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《2・演じる。それは、》

 姫乃が危うくアスレチック場から出てしまうところを、太々郎に注意され本来の道へと方向転換した頃。
 他の参加者はそれぞれ審査員の捜索をはじめていたが、明らかにその集団から遅れはじめている参加者がひとり。
 それはやはり10歳という身体的な不利を持つ女の子、あんず。
 邪魔にならないよう後ろで結んだポニーの黒髪は、すこし乱れてしまっており。可愛さが際立つちいさめの目鼻も、焦りが色濃く映っていた。
 なにしろあんずが進んだ方向に広がっていたのは森林地帯。
 植物が好きなあんずではあるけれど、駆け抜けなければならないとなると話は別。枝が髪や服にひっかかったり、草に足をとられたりではやくも涙目になりはじめていた。
「おい、へいきか?」
 そんなあんずに声をかけるのは七尾 蒼也(ななお・そうや)
 彼はオーディションに参加してはいるものの、気に入った相手の力になれればいいかという気構えらしく。引き返してあんずに駆け寄ってきた。
 実は開始前に蒼也から協力の提案は受けていたのだが。あんずは一度それを断っていた。
 べつに警戒していたわけではない。子供ながらに苦労してきたゆえ、相手に裏があるかどうかはなんとなく判別できるようになっていたからだ。
 単純に好意に甘えず、自分ひとりでがんばろうと思ってのことなのだが。下手にプライドを守っている場合ではないという事実があんずの胸には沸いてきていた。
「へいきです。ごめんなさい、気をつかっていただいて」
「いいって。とにかくまだはじまったばかりなんだ、焦らずいこうぜ」
 蒼也の言葉に、あんずはこくりと頷いてきりかぶに一度腰を落ちつけて息を整える。
 そのあいだに蒼也は禁猟区であるものを作りながら。特技の情報通信で調べておいた、参加者プロフィールやオーディションの出題傾向をもういちど頭のなかで反芻する。
(さて。あんずは演技力と歌唱力の審査を絶対に落とさないようにしないとな……。自由アピールはどうとでもなるとして、問題はあとのふたつだな)
 体力的不利はなんとかサポートしようがあるとしても、まだ10歳のあんずには中学生レベルの問題が出るという学力審査は捨てる以外にない。
(そうなると、必然的にダンス審査を受けるしかないわけだ。なんとか平均以上に届かせたいけど、このまま疲れを増やすとやばいかもな)
 今後の方針を検討し、3時間をどうにか乗り切るべくなによりまず体力を温存させていかないと、と思う蒼也は、
 近寄ってきた小鳥たちとなにやら言葉をかわすあんずへとあらためて歩みより。
「鳥と話ができるのか? 動物は可愛いよな。俺の彼女もドルイドなんだ」
「そうなんですか。やっぱり、動物の声が聞けるとたのしいですからね」
「俺には言葉がわからないけど。なんて言ってるんだ?」
「あは。なんだか緊張してるわたしに、しっかりしろって怒られちゃいましたです」
「ははっ。なるほどな」
 互いに笑い、緊張が和らいだところで、
「まあ心配しなくていい。俺がついてるし、これがあれば大丈夫だ」
 さきほどから作っていた鳥の形のお守りを差し出す蒼也。
 受け取ってくれるかどうか不安はあったが、あんずはにっこりとほほえんで「ありがとうございます」の感謝とともにそれを手にとってくれた。
「さ、そろそろいこう。乗って」
 それをきっかけにしようと、蒼也は取り出した光る箒のうしろを指さす。
 あんずはわずかに目を見開き、二、三度前進したり後退したりまた前進したりという迷いをくり返したあと。最後にはぎゅっと蒼也の背中に抱きつきながら、箒へとまたがった。
「よ、よろしくおねがいしますです」
 蒼也は、地面を蹴りひといきに森のうえにまで上昇する。
 そして木々にちょうどひっかからないラインを見極め、箒をあやつっていく。
「空から見えない場合もあるよな……このへんが怪しいか?」
 上からでは見落とす危険が高まるので、話し声がする方向や、審査員が待機しておくのに都合がよさそうな場所を見定める蒼也。
 あまりにも急斜面になっているところや、虫や動物が寄ってきそうなところを避け、かといって目立つような場所は捜索の意味がなくなってしまうので除外して。そうした消去法でとりくむ姿勢だったが。
「ん!?」
 急に箒をとめ、急停止する。
「ど、どうしたんですか?」
「ああ。いや、なんでもない。ちょっと箒が風にゆられただけだから」
 あんずはこのとき気づかなかったようだが、蒼也はたしかに自分達を狙った黒い色の 矢が飛んできたのを確認した。
 庇護者のスキルを使用していたことに加え、サイコキネシスで軌道を変えたので矢はあさっての方向へすっとんでいったものの。明らかな敵意があの矢にはあった。
 事前に調べておいた限りでは、警戒すべき参加者はタケルという人物くらいだった筈だが。彼には遠距離攻撃の武器もスキルもなかった。
(となると、他にも参加者を妨害するヤツがいるってことか)
「あの。本当にだいじょうぶなんですか?」
「ん、心配ないって。ああ、あのあたりが一番怪しいな。行ってみよう」
 口からでまかせで急降下し、その場をごまかした蒼也。
 とはいえかすかに誰かの張った声がかすかに響いたのも事実で、
 降り立った森の一角にはスーツ姿の女性審査員とともに、ほかの参加者の姿がいくつもあった。おもわぬラッキーに喜びかけたものの、
 現在セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の審査がはじまっているようで。審査員が人差し指をたて、しずかにのポーズをしていたので慌ててふたりは口をおさえ、音をたてないようにその場で待機する。
『ああ……あたしも舞踏会に行きたい。でも、こんな格好じゃとても……』
(シンデレラの序盤か。シンプルだけど、意外と感情の変化がたくさんあるからな。やりようによってはインパクトを残せるかもしれない)
 かるく分析する蒼也をよそに、演技は続いていく。
『あなたは、魔法使いさん? えっ、あたしを舞踏会に行かせてくれるの?』
 魔法使い側の芝居はせず、あくまでもシンデレラのセリフや表情で表現するつもりらしい。そこにいない者をいるようにみせるのも、演技の幅のひとつと言えるだろう。
 やがて彼女のパートナーセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、舞台で言うところの下手側から、セレンにタイミングを見計らって光術をあてる。
『わあ、すごいわ! このドレスなら、あたしも舞踏会に行ける!』
 光のスポットライトのなかで、普段を知る者であれば、そのギャップに卒倒するほどの笑顔を魅せていくセレン。
 つきあいの長いセレアナですら、かなりしっかりと演技しているパートナーにわずかに驚かされるほどだった。
(オーディションに参加するなんて言い出したときは、なんの冗談かと思ったけど。セレンも女の子ってことみたいね)
 そんなことを密かに考えるセレアナは、腕時計に目をやって光術を消した。
「はい、お疲れさまでした」
 ちょうどそこで五分が経過し、審査は終了した。
「それでは次のかたどうぞ」
 審査員は簡潔にそれだけを言うと、先を促す。
 時間的な問題や公平性を重視すべく、質問はうけつけないつもりらしい。
「よっしゃあ、ようやく出番だな! 俺様はエントリーナンバー22。獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)! 天下を統べる男だ!」
 続いて、鼻息あらく歩み出る龍牙。
 こうやって同じ審査員のところに何人かの参加者が次々と来た場合、後からやってきた参加者が必然的に順番待ちをする羽目になってしまうのだが。並んでいるのはほかに花京院 秋羽(かきょういん・あきは)。そしてあんずのみ。
 あんずとしては、こうした足止めのタイムロスは痛いが。種目は自分がもっとも得意とする演技審査。ここを逃すわけにはいかないと、はやる気持ちを落ち着けて待ちつづけた。
 その隣で、蒼也はこっそり歴戦の回復術とSPリチャージであんずの疲れを回復させておいた。
「さ、急いで。セレアナ」
 そして審査を終えたセレンフィリティは、防衛計画のスキルで把握した地図の知識をもとに、セレアナのバイクではやくも次へむけて走り出していった。
 おのおの、勝つために尽力するなかでの龍牙の演技はというと、
『うーん。まだバス来ないな』
 なにやら時間待ちをしている青少年。しきりに腕時計を確認し、困ったように頭をかいている。
 するとふいに、誰かに突き飛ばされたようによろけたかと思うと、
『いってぇな! ボーッとツッ立ってんじゃねぇよボケが!』
 すぐに立ち位置をすこし左にうつし、もうひとりべつの役柄を演じていく。
 ひとり二役か、と見つめる面々が理解する。ひとりで何役もやる場合、観客にそれがべつの人物であることを説明なしでわからせないといけないのが第一だが。龍牙はその点はクリアしていた。
『す、すいませんでした』
『すいませんじゃねぇよ。もっとちゃんと誠意ってもんをみせろやコラ』
『そんな。どうしろっていうんですか……?』
『そうだな、とくべつサービスだ。万札一枚で許してやる。俺様の好意に感謝しろよ』
 わかりやすいくらいにガラの悪い不良を熱演する龍牙。やはり地がそっち系なので、やりやすいようだ。
 そして、
『HEY! そこまでにするんダ、不良少年クン!』
 今度はいきなり右側に移動し、高らかに叫び出した。
 ひとり三役やる気か、と目をむく観客一同。
『な、なんだテメェは!』
『HAHAHA!! ワタシは悪人に名乗る名は持っていないッ! ただのオセッカイなヒーローとだけ言っておこうカ!』
『ふざけやがって、死ねぇっ!』
 わかりやすい死亡フラグセリフと共に、殴りかかる演技を二、三発くりだし。
 すかさず立ち位置を変えてひょいひょいと身体を左右に揺らして避ける演技をしたのち、右のストレートを繰り出すヒーロー。
『フフン。まだやるかい? ワタシはゼンゼンかまわないガ』
『く、くそっ。おぼえてやがれっ!』
 捨てゼリフを残して去っていく不良。そしてふたたびひ弱な青少年の演技に戻る龍牙。
『あ、ありがとうございました』
『なぁに、当然のことをしたまでサ! それでは、また会おう! GOODLUCK! HAHAHAHAHA〜!』
 終始ハイテンションで颯爽と走っていくヒーローの演技を最後に、5分間が終了した。
「はい、お疲れさまでした。では次のかたどうぞ」
 終演の余韻もないままあわただしく愛馬の『飛閃』に乗って次へとむかう龍牙。
 そして入れ替わりになった秋羽が演技を開始する。
『ああ、嘆きはしまい』
 と、いきなり顔を大きくふりあげ空をあおぎ、手を合わせた。
『私は幼少のころに、実の父母から離れ、叔父でもある親方の世話になって……

「曽根崎心中か」
 見学中の蒼也がつぶやくと、隣のあんずが首をかしげる。
 学校で習っていないだろうから無理もない。なので、軽くどういう内容かを話し、演じているのは徳兵衛とお初が露天神の森で命を絶つラストシーンだと解説しておいた。
 涙を流しながら悲嘆にくれるさまは、真に迫る演技だった。

『いつまで言っていても仕方ありません。早く、早く、殺して……殺して』
『心得た』
 やがて、腰にさしておいた短刀を抜き出す徳兵衛。
『さあ、これで最期だぞ。南無阿弥陀、南無阿弥陀』
 愛しく思っていた相手を自らの手にかけなければならないさまは、最難度の演技。
 目から涙をただただ流し、手を、全身を震わせ、何度も短刀の軌道をそらせている仕草は見るものに悲しさを植えつけるようだった。
 そしてついに刃がお初の喉に突き刺さったのか、
『南無阿弥陀、南無阿弥陀、南無阿弥陀』
 徳兵衛はもはや悲痛さすら切り裂くようにひたすらに短刀をねじるように動かして、
『私もおくれるわけにはいかない。息は同時に引き取ろう』
 ついには短刀を逆に持ち替え、自身の喉へと向け、
 最期は苦痛の表情とともに地に伏した。

「はい、お疲れさまでした。では次のかたどうぞ」
「ふぅ……さて、次の審査に行くか」
 徳兵衛――もとい秋羽もまた演技の余韻をまったく感じさせぬまま、すっくと立ち上がって早々にその場を去っていった。
 蒼也としては、あんずが今の演技に気圧されやしなかったと心中穏やかでなかったが。
 ゆっくりと歩み出るあんずの表情は、それが杞憂であることをあらわすかのように落ち着いていた。
「エントリーナンバー・4、あんず。演じさせていただきますです!」
 彼女が演じるのは、
『マッチはいりませんか。マッチはいりませんか』
 どうやらマッチ売りの少女のようだった。
 時折寒さにこごえるようにからだをゆらせつつ、必死に架空のマッチを配るあんず。
『……ぜんぜん売れない……うぅ、寒い……そうだ。せめてマッチの火で……』
 セオリーどおり次は温かいストーブや暖炉の幻が出てくるシーンだな、と想像する蒼也だったが。
 あんずの様子がおかしいことに気がついた。何度もマッチをすろうとしているのに、うまくいかずに失敗している。
 緊張しているのか? とも考えるが、よくよく見ればかなり指が小刻みに震えている。どうやら手がかじかみすぎて、うまくマッチがすれないという演技のようだった。
『さむい……さむいよ……』
 そのまま、だんだんと目がうつろになっていくあんず。
『あれ……なんで、かな…………マッチが、もう、見えない……よ……』
 かすれるような声をあげたあと、くたくたと地面へと横倒しになり。
 しずかに目を閉じたあんずからは、つうと雫が一筋ながれ落ちて――
 演技はそのまま終了した。
「ふう、どうでしたか? わたしの演技」
「い、いやいやいやいや! なにそれ! なんだいまの!」
「え? なにがですか?」
「なにがって! マッチ売りの少女やるのはいいよ? でもなんだこの結末! 肝心のおばあちゃんの幻すら見れずに死ぬって! 悲しすぎるだろ!」
「すこしオリジナリティを出そうと思ったんです」
「だったらもうちょっとポジティブな展開にしてくれ!」
 おもわぬ改訂マッチ売りの少女に、すっかり心奪われてしまった蒼也の様子を見て、
「あんず……おそろしい子!」
 審査員の女性が、なんかそんなことをつぶやいていた。