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第1章 夢安組、始動 2

「あ〜、あ〜、森の中は何かと物騒です。良い子の美少女様一行はコースを外れないように注意してくださーい」
 と、肝試しに向かう前の参加者一行に向かって、変熊 仮面(へんくま・かめん)がメガホンを片手にコース説明をしていた。
 薔薇学マントの下に隠れる物騒な『何か』をチラチラと見せつけてくるため、参加者たちの顔はいかにも面倒くさそうである。
 中には直接、それを口に出しながら抗議する参加者もいたが――
「ということは何かね…………俺様が脅かし役になった方がよかったかね?」
 という一言によってその場が凍りついたため、仕方なく彼に引率を任せることになったのだった。
 そして――そんな変熊の説明を聞き終えて、一つのペアが森のなかへと足を踏みいれていた。
「ほほー、なかなかに雰囲気のある森じゃのぉ。これは楽しみじゃて」
「肝試しとは……マスターも俗なものを好みますね」
 好奇心を抑えきれずにニヤニヤと笑うファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)に、パートナーのローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)が言った。
 ファタは彼女へと振りかえる。
「俗なものほど、面白いことが起こるものよ。のう、理依?」
「そ、そうだな……」
 彼女たちのペアは、二人一組ではなかった。ファタたちと一緒に、三人一組となってコースを進むのは紅護 理依(こうご・りい)である。
 肝試しとは面白そうなイベントだ、と、百合園女学院からわざわざ足を運んだ彼女は、クジ運が良いのか悪いのか……ファタたちと一緒に進むこととなった。
 だが。
 誰かと一緒であれば恐怖も半減するだろうと踏んでいたのだが、意外とそうでもないらしい。森の鬱蒼とした雰囲気とあいまって、背筋に悪寒が触れている。
 しかもこれがまた厄介なのが。
「キャアッ!?」
 背中を指先でツツっとなぞられて、理依は可愛らしい悲鳴をあげた。
「も、もうっ、ファタさん! やめてくださいよ!」
「ぬふふふ……美少女の悲鳴ほどゾクゾクするものはないのじゃ〜」
 ファタはとにかく可愛らしい女の子を弄るのが好きなようで、なにかにつけて理依にちょっかいを出してくる。
 それ自体にどうこう言うつもりはないが(いや、実際のところは止めてほしいのだろうが)、元々、この世界の住人ではないうえに男性であった理依としては、複雑な心境だった。自然と、表情も眉が歪む。
 ローザへと助けを求めてみるが、彼女はほほ笑みを返すのみで助け舟を出す気はまったくないようだった。
(はあ……なんか変なうわさもあるしなぁ)
 なんでも、男子生徒がこの肝試しで色々と画策しているという話なのだ。詳しいことはわからないが、いずれにせよ気をつけないといけないか。
「それにしても……不気味な森だよなぁ……」
 暗闇に閉ざされた場所ほど怖いものはない。理依は震えながら歩く。
「このような森でしたら、死体の一つや二つはあってもおかしくなさそうですね」
「変なこと言わないでよ、ローザさん……」
 すると、目の前の茂みが音を立てた。
「ひゃっ あそこで何か動いた!?」
「気のせいじゃ、気のせい。風が揺れただけじゃよ」
「へ、気のせい? うう…………わ、笑うなよ! こ、怖がってるわけじゃないからな!?」
「理依はかわいいのぉ。初々しい乙女ほどわしのツボを刺激するものはないぞ?」
「だから、触るなって!」
 と、理依が抱きつくファタに叫んでいたときだった。
 突如、今度はよりはっきりと……ガサッと音を立てて、目の前にコウモリのような黒い羽を生やした人影が姿を現したのだ。それも、木からぶら下がる形で。
 そしてその顔は――血だらけだった。
「ヒィッ…………キャアアアァァ!!」
「いまだ!」
 コウモリお化け(死体?)に扮しているのは、京太郎の仲間だった。暗闇のなかで、京太郎が仲間たちに極力、声量を抑えて叫ぶ。理依は悲鳴をあげながらパニくっているため、こちらに気づいていなかった。
 シャッター音を絞って、ファインダーに映る理依の眩しい太ももを激写する。
 さすがは写真部から拝借してきた機材なだけあって、高性能の一眼レフは夜でもはっきりとその姿を捉えていた。
 だが。
「はっはっはっはぁっ! 今こそ俺様の出番だな! 待ちくたびれたぞ!」
 突然、京太郎たちとは反対側の暗闇の奥から現れた変熊が、ファインダーの前に飛びでる。薔薇学マントの下に隠された裸体。そしてその下半身に備わった立派な●●●を、なぜか無駄にキレのあるポーズを決めながら、チラリチラリと披露する。
 理依のパンチラに期待してファインダーをのぞいた京太郎は、愕然とした。
「はぁはぁはぁ……やったな京太郎! これで、俺様の写真で大儲け間違いなしだな…………ってのわぁっ!」
 京太郎が無言で繰り出した右ストレートを、変熊はとっさに避けた。
「な、何をする!?」
「何をする!? ……じゃねぇ! お前のせいでせっかくのシャッターチャンス逃してんだよ!」
「む? なにを言うか。ちゃんとチャンスならあったではないか。この俺の」
「お前のじゃねええええぇ!」
「ちょ、ちょっと京太郎。ヘンタイの相手してる場合じゃないわよ!」
「あ?」
 とりあえず変熊を一発殴っておかないと気がすまない京太郎だったが、彼はまゆりに呼びかけられて振りかえった。
 そして、その意味を把握した。
 いまだにパニクって耳をふさぎ、「お化けなんていない、お化けなんていない」とふさぎこんでいる理依の奥――茂みをかき分けて、他で活躍していた工作員たちが飛びだしてきた。
「た、隊長〜!」
「お、追っ手ですぅ〜!!」
「追っ手?」
「逃がさへんで、ヘンタイども!」
 変熊が正真正銘のヘンタイであるなら、それと一緒にされるのはなにかと納得できない部分ではあった。
 が、それはともかく。
 茂みの奥から工作員たちを追ってきたのは、七枷 陣(ななかせ・じん)だった。パートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)ジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)も引き連れている。そして、その背後から遅れて、怒りの形相の女生徒たちがやって来た。
「…………あー、もしかしてお前ら」
「えへへ」
「………………」
 京太郎の呆れた視線に、工作員たちは誤魔化すように照れた。お化けに扮したその姿だと、なかなか滑稽だ。なんにせよ、どうやらバレてしまったらしい。
 そして、陣は工作員を追ってきた末に京太郎を見つけたことで、事の次第を理解した。
「ま た お 前 か」
「あー、いや、どうも、ご無沙汰です」
「今度は……アレだ。いい加減リアルにNice boat.しちまうぞコラ?」
「そ、それはご勘弁願いたいなぁ、とっつぁん。ほら、オレってちゃんと心臓ある人間だし?」
「うん、心臓撃ち抜かれても無問題。復活覚えてるから。リアで復活の体現者第一号になるだけだから大丈夫だよ………………多分」
「……ってことは試してないんだよね!? そんな実験的殺人事件の被害者になるのは嫌だ!」
「いいからいいから〜、テリーを信じてー」
 明らかに棒読みで近づいてきた陣は、躊躇なく腰のハンドガンを抜いた。連発する銃弾が、京太郎の頬をかすめる。
「ちょま……っ! 待とうよ! 話し合いしようよ! 民主主義って大切だと思わない? 基本的人権の尊重!!」
「……死人に人権はないよ?」
「すでに死人扱い!?」
 これはもうラチがあかない。
 京太郎は逃げだそうとして、身を翻した。もちろん、追いかけてくる陣。
「観念しろ、夢安!」
 逃げ惑う京太郎に、陣が飛びかかろうとした。が、次の瞬間。
 京太郎はにやりとして、背後にいた女生徒を横目で見た。陣が嫌な予感を感じ取ったのは言うまでもない。しかし、すでに足は地を蹴って、身体は宙を浮いていた。
 むんず。
 京太郎が身をかがめたその空間で、陣の手が女生徒の胸をがっしと掴む。
「…………」
「…………キ」
 女生徒の顔が歪み、唇が開かれるのが、陣の目にはいやにスローモーションに見えた。
「キャアアアアアアァァァ!」
 森のなかに響いた絶叫に、そのほかの女生徒たちの友達が一斉に集まってくる。
「このエセ関西弁野郎! こいつも仲間だったのね!」
「い、いや、違……っ!?」
「きゃー、陣くんったら、サイテー。京太郎くんたちを利用して、女生徒の胸を鷲掴みなんてー」
 女生徒の集まりに混じって、京太郎が声高に言う。怒りに我を忘れている女生徒たちは、胸を掴まれた友達を励ましながら、その事に気づいていない。
「な、なんてサイテーな男なの……」
「男の風上にもおけないわね……」
「だから違……お、おい、むあ――」
 陣が女生徒に詰め寄られている間に、京太郎はすでに視界の隅にまで逃げだしていた。脱兎のごときスピードである。
「……嘘」
「はーはっはっは! さらばだ、ヘンタイよ! 善良なるオレは退席させていただく!」
「ひ…………卑怯だぞおおおぉぉぉ!」
 陣の叫び声は、森のなかに高らかに響いた。



 陣の叫び声をバックにして逃げおおせた京太郎は、仲間である緋山 政敏(ひやま・まさとし)と合流した。彼のパートナーであるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)も彼と一緒にいたが、そのやる気が別のベクトルを向いているのが、京太郎には不憫でならなかった。
「おい、本当にいいのか?」
「何が?」
 京太郎が小声で話しかけると、政敏は同じく小声で囁きかえした。
「いや、だから……本当のこと言ってないんだろ?」
「……言って、どうにかなると思うか?」
「……ならないな」
 京太郎はカチェアとさほど面識があるわけではないが、少なくとも彼女が『真面目な院長タイプ』であることは感じ取っていた。そして言うまでもないが、それは政敏が誰よりも実感しているところである。
「だったら、誤魔化すぐらいしか方法がないだろ? どうせ内緒にしといたってバレるんだから」
「なんて言って誤魔化したんだよ」
「みんなの青春の一ページをこのカメラに収めて残していく」
「…………」
「間違ってないだろ?」
「確かに」
 だからカチェアはあれだけやる気に満ちているのか。
 あまつさえ暗がりであるため、政敏と肌を寄せあって身を潜めている状態で、心なしか頬が紅潮して照れくさそうに見える。それに気づいていない政敏も、罪つくりな男だった。
「そんなことより、よく追っ手から逃げてこれたな?」
 自分が青春の一ページ(騙しであるが)をカチェアの胸に刻んでいることも知らず、政敏は話題を変えた。
 京太郎は空を仰ぐ。
「なに…………大いなる目的のためには、犠牲はつきものなのさ」
「なんで遠い目になってんだよ」
「奴の死は無駄にはしない」
「…………?」
 政敏が首を傾げ、京太郎はあえて多くを語らずに美化200%のイケメン顔を作った。
 空には星が瞬いていた。
 肝試しもそろそろ、中盤に差しかかる頃だった。