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第六章 『Dinner(夕食)タイム』


「夕食の時間だよ!」
 号令をかけた桐生 円(きりゅう・まどか)。小柄な体躯を思いっ切り使って料理を運ぶ。
「ダイエットするには栄養つけなきゃいけないよね」
「そうですよー。継続するにはスタミナが必要ですよー」
 桐生 ひな(きりゅう・ひな)も八重歯を覗かせ、笑顔で料理を並べる。
「より良いダイエットのためには、栄養価が高い物を食べていかないと体力がもたないはずだよ」
「途中でへばらないように、沢山食べてもらうのですー」
「ということで、二人でダイエット食を作ったんだ」
「これでまどかと対決なのですー」
 いつの間にやら、料理対決に発展していた。
「……ダイエット食? 本当に?」
 おかしな雰囲気を感じるオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)も同じだった。
「あの二人がダイエット食で料理対決とか、カロリー管理できる腕前でもないじゃろ。白熱したらダイエット度外視してくるのは明白じゃな」
「やっぱりそう思うわよね……」
 二人の見解は一致。
「ここは年長者として私が止めないといけないのだけど」オリヴィアは二人を見やり、「対決中の円とひなさんを刺激するのは危険だわ」
 視線の先のライバルたち。
「これが一四三戦目。どうなっても恨みっこなしだよ?」
「もちろんですよー」
 口調は和やかでも、心の中では負けたくないと闘志を燃やす。触るとやけどをしてしまいそうだ。
「何時もの流れから考えて、逃げ道の確保はするべきね……」
 オリヴィアの危惧をよそに、円たちは料理を提供する。
「それじゃ、一品目いくよ!」
 用意したのは『絹豆腐のステーキ』。
「私はこれだよー」
 ひなは『おからハンバーグ』。
「さあ、どっちが美味しいか」
「食べてくださいー」
 大豆主体のダイエット食。見た目も、においも問題ない。
「早く食べて? じゃないと正当な評価ができないよ」
「そういうけれど、二人とも一人前用意しているわよ?」
「これだと、二人前食わないといけないじゃろうが」
 料理そのもののカロリーは押さえられていたが、それが倍となると、消費カロリーを優に超えてしまう。こんなに食べてしまっては、体重が増えてしまうのは火を見るよりも明らか。
「やっぱり……これじゃ今までの努力が台無しになっちゃうわ」
 こっそりその場を離れようとするオリヴィア。
「どこに行こうというのじゃ?」待ったをかけるナリュキ。「一人で逃げるのかのう?」
「あれだけ食べたら、太ってしまうわ」
「だからわらわに押し付けるというのじゃな? そんにゃこと、させるわけがにゃいじゃろ」
「まって、胸を揉まないで!」
 その問答が、行方を左右した。
「何コソコソしてるの?」
 円に見つかってしまうオリヴィア。
「逃げちゃダメだよ。さっさと食べる食べる」
「ちょっと!? まって! むがが!」
「やはり、おりぷー弄るのは楽しいのじゃ」
 楽しげに眺めるナリュキだが、
「ささ、食べてくださいー」
 審査を求められていたのはオリヴィアだけではない。
「そんな、これだけの量を全部食べにゃいと駄目オーラを出されても」
 渋るナリュキにひなは攻撃手段を変える。
「仕方ないですねー。はい、あーん」
「無理なも……もがが!」
 料理を無理やり口へ運ばれたオリヴィアとナリュキ。
「さあ、どっちが美味しかった?」
「私ですかー? それともまどかですかー?」
 正直なところ、味などわからなかった。
「勝負がつきませんねー」
「それじゃ二品目だね」
 新しく用意された料理。
「『キノコの唐揚げマヨネーズ和え』ですー。電子レンジ調理なので、普通の唐揚げよりもヘルシーかな。マヨネーズは私のソウルフードなのですよー」
「ボクも大切な何かを見失っている気がしたんだよ。だから普通に和食にしてみた」
 唐揚げに、白米と味噌汁。もちろん、二人前。
「だから……」
「量を考えてじゃの……」
「このくらい、年頃の子たちには足りないんじゃないかな?」
「そうですよー。はい、あーん」
 誰か助けに来ないものかと考えるオリヴィアとナリュキ。

【オリヴィア・レベンクロン +11キログラム】
【ナリュキ・オジョカン +11キログラム】

「私も食べにきたよ!」
 桐生コンビが対決をしていると知り、その料理を味わおうとやってきた久世 沙幸(くぜ・さゆき)
「食事を抜くのはダイエットによくないっていうじゃない。だから食事もしっかりとらないとね」
 だけど、タイミングが微妙だった。
「ようこそ沙幸くん。新たな審査員に任命だね」
「さゆゆ、これ食べてねー」
「って、どう見ても二人前だよね!?」
 量に驚く。
「どうぞどうぞー」
「これだけ食べちゃ逆に太っちゃうよ!?」
「ダイエット食だよ。問題ない問題ない」
「って言うけど、すごくカロリー高そうだもん……マヨネーズとか」
「私のソウルフードですからねー」
「審査員になったからには食べてもらわないとね」
 二人から薦められ、頬を一筋の汗が伝う。
「やっぱり、全部食べなきゃだめ……だよね?」
「もちろんだね」
「出されたものは残さずですよー」
 頷く桐生コンビ。
「うぅ……このカロリーの分、明日はもっと運動するんだもん」
 泣く泣く箸をつける沙幸。最初はよかったが、時間が経つにつれ胃もたれを起こしそうになり、箸の止まる時間も長くなる。
 それでも食べさせようと動きを見せる円とひな。
「食べるから。ちゃんと食べるからぁ」
 そして、何とか完食。
「どっちが美味しかった?」
「唐揚げかなー? 和食かなー?」
「わ、わかんないよぅ」
 食べることに必死で、味を比べていない。
「こうなったら三食目だね。運動に欠かせないお肉を追加してみたよ」
「私はデザートにしてみましたー。糖分補給も欠かせないですよー?」
 モツ鍋と生クリームが鬼のように盛られた豆腐プリン。
 唖然と料理を見つめる沙幸。

【久世 沙幸 +11キログラム】

「あの二人、また張り合ってますわね」
「亜璃珠さん、今までどこにいたんですかー?」
 触らぬ神に祟りなし、と遠巻きに眺めていた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の横に七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がきて尋ねた。
「温水プールで運動をしていたのですわ。ほら、この通り」
 手首にはめたブレスレットを少し弄る。

【崩城 亜璃珠 −5キログラム】

「そっかー、プールにいたんだね」
 そこで疑問に思う。
「あれ? 今はダイエットしてないよね? でも、ブレスレットは報告しているよ?」
「報告数値を行動のみと累計で切り替えられるみたいですわ」
「へぇー、そうなんだ」
 ブレスレットの機能に感嘆を漏らす歩。話が逸れてしまったと、亜璃珠は軌道修正。
「それよりも、プールですわ」
「どんなところだったの?」
「温水で、冬でも快適に泳げましたわ。明日は少し露出度を上げた水着にいたしましょう」
「どうして?」
「だって、気合が入りますもの」
 見られることによりプレッシャーを感じ、それをバネに励む。自分に自信がなければ出来ないことである。
 それともう一つ、別の思惑が亜璃珠にはあった。
「そうだわ、円たちも誘いましょう。ああ、誰が貧乳かよくわかるわ」
 ニタリと笑みに歪む顔。
「でも、ダイエット食を作ってるみたい」
「次は四食目ですー」
「今度こそ負けないんだからね!」
 視線の先でまた新しい食事を並べる円とひな。歩は亜璃珠に向き直ると、
「食事は大切だよ。あたしもちょっと勉強したんだもん」
 胸の前で指を一本立てて説明しだす。
「えーっと、基本はカロリーを減らすっていうのが一般的だけど、食事の量は減らさないほうがいいみたいよー」
 そこで一つ手を打つ。
「そうだ、亜璃珠さんも円さんたちの食事を食べに行きましょう!」
「でも、あの量はどうかと思いますわ」
 いくら量を減らさないほうがいいといっても、逆に増やしてしまえば意味がない。
「その分、運動すればいいんですよー」
「ちょっと、引っ張らないでくださいまし」
 手を引き、元気に駆け出そうとするが、あれを食べてしまえば流石に太ってしまうと感じる亜璃珠は拒否反応を起こす。
 そこへエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が甘言を弄しにやってきた。
「美が損なわれるのは悲しい……健康的な美しさもアルと思うんです」
「あなたは何ですの?」
「『美の伝道師』です」
 臆面もなく言い放つエッツェル。
「お嬢さん。ただ痩せるだけが美しさではないのです。中世の絵画をを思い出してください。美人画といえば、やわらかそうな女性が描かれています。ただ細身になるというだけで美しい、それは誤った認識に他ならないのです」
 確かに、昔の絵画を見ると、ふくよかな女性が描かれていることが多い。
 きざったらしい言い回しで続ける。
「痩せすぎることで失われる美。そんな愚考は私には耐え難いのです。あなた方はどう思いますか?」
「どうって聞かれましても……」
「そう言われると、そんな気がしてくるよね」
 早くも陥落する歩。まだ渋る亜璃珠。
「私は是が非でもわがままボディを目指しますわ」
「わがまま、大いに結構です。開放される欲求、それこそ美の具現化ではないですか」
「そうなの、かしら?」
「そうです。主張することこそ、美の誉れ。そのためにはまず食事を取り、自己主張させる部分を発達させることが重要です」
「確かに、発達させたいわ」
 自分の胸を見る。それなりの大きさではあるが、今より大きくなれば、
「そうすればさらに円を弄れますわね」
 とうとう亜璃珠も根負けした
「さあ、食事にしますよ」
「食べて、綺麗になるんだよ!」
 そして用意された桐生コンビの四食目。
 炒飯に北京ダック、ピリ辛チキンマヨネーズピザ。
「こんな量、食べられませんわ!」
「えー、さっきは食べるって言ったもん」
「限度を超えていますわ! これを食べてしまえば、先ほどの運動が無駄になってしまいますわ!」
「ダイエット食だから」
「大丈夫ですよー」
 円とひなも食べてとせがむ。
「美の追求を怠るのはいけないですよ? それに、人からの好意を退けることもです」
「覚えて……なさい……」
 高カロリー間違いなしの料理へ箸をつける亜璃珠。
「これなんだろ?」
 歩が亜璃珠の鞄から、用意されていないはずの牛柄の水着を発見した。

【崩城 亜璃珠 +5キログラム】

 これが累計報告だと気付いたとき、亜璃珠はどんな顔をするのだろうか。


 円とひなの用意した料理の香りは、静香たち三人の元にも届く。
「お腹空いたね」
「運動した後だとなおさらだわ」
「私たちも夕食だ」
 そこに円とひなが料理を持って誘いに来る。
「皆さんもどうですかー?」
「まだまだ一杯あるよ!」
 顔を見合わせ、
『いただきます』
 欲求に逆らえない三人だった。

【桜井 静香 +8キログラム】
【雅羅・サンダース三世 +8キログラム】
【アリサ・ダリン +8キログラム】