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ラムネとアイスクリーム

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ラムネとアイスクリーム

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「懐かしいなぁ」
 匿名 某(とくな・なにがし)とパートナーの3人は駄菓子屋に入った。と、再び外に出る。
「変わった駄菓子屋ってのはこのことか」
 積まれたコンテナが異様だった。
「だろ、こいつは一見の価値ありだぜ」
 この駄菓子屋を見つけて匿名某に教えた大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、グッと親指を立てた。
「まぁ、それ以外は普通の駄菓子屋なんだよな」
 匿名某が店主と思しき老婆から事情を聞く。
「業者のミスなんだとさ」
「それでどうしてここにあるんだ? ミスなら持って帰ればいいだろ」
 康之が言うと、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)もうなずく。
「ミスはミスなんだが、引き取ったんだとさ」
「タダ……はないにしろ、思いっきり値引きしたとか?」
「いや、そのまんまの値段。で困ってたところに、山葉校長を通じて、学生達が助けに来てくれたんだと」
「なるほど、ボランティア精神あふれてるな。それでこそ我が蒼空学園生だ。オレもいっちょ手伝ってくるかな」
 康之は真っ先にもう一度店内に入っていった。
「ボランティアどころか、康之は食い意地が張ってるだけに思えるぜ」
「それでも助けになるのなら。私達も行きましょう」
 綾耶に続いてフェイと匿名某も店に入った。
 康之は両手にアイスクリームを持って交互に食べていたが、匿名某達はラムネとアイスクリームを一つずつ買った。
 綾耶が栓に困っているところを、フェイがすかさず開ける。ワンテンポ遅れた匿名某は、一瞬悔しそうな顔をしたもののラムネを口に運んだ。

 ── もういっその事コンテナをウリにしてしまえばいいんじゃないか コンテナ一つ空にしてちょっとしたスペースにでもしてしまえばいいんだし ──

 匿名某は考えていたが、ハッと綾耶を見ると、溶けかかったアイスクリームに苦戦している。
「棒型のアイスって苦手なんです」
 どうしたものかと見回すと、またもフェイが皿とスプーンを借りて持ってくる。それも2人分だけ。
 綾耶と自分のを同じように皿に落とすと、スプーンですくって食べ始める。
『ふふ、2連勝』
 フェイの表情は変わらなかったが、匿名某にはそう感じ取れた。
「ガキの頃さぁ、夏はアイスに埋もれてみてぇと思ってたけど、まさかマジで叶う日がくるとは思わなかったぜ!」
 大谷地康之は相変わらずのペースでアイスクリームをかじっている。その合間に器用にラムネを飲んでいた。 
「やっぱラムネはビンに限る! かぁ〜! あつがなついぜぇ!」
 誰も反応しなかったが、意に関せずとばかりに、アイスをかじり続ける。
「アイスも溶ける前にガリガリ食えば問題ない! 皿とスプーンなんて、邪道だぜ!」
 フェイは我関せずとアイスを食べ続けたが、綾耶は『そうなんだぁ』と気になって一段と食べるペースが遅くなった。
「まぁ手伝ってる学生も多いようだし、この分なら完売も近いだろう。康之もいるしな」
 匿名某達は駄菓子屋を後にする。大谷地康之は両手にアイスクリームとラムネの入った袋を抱えていた。


「売れたねー」
「ホントに」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を乗せた軽トラックは帰路についている。
「どこ行ってもラムネとアイスの店ばっかり」
「まぁ、他にも手伝ってる学生がいるしね」
 そんな中でも、セレンフィリティは口八丁手八丁で売り上げを伸ばす。見ているセレアナが『国軍を追い出されても食いっぱぐれることはないわね』と思うくらいに。
「今回はちゃんと働いたでしょ」
「そうね、セレンも進歩してるのね」
「じゃあ、ご褒美欲しいなー」
「いいわよ」に続けて「何が欲しいの?」と言おうとした口が、セレンフィリティの口でふさがれた。
「危ないじゃない! 運転してるのに!」
「ご褒美って言ったら、これに決まってるじゃない」
「…………もう」
 セレアナがアクセルを強く踏み込むと、軽トラックエンジン音を響かせて走っていった。

「じゃあ、ここまでにしよっかぁ」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)は、子供達に手を振った。
 駄菓子屋で休んだ後は、どちらかと言えば遊ぶ会になってしまった。もちろん駄菓子屋で売っていたおもちゃを買ったためだ。
「楽しかったねぇ」
「はい、自分も充実した一日でした」
「あの中からー、未来の騎士がでるのかしらぁ」
「どうでしょう。有能なサイオニックが現れるのかもしれません」
「アイス職人やラムネ屋さんはぁ?」
 アルトリアは胸を張る。
「それもまた一つの道であります」


「お疲れ様です。いかがでした?」
 火村 加夜(ひむら・かや)アトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)に麦茶を出す。
「うーん、この数時間で脳細胞が若返った気分だよ。やっぱり使わなくっちゃ錆びるんだねぇ」
「お肌もお若いんですから、中身が若くっても不思議ではありませんよ」
「嬉しいこと言ってくれるね。でもこの年になって小学生と勉強するとは思わなかったよ」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とのドリル勝負は、最後までアトゥが勝ちきった。途中僅差に迫られることはあったものの、結局クマラはあれからアイスクリームどころか駄菓子すらも食べられなかった。
「ちょっと可哀想だったかね」
「いえ、お土産にいくらか買われたようですから」
「そう、それは良かった。じゃあ、そろそろ私もお暇しようかね」
「はい、私達も」 
 アトゥと加夜達は、揃って駄菓子屋を後にした。


 子供達、そして手伝いに来ていた学生達の姿が見えなくなると、村木お婆ちゃんが店の引き戸を閉める。
「いっぱい売れてたようですぅ」
「そうですね」
 帽子を目深に被った二人連れが、遠目に駄菓子屋を注視している。
 村木お婆ちゃんが店のカーテンを引いて灯りを消した。昼間、あれほど賑やかだった駄菓子屋は、すっかり静けさを取り戻していた。
「そろそろ……行きましょうか」
「うん、でも……もんじゃ食べたかったなぁ」
「私達が訪れることで迷惑をかけてはいけません……って、ええっ!」
 立ち去ろうとした2人の前に、村木婆ちゃんが立っていた。
「遠慮はいけないねぇ」
「ど、どうして?」
 駄菓子屋を振り返る。さっきまであそこで店じまいをしていたはずだ。
「ほら、ご馳走してあげるからおいで」
 村木婆ちゃんは2人の手を優しく握ると、店へと連れて行く。強く握られたわけではないものの、有無を言わせぬ雰囲気がある。
「ご迷惑なのではありませんか?」
「長く生きてる分、いろんな話を聞くけどね。お馴染みさんが黙っていなくなるなんて寂しいからね」
 熱く焼けた鉄板にもんじゃの種を流し込む。すぐに香ばしい匂いが充満する。
「なんだったら、ここで2、3日、ゆっくりして行ったらどうだい?」
 2人はハッと顔を見合わせたが、どちらからともなく、ゆっくり首を振った。
「いえ、これだけで十分です」
「そうかい、まぁ、これも飲んでっとくれ。まだまだ一杯あるからねぇ」
 ポンと軽い音がしてラムネを開けた。
 2人は黙ってもんじゃを口へと運ぶ。村木婆ちゃんも何も話さない。静かなそして慎ましやかな晩餐が続いた。
「そろそろお暇します」
「行く宛はあるのかい?」
「宛…………と言う程のものでもないんですが、イナンナ様に会いに行こうかと。あ、このことは……」
「分かってるよ」
 にっこり笑った村木婆ちゃんは紙袋を手渡した。
「風が変わるときもあるからねぇ」
「とっても強い向かい風です」
「知ってるだろ」
 村木婆ちゃんは凧を取り出した。武者絵の印刷された和凧。ビニールで作られたカイト。
「向かい風の時こそ、高く飛べるものもあるんだよ」
 2人の表情がようやく、少しだけ明るくなった。
「本当にありがとうございました」
 代金を払おうとすると、村木婆ちゃんが「ご馳走するって言ったろ」と押しとどめる。
「じゃあ、次はちゃんとしたお客さんで来るねぇ」
 振り返り振り返り手を振る2人を、村木婆ちゃんはいつまでも見送っていた。
「これ、何だろうー」
 駄菓子屋から離れた所で袋を開けるとソースの香りが鼻をくすぐる。もんじゃでお腹一杯だったはずの2人の喉が鳴った。
「食べちゃおうかぁ」
「冷めてからの方がおいしいって言いますけど」
「そんなこと言って、ほら、よだれが出てるよー」
 あわてて口元を隠すと「騙されたー」とおどける。
「そんなこと言うなら、2つとも私がいただきます」
「ごめんなさーい」
 早足で歩く1人を、もう1人が追っかけた。
「でも、ちゃんと改めてお礼に行かなくてはいけませんね」
「うん」

 深夜、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は明日売り出すなんちゃってビールの支度に忙しかった。
 ラムネに塩としょう油から作った粉を混ぜる。するとビールのような泡と色合いに変化する。
「これで子供達からの評価がうなぎ昇りに違いありません。それが私への支持へとつながり、行く行くは雪だるま王国の反映へと……」
 大きな笑い声が近隣に響く。夢はどこまでも大きかった。

「明日が本番じゃ。絶対に売り切ってみせる」
 意気込む織田 信長(おだ・のぶなが)桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は冷静に判断している。
『実質2日間ダメだったんだぜ。これが盆踊り会場でも売れるとは思えんがな』
 そうは言うものの、「頑張れよ」と応援する格好だけはつける。忍のミルクソーダ・メロン味は、早々に完売していた。
 今は次なる味を求めるか、それとも普通に盆踊りを楽しむか思案中であった。