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願いの魔精

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願いの魔精

リアクション

 前の方が突然爆発した。驚いた。死ぬかと思った。
 他愛なく動揺した魔術師に状況を語らせれば、そんな夏休みの日記帳のような状況説明になるし、魔術師に比べいくらか落ち着いた様子の助手であってもそう違ったものにはならない。が、魔術師を護衛する契約者たちは、状況を正しく把握していた。
 敵が来た。
 今までのようなモンスターではなく、脅威となりうる敵。
 同じ契約者たちに決まっていた。
 爆煙が晴れる。そこから現れたのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
「……えー、悪いけど、あんたらをここから先、通すわけにはいかないわよ?」
 手にした音波銃を向けて宣言する。
「こ、コスプレ、ですか……?」
「先生もあまり人のこと言えないと思うけどね……」
 セレンフィリティの、ビキニにロングコートを羽織っただけ、という格好について、爆発のショックが覚めやらぬ魔術師と助手が震える声でコメントした。
 呆けた魔術師に向け、潜んでいたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が槍を構えて飛び出した。奇襲によって魔術師の無力化を図り、動きを止める。セレンフィリティとセレアナによる作戦は、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の飛び蹴りによって阻まれた。
「くっ――!」
 槍先を蹴り飛ばされ、セレアナはたまらず後退した。
「せんせいこうげきしようって思ってたのはー、そっちだけじゃないのよー」
 アルコリアはにゃはーと笑って、さらに畳み掛けようとする。
「行くぜ、ネーチャン」
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)の放ったラスターブーメランがアルコリアの進路を塞いだ。アルコリアが足を止めた隙に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が全身から声を発し、咆哮を行った。
「これで、どうっ!?」
 だが、アルコリアの前には盾を構えたシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の姿。そしてアルコリアが魔鎧のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を装備しているとくれば、効果的なダメージを与えたとは考えられない。リカインが歯噛みする。
「なかなかいい連携だったね」
 ラズンが余裕たっぷりに評した。
「やらせるわけにはいかないのでな」
 シーマが油断なく盾を構え、そのシーマの背に位置したナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の詠唱が聞こえた。
「では、こちらも連携で行きますわ」
 ナコトの唱えた天の炎は、その名の通り天から火柱が落ちてくる大技だ。まともに受けては危険な魔法を前に、リカインとアストライトは飛びすさって躱した。
 天から落ちる巨大な火柱は、目くらましにもなりうる。リカインの視界を埋めた火柱が消えた時には、そこには拳を構えるアルコリアの姿があった。瞠目しつつも、不安定な姿勢で盾を構える。次の瞬間、盾の上からでもはっきり伝わるくらいシャレにならない衝撃が体に響いた。吹っ飛ばされて背中が地面を打ったが、素手であるアルコリアの追撃を防ぐのに、距離が取れたので、かえってありがたかった。
「格好悪いぜ、ネーチャン」
「うるさいっ」
 アストライトがリカインに軽口を叩くが、強敵を前に表情は固い。
 アルコリアがリカインとアストライトに向かうのを確認して、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は魔術師に向かって走り寄った。魔術師を押さえてしまえば、戦闘の意味はなくなる。ここは魔術師を迅速に捕らえるのが得策だ。魔術師に護衛はいるが、
「セレアナ、あたしたちもやるわよ!」
「ええ、今度はしくじらないわ」
 体勢を立て直したセレンフィリティとセレアナも魔術師へと狙いを定めている。
「面倒なことになったな……」
「仕方ない、願いを判別するまでは、やるしかないか」
 魔術師の護衛についていた悠司と鉄心も身構える。戦闘は避けられない。
 唯斗は舌打ちした。魔術師から情報を引き出すためにも、ここは譲るわけにはいかない。
「ルカ! 月島! 待ってろよ!」
 協力を誓ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)月島 悠(つきしま・ゆう)の元へと、魔術師から引き出した情報を持ち帰る。その一心で唯斗は向かっていった。

 そして、そのことに最初に気がついたのは魔術師だった。
 契約者どうしの戦闘に目を奪われていた助手の肩を叩く。
「逃げますよ」
 なに言ってんだこいつ、はっきり読み取れる顔を助手は作った。
 魔術師は口元に人差し指を持ってきて小声で、
「今ならどさくさに紛れて逃げられます」
 なるほど唯斗やセレンフィリティといった魔術師を狙った面々も、今は戦闘に集中して、魔術師の動向になど気を配っている余裕はない。最初の爆発で青くなっているようでは、なにができるわけでもあるまい。だからひとまずは意識から外す。その判断は正しい。
 同じように、魔術師の側に立つ悠司や鉄心にしても、魔術師に構っていられるだけの余裕はない。だから誰にも気づかれずこの場を離れることができる。
 そんな理屈で、魔術師は慎重な足取りで動き始める。
 もっとも、ボンクラでしかない魔術師が、誰にも気づかれずに逃げられるわけはないのだけれど。