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リアクション
私たちを迎え受ける機晶ロボ
「殺気を辿ってみれば、そなたもなかなかやるのう」
「戦に生きる者としてこの程度容易いことです」
「はは、面白いのう。今更じゃが、そなた、名を何と言う」
「エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)です。以後お見知りおきを」
「ほうほう。エリザベータか。わしはルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)じゃ。……でいや!」
ルファンの一振りで機晶ロボは一瞬にして無力化され地面へ伏せった。
「なかなかよい腕をしていますね」
「それほどでもないぞ。そなたこそ、これほどの数の機晶ロボをよくぞ一人で片付けたものじゃ」
ラビュリントスには脅かし役の機晶ロボが数多く存在する。
基本的に妖怪や怪物といった類の生物をトレースしており、肩を小突いたり、奇声を発しながら駆け寄ってきたり、アトラクションを盛り上げる要員として日々ゲストたちを恐怖のどん底に突き落としている。
しかし制御が利かなくなってしまった今、彼らは物理的障害でしかない。
エリザベータとルファンはいち早く待機中の機晶ロボが収納されている格納庫へ駆けつけ、暴走を始めた数多の機晶ロボを無力化している。
「機晶ロボで小高い丘が出来ておるではないか。いやはや、一体被害額はいくらになるのかのう……」
「さあ。計算は苦手なので、ね! ツインスラッシュ!」
ゾンビに扮した機晶ロボが5体同時に襲い掛かってきたとしても、エリザベータはものともしない。たったの一撃で機晶ロボを駆逐する。
「それがあなた達の本気なの? 私を倒したければ、命懸けで来いっ!」
飛び込んできたゴブリン型機晶ロボを首から切り落とす。
半歩下がり、返し刀でもう一体のゴブリンを袈裟斬りにする。
「ど派手に壊すんじゃのう」
「ええ。私は不器用なので、常に全力をつくすことしかできないんです」
「ほうほう。ならばわしはそなたとは正反対の方法をとらせてもらおうかの」
言うやいなや、ルファンは手刀を機晶ロボの喉元に突き立てた。
すると気絶したかのように機晶ロボはへたり込んでしまった。
「このようにすれば機晶石からのエネルギーの供給が絶たれ、最低限の損壊で済むのですぞ」
「へえ。それは面白いですね」
「素手でやるのは鍛錬が必要じゃからのう。剣の柄を使ってみるとよい」
「はい、やってみます」
エリザベータは見よう見まねで機晶ロボの首を柄で打った。
するとルファンがやって見せたようにいとも簡単に無力化が達成された。
「いいですね。これはこれからの戦いでも使えるかもしれません」
「ほほ。そうじゃろう、そうじゃろう」
機晶ロボは絶え間なく2人に襲い掛かってきた。
しかし面白いようにばたばたと倒れ、やがて足の踏み場もなくなってきた頃、
「これですべて終わりですね」
「ご苦労じゃったのう」
「いえ、ルファンこそ」
達成感に包まれたエリザベータとルファンの間には誰にも見えぬ絆が生まれたのであった。
「うきゃー! 狼男だよぉ!!」
突然壁の隠し扉から飛び出てきた機晶ロボに驚き、頭を抱え込んでしゃがんでしまったイリア・ヘラー(いりあ・へらー)の頭を見下ろしながらギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)は大仰に笑う。
「少女、そんなに怖がらなくてもいいんだぜ。こいつらは作り物だと何度言ったら分かるんだ?」
「わ、笑わないでぇ……」
「そいつは無理な注文だぜ」
ギャドルは大剣を振り下ろし、剣の平で機晶ロボを叩き潰してしまった。
「わはは、愉快きわまりないぜ!」
それもそうだろう。
機晶ロボ壊し放題、しかも報酬付きというこれ以上ない好条件に笑いが止まらない。
ついでに美少女のイリアを連れ鼻高々であるのだ。
「おい、見ろよあそこ」
「え……」
イリアは止せばいいのに通路の暗がりをじっと見つめた。
すると突然のっぺらぼうがにゅっと顔を出しイリアの元へ突進していった。
「きゃあ!」
悲鳴と共にバニッシュによる光の矢がのっぺらぼうを貫き、勢いそのまま壁に縫い付けてしまった。
「こえー。こんなこえーやつに惚れられるなんて災難なやつだぜ、ルファンは」
「そんなことないもん! ダーリンは優しいから全部受け入れてくれるもん!」
怒りに猛ったイリアはギャドルにタックルをかます。
「大体なんでギャザオと一緒に行動しなきゃいけないの?! ダーリンと一緒がよかったのに! もー! ダーリンどこぉ?! だーりぃぃぃぃぃん!!」
「ええい、うるせえうるせえ。俺様だって好きで子守してるんじゃねえぞ!」
「こ、子守ってなに?! イリア子どもじゃないもん!」
「そういうところが子どもなんだよ!」
口論を続ける2人。
襲撃してくる機晶ロボがいるにはいるのだが、全く意に介さずギャドルが一撃で屠っていく。
口やかましいコンビの通り道には機晶ロボが死屍累々連なっていた。
作戦が始まって以来、数時間が経ったものの未だミノタウロスはつかまっていない。
当事者のラビュリントス関係者のみならず、協力を申し出た生徒たちにも焦りが走る。
「ミノタウロスは興奮しているらしいぜ」
ミノタウロスを捕獲するためにトラップを仕掛けているグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は腰に抱きついているエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)にそう声をかけた。
「ご安心ください。グラキエス様は私がお守りします」
「しかもダンジョンの罠にいちいち引っかかっては、ダメージを受けているから相当いきり立っているとか」
「まったく、トラップ解除班は何をしていたのでしょうね」
「過ぎたことは仕方ない。やつの殺気はすぐ近くまで来ている。万が一のことを考えてエルデネスト、あなたのフラワシも用意しておいてくれ」
「もういます」
「ん……なんだアガレス、もういたのか。よし、あなたにも協力を願いたい。トリモチトラップを設置している間、機晶ロボらが近づいてこないか見張っていてくれ」
エルデネストのフラワシのアガレスはグラキエスには視認できない。故に接触を以って己の存在をグラキエスに伝えるのだが、
「アガレス、どこを触っているんだ。俺を警護するのに尻を触る必要はないだろう」
「アガレス、何をやっているのですか!」
「さすが使役者だな。アガレスは離れていったようだ。感謝するぞ」
「グラキエス様の臀部は私のものでございますよ!」
「ちが、お、おい、エルデネスト!」
「ああ、よき触り心地! まるで芳醇な白桃にベルベットをかけたような高貴な感触!」
そのとき、ずしりずしりと、いかにもヘビー級の生物の足音が耳蓋を駆け巡った。
「来たぞ!」
グラキエスはトリモチの設置を終わらせると、大きく深呼吸をしながら立ち上がった。
「お待たせしました。トラップの位置を全員に伝達し終えました」
どこから現れたのか、グラキエスとエルデネストの背後にロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が立っていた。
「これでトラップが生徒らに対して作動する危険性は排除できたと思われます」
「感謝するぜ、ロア」
「ありがたき幸せ」
「よき仕事でしたね、ロア」
「……あなたは何をしているのですか」
「何とは……見ての通りですが?」
「うお、ま、またアガレスが俺の尻を!」
「アガレスもいるのですか?! セクハラはほどほどにしなさいとあれほど……痛!」
グラキエスの腕を掴みエルデネストから引き離そうと伸びたロアの手を、エルデネストは渾身の力で叩き落した。
「グラキエス様に指一本触れてみなさい! あなたを叩っ切ってやるぞ!」
「何故私まで敵と認識しているのですか!」
「おいおい。仲がいいのは結構だが、ミノタウロスがお出ましだぜ」
曲がり角から登場したミノタウロスは壁を殴りつけ一人勝手に暴れている。
「なんだ? 機晶ロボと対決でもしたのか? 予想以上に興奮しているじゃないか」
「さしずめどこぞの阿呆が刺激したのでしょう」
「そう言ってやるな、ロア。彼らなりのベストを尽くした結果だろう。それより、トリモチへの誘導を行うぞ」
「はい!」
「承知しました!」
エルデネストはアガレスをミノタウロスへあてがう。実体がない分、いくら物理攻撃を受けようと無傷で乗り越えられる。
ぬめぬめとした物体がまとわり付く不快感にさすがに気を取られたのか、ミノタウロスはグラキエスの方へ突っ込んできた。
「よし、罠にかかった……しまった!」
トリモチのトラップは正常に作動した。
だが、ミノタウロスの怪力の前では大した足止めにならなかった。ものの数秒で張り付いたトリモチを引きちぎると、再び眼光をグラキエスに向ける。
「エンド、逃げましょう!」
「待て! このまま引き下がるわけにはいかない!」
グラキエスはしびれ粉を発動させ、ブリザードにより通路に分厚い氷の壁を生成した。
「これでひとまず逃げ道は確保した。ロア!」
「はい」
「すまないが、通路を1本氷で塞いでしまったことを伝達してくれないか?」
「お安いごようです」
「よし、しびれ粉でやつの動きが鈍っていればいいのだが……。とりあえず撤退しよう」
「グラキエス様、力を使いすぎたようですね。この悪魔の妙薬を飲んでおきましょう。ほら、一気に、ぐぐいっと」
「お待ちなさいヴァッサゴー。そんな怪しい代物をエンドに飲ませないでください」
やかましい男三人衆はあえなく来た道を戻ることしかできなかった。
「せっかく機晶ロボを好きにしていいというのですが、どれもこれもズタボロにぶっ壊れてますね。まったく、皆さんは力加減というものをしらないのでしょうか。これでは機晶ロボを頂いて召使にするという朱鷺の野望がだだ崩れじゃないですか」
ミノタウロスや機晶ロボがうろついているというのに、東 朱鷺(あずま・とき)はたった一人でラビュリントス内を探索していた。
とはいうものの、彼女はすでに誰かが破壊したまま転がっている機晶ロボを検分しつつ進んでいるために、他の場所よりは幾分リスクは少ないのかもしれない。
「あーこれもダメ。あれもダメ。はぁ……本当ならミノタウロスを従者にしたかったんですけどね。でもまだまだ暴れまわってるみたいなのでどうやら無理そうです」
悲しそうなため息と独り言をもらしながら肩を落とし歩く。
と、1体の車入道の姿をした機晶ロボがコロコロと転がっていた。
「チャ、チャンスです!」
しかし念願の機晶ロボを見つけたために力んでしまったのか、発動した放電実験は通常以上の威力を発揮し、一撃で機晶ロボの電子回路を焼ききってしまった。
「……もう! ふざけんなあ!」
天を仰いで声を張り上げた朱鷺だが、ふと彼女の背中に悪寒が走った。
「な、なんでしょうか」
『…………』
「こんなところに女の子? しかも何も武器を装備していませんね。そこのあなた! どこから入ってきたんですか? 丸腰だと危険ですよ! ここにはこわーいこわーい怪物が……」
『…………』
背丈は小さく、年齢は15、6歳あたりだろうか。靴も履かず純白のワンピースを纏った色白の少女はあまりにも場違いだった。
「ちょっと? 聞いてますか? ここにいるといつミノタウロスに食べられるか分かりませんよ?」
『…………怖がらないの?』
「はい?」
『…………』
朱鷺の問いかけに少女は押し黙った。
「はっ! 機晶ロボの気配がします! ……あ、なんだ、エアコンの風ですか。……あれ?」
朱鷺が他のことに気を反らしていたうちに、少女はどこかへ行ってしまったようだ。
「一体なんだったのでしょうか」
朱鷺は首を傾げたが、すぐに興味を失ったのか、再び機晶ロボ漁りの道へ旅立った。
戦闘の傷跡はところどころに残されていた。
崩れた壁、凹んだ床、穴の空いた天井。
いくら超人気エンターテインメントスポットのラビュリントスと言えど、さすがに「仕様です」の一言では済ませられないほどの損壊具合だった。
そんな経営者側のピンチを知ってか知らずか、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)という男は大量の修繕道具を背負って黙々と施設の修理をしていた。
「はあ。これは見事に人間の形をしていますね。一体全体どれだけ体の頑丈な人が飛ばされていったのでしょう」
左官用のパテに練ったセメントをこんもりと盛ったが、亀裂や小さな穴を塞ぐ程度しか能力を発揮しないセメントでは人間大の穴を埋め立てるのには役不足だった。
「とりあえず穴の存在を消し去ることが先決です。多少時間がかかっても仕方ありません」
唯斗の頭の中はミノタウロスでも機晶ロボでもなく、壁の修理のことで満ち満ちている。
それもそのはず、彼への報酬は修繕に対して支払われる。インセンティブとして100箇所以上の修理の完了で報酬は1.5倍に跳ね上がるのだが、それは到底叶いそうもない夢だった。
30分後、ようやく大きな穴がセメントで埋められんとしていた。
「あーたしゃー、しーがないー、壁穴修理やさーん」
「グォ?」
「……グォ?」
唯斗の鼻がどうしようもない獣臭さを嗅ぎ取った。
ゆっくりと振り返る。
唯斗の視界いっぱいに牛……否、ミノタウロスの顔が広がる。
「……まずいでうぼぁっ!」
逃げ出そうと立ち上がった唯斗だが、ミノタウロスの右フックをまともに喰らってしまった。
唯斗はゴミくずのように跳ね飛ばされた。
行く先は今しがた自分が直したばかりの壁だ。
乾ききっていないセメントに、唯斗はものの見事に、埋まった。
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は次々と機晶ロボを撃破していた。
「この一帯は一通り終わったかな」
「案外骨のあるロボはいなかったね。元々が故障しているのだから仕方ないのかも」
「それにしても徹底しすぎじゃない? 何も片っ端から無効化する必要はなかったと思うよ。偶然出会ったやつだけでよかったんじゃ」
2人の足元には実に傷なく美しいままの機晶ロボが転がっていた。
「壊れた道具がそのままなんで耐えられない事だからね。目的に沿わない不良品は速やかに処分するべきなんだよ」
「メシエはプレゼントの包装紙を丁寧に剥がすタイプなんだね。すごくよく分かったよ」
「このテーマパークは営業をすぐに再開しなければいけないんでしょ? それなら最低限のダメージで済ませておくのが繊細な気遣いへとつながるんじゃないかな」
「どうだろうね。ミノタウロスが逃げ出した、という事実がバレたときがラビュリントスの最期だと思うけどね」
「一理あるね。よし、私たちが無効化した機晶ロボのデータを共有化するよ」
「お願い」
メシエは籠手型HCに「CLEARED」のマーカーを入れていく。
「よし、これでミノさん討伐隊のサポートが出来たかな」
「だといいけれど」
「あーあ。それにしてもせっかくのダンジョン探索なのに結局メシエと2人きりだったなあ。可愛い女の子とパーティを組みたかったのに」
「お得意の薔薇攻撃かい?」
「そうさ。可憐な女性に薔薇を渡す。これで落ちない女の子はいないよ」
「そうかな」
得意満面なエースにそっけない返事を返すメシエ。
2人の周囲は静穏そのもので、互いの息遣いがはっきりと聞こえるほどだ。
ふと、エースがどこか附に落ちなていないような表情を作る。
「どうしたの?」
「この事件の犯人は幽霊だって説があるらしいね」
「らしいね。何人かの従業員は実際に目撃しているんだ」
「仮にその幽霊が犯人だったとして、わざわざこんなところで悪戯するのかな」
「どういうこと?」
「だって、ここには人の手によって造られた、いわゆる虚構の恐怖しかないわけじゃないか。そんなところに本物の幽霊が来る意味がわからないよ。偽者に囲まれたって幽霊はがっかりするだけなじゃないかな」
「君は本当に時々聡いと思うよ」
「そうかな。至って普通の感想だよ」
「いや、君は他の地球人よりも幾分聡い」
「メシエから言われるとてれるなぁ」
幽霊が存在する理由。
いくらエースが悩んでも解答が出るわけではない。
本人のみが知っているのだ。
そんなエースとメシエの後方、白い少女がまた、足音も立てずに通り過ぎた。
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