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【獣人の村】【空京万博】ドラゴンレース

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【獣人の村】【空京万博】ドラゴンレース
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 ■ コース紹介 ■ 東ツァンダスーパー林道 〜 獣人文化歴史資料館
 
 
 
 上空より
 
 
 
「ここまで来たら、レースのゴールももうすぐね」
「我はもう限界……うう……」
「バル、紹介するのはあと3つだから耐えて。……ということで、さっさと紹介していくわね。この辺りの通りは【東ツァンダスーパー林道】。道幅が広いこの道路は獣人の村の輸送の要ね。そして【獣人の城】。もし万が一、この村が再び敵に襲われるようなことがあった時の為、住民の避難場所としての防護施設として作られた場所よ。ここは今日のレース本部にもなっているから、迷子とか何か問題があったらこの場所に行って相談してみてね」
「ううっ……くっ……」
「そ、そして遂にラストは【獣人文化歴史資料館】、散逸した現地の文化史料を収集しなおし、改めて保存・展示するための施設よ。獣人文化に興味がある人は是非……あああっ!」
「……無念……」
 ひゅ、と画面から裕奈と力尽きたバルの姿が消えていった。
 
 
 
 東ツァンダスーパー林道
 
 
 
「ここは建物ではなくて、道路が施設にゃう?」
 林道は綺麗に掃除され、路面の石畳舗装も割れていた部分は交換され、綺麗に整備されている。
「この林道整備するの大変だったんですよ」
 応援の為のチア衣装を着た桜月 綾乃(さくらづき・あやの)は、ドラゴンを待つ間も路面の状態を気になる様子で眺めていた。この【東ツァンダスーパー林道】の設計や技術面を主に担当していただけに、舗装の状態は気に掛かる。
 石畳舗装はアスファルト舗装と比べて、衝撃を受けやすいし与えやすい。トラックの重みで割れたりずれたりしてしまうから、こまめに補修が必要となる。維持に手はかかるけれど、こうして見事に石畳が敷き詰められていると、アスファルトの道路とは比べ物にならない風情を醸し出していた。
「そういえば、舞と契約して最初の仕事がいきなりここの土方作業だったアルよ」
 奏 美凜(そう・めいりん)は肉体労働に励んだ日々を懐かしく思い出す。まさか契約して早々に道路工事をやることになるだなんて予想外だったけれど、今こうして実際に出来上がった道路と、その上を走る車を見ると、コツコツと頑張った労働の日々は無駄ではなかったのだとつくづく感じられる。
「確かに日々の作業は重労働だったけど、こうして無事完成して、村のためにお役に立ってるみたいなので嬉しいな♪」
 ね、と綾乃に同意を求められ、桜月 舞香(さくらづき・まいか)も頷いた。
「そうね。万博あわせで公道レースイベント開催なんて、施設の発案者冥利に尽きるわ」
 こういう行事が開かれること自体、道路が村の観光振興に役立っているしるしのようだ。これは自分たちも張り切らざるを得ないと、舞香はパートナー共々チアガール姿でレースを盛り上げる。
 チアダンスに獣人の村の伝統的な曲を使用してるのは、村の民芸もアピールしようと思ってのことだ。
 この東ツァンダスーパー林道はゴール直前のデッドヒートが見られる観戦ポイントだけあって、見物客も多く集まり、ドラゴンがやって来るまでの間、舞香たちのチアを楽しんでいる。
「華やかな応援にゃうー。きっとレースも燃え上がるにゃう」
「レース終盤だから選手の皆さんも疲れてると思うけど、チアでの応援を見て元気を取り戻してね♪」
 舞香はカメラに向かって、ポンポンを振って見せた。
 
 
 
 獣人文化歴史資料館
 
 
 
 【獣人文化歴史資料館】は獣人の村の中心地、ドラゴンレースの最終地点となる区画に建っている。
 散逸した現地の文化史料を収集しなおし、改めて保存・展示するための施設であり、文化史料の保護継承はもちろんのこと、獣人文化を広く知ってもらうこともまた目的としている施設だ。
「お金に直結しない分野と言われつつも、かように設備や整理が充実しているのを見るのは嬉しいことですねぇ♪」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、獣人文化歴史資料館の創設者であるサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)とは交友がある。サクラコのパートナーである白砂 司(しらすな・つかさ)にパラ実生向けの空大進学講座をする際に助手をしてもらったこともあり、たまにはお返しをしてみようかと、優梨子はデスクワークの手伝いにこの施設を訪れていた。
「ああ。契約者の助けもあって、資料も随分と充実してきた」
 一度散逸した資料を集めるのは大変なことだ。一朝一夕にはいかないが、1冊、また1冊と探し出した資料を棚に収められたときの喜びは、それまでの苦労が吹き飛んでしまうほどに大きい。
 遣り甲斐のある仕事ではあるけれど、このままずっとその業務に携わっているわけにはいかない。
「これまでこの村は契約者の助けを得ることによって再建してきた。だがいつまでも契約者に依存しているわけにもいくまい」
「はい。それに私は『猫の民の英雄』の、私自身のルーツを探らねばいけませんからね」
 サクラコにも成さねばならないことがある。だからずっと一緒にいることは出来ない。
 だから今日、司とサクラコはドラゴンレースを良い機会に、今後どうやって資料を整えていくかを村人に教えていた。
 これまでも記録のやり方や文書整理の手法・仕組みは伝授してきたつもりだが、実際に村人の手だけで資料を作成するとなると勝手も違うだろう。
 資料を作るためには何が必要なのか、記録する情報の取捨の基準はどこに置けば良いのか。
 それら資料作成の手順を、司はドラゴンレースを題材に例を見せながら実践的に教えてゆく。
「事実やデータの記録は必要だが、そこに自分の主観は不要だ。必要なことを過不足無く。それが資料の精度を高めることになる」
 村の人に見習われても恥ずかしくない資料をと思うと司の肩にも力が入る。知識や記憶力を利用して資料整理を手伝っていた優梨子は、その様子を微笑ましくみて立ち上がった。
「あまり根を詰めすぎても何ですし、ティーブレイクに致しましょう」
 優雅にお茶の道具を運んでくる様子、あるいは資料整理に取り組んでいる優梨子の姿はまさしくお嬢様然としていて司は感心する。
(藤原も真面目にやっていればいいとこのお嬢様なんだが……)
 そんなことを考えていた司に気づいた優梨子は、その視線を捉えてにっこりと笑った。何だか心の内を見透かされたようで、司はもごもごと言い訳じみたことを口走る。
「いや、別にそういう対象として見ているわけじゃないからな。違うぞ、ああ、そうだとも」
「司さん? 随分疲れているようですねぇ」
 こんな時の疲労回復には何が良いかと、優梨子は茶葉を選定にかかる。
「司さんはいつもお持ちの石化解除薬の方がよろしいですか? ああ、当方は司さんの血を頂ければ♪」
 口を開けばいつもの優梨子だ。
「……普通の茶でいい」
「あら残念。では皆さんと同じお茶にしましょう」
 優梨子は資料整理に携わっている皆の分の茶を配り、自分もゆったりとカップを口に運ぶ。
「それで、今回のレースコースの形成している渦巻紋は、如何なる呪術的意図があってのことなのです?」
 優梨子からの思わぬ質問に司は苦笑する。
「俺たちがしているのは調査ではなく資料整理だ。意図を調べるのは資料を利用する側がすることだろう」
「ですがこれだけの資料に目を通しているのですから、それらしい記述の1つや2つ、記憶にあるのではありません? 太古より渦巻紋は呪術のしるし。数多くのドラゴンに渦巻を描かせることに意味を見いだそうとするのは、それほどおかしなことではないと思いますけれど」
 優梨子の指摘に、司は思案顔になった。
「関連のありそうな資料は確かにあるが……」
「その資料にはどのように書かれているんですか?」
「確か、渦巻模様には永遠を願う呪術的な意味があったとか……どの資料だったかな」
 お茶もそこそこに資料棚を探そうとする司に、サクラコが注意する。
「あれもこれも手を出してたら整理が終わらないですよ」
「それもそうか……まあ、興味があったらまたこの資料館を訪れてくれ」
 そのための資料館なのだからと言う司に、優梨子もええと頷いた。
 
 
「グラキエス、大丈夫か?」
 気がかりそうに見つめてくるゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)に、幾分顔色が悪いグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は平気だと答えた。
「これくらいなら自力でしのげる。やっと夏も終わりだな」
 暑い時期を過ぎてまともに出歩けるようになった、とはいえ、まだ残暑は厳しい。グラキエスは日差しを避けるかのように村にある施設に立ち寄っては体力を回復させ、また通りを進む。
 それでもようやく気兼ねなく外に出られるようになったグラキエスは嬉しそうだと、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は主の回復を喜ばしく思った。
「我は開発時ここにはあまり来ておらぬが、想像以上の発展ぶりだ」
 獣人の村ももはや規模は町。今の様子を見ていると、開発を開始した際にこの場所にはほとんど何も無かったことなど嘘のようだ。
 しばらく発展した村の佇まいを楽しんだ後、グラキエスは獣人文化歴史資料館へと向かった。
「懐かしいな……。俺も資料集めや建築に駆け回っていた場所だが、完成当時よりも展示物が増えたようだ」
 自分を含む開発協力者皆で集めた資料や、当時見た覚えがない新たな展示物。どちらもグラキエスにとって興味深い。
「グラキエスくんお久しぶりですね」
 資料を運んでいたサクラコがグラキエスに気づいて声を掛ける。
「久しぶり。獣人の文化で調べたいことがあったから来てみたが、前よりも随分資料が増えたようだな」
「ありがとうございます。まだまだこれからも、ここの資料は充実していきますよっ。文化の資料なら新しく入ったのがこちらにありますけど、どうですか?」
「是非見せてもらいたいな」
 グラキエスがサクラコに資料を見せてもらっている間、ゴルガイスも興味津々に資料を眺めた。
「さすがだな。そこらの図書館ではなかなかこれだけの資料は見つからぬ」
「…………」
 資料に夢中のグラキエスやゴルガイスと裏腹に、アウレウスは所在なく立っているばかりだ。
 試しに手近な資料を開いてみたけれど、戦いに関わること以外ろくに勉強したことのないアウレウスにとっては、さっぱり分からない。ちらりと様子を窺ってみれば、グラキエスとゴルガイスは互いに資料を見せ合い、獣人文化について検討している。
(……羨ましくなどない! 俺は主をお守りするのが役目であって……)
 そう自分に言い聞かせながらアウレウスは、意味のつかめぬ資料のページをただ無闇にめくって時間を潰した。
 ようやく調べものを終え、グラキエスゴルガイスが土産物をと販売している資料集を選び始めると、アウレウスはこれを自分に買って欲しいと1冊の本……可愛らしいイラストの子供向き絵本をそっと差し出したのだった。
 
 
「ここがレースの最終地点にゃーう!」
 獣人の文化、歴史等、獣人の村が蘇らなければどこかに埋もれてしまっただろう資料が詰まった【獣人文化歴史資料館】を、アレクスは指し示した。
 獣人たちが歩んできた歴史、育んできた文化。
 発展した村をぐるぐると絞りこむように渦巻きを描きながら、集まった人々の熱気を載せたドラゴンたちは最後にこの場所へと収束する。
 ほどなく至るその刻に、アレクスの期待もいやが上にも高まってゆくのだった。