもまだ生存し、あまつさえその暴威を全員に振るっていた。
「ちっ! もっと手際よく倒せるとも思ったのによ。チクショウ……」
 バラバラと、どこからともなく手持ちのクナイを取り出し、考え込む未散に近衛がやってきた。
「どうするの?」
「考え中だよ」
「地上に落ちてきてから結構立つけど、それでも迂闊に近づけないな…あれ」
「大助、キミの持ち味はどこに行ったんだい?」
「仕方がないだろ。攻撃を避けたいのはやまやまなんだ。だけどこっちが幾ら早く動いても、相手のサイズで意味が無くなる。攻撃が出来ないんだよ」
 大助に対して戌子がため息をつく。しかし恐らくこのため息は、彼に対してのものではない。あくまでも打つ手がない。という理由からだった。と、今度はどこに
勇刃たちがやってくる。
「俺たちが囮になる、って言うのはどうだろう」
「俺たち、とは?」
「残念ながら遠距離から攻撃できるやつ等には、残弾というものがある。これ以上時間を無駄に過ごすわけにもいかないだろう。だから遠距離組で囮となって、近距離組の援護、囮に回る。その隙を突いて近距離組が決定打を叩き込む。現状はこれしかないと思うが」
 冷静に説明していると、三月、カイ、渚、唯斗も彼等によってくる。
「俺たちならいけるだろ。こいつを先に倒さない事には、先に行くにもいけやしない」
「そうよね、相手の攻撃が別の場所に向いてくれれば、その隙に――」
「ボクも頑張るよ、さて、そろそろ時間だ。最後の山場、格好よく行こうよ」
 彼等はそう言うと、一気ドラゴンの前へと現れる。
「エヴァルトさん、時間稼ぎ、ありがとうございます!」
 彼等が作戦を練っている最中、なんとも驚いたことに時間を稼いでいたのはエヴァルトと数名の遠距離攻撃が出来る面子だけだった。
「大丈夫だ。反撃しなくていいなら、何とか対応は出来る!」
「ならばエヴァルトさん。今から近距離要員全員での攻撃を行います。チャンスは一度!」
 渚は力の限りに叫んだ。
「わかった! 何処を狙えばいい?」
「全員でまずは――」
「右足」
 口ごもった渚の横で、未散がぼそりと呟いた。
「右足、だそうです!」
「わかった!」
「それにしても、何だって右足なんだ?」
 カイが尋ねると未散は事もなげに、涼しそうな顔で言い放った。
「あのドラゴンは左から落ちた。しかも足からだ。だから見てみろ、左足をかばった重心移動をしてる。だったら右足をとめればほぼ相手はその場に足止めされるって寸法さ。
火球さえ気を突けりゃ敵じゃねぇ」
「なら行こう! カウントするよ、三――」
 三月がカウントをはじめ、一同の攻撃がその間、完全に停止した。
「二――、一」
「今だ!」
 勇刃が声を上げた瞬間、再びあたりに殺意に満ちた音が奏でられる。
と、彼等とはまた別の位置からスタートしていた可憐とアリスの前に、突如として彼等はやってきた。あくまでもドラゴンへの攻撃を分断するが為。あくまでも
彼等の足止めをする為に。
「お邪魔しますよ」
「……! エッツェル様」
「…これはこれは、どうも」
「そこを通してください……と、言いたいのはやまやまですが、しかし――」
 隣に並ぶアリスともども、可憐の顔がやや歪んだ。それは苦痛でも、悲しみでも怒りでもなく、ただただ単純なまでの闘争本能。
「此処で手合わせて頂くのもまた一興。どうか御供の程を」
「えぇ、はじめからそのつもりですよ。さぁ、参りましょうか」
 二人の会話は、ただのそれだけ。後は彼等、彼女等の武器の音色が響き渡る――たったそれだけの事だった。
互いが互いで攻撃を避け、互いが互いでぎりぎりの鬩ぎ合い。ドラゴンなどには目もくれず、数々の凶器たる音を奏でながら、しかしその音に魅せられた者たちの協奏曲。
誰が誰との打ち合いで、誰が誰を撃っているなどという隔たりは、寧ろそこには存在しない。混沌の、混沌による混沌が為の演奏会。
殺意とはまったく別の、全くといって良いほどの別物を、しかし暴力と凶器で彩る音色を、少なからずもその場の五人は、楽しみ、喜び、奏でていた。

「もう少し、もう少し…もう――少し!」
 一方彼等、彼女等の戦いは、それとはまた別物だった。あくまでそれは保身であり、あくまでそれは剥奪だった。
近衛の叫びに対し、傍らに付き添うアーサーが一度だけ、たったの一度だけ彼女の手を止める。止めさせる。
「無理はいけません。あくまでもこれは過程である事を、ゆめゆめ忘れぬよう――」
「わかってるわ」
 そう返事を返した近衛は、にやりと一人、僅かばかり先に見えるドラゴンへと向ける。
「わかってるからこそ、私たちは今ここで、レッサードラゴンを倒すんじゃない。すべて雅羅が痛い思いを、雅羅がつらい思いをしない為に、あれを倒すのよ」
「ならば――」
 場違いな程の、凛々しい笑みを浮かべたアーサーは、そう言って近衛の持つ銃を、近衛の手ごと握って言うのだ。同じものを見、同じ敵と対峙し、そして同じ物で戦おうと、ただただ前を向きながら。
ただただドラゴンを正面に捉えて、彼女は言葉を続けるのだ。
「ならば私は、貴女の為にこの力を。僅かばかりかもしれませんが、貴女に力を預けます」
「……アーサー。 わかったわ、共に――」
 二人の握る銃身は、しっかりとドラゴンの首元を狙っている。

「「この手が例え――?げようと、我等の思いは、この弾丸に」」

 共に呟いたのは誓いの言葉か、はたまた呪詛が言葉なのか。それは恐らく、この二人をおいて誰にもわからないものだ。

 完全に攻撃の手がやむ事のない場所で、しかし未散はドラゴンの動きの隙を見つけては懐に飛び込み、切り込んで、再びその距離をとる。
その華麗さが、あくまで大助の動きをよくしているのは恐らく、二人が二人でよくよく互いの戦い方を見れる位置にいるからだろう。
接近戦とは、得てしてそう言うものだ。 相手の動き、仲間の動き、自分の動きが良く見える。傍からでは絶対に見える事のない世界に身を置く彼等は既に、一種の連帯感で繋がっている。
「大助! そっちに攻撃行くぞ!」
「わかった!」
 クナイを投げては切りかかり、再び投げては切りかかる。そうしているうち、自然と隣で戦う大助の動きが見えてきているのだろう。当然それは、大助にも言えた。
「っ!」
 ふと集中力が途切れ、ドラゴンの攻撃が降り注ぐを、大助は手甲で止め、跳ね除ける。
「大丈夫?」
「あ…あぁ。助かった」
「あともう一息だ!」
 頷く。
「不味いぞ、後ろに向かって火球を吐く! 大助!」
「わかった!」
 二人の攻撃の息が完全に合い、そして狙っていた足を打つ。が、ドラゴンは寸前の所で踏みとどまり、遠くを狙っていた火球ごと、彼等の方に首を下ろした。
「ちっ!これは流石に……!」
「諦めて、堪るかっ!」
「二人とも、もう一度攻撃だ!」
 そこで二人に、エヴァルトの声が聞こえた。無我夢中だった二人ではあるが、どうやら最後に体は動きそうだ。
二人は懇親の力を込めて振りぬく。その手にはクナイを持ち、その手には手甲を持って、その手はドリルがあった。二人の頭上、めらめらと燃え盛る火球が、徐々にその勢いをなくし、だらりと垂れ下がる。
「間に――あったのか」
 なおも絶え間なく飛び交う銃弾の中、思わず二人が声をあげた。

 ドラゴンを倒した一行は、倒した事を理解し、思わず腰から砕けていた。何せ全員が攻撃する為には、全員がドラゴンの有効射程にいなくてはならないのだから。
だからこそ、彼等、彼女等の緊張は計り知れなかったのだろう。全員が先を急ぐと知ってはいても、全員暫くは動けなかった。