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第5章 エンドレス・ブルー 4

 地底湖に広がるのは、一行と六黒との激しい戦いの渦だった。
「手ごたえがありそうだな――さぁ、妾と踊って賜れ」
 先行して立ち向かうはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だった。凛としてかつ冷然な声で舞踏の始まりを告げた彼女は、突撃へと身を投じながらも慎重に敵の出方を窺う。流れるような動きは六黒の攻撃を読み取ってそれを受け流す。無論、かといって全てを受け流せられるわけではない。しかしながらグロリアーナは歴戦を戦い抜いてきた戦士であるとともに、女王の英霊だ。攻撃の威力を抑える術は当然のように心得ていた。
 そして加わるは、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)だ。
「ぬぅ……!」
 六黒は呻きを漏らした。
 その手に装備されたスター・ブレイカーのプロトタイプは、威力は目を見張るものではないものの、次々と拳を打ち出してくる。その速度は人の目に止めるのも難しい無数の連撃だ。二つの物理攻撃に業を煮やしたように、六黒は刃を振るおうとした。
 が――グロリアーナの併用するサイコキネシスは六黒の振るう手の軌道を逸らさせ、そこに隙を生み出す。両の手に握られる二つの剣が、迅雷斬――雷撃を纏った一撃を放った。
 だが、六黒はそれに負けじと突貫した。雷撃の刃は相手の肉体へと食い込むが、六黒は踏み込んでくる。しかしそれを、エシクの放った天のいかずちが突然に阻んだ。
「小細工と侮ること勿れ、ですよ。先入観や心理は、戦闘を有利に進める上での重要なファクター足り得ますので」
「ふん……こしゃくな」
 物理攻撃主体だと思わせといての魔法への転換。
 憎々しげに表情を歪める六黒。だがさらに、彼の上空からはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の奇襲が襲った。
(フェイクか……!?)
 物理も、魔法も――いや、そもそもグロリアーナたちすらも囮に過ぎなかったのかもしれない。
 光学迷彩で姿を消していたローザマリアは一気に加速し、六黒へと距離を詰めた。引き金を引くは曙光銃エルドリッジ。光の銃弾は至近距離で六黒を狙った。思わず彼は身をそらそうとするが、それを隠れていたローザマリアの仲間――ガーゴイルが横合いから邪魔に入る。
 撃ち込まれた銃撃の勢いのまま、弾き飛ぶ六黒。が、彼は反転してなんとか地に立った。
 ダメージは確かにあるはずだ。しかし、鍛え上げられた強固な肉体と、無茶な魔力の肉体強化。そして――見えぬ助力の腕となっている沙酉のフラワシが、ローザマリアの攻撃に沈むのをなんとか防ぎきったのである。
 化け物か……!?
 思わずそんな畏怖を抱き、無光剣とエルドリッジを構えて、ローザマリアは再び六黒と対峙した。
 レンの、自らの魔力を要したハンドガン型ナイフ――魔導刃ナイト・ブリンガーの刃さえも、受け止めるすべは己の強固な肉体の盾のみ。時折使う盾すらも、六黒にとっては武器となる。
 化け物じみた契約者相手に、戦いは激しさを増してきた。
 それは恐らく、互いの力の加減の違いでもあったのだろう。地底湖を気遣って戦いに全力をそそげぬ契約者たちと違って、六黒は容赦のない壁や地を爆砕する刃を放つのだ。
 崩れる壁、えぐられる天井。落下してくる瓦礫からなんとか身をひねるように逃げて、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は六黒に立ち向かう。
 そこには、巨大な大口径自動拳銃を構える無限 大吾(むげん・だいご)の姿もあった。特注で作られた馬鹿でかい自動拳銃は、その銃身だけである種の打撃武器となりえるほどの強度を持っている。銃口の下から伸びた同じく大型の銃剣が、いつでも近接戦闘を待ち構えているかのようだった。
 コハクが避けきれぬと思われた瓦礫を、そんな彼の自動拳銃――インフィニットヴァリスタが撃ち抜く。岩のような瓦礫を粉々に粉砕するそれは、威力もうかがえようというものだった。
「あ、ありがとう……大吾さん」
「なに、構わないさ。それよりも……来るぞ!」
 二人の間に切り込んできた六黒。
 とっさに距離をとって、二人は彼を包囲した。
「こんな酷いことをして、あなたは心が痛まないの……!?」
「痛むような弱き心をもっていたとしたら、もとよりここにはおらぬ。…………御託はいい。かかってこい!」
 コハクの悲痛な声に、獣の叫びをもって六黒は返答した。
 アクセルギアを使った超加速で、コハクは一気に距離を詰めて両の手の槍を振るう。二刀流ならぬ二つの槍が、六黒の刃を互いを叩き合った。
(みんなが……戦ってる――なのに、わたしは……)
 そんな彼らを見て、モーラは一人震える足を動かすことが出来なかった。
「モーラちゃん……大丈夫、心配しないで」
「そうそう〜。大吾たちがきっとやってくれるよ〜」
 彼女の護衛として傍にいる小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)廿日 千結(はつか・ちゆ)は優しい声をかける。
 だが……違う。
 モーラは自分が情けなかった。これまでとは比べ物にならない力の応酬を見て、身体は震えから解き放たれることがない。やがてそれは、ぎゅっと杖を握って、いますぐこの場から逃げ出したい気持ちをモーラに抱かせる。
「どんな攻撃だろうと受け止めてやる! モーラちゃんには指一本触れさせない!」
 大吾の声が聞こえた。
 彼の自動拳銃は強い。確かに遥かに強い。だがそれでも、それだけで全てが勝てるとは限らない。傷つく彼の痛々しい声も聞こえる。コハクの声も、グロリアーナの声も、レンの声も、そして仲間たち全ての声が聞こえる。
「モーラ……?」
 美羽の訝しんだ声が聞こえた。
 ああ、そうか。
 彼女もまた『不安』なのだ。コハクのことが。ソアのことが。仲間のことが。不安でしょうがなくて、逃げ出したくて――それでも彼女たちはここにいるのだ。
 それは魔法使いとして? 冒険者として? 研究者として?
 ――違う。
「力が……欲しい、です」
「……え」
「誰かを守れる力が、誰かを守ろうとする心が……欲しいです。わたしは……」
 モーラの頬を雫が流れた。
 美羽は、思った。『仲間の為に立ち上がりたい』と。モーラは一心に願っているのだ。彼女が魔女を志した思いそのもののように――みんなを守りたいと。
「……うん、やろう」
「美羽……さん」
「出来る。きっと出来るよ、モーラなら! みんなを助けよう!」
「うんうん、仲良きことは素晴らしきかな〜。おとと、そうじゃなかったね〜。あたいも協力するよ〜モーラちゃん」
「…………はい!」
 モーラは、杖を構えて決然と六黒を標的とした。
 魔法の詠唱が始まる。自分の為ではなく、誰かのために。守りたいと思う者のために、彼女はいま魔法を紡ぐ。
 そんなモーラをサポートする美羽と千結。彼女たちの魔法は連鎖効果となってモーラの魔力と魂と精神を、強く奮い立たせた。
 そして、大吾が距離をとって彼女のもとに着地する。
 緊張で狙いが定まらないモーラの肩に手を置いて、彼は優しく言った。
「落ち着いて、自分を信じて、相手をよく見て、そしてしっかり狙いを定めるんだ。君の実力を出し切れば、この程度の相手なら問題なく倒せるはずさ」
 あるいは大吾は、この時を待っていたのかもしれない。それほどに彼の言葉はモーラにとって、一つの糧となる。
 火炎が集まっていた。得意魔法に集中せよという千結の言葉に従って、彼女は自らの象徴ともいえる赤毛のごとき炎をかき集める。それが最大級の火炎球となったとき、六黒ははじめてモーラのそれに気づいた。
「あれは……!」
 だが、そのときにはすでに遅かった。
 六黒にとって、モーラはささいな路頭の小石に過ぎなかった。だがその認識がいけなかったのだろう。契約者たちの力も混ざり合った複合の魔力は、桁違いの火炎球を生成していた。
「はあああああぁぁぁ!!」
 そして火炎球は放たれ、燃え上がった。
 六黒を飲み込んだそれはまるでモーラの魂を燃やすような、そんな炎だった。