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魔法使いの遺跡

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第5章 エンドレス・ブルー 1

 奏でられていた音楽が意識の向こうに遠ざかり、視界に広がっていた光が消え去ったとき、モーラたち一行がたどり着いたのは元のホール部屋ではなかった。そこは、まるで何かを祭るかのような神々しい雰囲気に包まれた部屋だった。中心にあるのはホールの部屋と変わらない魔法陣であるが、正面にある扉は長い年月を待ち人のためにひたすら過ごしていたかのような、そんな異色を漂わす扉である。
 しかし――同時にモーラたちは別れていた他の契約者たちと合流できた。
「アインさんっ……!」
「モーラ! 無事だったのか!」
 どうやらアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)たちも先ほどの光に巻き込まれて転移してきたようだ。それこそそれは――まるで誰かが意図して呼び込んだかのように。
 予感はあった。恐らくはこの扉の向こうに秘宝がある。仮に秘宝でなかったとしても、そこにあるのはそれに近づく何らかのものに違いない。それだけの雰囲気を扉は備えていた。
 ただ――そこには障害という名の敵がいる。
「はい、お疲れさん〜。でもオレらが先に来たからお宝は頂くで」
「ふふふん〜っ。モーラちゃんにはごめんなさいだけど、ボクたちだってお宝は欲しいからね〜。先に頂いちゃうよ!」
「まぁこう言うのも一興じゃろうて。我としては護衛に回れば描写が埋没してしまいそうじゃからこの選択はあると思います! じゃ。フフフ」
 いずれはこうなることは分かっていたが、モーラの前に立ちふさがるのは不敵な笑みを浮かべる七枷陣だった。パートナーのリーズ・ディライト。それにジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)も何やら意地悪な笑みを浮かべている。
「……って、言うか、ジュディは何を言ってるの?」
「……ツッコんだら負けだぜリーズ。こういうのはメタ的なお約束ってやつがあるんやからな。つーわけで、お宝が欲しかったらオレらを倒すことやな」
 陣は指先を弾いた。
「セット!」
 掛け声と共に促された魔力がほとばしり、炎を形成する。蒼紫の火炎はまるで竜の唸り声のような音を立てて噴きあがった。
 威嚇を込めたその火力を見て、モーラは思わずたじろぐ。だが、彼女とてだてにここまで探索を進めてきたわけではない。気丈な光を瞳に宿し、彼女は陣を睨み据えた。
 いつでも来い――と、相対した陣の瞳は告げていた。
 そして……瞬撃は起こる。
「はああああぁぁぁっ!」
 モーラは炎をほとばしらせた。陣の蒼紫の火炎とは違った、己が髪のごとく真っ赤に燃える突破の炎。陣の火炎とぶつかりあったそれは、互いに絡み合って爆発する。
 同時に、横合いからリーズたちが襲いかかる。だが、それを防ぐのはアインと黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)だった。
「モーラ、彼女たちは僕らが押さえる! だから今のうちに!」
「は、はいっ」
 リーズたちを押さえ込んでいる間に、モーラと陣は一対一の戦いにもつれこんだ。
 部屋にはトラップも数多く仕掛けられている。モーラと違って遺跡探索に慣れている陣は、彼女よりも先にそれを素早く察知した。しかも、少年的な悪戯心がうずいたのか、彼は逆にそれを自分だけ距離をとって発動させる。
 周囲から発せられた超音波は、モーラの耳朶を激しく打った。
「ん、くううぅぅ……!」
 思わず倒れ込むモーラ。
 しかし――そこに草薙 武尊(くさなぎ・たける)と健勇が飛び込んだ。モーラの代わりに超音波を受け止める武尊に、その隙をついて大音量のラジカセで超音波を相殺する健勇。二人に助けられて、モーラはなんとか立ち上がった。
「ここは我らに任せておけ、モーラ」
「怖い』ってーのは本能なんだよ。野生の勘ってのは『外敵の恐怖に対する警戒』でもある。……だけど、それで逃げるのはナシだぜ。やれるだけは、やってこい!」
 ジュディが生み出したアンデット・レイスに対して、健勇はセフィロトボウで対抗した。猛はその間にモーラを連れるようにして距離を取る。
 そこには蓮見 朱里(はすみ・しゅり)がいた。彼女はモーラに癒しの呪文をかけてくれる。疲労と傷がいやされて、少しだけ元気を取り戻したモーラは彼女にお礼を言うと再び戦いに赴こうとした。そんな彼女に、モーラは引き止められる。
「モーラ……自分を卑下することだけは、やめてね」
「…………」
 それは、モーラの心の内を見透かしたような言葉だった。特に透き通るような彼女の声色と温かなぬくもりをもった口調が、余計にモーラの心を撫でたのかもしれない。
「自分の様な非力な者でも出来ることはあるわ。いえ……きっと誰にだって、出来ることはあるわ。時に失敗や、時に間違いを犯す時もある……でもそれでも、『やろう』とすることだけを忘れることはダメ」
「『やろう』とすること……」
「私は私に出来ることをする。だからあなたも、自分にできることを精一杯やって」
 モーラは杖をぎゅっと握りなおした。
 アインたちの援護に回った朱里を背後に見送って、正面の敵と向き直る。まるでこちらが動き出すのを待っているかのように、余裕を醸して対峙する陣がいた。
 倒す。
 そう、心に誓う。
 いや……違う。
 前に向かう。前に進む。そう、誓うのだ。
「いくぜっ! モーラ・クレノア!」
「…………ッ!!」
 陣が蒼紫の火炎を拳にまとって突撃してきた。何の小細工もない。ただ正面から彼女とぶつかり合おうとする力の衝撃。そしてモーラはそれに立ち向かう。
 杖に宿った魔力をほとばしらせて、真っ赤な――いや。
「はあああああぁぁぁ!!」
 ――金色のようにまばゆく光った炎が、蒼紫の炎とぶつかりあった。


 で、もって――
「えええええぇぇぇぇっ!? う、嘘だったんですかぁっ!」
「いやはははー、まさかここまで見事に引っかかるとは思ってなかったわ」
 爆炎に巻き込まれてチリチリと頭の端々から焦げ臭い匂いを発する陣は、陽気に笑った。
 つまりは、そういうわけである。彼に協力してわざわざライバル的な立ち位置を演出してあげたアインとヴィナは、モーラの非難めいた視線に苦笑する。
 盛大に騙されてしまったモーラはへなへなと倒れ込んで自身を嘆いた。と、いうか、なぜこんなことをしたのかと彼女は問いたい。
 そんな彼女の視線に気づいたのか、陣は誤魔化すような陽気な表情を改めて、頬をかきながら照れくさそうに言った。
「いや……ほらこんなに契約者たちが集まったのは良いけどさ。ちょっと大規模すぎただろ? だから、他力本願になって貰いたくなかったんだよ。それにさ、こういうのってライバルがいたほうが成長もしてくれると思ったから……」
 とはいうものの、さすがに彼もやりすぎたかと反省している。声が詰まってきたのはそういうわけで、素直に頭を垂れた。
「いや、ほんとゴメン!」
「…………い、いえ……そんな……わたしのことを考えて憎まれ役をやってくださったんですもの! あ、謝ることはないですよ〜!」
 さすがにそこまで素直に謝られては、モーラもたじたじとなってしまう。
 土下座の勢いで必死に謝る陣と、それを恐縮した状態でなだめるモーラ。そんな二人を見て、武尊が言った。
「なんにせよ、モーラ嬢が素晴らしい力を発揮して困難を排除したのは事実だ。陣殿が憎まれ役を買って出たかいもあったというものだな」
「ああ……そうだろうな」
 同調するアインの声で、契約者たちが穏やかに笑った。
 モーラと陣も、それをきっかけにお互いが笑い合う。いずれにしてもモーラにとっては、ひとつ大きな壁を乗り越えたことになったのだろう。その役に立てたなら、陣は本望だった。
「さて、じゃあ早速お宝にご対面といこうか!」
「はい!」
 立ち上がった陣と一緒に一行は扉に近づく。
 そう、これでようやくお宝と相まみえるはずだ。この先には希望と夢と輝きがあって――そこで全てが終わる。
「ごたいめーん!!」
 バタン! と、扉を開く。
「へ……?」
「あ、ども……お邪魔してます」
 そこにいたのは、なぜかのんびりと、一緒にお茶を囲んでいる如月 正悟(きさらぎ・しょうご)と水心子 緋雨に天津 麻羅の三人だった。