リアクション
● アムトーシスにも劇場はある。 そこでは毎日、様々な技巧をこらす芸術家、舞台俳優、奇術師など、数多くの出演者が出演している。アムトーシスの芸術に枠はない。それが『芸』であり『美』であり『技』であるならば、それだけで一つの『芸術』なのだ。 と――アムドゥスキアスは道すがら、そんな劇場の一つが何やら騒がしくなっているのに気づいた。何気なく足を運び、中を見てみると、舞台に座っているのは一人の少女だった。 「あれは……」 舞台にいたのは若松 未散(わかまつ・みちる)という少女だった。 わざわざ持参した座布団にちょこんと座り、なにやら観客たちに話を聞かせている。最初は何をしているのか疑問だったが、聞いているうちにそれが『話』――つまり話芸であるということに気づいた。 これがまた可愛らしい外見とは裏腹に見事なもので、アムトーシスの街を土台にした話芸に魔族たちはくすくすと笑う。たまに、ドッと大きな笑いの渦に巻き込まれるのは、一種のリズムか。 口調はなかなかすぐには飲み込めないものがあるが、それがあの『話芸』のやり方なのだろう。片手に持った扇子は、時に槍となり、時にフォークとなる。洗練された未散の話術とあいまって、扇子は良い呼吸のひと手間になっているようだ。 そんな未散を、舞台の袖で見守るのは彼女のパートナーでありマネージャーでもあるハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)だった。 そもそも、ザナドゥで落語家デビューしたいという未散の無茶な要求が通ったのは彼の手腕のおかげでもある。大体、『戦争なんてつまんねーもんやってねーでお笑い見て皆で笑おうぜ!』と、突如、無謀なことを言い出す彼女に計画性などあるはずもない。ハルはいつもいつもそんな彼女の無茶を抑制するために、目を光らせているのだった。 一言で言えば――保護者だ。 (まあ……楽しんでるみたいですから、よろしいのでございますが) 自分も落語をたしなむ吸血鬼は、無理な敬語でそんなことを思っていた。とにかく無事で終わること。それだけを願う所存である。 舞台を見ていたアムドゥスキアスは、落語が終わるころになってその場を後にした。 (落語かぁ…………地上には面白い文化があるんだねー) 芸に興味が尽きないのは彼の悪い癖だ。地上の落語文化に感嘆しつつ、彼は劇場と先ほどの落語家の名前を、頭に留めておくことにした。 ● 迦 陵(か・りょう)は歌っていた。 それは生まれたばかりの赤ん坊のように繊細な声色で、それでいながらも力強く音階を踏む声だった。 彼女は両の瞼を閉じている。だが決して彼女は盲目というわけではない。ただ、閉じることでしか自分の世界にいられないのだ。 アルビノ――先天性白皮症。 わずかな光でも、彼女の視界は眩しさを覚えてしまう。それをいまさら嘆くことはない。代わりに彼女は、歌という術で自分の世界を作り上げた。音と声。それが生み出す幻想世界は、彼女にとってかけがえのないものだった。 そしていま陵は、公園で歌を紡ぐ。公園にいた魔族の子供たちは彼女の歌に惹かれ、ともに歌い合いながら輪になった。盲目の歌姫がいるという噂はパートナーのマリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)が口コミで伝えたこともあり、瞬く間に広がる。人が群がるようになるのも、そう時間がかかることではなかった。 (さて……アムドゥスキアス様も、こちらに来られるのかしら?) マリーウェザーは魔族の観客に囲まれる陵を見守りながら、周りを見渡した。と、観客の後ろに、角を生やした異貌の少年がいることに気づく。 (……アムドゥスキアス) 少年――アムドゥスキアスは、どうやら陵の歌に耳を傾けているようだった。観客の男が彼に気づいて言う。 「「ア、アムドゥスキアスさま……!? す、すみません、すぐに止めさせ……」 「いや、いいよいいよー。好きな時間まで楽しんでいてー」 リクエストに答えて澄み切った歌声を披露する陵を見ながら、彼は嬉しそうにほほ笑んでいた。歌は心地よい。いつだって心を優しいものにさせてくれる。 アムドゥスキアスはひと時の満足感を覚えて、その場を立ち去ろうとした。 ふと、振り返る。その目が自分を見ていることに、マリーウェザーは気づいた。 「もしよかったら、ぜひボクの屋敷まで来て歌ってくれって誘っといてよー。じゃーねー」 言葉は男に告げたものだったが、彼はマリーウェザーに言ったつもりでもあったのだろう。クスッという笑みを残して、去っていった。 例えば――アムドゥスキアスが陵に頼むリクエストとは何なのだろうか? そんなことを思いながら、マリーウェザーはこれからのことを楽しみにして微笑した。 ● |
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