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パラミタ百物語

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パラミタ百物語

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第壱拾肆話 奈落の怪
 
 
 
「なあ、奈落人って知ってるよな?」
『もちろん』
 語り部となった椎名真がうつむきがちに訊ねると、会場中にいる奈落人たちが一斉にうなずいた。ただ、それは誰にも見えてはいない。
「霊体だけの存在で、誰かに憑依してこっちにくる奴らのことだ。
 これは、パートナー契約してる奴は特に関係ある話でな。
 そいつらに何度も憑依を繰り返されるうちに、それまで別々だった魂が、だんだんと惹かれあっていくんだってな……。
 そして、最後には、二つだったものが一つに溶け合ってしまうんだとよ。
 こうなってしまうと、もう二度と元には戻れなくなってしまうって話だ。
 そうなった者の魂は一つになる。そして、逆に肉体は二つの者の間を揺れ動くらしいな。
 そう、こんなふうに……」
 そう言うと、椎名真がゆっくりと顔を上げた。
 その顔の右半分が、火で炙られたような痣に被われていた。
「ひー、取り憑かれてる、取り憑かれてるよ。お祓いだ、お祓いだあ!!」
 それを見た柳玄氷藍が、鬼払いの弓をいきなり鳴らし始めた。
ゲホッ、くそったれが!
 いきなりの攻撃に、椎名真に憑依していた椎葉諒が吹っ飛ばされる。
『きゃあ』
 転がってきた椎葉諒に、平五月にピッタリと寄り添っていたアスカ・マルグリットが巻き込まれて一緒に転がった。
「あ、寒気が消えた……」
 ふいに身体が軽くなって、平五月がほっとしたようにつぶやいた。
『あらやだ』
 転がってくる椎葉諒たちを笹野桜がひょいと避けた。
『来るなあ!』
 お約束通り、最後は木曾義仲が巻き込まれて、部屋の隅で椎葉諒とアスカ・マルグリットとともに折り重なって倒れた。
 
 
第壱拾伍話 海賊の怪
 
 
 
「それでは、我が、ナラカのことを話して聞かせてやろう」
 悠久ノカナタ(藤原識)が、蝋燭を掲げて進み出た。
「ナラカでは、この世で起きた出来事、あるいは無念を残して死んだ魂が各地を彷徨っているのだよ。
 あのドージェでさえ、さらなる恐怖を撒き散らしておるのだ。
 最近では、幽霊船に乗った海賊たちが各地に恐怖を振りまいているらしい。
 それらは、いつも出口を求めて蠢いておる。その怨嗟は、やがてこの世に溢れ出てくるかもしれぬがな……」
 そう語ると、悠久ノカナタ(藤原識)が早々と蝋燭を吹き消した。
『ふーん、そういう奴ら見たことあるか?』
『さあ、ナラカって言っても広いから』
 椎葉諒に訊ねられて、笹野桜が素っ気なく答えた。
『いたたたたた』
『ど、どいてくれ……』
 まだアスカ・マルグリットのお尻の下敷きになっている木曾義仲が叫んだ。
「そなたら、もっと我の話に怖がらぬか。まったく、これだから……」
 木曾義仲たちの方をビシッと指さして、悠久ノカナタ(藤原識)が叫んだ。だが、当然のごとく、そこには誰もいないように見える。
「な、何? 何かいるのですか?」
 やっと悪寒が消えたのにと、平五月がちょっと引きつりながら言った。
 
 
第壱拾陸話 人影の怪
 
 
 
「それは、もうずっと前のこと……」
 自分の順番となったので、ルカルカ・ルーが話し始めた。
「子供のころ、ビルの影や水辺の木陰に、ゆらりと佇む人影をよく見たわ。
 『それ』だと分かったら、決して目を合わせたらだめなの。
 きっと、憑いてきちゃうから……。
 だから、いつも見て見ぬふりをしていたの。
 ある朝、その人たちが姿を消してた。
 訳もなく怖くなったから、自転車飛ばして橋を超えて隣の市へ逃げたの。
 そのすぐ後、街で大勢の人が亡くなったわ。
 なぜ見えなくなったのかは今も分からない。
 もしかすると、憑いていた人を乗り換える準備をしていたのかもしれないし、誰かを迎える準備をしていたのかもしれない。それとも別の理由なのかは分からない。
 影に訊く術はないのだから……。
 その後しばらくして、また見えるようになったわ。
 でも、その数がとっても増えてた。それは、多分……。
 今も、その街には、たくさんの人影がいるのでしょうね。
 どこの街ですかって?
 それは、あなたが一番よく知っているはず。
 だって、あなたたちも、見たことがあるはずでしょ。
 そうでなきゃ、『それ』を連れているはずがないもの。
 目を合わせてはだめ。縁を作らないことよ。
 寂しがりだから呼ばれるわ。
 貴方の後ろの影もそうなんでしょ?」
 そう言って、ルカルカ・ルーがアニス・パラスを指さした。
「今です、今度こそ」
 アンネリーゼ・イェーガーが、笹野朔夜に指示を出した。すかさず、笹野朔夜がアニス・パラスのすぐ後ろに光術でぼんやりと人影のような物を一瞬だけ作りだす。
「……ふにゃああああああっ!!」
 タイミングよくというか、悪くというか、振り返ったアニス・パラスがそれを直視してパニックになった。
「怖いの嫌! 怖いの嫌! 怖いの嫌ーーー!! こうなったら怖いもの全部燃やしてやる!!」
「こ、こら、アニス、落ち着け!」
 あわてて佐野和輝がアニス・パラスを押さえて落ち着かせようとした。
「にゃああっ! 和輝、止めないで!! 怖いのを燃やせない!!」
「燃やすも何も、そんな物はどこにもいないだろう。よく見てみなさい」
 言われて、あらためてアニス・パラスが周囲を見回してみた。確かに、どこにも何も見えない。だったら、さっきの物はなんだったのだろう。
「ふえ? だったら、和輝、だっこして。それなら怖くないかも……えへへ〜♪」
 やっと落ち着いたアニス・パラスが、ちょっと便乗して佐野和輝の膝の上によじ登っていった。
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったぜ」
 ハイラル・ヘイルがほっと一息をついた。
「そうですね。この世の死者が、すべてナラカに落ちるとも、また、ナラカからその死者が戻って来るとも、実際には誰にもなんとも言えないのでしょうから」
 今まで自分の目の前から去って逝った者たちのことをふと思い出しながら、レリウス・アイゼンヴォルフがつぶやくように言った。