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リアクション
玄秀たちが骸骨たちの足止めを受けている頃、チカは別の一団から逃げていた。
「ぬははっ! 待てえええっ!」
奇声じみた笑い声をあげながら、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)がチカの後を追う。
「あははっ! 待て待てぇー♪」
「うふふっ! 待ちなさぁい♪」
そんなゲドーの後を、ミリー・朱沈(みりー・ちゅーしぇん)が巨大な斧を片手に、追いかけてくる。さらにフラット・クライベル(ふらっと・くらいべる)が怪しい笑みを浮かべながら、続いてくる。
みるからに怪しい三人の生徒に追われ、チカは今まで以上の恐怖を顔に浮かべていた。
「あら? なんか気が合うね、お二人さん。お嬢ちゃんたちも、チカちゃん狙い?」
相変わらず狂ったように上機嫌に笑いながら、ゲドーがミリーたちに話しかける。その声で、初めてゲドーの存在に気づいた様子で、ミリーとフラットは顔をそちらへ向けた。
「やっぱり、チカちゃんが怪しいとか思ってんの?」
「別にー。私たちはただあの子が逃げるから、何で逃げるのか聞きたいだけだよ?」
「そうそう。ちょっぴり乱暴な手段になっちゃっても、ねぇ?」
クスリと口元をつり上げ、ミリーとフラットが笑う。
そんな二人の強引で、相手の都合なんて欠片も考えていない姿勢に、ゲドーはさらに機嫌を良くした。
「けけっ! そいつはいいや! 確かに、チカちゃんを取っ捕まえて、事情を聞いた方が手っとり早いな!」
何度も頷き、ゲドーはひとり、勝手に納得していく。
「あのマキって女が、なんか絡んでんじゃねーかとか、いろいろ考えてたが、……よし! んなことは、後回しだ! 俺もチカちゃん捕まえんの協力してやるぜ!」
「ん? 別に好きにすればいいと思うよ」
「そうだね。別に私たちの邪魔さえしなければ、かまわないからねぇ」
そんな二人の言葉に、よっしとゲドーは上機嫌で返事をした。そうと決まればと呟き、ゲドー視線を未だに逃げ続けるチカの方へ向ける。
「おら、待てぇええっ! 止まんねえと、どうなるかわかってんのか、うらぁぁああっ!」
「あははっ! 待て待てぇ〜♪ 待たないとブチのめしちゃうぞ〜♪」
「ふ、ふふっ、うふふふふふふっ!」
今回の救助部隊の中でも、特別に危険な三人。
そんな三人に追われながら、チカは、
「い、いや! こ、来ないでぇえええっ!」
この世の終わりだとばかりの悲鳴を上げた。
「――はぁあああ!」
裂ぱくの気合と共に、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)の構える刀が振り下ろされる。スキル『煉獄斬』の炎を纏った刃が一振りされ、氷藍は襲ってきた骸骨を何とか殺しきった。
「はぁ、やっと倒しきった……って、み、みんなーっ! どこいったんだーっ!」
やっとのことで敵を倒しきった氷藍の周囲からは、先程までいたはずのマキたちの警護の生徒たちが消えていた。いつの間にか置いてきぼりにされたらしい。
「ぐぅっ……ついてないぞ。何でこんなとこで、はぐれるんだ。俺のバカめ」
ひとりそう愚痴る。幽霊が苦手な氷藍としては、気味の悪い骸骨が現れる洞窟に、ひとりでいるというだけで、非常に心細いのだった。
「幸村のヤツも、いつの間にかいなくなっているし。まったく、肝心なときに頼りにならないや……痛ッ!」
氷藍が相棒の真田 幸村(さなだ・ゆきむら)に悪態をついたその時だった。どこからか飛んできた小石が、見事に氷藍の脳天を直撃した。
「な、ななななんだ、今の! ま、まさか幽霊とか……っ!」
小石一つで怯えた氷藍は、早足でその場から移動していく。そんな氷藍の姿を見つめ、気配を殺して潜んでいた幸村は、はぁーっとため息をついた。
(……まったく氷藍殿の恐がりにも、困ったものです)
現在、幸村は氷藍の幽霊に対する恐怖を克服させるため、『ベルフラマント』まで使って気配を断ち、その後を監視していたのだ。
(立派な主となっていただくためにも、ここは心を鬼して、傍観させていただきますぞ……あ! また止まった!)
「ひぃっ! また、石が!」
やれやれと物陰に隠れながら、幸村はその後も、氷藍の足が止まるたびに、小石で先を急がせた。そのたびに、洞窟内に氷藍の悲鳴が響いたのは、言うまでもなかった。
「はぁ、はぁ……や、やっとまいた……」
洞窟の一部、影になっている場所に身を隠して、チカは荒くなった息を整えていた。
「……は、早く逃げなきゃ……誰かに、見つかる前に……」
うわ言のようにそう告げながら、チカは肩で息をする。なんとか荒くなった息を少し落ち着かせて、物陰から顔を出した。
「……あ」
「……え?」
まさにその時だった。丁度良く、チカのすぐ近くを通った木本 和輝(きもと・ともき)と至近距離で遭遇した。お互い、あまりに突然のことに、思考が追いついてこない。だが僅差で、反応は和輝のほうが早かった。
「び、美少女きたぁーーーっ!」
「え、ええっ、きゃああああーーっ!」
突然、和輝に抱きつかれ、チカが悲鳴を上げる。その強烈な悲鳴を聞いて、和輝もようやく我に返った。
「――はっ! しまった。つい、突然の美少女との遭遇に、我を忘れて……って、あ、こら! 逃げようとするなよ!」
「い、いや! 放してっ!」
逃げようとするチカを、和輝は必死に取り押さえている。
「あ、暴れるなよ! そんなに動くと、いろんなトコが当たって……あー、うん。もう少しぐらいなら、暴れても……」
和輝の手が、チカの柔らかい部分に触れ、一瞬、和輝は自分の使命を忘れかけた。
だが、
「……なにをやってるんですかぁ、和輝ちゃん?」
そういう厳島 春華(いつくしま・はるか)の声が聞こえて、我に帰った。
声のした方に和輝が振り返ると、どこか虚ろな目をした春華が、敵の骸骨の頭部を握りしめて和輝のほうを見ている。メキメキと音を立てて、か細い春華の手が、あっという間に、骸骨の頭部を握りつぶした。その姿に、思わず和輝は怖気が走る。
「ちょっ、ま、待て! 春華! り、立夏! 春華を止めろ!」
「ふぁっ! は、春姉ぇ! お、落ち着くんだよー!」
和輝の言葉を受け、春華のすぐ近くに立っていた水引 立夏(みずひき・りっか)が慌てて、春華を押さえた。
それでもまだ春華は『どいて、そいつ殺せない』と小さい声でブツブツ呟いていた。それを無視し、和輝はさらに立夏に叫ぶ。
「くっ、立夏! ついでにこの子もどうにかしてくれ!」
「ふぇえっ! どうにかって……と、ともにぃ、どうすればいいの?」
「とにかく、何でもいいから、落ち着かせてくれ!」
和輝の言葉にわかったと呟き、立夏はポケットから、手持ちの『銀のハーモニカ』を取り出した。それを口に当て、手慣れた動きで落ち着いた音楽を演奏する。
すると、その落ち着いた曲に合わせて、チカの抵抗する力が弱まっていった。それに応じて、和輝も押さえつけていた手を放した。
そこへ、騒ぎを聞きつけたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が近づいてきた。その顔に優しい笑みを浮かべ、なるべくチカを刺激しないよう、落ち着いた口調で話しかける。
「……チカさん」
「い、いや……やめて……こないで……」
「大丈夫だよ。ここにいる人たちは、みんな貴女の味方だから」
そう言って、エースは自然な笑みを見せる。邪気のないその笑みと言葉を受け、チカも警戒心を多少、ゆるめた。そこで、エースは視線を自分の後ろへ向けた。
「そうだよね。メシエ?」
「……はい、そうですね」
相棒のメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が一瞬、渋い顔をした後、頷いた。彼としては、チカを完全には信用していなかったのだが、エースからそう言われては頷くしかない。仕方なくメシエは、最小限の警戒だけを崩さず、注意深くチカの様子を監視することにした。
「それで、チカさん? 何で俺たちから逃げたんだい?」
エースはチカに、まずその質問をぶつけた。誰もが疑問に思っていた質問だ。周囲にいた生徒たちも興味ありげに、チカを見つめている。そんな視線にさらされながら、チカは蚊の鳴くような声で呟いた。
「…………ここじゃ、誰も、信用できませんから」
「? それはどういうことですか?」
「…………」
さらにエースが詳しく話を聞こうとするが、チカは黙って俯いてしまう。どうしたものかと顔をしかめるエースに、メシエが静かに近づいた。
「エース。とりあえず、あのマキという子と合わせるのがいいのではないですか?」
「そうだね。やっぱり心配している友達に会わせてあげるのが……チカさん?」
まずはチカを探している友達に会わせてやるべきだと考えたエースたち。だが『マキ』と言う名前が出た瞬間、チカの表情にふたたび、恐れの色が浮かんだ。
なんなんだと、その場の全員が顔を見合わせていると、
「……い……せん」
震えるチカの口から、衝撃の言葉が放たれ、一斉にその場にいる全員は硬直した。
「わ、私――……私、『マキ』なんて名前の子、知りません」
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