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リアクション
《3・ぶつかる。だけど、》
この青井アスレチック場は、大きめのアミューズメントパークほどの広さを誇っている。
にもかかわらず開始からわずか10分足らずで、誰よりも早くアスレチック場中央にある特設審査場に辿り着いたのは葛葉 杏(くずのは・あん)、橘 早苗(たちばな・さなえ)、うさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)の三人。
現在ステージの上に立っているのは、オーディションを受ける杏のみ。ほかふたりは見守るのみのようだった。
そしてステージの前でパイプイスに腰掛けるCY@Nは、杏の一挙手一投足を見逃すまいと目や耳を研ぎ澄ませて。
「それじゃあ審査をはじめますね。どうぞ、自由にアピールをしてください」
「はい! エントリーナンバー17・葛葉杏、いきます!」
ついに審査がはじまった。
一瞬で場の空気がつめたくなったように感じるのは、杏だけではない。時間が圧倒的に短く、または長く思える5分間。これこそがオーディション特有の緊張感。
それに負けまいと、杏はマイクを握り締めてハッキリと言った。
「この私がアピールするもの、そんなのアイドルへの熱意以外にないじゃない」
「私はただのアイドルで終わりたくないから一度アイドル活動を休止してイコンのパイロットになったのよ、そしてイコンの操縦技術を極めた今アイドルへの復帰は必至」
「そして私が目指すもの……それはアイドルの頂点であるアイドルスターよ!」
連続して熱弁しつづけるのは、彼女がまさに言葉どおり。
アイドルスターへの熱意、情熱、執着、こだわりなどの心情だった。
アピールと言われれば、自分の特技かなにかを披露してくるものと構えていたCY@Nは、一発目から予想外の相手とぶつかって意表をつかれる思いだった。
しかし決して馬鹿にするつもりも、やり直させるつもりもない。むしろ逆だ。
「それが簡単なものじゃないのはわかってるわ。でも、私は必ず夢を叶えてみせるわ」
杏のぶつけてくる思いのたけを受け止め、そのうえで審査を行なうのみ。
「私は、あの夜空に光るアイドルの星になる!」
最後は決めセリフで締め、杏のアピールは終了した。
「はい。ありがとうございました。それでは、次の方どうぞ」
CY@Nの拍手をうしろに聞きながら、杏たちはすぐさま次の審査へと急ぐいっぽうで、続いてステージの上に立ったのは、
杏のアピール中にツァンダースカイウィングで空から飛んできた風森 巽(かぜもり・たつみ)。連れられてきたパートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は応援の声を送っている。
「タツミー。がんばってー!」
ティアにかるく手を振ったあとで巽はかるく自己紹介をして、
「ヒーローショーのアルバイト経験もありますので、舞台上での殺陣やアクションは得意です。スタントなしでも自信はあります」
前置きを述べたのち、舞台袖から全身黒タイツの男が何人か出てくる。
彼らは大会側がこういうときのために用意しておいた要員であり、演技でセリフを言ってくれるだけならまだしも殺陣となると念入りな打ち合わせが必要。
しかし巽は、ある程度は自分の実力でカバーすると事前に宣言していた。
「ハッ! ヤッ、タアッ!」
向かってくる黒タイツたちに対し、巽は投げ技や蹴りなど派手になるように立ち回っていく。こういうのはやられ役が上手いかどうかが重要という意見もあるが。
舞台上での立ち回りでは、一概にそうとも言えない。
主役がうまく寸止めしなければ当然やられ役が本気で痛がるし、普通の戦闘と魅せるアクションはまったく違う。舞台を見ている相手のインパクトになるような多少のオーバーアクションも必要だし、戦っている最中もヘタに舞台に背を向けてはいけない。などの注意点が存在する。
それでもバイト経験ありで、特技に武術もある巽は慣れているようで、そのあたりの問題はクリアしているようだった。5分という制限時間のなか、単調な動きにならないよう攻撃に多彩さを盛り込んでのアピール。
かなり見ごたえがあり、評価できるものに仕上がっていると言えた。
「はい、そこまでです。ありがとうございました」
時間がきて、CY@Nは拍手を送り。
巽はそれにわずかに笑みを浮かべて返し。かるく息をついてから、腰を落ちつけることもなく再びティアを連れて飛び去っていった。
「みなさんせわしないですね」
いつのまにかCY@Nの隣にいて共に拍手を送っていたのはリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)。
「ふふ。プロのアイドルになってからも、現場から現場に大急ぎっていうのはよくあるからね。もしかしたらそういうことの予行演習も兼ねてるのかも」
「なるほど。あの、CY@Nさん。ひとつだけお聞きしたいことがあるんですけど」
「はい?」
「あなたのプロフェッショナルとは何ですか?」
唐突なその疑問に、きょとんと目をしばたたかせるCY@N。
「え? プロの基準っていうこと? うーん……ファンの期待にこたえるとか、精一杯がんばるとか色々あるけど」
「けど?」
「一番大事なのは、プロとして責任を持つことじゃない? どんな仕事でも、無責任な人わたしぜったい許せないから」
リュートがそれを聞いて、なにを思ったのかは彼にしかわからないことだったが。かるく感謝の意を述べて、その話題は終了した。
そのあとは、まだ次の参加者は来ないようなので。リュートは一旦小型飛空艇で空へと舞い上がり双眼鏡で戦況を観察していく。ここは場の中央なので、東西南北の審査員位置をパートナーへと伝えられればとかんがえてのことだった。
「ん? あれは、もしかして」
ふと、なにかを発見したらしいリュートはすかさず携帯をプッシュしはじめた。
そのリュートのパートナー赤城 花音(あかぎ・かのん)はというと。
彼女の護衛をする申 公豹(しん・こうひょう)に見守られながら、学力テストに挑んでいた。
ここは沼地地帯で、うっかりすると足をとられて転んでしまいそうなほど足場が悪いが。そんななかに世間一般の教室で使われる机が並んでいるのはなんとも妙な光景だった。
「ボクは、絶対にアイドルになるんだもん。そのためならこんな問題、なんでもないよ!」
「んー、よし。ここは、こうだネ」『こら、テスト中に私語は厳禁じゃぞい』
気合いまかせでシャーペンを走らせている花音。
そしてそのとなりでは、唐傘お化けの人形を左手に持ちながら、右手は鉛筆を握るリンリーの姿があった。雨でもないのになぜか青色のレインコートを着ているのが、なんだかすこし滑稽に見えた。
カツカツカツカツ、とひたすらに解答を記入する地味な時間がつづく中。
カンニングをしないか注意している審査員の横で、公豹は暇をもてあまして携帯電話の時刻機能をながめていた。
「そろそろ15分たちますね……おっと」
と、画面表示がリュートからの着信に切り替わるのとほぼ同時に通話ボタンを押す公豹。
日頃から反射神経を鍛えている成果がでていることをひそかに喜びつつ、
「もしもし、えっ?」
リュートからの言葉が耳に届いたのと。
突然バイクが、そのまま花音とリンリーめがけて飛び込んできたのは同時だった。
そこまでは本当に同時であったが。そこから二秒ほどのタイムラグののち、爆音がバイクから轟いて大破した。
「ひっ、ひいいい! な、なにが!?」
気弱そうな審査員が我にかえったときには、
机に座る花音の前に公豹が立ちはだかり、それと対するようにひとりの男が現れていた。
肉食獣をおもわせる獰猛な目つき、鼻息あらく相手を値踏みし、舌なめずりをする口元。
それなりに整った顔立ちではあるが。荒々しく立てた金髪や、奇妙なまでに浅黒い肌がその良さを台無しにしており。まるでハイエナかなにかのようなそいつの名は、タケル。
「オイオイ。人のバイクになんつーことしやがんだよ、弁償しろよ、べんしょー」
「そうですね。あきらかに狙って特攻して来た相手でなかったら、謝罪もしましたけど? フフフ」
公豹の腕からはバチバチと電気の余波が残っており。いつでも雷術を撃つつもりだった。
さきほどなにがどうなったかと言うと、
彼はリュートからの警告が脳に響いた直後に、バイクを視界にとらえ、その一秒後にはもう手を動かしていた。得意の雷公鞭による攻撃ができたのはまさに光速の域での判断であり、それがもう何秒か遅ければテスト中のふたりに惨事が起きていたことだろう。
公豹としては、いますぐタケルを丸焦げにしてやりたいところだったが。バイクが大破しているというのにタケル自身はあっさり離脱して、悠々とそこに立っている。その事実が不用意な攻撃をためらわせていた。
「こ、こらキミたち! もめごとは困るよ!」
遅すぎる警告をする審査員に、タケルはくつくつと笑いだして。
「あぁ……悪い悪い。タイヤが泥ですべって、ブレーキきかなくってなぁ。悪気はなかったんだ。バイクのことは許してやるから、水に流せよ。なぁ?」
そんなことをのうのうと言っているが、こんな近距離になるまでエンジン音がろくに聞こえなかった事実からすれば、密かに接近して故意に飛び込んできたのはあきらかだった。
「つーか、ここは学力審査か。じゃあ俺様はパスして他のとこ行くわ」
タケルとしても、これ以上は面倒だと感じてかそそくさと逃げ去っていく。
その背中にもう一発雷公鞭をぶちこんでやろうかと思う公豹だが、さすがにこれ以上はこっちが審査員に注意されかねないので、しぶしぶ腕は下ろして花音のほうにふり向く。
「姫。大丈夫でしたか」
「うん! ボクは平気だよ。それより、そっちの人が」
パートナーを信頼していた花音はさして戸惑った様子もなく、隣を指さす。
その先では、リンリーが机から転げ落ち、かつ人形を落としてあわあわと慌てふためいていた。
花音が唐傘お化け人形を拾ってあげると、急に元気になったように立ち上がる。
「あ、ありがとうヨ。ちょっと驚いて腰ぬけただけネ」『ウム、心配いらんぞい』
大事ないようなので安心して、花音はなにごともなかったかのようにテストの記入に戻ろうとして。
「あの。時間あと何分だったっけ?」
無邪気にそう言っていた。
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