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リアクション
第一章:作業区画救助班
「目の前の人間を助けられなくて上なんて目指せるかぁ! 犠牲者は0だ! なんてったって俺様がいるからな!」
燃え上がる炎で灼熱地獄と化した正面入り口を前にして、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は景気良く叫び声を上げた。
「なーっはっはっは! 目の前で困って居る奴を助けられなくてトップを目指せるかぁ!? そいつは間違いだぜ! 俺様が目指すトップってのはなぁ……」
そこで少しの間、思わせぶりに溜めてから、ややあってメルキアデスは再び口を開く。
「犠牲を出さずに問題を解決できる奴って事だぜぇ! つまり俺様だ! だからどいつもこいつも死ぬんじゃねーぞ。俺様の昇進がかかってるからなぁ!」
そう叫びながら、あくどい笑み浮かべると、メルキアデスは用意してきたバケツに張った水を頭から盛大にかぶる。
「今助けに行くからなぁ! 待ってろよお前等ぁ!」
凄まじい威勢とともに炎の中を走っていきながら、メルキアデスは仲間や炎の向こうにいるであろう要救助者に言い聞かせるように早口でまくし立てていく。
「おい、口は塞いどけよ。余り焼けた空気を吸うな。ハンカチか何かで口を塞いでおかないと逃げ切る前に倒れちまうぜ。足元にも気を付けな。建物倒して鎮火したってしてもまだ火種は一杯ある上にそこら中に破片やらなにやらが落ちてるからな。怪我しないように壁から離れて歩くんだぞ」
ただでさえ酸素が少なく、熱風や有毒の煙が出ていそうな火災現場でここまで叫んでは危険だが、彼のあまりの威勢の良さに、さしもの仲間たちも一瞬、指摘するのを忘れてしまっていた。
そして、彼はその隙に早くも要救助者である作業員を何人か見つけると、腰に左手を当て、真っ直ぐに伸ばした右手の人差し指を突きつけながら、声高に宣言した。
「おい、お前等……俺はシャンバラ教導団のアポカリプス部隊隊長! メルキアデス・ベルティ様だぜぇ!? お前等の命、この俺様が預かったぜ!」
いきなり爆発や炎上が起こったショックも冷めやらないうちに、また強烈なものを目の当たりにしては、作業員たちが呆けた表情になってしまうのも致し方ないことであろう。
だが、そんなことは露知らず、メルキアデスは心の中で拳を握って喝采を上げていた。
(今のセリフとポーズ、マジで決まった!)
それに気を良くしたのか、メルキアデスは要救助者たちへと再び声高に宣言する。
「よし、今から俺様に掴まって走るぞ!」
あまりに強烈で、そして自身たっぷりなメルキアデスに、気が付くと要救助者たちは従い、無意識のうちに彼の身体を掴んでいた。そして、それに更に気を良くしたメルキアデスは普段の彼からは想像もつかないような馬力を発揮し、凄まじい速度で要救助者たちを抱えたまま工場の外に連れ出したのだった。
「みんな、頑張ってくれよ。俺はみんなの為に頑張る」
正面入り口から突入しながら、大岡 永谷(おおおか・とと)は切実な思いとともに呟いた。
火勢の弱そうな場所を見極め、得意とする氷術で冷やして、作戦行動が出来る程度に燃えてない通路のようなものを作る。それが永谷の目的であり、作戦だ。
氷術を使って、少しでも救出する人や衛生科の人達が中に入っていけるように道を作っていきたいと思う。それが永谷の願いだった。尋常ならざる火勢を呈しているこの現場のこと、このまま放置していては、また燃え始めかねない。すぐにでも燃えるものを排除したり、氷術で冷やすなどして、入っていった人達の退路及び、これから入る人の入り口の確保に努める。そう決意した永谷は正面入り口から突入し、作業区画で救助活動に当たっていた。
先程から氷術で冷やしているものの、火災の勢いはそれと互角のペースを維持し続けていた。教導団の兵士として数々の戦場を経験した永谷でさえも、火災の激しさを前にしては、湧き起こる不安に押し潰されそうになる。
(救出に向かった味方がしっかりと成果を上げることを信じて、俺は俺がやるべきと考えた仕事をしっかりやりつくしたい……!)
だが、それでも永谷は自分に言い聞かせるようにして救助活動に打ち込み続ける――自分の信じている仲間と、自分を信じて待っている要救助者たちを助ける為に。だが、そんな永谷の後方から焼け崩れた機材が倒れかかってくる。
「……ッ!」
氷術を行使することに精神を集中し、前方の火炎に専心していたせいで永谷の反応は一瞬遅れる。永谷が咄嗟にその場から飛び退くよりも早く、焼け崩れた機材が迫るが――。
「っと! 間一髪ね! 永谷、大丈夫? 助けに来た側が要救助者になっちゃしょうがないよ」
明朗かつ力強い声が永谷の背後から響き渡る。その声は何かマスクのようなもの越しに発せられているのか、多少籠って聞こえる。それでも、その声が若い女性のものであること、そして、その声の主が誰であるかはわかった。
「ルー中尉! 助かりました、感謝します!」
振り返った永谷の眼前では、パワードスーツであるジンに身を包んだルカルカ・ルー(るかるか・るー)が焼け崩れてきた機材を両手で受け止めていた。
「気にしないで! さ、とっとと助けに行くよ!」
先刻と同じく明朗かつ力強い声で永谷に言うと、ルカルカは受け止めた機材をパワードスーツにアシストされた腕力に任せ、遥か遠くへと放り投げる。
ルカルカは火災の中でも平気で動けるパワードスーツの特徴を活かすことで救助の先陣を切って突入し、消火や瓦礫撤去で道を切り開く役目を担っていた。
たった今、永谷を助ける為に床に置いた消火ホースを素早く拾い上げると、ルカルカはすぐに放水を再開する。
「救助だけでは終らん。むしろそこから始まると考えるべきだ」
消火ホースを手にして勇猛果敢に突入していくルカルカに向けて、同じくパワードスーツを装備して同行している仲間のうちの一人――ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は冷静に声をかけた。
「この災害は人災。鎮火後の現場検証は必須にして急務だ。誰がどこから入ったか、どこに工作し、どんな情報が持ち出されたか、手引きした者は誰か――それらを特に究明すべきだ」
パワードスーツのアシスト機能によって強化された膂力で進路上の瓦礫を次々と左右に投げ飛ばしながらダリルはなおも冷静な声音で語り続ける。
「軍事施設に易々と侵入できるとは考えにくいから、手引きした者がいてもおかしくない。突き止めて逮捕に結び付ける事が不可欠だな」
冷静に分析するダリル。そんな彼に同調するように、ルカルカに同行しているパワードスーツ隊のうちの一人である夏侯 淵(かこう・えん)もパワードスーツのマスク越しに口火を切った。
「サイコメトリーで犯人達の痕跡を探し、残ったコンピューターから漏れた情報を特定できりゃあ……バッチリなんだけどな!」
ダリルと同じく瓦礫を持ち上げ、それらを片端から隅に退けていく傍ら、淵は更に呟く。
「物品の温度に注意しつつも迅速に、それらを可能とするには設備が全て炭化してからでは遅い……だからパワードでの早期消火が必要ってわけだ」
その言葉に異論はないのだろう。傍らで作業しているダリルが深々と頷く。
「サイコメトリーで視た姿を手がかりに、情報科の俺と技術科のダリルがノパソ経由でデータベースから容疑者を速攻特定してよ、李大尉に連絡し即時手配すれば――もしかすると、早ければ高飛びさせずに逮捕できるやもだな!」
ダリルと淵の二人に続くように、三船 敬一(みふね・けいいち)もカタフラクトを利用して焼け落ちた機械類を退けている真っ最中だ。
「とにかく、ひとりでも多く……出来ることなら全員の人を救い、救助側にも怪我人がなく終われればいいんだがな……」
まるで自分に言い聞かせながら、そう祈るように敬一は静かに一人呟いた。一方、声の調子とは裏腹に、敬一の動きはパワフルだった。パワードスーツのアシスト機能を存分に活かし、次々と瓦礫を撤去していく。
「鏖殺寺院にとっては、教導団員は敵です。ですが、だからといって、こんな……まあ、それが彼らのやり方。なんでしょうね……」 物哀しげな声で呟きながら、白河 淋(しらかわ・りん)も敬一の隣で瓦礫を持ち上げた。パワードスーツのヘルメットに隠されて伺い知ることはできないが、その声は彼女がどこか遠い目をしているように思わせる。
「工場での火災ともなれば、一刻も早く消化しなくてはな。火の勢いを抑えることが出来れば、救助もしやすくなるであろうしな」
パワードスーツの筋力を活かして背負っている大量の消火剤を惜しげもなく撒きながら、コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)は呟いた。
パワードスーツを装着した仲間たちが瓦礫を退けた所に最大出力で放水すると、ルカルカは背後を振り返って、自分たちの後についてきている仲間たちに向け、努めて冷静な声で告げた。
「通路を確保します。私たちに続いてください」
その言葉とともに更に奥へと突入していったルカルカはややあって、熱で変形した隔壁に直面する。
「ダリル、淵、敬一、淋、コンスタンティヌス――」
ルカルカからの呼びかけを受け、たったその一言で彼女の意図を理解した五人は隔壁の前に直立するルカルカの左右に並び立つ。
四人が自分の左右にスタンバイしたのを確認すると、ルカルカは背後を振り返って、先程と同じく冷静な声で告げる。
「これより緊急隔壁をパワードスーツで開けます。バックドラフトの危険がありますから、ルカルカたち三人以外は十分に下がって。それと、防護服の無い人は特に気を付けて。可能な限り頭部などの急所をガードする体勢をとって待機を」
的確に指示を出し終えると、ルカルカはマスクのバイザー越しに仲間たちと目配せし、四人とタイミングを合わせて隔壁の前にしゃがみ込む。そして、僅かにできた隙間に手を差し入れると、パワーアシスト機能を全開にして持ち上げにかかった。
ルカルカは勿論、左右の四人もパワーアシスト機能を最大にしているのだろうが、それでも隔壁は中々動く気配を見せない。元来、緊急用の隔壁である上に、今は超高熱で変形したせいで歪んでいるのだ。そんな状態となったこの隔壁を開けるのは容易ではないだろう。
だが、ルカルカたちは諦めることなく力を込め続ける。パワードスーツのアシスト機能を最大パワーで駆動させ続けているせいか、肘や膝といった関節部分のアクチュエーターが鈍い音を立て始めている。
いよいよ関節部の駆動音が異音に変わろうかという寸前、遂に歪んだ隔壁が大きな音を立てて動く。それを皮切りに、歪んだ隔壁は幾度となく大きな音を立てて動き、その度に隙間は目に見えて大きくなっていく。
「ううううう……! こん、のぉっ……!」
残る力全てをぶつけるかのような気合いを込めてルカルカたちは隔壁を持ち上げるのを試みる。それに呼応するようにひときわ激しい駆動音を立ててアクチュエーターが唸りを上げると、遂に隔壁は余裕を持って通れるほどの広さに開いた。
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