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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

「しかし…だねぇ……」
 進一はなんとも不服そうに呟きながら、両手に握られている重そうなビニール袋を担いでいる。
レン、進一、トゥトゥの三人は、買出しの帰り道についている。目的地は勿論、これからおそらくは誕生パーティが開かれるであろうレティシアたちが待っている会場に向けて、だ。
そして進一は、自分ばかり重い荷物を持たされていることに不満を持っている、。というのが、現状であり、この光景だった。
「何故俺がこんなに重たいものを持たなきゃならんのだ。学者である、この俺が」
「良いじゃないか、減るものではなかろうよ」
「朕はそんなに重たい物は持てぬぞ、だからシンイチ。そなたが持つは必然」
「まぁ待てよ。レン君……レン君の方が普段肉体労働をしてるだろうさ。しかし俺は普段は文書と睨めっこ。わかるか? 普段から肉体労働をしている人間がだな……」
「たまには使わないと、いざって時に体が動かんぞ。それに――だ。何より労働は尊いもんだ。働いて損はない。みんなの為に働くことは、決して悪いことじゃあない。そうだろ?」
 道すがら買った、未開封の缶コーヒーで手遊びしながら、半身のみを後ろに歩く進一へと向けて薄っすらと笑みを浮かべるレンに、進一は深くため息を漏らして肩を落とした。
「せめて片方だけでも、持ってはくれないのか……」
「鍛錬と思ってくれ」
 が、そこで――レンは言葉をとめた。言葉がなくなったから、ではなく、言葉を放つことを躊躇う物が目の前にあり、言葉を放つタイミングではない、と判断してのことである。
彼等の前には――黒ずくめが立っている。
レティシアたちが待つ会場の付近で、それはそこにいた。
「……何者だ」
「うわ、えっと……その」
 レンはレティシアから、今回の一件を漠然とではあるが聞いている。勿論、目の前にいる黒ずくめに仮面をつけている不振な存在がいる以上、それを疑うのは当然の事。故に彼は銃を抜いた。
「あ、お帰りですよーって……あれ?」
「どうしたのよレティ。って、何あれ」
 恐らく建物の中からレンたちの姿を見つけたのだろう。外に出てきたレティシアと、そのあとを追ってきたミスティが、出入り口付近での状況を前に首を傾げる。
「もう……とんでも無い誤算。信じられないよねぇ…まったくさ」
 レンが武器を手にした為、黒ずくめもそこで武器を取り出した。大きな大きな、禍々しい鎌。まるで死神が如きそれを、白昼堂々取り出した黒ずくめに、レン、後ろに控える進一が息を呑んだ。
「冒険屋の、レンさん…だっけ」
「……俺は生憎お前を知らんが」
「勿論だよ。こんな仮面をつけてるし、第一面識がない。知っているのはこっちの一方的な事だから、貴方は私を知らないだろうね」
 ずいぶんと小柄なそれは、ゆらゆらと風に靡く様に体を揺らせ、大きな鎌を肩口に担ぎ上げた。
「ま、武力行使は嫌いじゃないけど――」
 言いながら、突然進一の背後へと移動する。後ろを取られた進一の首元に、黒ずくめの鎌の刃があてがわれていた。
「あんまり強くないんだよねぇ、私」
「進一……!」
「なってこったい。これは驚きだ」
 さして驚いた様子もなく、まるで棒読みのままに進一が呟く。と、その横に立っていたトゥトゥが、彼の持っているビニール袋をあさり始め、中からなにやら瓶の様なものを取り出す。
「で、そのレンさんとの勝負はかなり分が悪いから、私は人質をとる事にしたよ。こっちは長獲物だけど、貴方は銃器。そのアドバンテージは、明らかに大きい」
 ゆっくりと、しかし確実に進一の首もとに刃を滑り込ませる黒ずくめ。
「どうしたんだ、って…」
「敵?……」
「あれ! 進一さん、大丈夫っ!?」
 騒ぎを聞きつけてきた和輝、アニス、スノーがレティシアの横から顔を覗かせ、その尋常じゃない状況を目の当たりにして武器を取る。
「……あまり頭のいい方法とは、言えんな」
「知ってるよ。人質って言うのは、取ったら負けなんだよね。それは逃避行動のみにしか使えない、いわばどうでもいい策。でもね、私はここで貴方たちと戦う為にきたわけじゃない。だから結果として、人質をとればそれでいい。人質をとる意味は充分にある。って、そう言う事――」
 仮面で表情は見て取れないが、しかしどうやら彼女はまだまだ余裕があるらしく、一歩、また一歩と後退していく。鎌を持っている彼女が後退すれば、その刃先を首もとに突きつけられている進一もまた、共に後退するしかない為、二人は徐々にレンから距離を置くことになった。
「俺がその状態で、お前だけの頭を撃ち抜けないという確証も無かろう?」
「さぁね。だったらとっくに撃ってるでしょ」
「……」
「レンさん、加勢するぞ」
「私たちは何すれば良いの?」
「まずは人質の解放、ですか――」
 全員が進一と黒ずくめから目を離さぬように動いている最中、ふと、黒ずくめと進一以外が何かに気づく。なにやら――邪悪な笑みが見えた。
「何をそんなに驚いて――!」
 黒ずくめが何かに気づいたのだろう。慌てて言葉を止め、後ろを振り向いた頃にはもう遅い。それは後ろに立っていた。厳密には、届かないから、とジャンプしていたのだ。なんとも邪悪な笑みを浮かべて。
「朕がいるぞ。朕の大事な家来に何をしようと?」
「わわっ!? あれあれ?」
「呪 う よ?」
「ぎゃあ!」
 慌てて進一から離れた黒ずくめに対し、トゥトゥが追撃を開始した。
「ちょ、待って待って! ボク、その手に持ってるのは……何かな?」
「よくやったトゥトゥ! って……あ」
「知らんぞ! 朕はただ、ちょっと握りやすくて振り回しやすそうだった物を装備しているだけだ! 待つがいい、悪漢め!」
「いやーん! まず男じゃないし、私男じゃないしっ! って言うかそれ、危ないよほんとに!」
 逃げ惑う黒ずくめ。慌てた表紙に仮面が取れ、一同に顔を晒す羽目になった。
「……女の子?」
 どうやらその風体を見たレンは、戦う気が失せたのか銃をしまった。和輝、アニス、スノーは武器を握ったまま、その光景をただただ唖然と見ているだけだった。後ろに控えるレティシアとミスティに至っては腹を抱えて笑い出す始末だし、人質になっていた進一は「やれやれ!」とトゥトゥを応援している。が、そこで、彼は気づいた。トゥトゥが持っている瓶に。
「って、ああ! トゥトゥ! それは俺が楽しみにしてて、内緒で買った酒じゃないか!」
「何っ! 進一、あれほど酒は駄目だと……!」
「違うんだよ、レン。違うの! これはちょっとした、ね? ほら…ご愛嬌って言うか」
「…………」
「と、兎に角! トゥトゥ! それを使うな! 駄目ゼッタイ! 俺の酒を戻してくれー!」
「せーのっ!」
 進一の叫び声虚しく、トゥトゥはいつの間にやら追いついていた黒ずくめの後頭部へと、それはそれはいろいろな意味で強烈な一撃を振り下ろした。
「ぎゃっ!」
 短い悲鳴と共に彼女はその場で倒れ、思わず足を止め、事態を見ていた通行人から拍手喝采を受けるトゥトゥは、少し恥ずかしそうに、しかしどこか誇らしげにしながら周りに手を振っている。
彼の足元には、ビール瓶(半分に割れて内容物が零れだしている)が転がっていた。
「お……俺の楽しみ……酒……! これがあるから、この帰り道を頑張って来れたのに」
 そしてその横では、進一が座り込み、がっくりと肩を落としていた。