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第一章 『Dense(濃密な)ダイエット計画』


「明倫館の忍者、教官として参上」
 着替えを済ませた三人。そこへコーチ役として最初に現れたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だった。
「それじゃ早速始めますけど、ダイエットをするならば計画をきちんと立てるべきです。ということで、痩せたい皆さんは各教官の指示に従って下さいねー」
 眠そうな目は笑っているし口調も穏やかなのだが、気配がいやに真剣で、三人は気を引き締める。
 唯斗は雅羅の下に向かい、一枚の紙を渡した。
「これは?」
「一日の流れを書いた計画表です。雅羅にはこれに従って動いてもらいます」
 そこには起床から就寝までの計画が書かれていた。
「体に無理なく着実に痩せられるよう考えました。雅羅なら難なくこなせる範囲だと思いますよ」
 概要はこう。起きてからの軽い運動。食事・散歩・指導を繰り返し、夕食前にはお風呂で汗を流す。最後は汗をかかない程度の散歩を行って就寝。
「大丈夫だと思うけど……自由時間はないの?」
「自由時間があると誘惑に駆られ、ダイエットが無駄になる可能性もあるのでこれが最善です」
「そう言われると、納得ね」
「監督役に人員を割きますし、俺も支援します。優勝目指して頑張りましょう」
「わかったわ。まずは軽い運動ね。それなら体育館に行こうかしら」
 去っていく雅羅を見送る唯斗。
「行ったか……こっちも頑張らないとな」
 あくまでも教官。生徒の為に頑張るのは当たり前。だが、呟きがどこかワクワクして聞こえるのは気のせいだろうか。
「私たちも始めますわよ」
 二人のやり取りを見たブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)
 ジャージ姿に竹刀まで持ち、やる気満々のブリジット。漫画にでも出てきそうな体育教師姿はやけに目立っている。
「またドリルが妙なこと始めたみたいだけど、私がコーチに付いた限りは必ず優勝させてあげるわよ。まあ、タイタニック号に乗ったつもりでいいわ」
 竹刀の先を突き出し、どこかへ行ってしまったラズィーヤに対して意気込む。
「見てなさいドリル! 圧倒的な強さで勝利して、悔しがらせてやりますわ!」
「う、うん。頑張るよ」
 それは本当に大丈夫なのだろうか? そう思っても口に出せない静香。
 そんなことは気にせず、ブリジットは予定の消化を促す。
「時間が押しているけれど、メニューはちゃんとこなして貰うわよ」
「僕は何をすればいいの?」
「軽いランニングからよ。その後は百本ダッシュに千本ノックよ」
 淡々と語られる内容に絶句する静香。
「それって、今日のメニュー……だよね?」
 恐る恐る尋ねるが、解答は非情だった。
「何を言っているの? これは朝食までのメニューよ。私はいつもやっているわ」
 文字通りの朝飯前。だが、静香にはそんな訳が無い。
「む、無理だよ……」
「泣いたってダメよ。そもそも、ちゃんと運動していれば太ったりしないわよ」
 目を潤ませる静香に最もなことを説くブリジット。
「さあ、トレーニング開始よ!」
 竹刀を一振り。風切音が静香を無理やりに動かせる。
「た、叩かないでぇー」
 泣き叫びながら逃げるように走る静香だったが、すぐに速度が落ちて止まってしまう。
「涙を拭いて。優勝目指して頑張りましょう」
 その傍により、橘 舞(たちばな・まい)は応援する。
「ブリジットも桜井先生を思ってのこと。ただツンデレなだけです」
「だから、ツンデレじゃないと何度も……」
 抗議をするブリジットだが、舞はマイペースに諭し続ける。
「水分補給にはちみつレモンを用意しています。運動の後に食べると格別に美味しいんですよ。疲れたら休憩を挟んで召し上がってください」
 優しさに溢れた気遣いは、突如始まった指導に立ち向かう意欲を復活させた。
「うん、頑張る……」
 何とか立ち直り、たどたどしくも走ることを再開。
 その姿を見つめる舞だったが、ふと頭に過ぎる違和感。
「でも、優勝して祝賀会で食べたら、プラスマイナスゼロになったりしないですかね?」
「下手をすればマイナスってこともあるわね」
「ラズィーヤさんなら、そのくらいわかってますよね、うん」
「本当にドリルは何を考えているの……」
 まだ誰も気付いていない真相。その意図を汲み取るには情報が少ない。

【桜井 静香 −7キログラム】

「早速報告が上がったね。アリサちゃん、私たちも頑張ろうね!」
 計画は立てたほうがいいだろう。けれど、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は考えるよりも先に行動をする性格。あれこれ悩むよりも、まず出来ることをするべきとアリサと共に走り出した。
「静香ちゃんに負けてらんないもん」
 視線は静香に向かい、その後、何故か足下の方を見る。その意味深な視線はアリサも同様だった。
 乙女の悩み。それは何も体重だけではない。
 すぐに行動を起こしたのも、別の意味で負けたくない気持ちがあったのかもしれない。
「でも、ホントにダイナミックだね。これなら目標はすぐに達成できそう」
「その分、誘惑には注意だ」
「たしかに……」
 ダイナミックなのは何も減少だけではない。増加ももちろんダイナミック。さらに言えば、増加された分はそのまま反映されてしまうのだ。
 理沙は二の腕を摘み、
「ここの贅肉が別のところにいってくれればいいのに……」
 ついついぼやいきながらも体に向かってしごく。
「つべこべ言っても仕方ない。やれることをやるまでだ」
 口では諦めているように聞こえるが、アリサもまた理沙と同じ行動を取る。
 見詰め合う二人。
「同盟結成だね」
「結成だ」
 硬く結ばれた握手。
 そして、走る速度を上げるのだった。
「目指すよ優勝! だけど、バストは下げないようにね!」
「せっかく隠していたのに言っちゃ駄目だろ……」

【アリサ・ダリン −5キログラム】
【五十嵐 理沙 −5キログラム】


 トレーニングを開始した裏側でも、ダイエット計画は立てられている。
「ふむ、中々勉強になったな」
 読んでいた本を閉じるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)。表紙には『社員食堂のレシピ』と書かれている。
「普段はその辺りは気にせずつくるからな。試しに一つ作ってみるか」
 鮮やかな銀髪をなびかせ台所へ行くと、すでに先客が調理をしていた。
「理沙がダイエットに成功すると、わたくしの方が重くなってしまいますわね。普段よりも低カロリーで栄養バランスの良い食事を作らなくてはいけませんわ」
 そう言いながらセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は献立の確認をする。
「ご飯は絶対百グラムまで。お肉は鶏肉を主に。海藻を中心にしてお腹持ちを良くすることを忘れずに。これで一食五百キロカロリー程度で収めましょう」
 優しそうな外見からきびきびとした動きで作業を進める。台所は我が聖地とでも言わんばかりの身のこなし。
「おぬしも調理をしておるのか?」
「あら、あなたも?」
 一家の家事を担う二人。ここで台所争いでも起こるかと思いきや、
「その料理、わらわの見たレシピにそっくりだな」
「やっぱり、そう思われますかしら?」
「デザートに果物や寒天、ゼリーなどを付ければ完璧なのだよ」
「わたくしはデザートよりも、サツマイモなどで甘めのメニューを入れることにしましたの」
「そうか、そういう手もあるのだな。それならば、調味料にも手を加えてみてはどうだろうか?」
「それもいいですわね」
 意見交換が始まった。
 目的が同じならば、争うだけじゃもったいない。正義漢とやさしさの相乗効果である。
「おやおや、皆様張り切っておいでですね?」
 悠然と現れるプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)
「おぬし、雅羅の監督役のはずであろう?」
「ええ。そのためにこちらに寄らせていただいたのです」
 そう言ってドーナツを手にする。
 糖分・脂質など、ケーキと共に太りやすい食べ物の一つ。それをどうするのか。
「甘くて美味しいですね」
 躊躇なく食べてしまった。ということは――

【プラチナム・アイゼンシルト ±0】

 ダイナミックなはずなのにまったく変化がない。
「私は魔鎧ですもの。変化があれば装着する際に迷惑がかかりますからね」
 なんというご都合主義。そうなると、考えられる手段は一つ。
「それでは、監督に向かいますね」
 ドーナツを持ったまま体育館へと向かうプラチナム。その後姿にポツリと、
「頑張るのだ雅羅。乗り越えれば精神的にも強くなれるであろう……多分」
「あらあら、大丈夫かしらね」
 大会はまだ始まったばかり。今後を心配する二人。
「とりあえず、わたくしも理沙と一緒に運動をしてきますわ」
 騒動の予感が頭もたげ始める。

【セレスティア・エンジュ −3キログラム】