リアクション
笹飾りくんの姿を捜してツァンダの町をうろうろ歩いていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)。 ☆ ☆ ☆ 「待ってくれ、笹飾りくん」 とっとことっとこ歩く笹飾りくんを呼び止めるだれかが現れた。 「?」 応えて振り返った笹飾りくんの前に立つのは柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)。 うなじで長い髪をひと束ねとし、袴装束姿のなかなか凛々しい若侍といったところである。 そんな彼が一体笹飾りくんに何の用があるというのか? 彼は、笹飾りくんと目線の高さを合わせるため、その場に片膝をついた。 「笹飾りくん、俺を覚えているだろうか。俺は……俺は以前、おまえに『立派な神職者になれますように』と書いた短冊をつるした。だがそのあとで、これは自分の力でかなえなきゃならん願いなんだと、そう気づいた。 努力することで手に入れられるものは、安易に他人に頼っては駄目なんだ。あせっていたとはいえ、愚かなことをした。だから今は、あの願いをかなえてくれなくて、ありがたいと思っている」 直後、氷藍は己を恥じるように俯いた。 彼は地球でかなりの大規模な神社の跡取りである。今はパラミタにいるが、これはあくまで修行の一環。いずれは地球へ、日本へ帰り、神主として人々を導くことになる。 「だが、このように気の利いたこともろくに言えない、愛想のない俺じゃ……みんなを幸せにできる神主にはなれん。だから、この願いを聞いて欲しい。 頼む……俺に、おまえが持つという、女体化薬をくれ。こればかりは俺の努力でどうにかなるというものではないんだ。だが約束する。おまえに誓う。巫女になったら、今度こそ自分の力で立派な神主になってやる。この2人が証人だ」 氷藍は肩越しに振り返り、背後に控えていたパートナーたち真田 幸村(さなだ・ゆきむら)と徳川 家康(とくがわ・いえやす)を見た。 頭の後ろで腕を組んで、くあーっと大あくびしている家康はともかく、幸村は氷藍の訴えに感じ入ったような顔をして男泣きしている。 「笹飾りくん殿!!」 ――ガシィッ!! 幸村が氷藍の横にひざまずき、笹飾りくんの両手を取った。 「拙者からもお願い致す! 我が主がここまで強く何かを願うのを見るのは拙者も初めてのこと。我が主は決して安易な道を選びたがるような愚者にあらず、常日頃より努力と研鑽を惜しまぬ人柄の持ち主なのです! その主が、初めて……初めて、己にはどうにもならぬことと、あなたを頼られた…! どうか、その御心を汲んでやってはござらぬか」 と、そこでコホッと空咳をしてつぶやく。 「いや、まぁ、拙者一個人としましては、もちろんそんな主の願いが女体化というのは非常に残念というか、複雑でならないのですが…。 しかしそれはそれ、これはこれ! 主の望みであるならば、命かけて遂げることこそ誠の忠義! ならばたとえわが身がどうなろうと本望でござる! もしお望みであるならば、拙者、喜んでこの命、この魂を捧げましょう!! そのかわり、なにとぞ、なにとぞ主の望みをかなえていただけますよう、お頼み申す…!」 地に両手をつき、頭をすりつけんばかりに下げる幸村の肩に、そっと氷藍の手が乗る。 「幸村……そこまで俺のことを思ってくれるか」 「氷藍殿…!」 「あー、あっついあっつい。 のう、笹飾りくんとやら。女体化薬2本欲しいんじゃが、くれんかの?」 と、手を差し出した家康に、笹飾りくんはアッサリ瓶を2本手渡した。 ――って、さっきまでの2人は一体…。 「ほれ。もろうてやったぞ」 行きがけに買ってきていたシェイクをぐびぐび飲みながら、氷藍に1本を差し出す。 「あ、ああ……ありがとう」 複雑な表情をしながらもそれを受け取った氷藍は、瓶のふたを開け、さっそく飲み干した。 「ああ〜〜〜〜、氷藍殿〜〜」 思わず涙ぐむ幸村。 「ふん。そんなに忠義者なら、おまえも主君と同じ姿になればよいのじゃあ!!」 「がふゥッ!?」 マウントポジションから残った1本を無理やり口にねじ込む家康。 「……げほがへぐはっ。 な、何をする家や――ぐぐっ……なっ……ああああああっっ」 やはり体が骨格から変化するのは痛いのか、幸村は身をねじって転がった。 「ふふふ。おいおい。氷藍はじっと耐えておるぞ?」 「……くそおぉおっ! 謀ったな、家康ーっ! きさま、最初からこのつもりで――」 意地の悪い笑みを浮かべて見下ろす家康の前、幸村は為す術なく女体化した。 ぶかぶかの服の間の中から見えているのは、爆乳を通り越して魔乳そのもの…。 「ぎゃーーーーーーはははははっ! 牛か!? おまえ、前世は牛じゃったのかー! なんだその乳ーっ!!」 家康大爆笑。 腹が破けて笑い死ぬと言いたげなその姿に、幸村の堪忍袋がブチッと切れた。 笹竹につるされてあった瓶を引きちぎり、大笑いしている家康の口に突っ込む。 「……ふう。やった。これでついに俺は正真正銘の巫女になれる…」 細い手首、白魚のような己の指を見た氷藍は、ぺたぺたと体に触れ、先までとは全く違うやわらかな感触に涙ぐむ。 「2人とも、今の俺はどんな姿をしている? ちゃんと女になって――」 そこに氷藍が見たものは。 ぶかぶかの服をだらしなく着た2人の女の、掴み合いの大ゲンカだった。 ――ところで。ほんとに巫女さんでいいの? 氷藍さん。 ☆ ☆ ☆ 今日も今日とて荷物持ち1姫月 輝夜(きづき・かぐや)と荷物持ち2柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)を引き連れて、ツァンダの町でショッピングを楽しんでいたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)。 上機嫌でアイスをなめなめ横断歩道で信号待ちをしていると。 「――はっ! あれは!!」 前方の交差点をよぎっていく人の中に笹飾りくんの姿を見つけて、声を上げた。 「ん? ――ああ、最近なんやかやとうわさの笹飾りくんだね」 ショーウィンドーからそちらへ視線を流した輝夜がのんびりと答える。 「ほう? あれがか。想像していたより大きいな」 ――笹竹部分合わせれば2メートル超ありますから。←いくらなんでもかさ増ししすぎじゃね? 「オレが聞いたうわさによると、あの背中の笹竹に短冊をぶら下げると願い事がかなうらしいよ。なんでももう3人くらい、かなった人がいるとか」 「そうなのか? 俺が聞いたのとちょっと違うな」 「どんなうわさ?」 「偶然出会うことができると幸せになれるとか、やつに気付かれずに後ろから影を踏むことができれば願いがかなうとか」 「あはは。女の子の好きそうなおまじないのたぐいだね」 さもありなん。輝夜は肩をすくめて見せる。 「よし、青になった。行くぞ」 無駄話はこれまで。重い買い物袋を持ち替えて、横断歩道を渡ろうとした北斗だったが。 「何言ってるのよ、2人とも! 重要なのはそこじゃないわ!」 イランダが癇癪を爆発させた。 「ええ? だって、願いがかなったっていうの、女体化薬を飲んだ人たちでしょ。イランダいらないよね?」 くあ〜、と大あくびをする輝夜。どことなく目がとろんとしかけていて、眠そうだ。 「そんなことより、ほら、信号が青だ。渡らないと後ろの者たちが迷惑――」 「だーかーら! 違うって! もうっ、いいわ! 私だけで十分よ! あなたたちは帰っていなさい!」 「あ、おい」 北斗や輝夜に背を向け、ぷんすかぷんぷんイランダは笹飾りくんの消えた道に向かって駆けて行く。 「どうする? 先帰ってもいいって言われたけど」 と、輝夜が言い終わるのも待たず、無言でイランダのあとを追う北斗の姿に、輝夜はやれやれと肩をすくめた。 今日も帰宅は遅くなりそうだ。 「笹飾りくん! 私と契約して、魔法笹飾りになってよ!」 路地を先回りして、笹飾りくんの前に立ちふさがるイランダ。手を差し出し、にっこり笑う。 えーと。 「……あれ? イランダが言ってた重要なことって」 「あれだろうな」 ふむ、と北斗は腕を組む。 「笹飾りくんはゆる族だ。まだだれとも契約していないのなら、まぁ契約が成立する可能性はある。しかしあんな弱そうなやつと契約して、どんな利点があるんだ?」 あれでは到底イランダを守れない、といかにも不満げだ。 (守れるくらい強いやつをイランダが求めたら、それはそれでむかつくくせに。――って、いや、それはともかく。どう見ても目当てはアレだよね。笹飾りくんの背負った薬) あくまでイランダの意図を悪く解釈したりしない北斗に、輝夜は心の中でツッコミを入れる。 「……無意識のなせる技かね」 「うん?」 「いや、なんでも」 「ねぇねぇ。私と契約しよ?」 ひょい、とイランダを避けていく笹飾りくんを追いかけるイランダ。 「ねっ、契約すると、笹飾りくんも魔法少女になれるよ?」 回り込んだ電柱の影からひょこっ。 「契約すれば、魔法使い放題だしっ」 壁の上の木の枝からにゅっ。 いろんな場所から不意打ちをかけてくるイランダを、ひょひょいとかわして笹飾りくんは歩いて行く。 「契約、けいやく〜」 そんな笹飾りくんを、どこまでも追いかけていくイランダ。 そしてイランダを見守るため、一定の距離であとをついて行く北斗。 (ああ、やっぱりまだまだ帰れそうにない) 人知れずこっそりとため息をつく輝夜だった。 |
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