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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●追走録1

 分からない。
 なぜこうなってしまったのか。
 対峙しても、どうしていいのかセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は答えが出ない。
 目の前にいるのは彼女の恋人でありパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
 セレアナを追いかけて結界の中に入った。
 呼び止めても、追いすがっても、邪魔だと振り払われていた。
「私の邪魔をするのなら、容赦はしない!」
 ついに、セレアナの足を止めることに成功はしたが、セレンフィリティに向けられるのは圧倒的な殺気だった。
「どうして、セレアナ! なんで、あんたが……!」
 悲痛な叫びはセレアナには届かず、ただ大気に溶けた。
 しかし、膠着状態は途切れた。
 ゆらりと、セレアナの体が揺れ動く。
 [幻槍モノケロス]を構え、体をぐっと下げる。
 殺意を向け、セレンフィリティを排除しにかかるセレアナを目の前にしても、まだ結論が出ない。
(そりゃ……互いにすれ違いもしたし、喧嘩したこともあったけど……)
 でも、恋人だから無条件に受け入れてくれているものだと思っていた。
 違った。それはセレンフィリティの甘い考えだった。セレアナは、セレンフィリティが考えている以上に不満を溜め込んでいたのかもしれない。
(それだったら、少しくらい、そんな素振り見せてくれたっていいじゃない……)
 泣きたくなる気持ちをぐっと抑えてセレンフィリティはセレアナを見据えた。
 これが正しいのかどうかなんて分からない。
(でも、魅入られるって、きっとあたしに何か問題があるんだ)
 どうしたらいいのかという結論は出ない。けれども覚悟は決まった。
 セレンフィリティに向けられる殺気を真正面から受け止める。
「来なさい、セレアナ。あたしが正気に戻してあげるわ!」
 その言葉と同時に、セレアナはまるで打ち出された弾丸のようにセレンフィリティに向かってきた。
 苦楽を共にしてきたパートナー。例え今は魅入られ自分を排除しようとする障害であろうとも、癖は分かっている。
 牽制だが初手必殺の突きを最小限の動きで避け、長物特有のリーチから繰り出される薙ぎを数歩後ろに下がりやり過ごす。
 ――それが平時ならば。
 しかし、結界の影響下。そんな理想どおりに事が運ぶわけが無かった。
 牽制の突きは避けきれず、脇腹を浅く裂く。熱に焼かれたような痛みが次の動作を鈍らせた。勢いのまま振られる薙ぎを辛うじて[音波銃]で受け止める。
 柄と銃が鈍い音を立てる。
 結界の影響は何もセレンフィリティだけじゃなかった。
 セレアナの槍捌きもどこか鈍っていた。
 セレンフィリティを敵として認識しているのならば、その突きと薙ぎで確実に仕留めることができたはずだ。
「どうしたの? あんたってそんなもの?」
 わざと挑発をする。この言葉が届いているのかなんて分からないが。
 セレアナは苛立ったようにセレンフィリティを睨み付ける。
 おかしいと、手を開いては握りを繰り返すセレアナ。それを見てセレンフィリティは、彼女が結界の影響について何も知らないことに気がついてしまった。
「ふふ、これじゃいつもと逆ね」
 笑う余裕ができた。
 いつもなら、暴走をするのはセレンフィリティで、それをいさめるのがセレアナだ。
 そして、そのいさめる行為がどれだけ大変なのか、今身を持って知ってしまった。
 しかし、そんな感慨に耽る余裕を持たせてくれるほどセレアナは甘くは無いことも知っている。
「なぜだ……、何故私の邪魔をする!」
 遊びを邪魔された獣のように、セレアナは吐き捨てる。
 そんなこと、言わずとも決まっている。彼女――セレアナがセレンフィリティのパートナーだから。そして大事な、とても大事な恋人だから。
(甘えるだけじゃ、ダメなんだ。甘えてイヤといわれても甘えさせて……)
 セレンフィリティは[音波銃]を構え、躊躇い無く引き金を引いた。
 強力な音波を発生させる銃だが、殺傷能力は極めて低い。これは自分に攻撃の意思があることを示す行為だ。
 セレアナは音の波を避けると、勢いのままにセレンフィリティに突っ込んでくる。
 構える[幻槍モノケロス]には、煌々とした光が集まる。【ライトブリンガー】だ。
 渾身の力込めたセレアナの突き。結界の影響があろうと無かろうと、避け切るのは厳しいだろう。
 だからこそ、受ける。
 セレンフィリティの心臓を狙った必殺の突きは[音波銃]の銃身で受け止める。
 鉄のぶつかる鈍い音が響き、力比べが始まる。
「くっ……!」
 お互いに歯を食いしばり武器を押し合う。
 互いに拮抗した力は如実に武器に現れた。
 槍の穂先はつぶれながらも銃身にめり込んでいく。
 しかしまだセレアナの【ライトブリンガー】の追撃は残っている。
 光の奔流がセレンフィリティを飲み込むが、その最中セレンフィリティはニッと口の端を吊り上げた。
 致命傷でなければまったく問題は無い。
(この体さえ動けば……!)
 光の残滓が、セレンフィリティとセレアナお互いの姿をシルエットとしてしか認識させない。
 確実な手ごたえを得たのか緩くなるセレアナ突きの力に、セレンフィリティは好機を見出しセレアナの懐に飛び込む。
 [音波銃]は傷ついてしまっているが使用には耐えうる。
 狙いなんかつけなくても当たる距離。セレアナは完全に油断している。
 引き金に指をかけ、躊躇いを振り切るように引いた。
 零距離からの攻撃は避け切ることはできずに、セレアナはまともに音波を受ける。
 音波にさらされ三半規管がマヒしてしまったのか、セレアナはまともに立っていられない様子でふらついていた。
 そのまま詰め寄り、セレンフィリティはセレアナに当身を食らわせる。
「正気に戻って……、セレアナ!」
「ぐっ……うぅ……」
 呻き声を上げ気絶するセレアナをみて、セレンフィリティは安堵の吐息を漏らした。
 もたれかかるセレアナをセレンフィリティは抱きとめ、これで暫くは大丈夫だろうと思うのだった。