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【重層世界のフェアリーテイル】オベリスクを奪取せよ(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】オベリスクを奪取せよ(前編)

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伝承の所在


 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)たちは市内図書館を訪れていた。
 図書館とはいえ、棚には紙の書籍はなく、薄いシート上のモノがあるだけだった。電子書籍というやつだ。
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は「故人曰く『古きを温めて、新しきを知る』ですよ、坊ちゃん」とトマス言った。
 だが――、
「申し訳ございません。その本は今貸出中です」
 と、案内のアンドロイドが無機質に答えた。
 なんとタイミングが悪いことだろうか。伝承に関する本が全てここにはなかった。
「歴史書にも伝承の記述はなんらかかれてないし、どういう事なんだろう?」
「書籍形体が変わる際に、焚書したのでしょうか……。この世界も争いの絶えない場所だったようですし」
 歴史とは勝者に都合のいいものだ。実際の世界でも歴史は幾度と無く改変されている。
 この世界でも、争いの中で伝承の書籍は失われてしまったのかもしれない。
「俺も色々、話訊いて回ったんだがさ。どうも曖昧なんだよなぁ。お伽話としての概要以上に話がきけなかった」
 口伝の伝承を人から訊いて回ったテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が応える。
「軍部の人達からはあまり、聞けなかったわ。この地方独特のものらしくて、知っているのは、アーノルド中将くらい見たい」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)の報告に一同首を捻る。
 せめて原書となったものが残っていれば。
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は不意に、電話を入れる。元の世界から持ってきた通信機器は使えないため、AirPADの機能を使った。
〈どうしたのよ?〉
 とスノー・クライム(すのー・くらいむ)が出た。
「図書館には伝承の本なかった。そっちはドウだと思って」
「なかったて、リオンあなた今何してるの?」
「飽きたから、『逝け! ブリキ大魔王』て本読んでる。デジタル書籍は私の性に合わないけど、実際の書籍みたいな立体視ができて、なかなかに面白いんだよ」
〈アンタねぇ。まあいいわ……。私は持ちのイイおじいさんに会えたから、その人から伝承の書籍を借りれそうよ〉
 スノーがそう告げた声の奥で、おじいさんの声が聞こえた。
「あれ? 確かにここに置いてあったんじゃがなぁ……」


 ――市長室。
 議会が終わって、雅香、聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)はそこを訪ねていた。
「私がオリュンズ市長シリス・サッチャーです」
 女性市長は街を一望する窓の前に立ち、自己紹介した。
「『ウェスタ』では見苦しいものを見せてしまったようね。このような事態だから、議員たちは保身に走りたがっているの」
「いえ、そんなことは」と雅香はどもる。
「議会はどうあれ、あなた方にはお礼をしなくちゃならないでしょうね。コチラからの技術提供は、報酬って形になりそうだけど」
 つまり、ドールズとの戦いが終わった暁に、ここの技術をパラミタに提供するということだ。
「ところで、市長。この雷霆とはどういった施設でございますか? 唯の市役所というわけではないようですが」
 聖の質問にシリスは淡々と答えた。
「雷霆は、街を支える柱であると同時に、中枢機関を束ねた場所。市役所としての機能もそうだけど、警察、徴税機関、市議会。あらゆる都市機関を束ねているの。これらを束ねて運営しているのが『ユピテル』。
 『ウェスタ』は市議会場と市議会自体の呼び名。
 市長である私は、『ユピテル』の運営責任と『ウェスタ』における最高決定権を持っています」
「では、軍と『ユピテル』の結びつきはないのですか?」
「彼らは派遣の軍隊。オリュンズ所有のものじゃないわ。ドールズに対抗するために組織された軍隊であって、『ユピテル』の管理の及ぶところではないの。とは言え、彼らへの資金援助は公約だからそうとも言えないけど」
 もっとも
「私、市長としては都市の復興と難民政策をどうにかしたいところ。そのためには、少なからず軍に譲歩すべきと考えているわ」
 なるほど、市長はまだ我々に協力的であるようだ。と聖は思った。
 しかし、軍、市長、議会と思惑が全く違うのも分かった。
「そういえば、市長さんは伝承について、何かご存知じゃないですか? 原書の保管されている場所とか?」
 キャンティーが尋ねる。他の調査員はいまだ、これを見つけられていない。
「あなた達の来訪を予言した伝承ね。それに原書はないわ」
「え?」
「 “原文”ならある。 都市管理マザーコンピューターRAR.のデータベースに――」