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リアクション
体育館に訪れた雅羅を出迎えたのは雅羅の友人、杜守 柚(ともり・ゆず)。
「雅羅ちゃん」
「柚じゃない。どうしたの?」
「私も参加しにきたんです。あ、コーチとしてじゃなくて、雅羅ちゃんと一緒に頑張ろうって思ったんです」
はにかむ笑顔が可愛らしい。
「ところで雅羅ちゃんも食べ物の誘惑に負けたからですか? それとも他の?」
「うっ……痛いとこをつくわね」
咄嗟に横腹辺りを押さえる雅羅。
「『お餅』という食べ物がいけないのよ。あんなに小さいのに、炭水化物を凝縮しているなんて」
「そっかぁ……」
アメリカ出身の雅羅には馴染みのない食べ物。ついつい食べ過ぎてしまったらしい。
「二人とも別に変わらない気がするけど?」
「三月ちゃんは太らないからズルイですっ!」
柚のパートナー、杜守 三月(ともり・みつき)の素直な感想は乙女心に響かなかった。
確かに、普段から運動をしている三月にはダイエットなんてあまり縁が無い。それに、男子は基礎代謝も良く、ダイエットに対して無関心なことも多い。
「女の子って大変だね」
二人に聞こえないよう呟いたその言葉は、男子諸君の代弁だった。
「こういう時、一緒にダイエットしてくれる友達がいると心強くて、どれだけ励みになるか……。雅羅ちゃんが友達でよかったです」
「柚、まだ始まったばかりよ? 感動は最後に取って置きましょ」
「そうですね、頑張って目標を達成しましょう!」
「ええ!」
「でも、無理は禁物だよ。柚も雅羅も頑張りすぎることがあるから」
「大丈夫、計画はちゃんと立てられてるから。まずは軽い運動からよ」
自信満々の雅羅。
「私は何から始めようかな」
「ランニングから始めるのがいいと思いますぅ」
助言したのはルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だった。
「これは実体験を聞いた話なんですけどぉ、一ヵ月半で8キロ痩せたらしいですよぅ」
「どうしたらそんなに痩せられるの?」
柚の質問に答えるルーシェリア。
「走っただけですぅ。それも晴れた日の夜限定だそうですぅ。最初は短い距離から始めて、慣れてきたら徐々に距離を伸ばしていくんですぅ」
のんびりした口調だけれども、実体験が元になっているので嘘ではない。聞き入る柚。
「夏と冬の違いはあるけれどぉ、休憩もしっかりとってペースを崩さず頑張れば問題ないですよぅ」
「一日二日で終わるんじゃなくて、少しずつでも続けていけるように、だね」
「そうですぅ」
三月もその有効性を知っている。なにしろ、自分自身が太らないのも毎日の運動が元なのだから。
「『継続は力なり』って格言が日本にはあったわね」
「三日坊主にならないようにしないと」
「うん、頑張ります!」
ルームランナーへと向かう面々。
「私は少しウェイトを付けますけどぉ、あなたたちは普通にやったほうがいいですねぇ」
外見に似合わず、普段からトレーニングしているのか。負荷が掛かったとしても難なくこなすルーシェリア。
「凄いです。私も負けずに……」勢い良く踏み出すが、「きゃっ!」
足を取られ転んでしまう。
「最初はゆっくりでいいんだよ。徐々にペースを掴んでいけばね」
「う、うん」
三月の助けを借り、速度を落としてもう一度挑戦。
「これなら大丈夫です」
「そうそう、その調子ですよぅ」
目標に向かって頑張る柚。
【ルーシェリア・クレセント −7キログラム】
【社守 柚 −4キログラム】
「柚はトレーニングを始めましたわね。私もうかうかしてられないわ」
友人が居ることは励ますだけではなく、競争意識も生み出す。
「でも、走るには邪魔なものが……」
同盟結成者たちが聞けば叫びだしそうな台詞。
そんな雅羅の下に健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)がやってきて、
「雅羅! 特訓だ! 俺たちのために、君自身のために、この戦い、負けるわけにはいかない!」
むやみやたらに熱く語りだす。
「ちょっと、どうしたの?」
「新しい一年が始まったんだ。何か凄いことをして自分の強さを証明してみせないと! この大会、勝たせてもらうぜ!」
持ち前の熱血さを前面に押し出す勇刃。
「この中で一番良さそうなのは……自転車だな! 雅羅、一緒にやるぞ!」
これと決めたのはエアロバイク。ルームランナー同様に軽い運動でダイエットをする際に薦められる機器である。
「特別なスキルはいらないし、普段運動しなくても筋肉に対するダメージは少ないし、効果的じゃないか! よし、全速前進DA!」
エアロバイクに跨った勇刃。一人突っ走ってる感があるが、この提案、知ってか知らでか雅羅の悩みに合っていた。
「これなら、邪魔にならないわね」
雅羅もエアロバイクに跨り、ペダルを踏む。
「意外にきついのね」
もちろん、普通の自転車よりも負荷があるからそう感じるのは当然。
「だけど、これなら大丈夫だわ」
それも最初のうちだけ。慣れてくればどんどん負荷を加えられる。軽い運動としては最適だろう。
「今年こそはいいところを見せてやる! 止められるもんなら止めてみろ! まあ、俺を止めるなんて、まだ百千億年早いけどな!」
熱血全開の台詞だが、乗っているのはエアロバイク。動くはずも無い。
「すでに止まっているわよ」
雅羅のシュールな突っ込みが入った。
「いや、俺の言動は止められるだろ!?」
【健闘 勇刃 −7キログラム】
順調に始まったかに見えた運動。しかし、雅羅の体質は見逃してくれなかった。
ガクッ――
「あっ!」
こいでいたペダルが外れてしまったのだ。
「流石は雅羅の災難体質! やはり、俺の目に狂いは無かった!」
どこからか唯斗の歓喜の声が聞こえる。が、そんなことは雅羅にはわからない。
「何か言った?」
隣で「こりゃどうすれば……」と思案している勇刃を睨む。
「いや、俺はまだ何も」
「『まだ』ってことは、言おうとはしていたのね」
「ははは……」
「どうして私ばかり災厄が降り懸かるの……」
自身の体質に凹んでしまう雅羅。
【雅羅・サンダース三世 −1キログラム】
「まだまだッス!」
励ましたのはルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)。
「こんなことでめげてちゃダメですって。雅羅さんファイトッスー!」
「そう言われても、機材がこれじゃ……」
「その点も大丈夫ッス。助っ人を連れてきましたから!」
「連れてきたって、お前は何しに来たんだコノヤロウ」
後ろから現れた四谷 大助(しや・だいすけ)がルシオンに文句を言うが、ルシオンはそ知らぬ顔。
「大助じゃない」
「雅羅。手伝いにきたよ」
明らかに対応の差が見られるが、それさえもルシオンは気にしない。何しろルシオンの目的は、
「豪華料理のためにも全力で痩せるッスよ、雅羅さん!」
である。
「豪華料理……ごくり」
勇刃も唾を飲み込む。ここにも一人、同じ考えの奴がいた。
「目当てはそれなのね?」
半眼で見つめる雅羅に大助は慌てて力説する。
「いや、オレは違うんだ! 純粋に雅羅のダイエットに協力して綺麗に痩せさせ、勝利させるために来たんだよ。これはオレの技術と誇りを掛けた戦いなんだ!」
そのままの勢いで雅羅を見つめる。
「雅羅、一緒に頑張ろう? 大丈夫。近道は無いけど、絶対に回り道だけはさせないから。約束する」
この部分だけ聞けば告白にも取れるだろう。だが、雅羅にはダイエットを一緒に頑張ろうという意味しか伝わらなかった。
「わかったわ。協力お願いするわ」
「まだまだ親友から脱出できないッスね」
「……ルシオン、お前邪魔だからどこか行ってろ」
「にひひっ。それじゃ後は大さんに任せて、色々満喫させてもらうッス。面白いことになりそうッス!」
ウキウキと去っていくルシオン。騒々しい相手が去り、ため息をつく大助。
「今はこれでいいんだよ」
微かな呟きは誰の耳にも届かない。
気を取り直し、大助は雅羅のダイエットを再開する。
「それじゃ、続きを始めようか」
「機材が駄目になっちゃけど、大丈夫なの?」
「軽い運動は済んでるみたいだしね。あまり激しい運動をすると余分な筋肉が付いて駄目なんだよ。ここで一度整体を行ったほうがいいな」
「整体?」
「姿勢を整えるだけでも日常生活での代謝を高め、運動の効率も上がり、痩せやすく太りにくくなるんだ。運動後だし、筋肉をほぐすマッサージもやるべきかな」
「それって、大助がするのよね?」
「ひ、必要なマッサージだよ! やましい気持ちとかは無いからね!」
頭と両手をブルブル振る大助。年相応に純情だった。
「マッサージだって?」
唐突に登場したコルフィス・アースフィールド(こるふぃす・あーすふぃーるど)は力強く拳を握る。
「ダイエットと言えば、やっぱマッサージだよな!」
「おいコルフィス、また嫌らしいことを……」
「おっと、勇刃。止めるのは無しにしてくれよ? これもダイエットの協力なんだ」
そう言われると強く出られない勇刃だったが、一抹の不安を覚え、邪魔者が現れた時にと保護役を任せていた二人、枸橘 茨(からたち・いばら)と熱海 緋葉(あたみ・あけば)に確認を取る。
「妨害対策はどうなっている?」
「心配しないで健闘君。【奈落の鉄鎖】で動きを封じて、それでも抵抗するようなら【サンダーブラスト】を放つわ。するとどうなるか、わかるわね?」
クールに言い放つ茨。見るからに美少女なのだが、その外見が先ほどの言葉と相俟って冷徹さに磨きを掛ける。
「緋葉の方はどうなっている?」
「【トラッパー】で罠を仕掛けてあるわ。それで相手がずっこけた瞬間に【ブラインドナイブス】で攻撃するつもりよ」
大きな胸を張る緋葉。
しかし、勇刃はその台詞の中に気になることを見つけた。
「罠? それってどこに仕掛けてあるんだ?」
「そこにある石鹸だけど」
「どうしてここに石鹸が?」
疑問に思う勇刃。もう嫌な予感しかしない。
「石鹸、災難体質、悪運……まさか!?」
そのまさかである。
「へへへ、これで雅羅ちゃんの体を触り放題……じゃなくて、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれよ?」
「そんな卑しい気持ちで雅羅は触らせないぜ」
立ちはだかる大助。だったが、その必要はすぐになくなった。
「あれ? こんなところに石鹸が……うぎゃ!」
仕掛けられた【トラッパー】が発動した。
「ちょ、コルフィスのバカ、何やってんの!」
「アースフィールド君……せめて見方の罠にはまる愚考は止めて欲しいわ」
「あーあ、いわんこっちゃない……」
言われたい放題のコルフィスだが、完全に自業自得。焦げ臭い匂いを立ち昇らせ、ピクピクと体が痙攣している。
やれやれと頭を振り、勇刃は雅羅に頭を下げる。
「俺のパートナーが迷惑をかけた、すまないな」
正義感がそうさせたのか、先ほどまでの暴走が嘘のように真面目な態度だった。
「大事にならなかったし、別に構わないわ」
「寛大で助かるぜ」
「慣れって怖いわ」
それでもあまり納得の行ってないのは大助。想い人に不埒な行為をしようとしたのだ、怒って当然。
「これで雅羅に何かあったらどうするつもりだったんだ!」
その矛を収めたのは雅羅だった。
「大助、もういいわよ。怪我は無かったんだし。それより、マッサージしてくれるんでしょ?」
「え、ああ」
「あたしも手伝うわ。身内の失態だしね」
緋葉も協力を申し出る。
「防衛はどうする?」
「【情報撹乱】もあるし、ここは私一人で十分よ。任せなさい」
茨は今一度、防衛へと戻る。
「それじゃ、お願いね」
マットの上にうつ伏せになる雅羅。
恐々とした手つきでマッサージを始める大助。
少しだけ、雅羅との距離が(物理的にも)縮まった気がした。
「コルフィスは後でお仕置きだ」
「勇刃ー、勘弁してくれー!」
【雅羅・サンダース三世 −3キログラム】
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