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バラーハウスと地下闘技場へようこそ!

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リアクション


【六 VIPルームに渦巻く思惑】

 バラーハウスを訪れる客の大半は、ホストとの甘いひと時を過ごすことを目的としているが、中にはそうでない者も居る。
 例えばリカインやクリストファーのように、自身のパートナー達の働きぶりを覗きに来る者がその良い例であるが、しかしルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)のように、全く異なる思惑で足を運ぶ者も居る。
 ふたりは来店するや否や、早速ピンク色の高級シャンパンを二本オーダーし、金 鋭峰(じん・るいふぉん)羅 英照(ろー・いんざお)をVIPルームに呼び込んだ。
 英照は元々、ホストとして店内に居たからすぐに足を運んできたが、鋭峰は誰からも対戦相手として指名されず、手持ち無沙汰気味に地下闘技場のモニタールームで暇を持て余していた為、相当に慌てた様子でタキシードに着替えて駆けつけてきた。
 鋭峰がVIPルーム内に姿を現すと、ルカルカとダリルが直立不動の姿勢で並んで立ち、敬礼を送った。
 一方の鋭峰は、ルカルカ達が客であるとは知らされていなかったのか、ふたりの顔を見るなり、一瞬驚いたように両の瞼を瞬かせていた。
「いや、これは驚いた……まさか、君達が指名してくれていたとはな。だがお陰で、ノルマとやらを達成出来たことになるようだ」
「はっ、恐れ入ります、閣下」
 この光景だけを見ると、どちらが客で、どちらがもてなす側なのか、よく分からない。
 しかしルカルカとダリルにとっては、鋭峰も英照も奉仕すべき相手であり、自らを客と称してふたりにもてなして貰おうなどという発想は、微塵にも無かった。
 いってしまえば、お互いがお互いをもてなそうとする立場になってしまっており、幾分微妙な空気が漂っていたのは否定の出来ないところである。
 と、そこへルカルカが注文したキャビアのカナッペや、神戸牛のステーキなどが運び込まれてきて、リビングのテーブル周辺には美味そうな香りが立ち込めた。
 一瞬、どちらがどちらに、さぁどうぞと勧めて良いのかと迷う節が全員に見られたが、結局四人揃ってテーブルを囲もうということで決着した。
 この時、ルカルカもダリルも、酒類には一切手をつけようとはしなかった。
「そういえば……突然ですが閣下、総選挙一位獲得、おめでとうございます」
「何をいう。君も同じく、見事な結果を収めていたではないか。私と英照から、祝辞を述べさせて貰おう」
 先般行われた総選挙に於いて、ルカルカと鋭峰はそれぞれの部門で一位を獲得していたのである。期せずしてこのVIPルームは、そのことを互いに祝い合う場と化した。
「あ、もし良かったら、一位記念で製作して貰ったルカの写真集を進呈させて頂きます」
 いいながら、ルカルカは鋭峰と英照に、自身の写真集を差し出した。
 鋭峰と英照は、ほぅ、と感心したような声を漏らし、手渡された写真集の表紙を覗き込む。
「これは、見事な出来映えであるな」
「後でゆっくり、見させて貰うとしよう」
 教導団のツートップからの言葉に、ルカルカはすっかり照れてしまい、顔を幾分赤らめて、えへへと笑いながら頭を掻いた。
 この後は、ダリルからのニルヴァーナ開門時の体験についての報告が続き、鋭峰と英照の両名は、真剣な面持ちでじっと聞き入っていた。
 しかし意外にも、ルカルカとダリルの滞在時間は短かった。
 ふたりの最初の目的は一応、達せられたのである。この後は、次なる行動に打って出なければならない。
 鋭峰と英照の見送りを受けたルカルカとダリルのふたりは、バラーハウスの正門前でつと振り返り、それまでの穏やかな笑顔から表情を一変させて、その面に厳しい色を張りつかせていた。
 この急激な変化に鋭峰と英照は何かを察し、矢張り同じく、一瞬にして表情を引き締める。
「閣下、そして参謀長殿……実は我々は、おふた方を拉致監禁に及んだ不逞の輩共を一網打尽とすべく、このバラーハウスに対して強制捜査、並びに違法行為の摘発の為に、警察と親衛隊を指揮して乗り込むことになっております」
 ダリルが手短に説明を加えた瞬間、鋭峰はしまった、という後悔の念らしき顔色を浮かべ、渋面を浮かべる英照と顔を見合わせた。
 ふたりのこの反応の意味が理解出来ないルカルカだったが、鋭峰と英照という教導団のツートップを掻っ攫った上に、ホストやプロレスなどといった下世話な役割を押しつけた連中に対し、憤怒激昂に達している。
 必ずやこのバラーハウスの無法を叩き潰し、正義の力を以って鋭峰と英照に与えた屈辱以上の償いさせようと決意を固めていたのである。
 が――。
「何ということだ……ルカルカ・ルー程の者が、こんな初歩的な見落としをしておったとは」
 危機感を滲ませる鋭峰のそのひと言に、ルカルカとダリルは怪訝な表情で、目の前の国軍総司令官の面をじっと凝視した。
 何か、ミスがあったのか――急に、ルカルカの胸中に巨大な不安が込み上げてきた。
「このバラーハウスは、シャンバラ政府公認施設だ。そしてアンズーサンタと靴下マンのふたりは、既に政府と司法に、相当細かく手を廻していたらしい……連中が今回取った行動は、全て政府の許可を受けてのマーケットサンプリングという名目で、国家のお墨付きを貰ってあるようなのだ」
 そして更に曰く、バラーハウスに対して強制捜査や摘発行為を取ろうとするのであれば、一教導団員程度の個人的な根回しなどでは到底足りるものではない。
 例えそれが、ロイヤルガードであっても、である。
 こういった場合、国軍トップクラスからシャンバラの裁判所に対し正式な手続きを踏んだ上で、捜査令状を発行するよう要請せねばならないのだという。
 つまりルカルカにしろダリルにしろ、バラーハウスが強制捜査の対象と出来るか否かという、最初に取るべき確認を取っていなかったのである。
 このふたりにしては、珍しいといって良い程のミスであった。
「恐らく今頃は、シャンバラ政府内で、君達に対する処分の話が持ち上がっている頃だろう……だが、ここは私と英照で何とか収める。君達は、すぐにここを去れ」
 ルカルカはすっかり青ざめ、ダリルも珍しく、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「さぁ、早く行きたまえ。君達が私達を解放してくれたことに対する恩を返させて貰う時がまさに今、この時であるようだ。後のことは金鋭峰団長と、この羅英照に任せたまえ」
 英照が更に言葉を重ねて、ふたりに退去を求めた。ここで身柄を拘束されてしまっては、最早、手も足も出せなくなってしまうのであるから、急かすのも当然であろう。
 ルカルカとダリルは、意を決したように表情を改め、居住まいを正して直立不動の姿勢を取った。
「では恐れながら閣下……失礼致します」
「どうか、ご無事で」
 敬礼を送るふたりに、鋭峰は返礼しながら小さく頷き返した。
「問題は無い。ここはバラーハウスだ。ホストとレスラーには変なことはせぬよ」
 かくして、ルカルカとダリルは素早い足取りで、夜の闇の中へと消えていった。
 鋭峰と英照は流石に心配であるらしく、しばらく正門前でふたりが立ち去って行った方向を、じっと眺め続けていた。

 この後、鋭峰は更にホストとして別の指名を受けた。
 地下闘技場で戦うべく連れてこられた鋭峰だが、皮肉にも、実際に指名を受けたのはルカルカに続き、このバラーハウスの側なのである。
 次の客は、どうやら軍服着用での接待を希望しているらしい。
 着替えを終えてから、一体どうしたことかと小首を傾げながら指定されたVIPルームに向かうと、そこには既にアクリト、天音、ブルーズ、白雪 椿(しらゆき・つばき)、そしてネオスフィア・ガーネット(ねおすふぃあ・がーねっと)といった面々が同様に指名を受け、件のVIPルームに足を踏み入れていた。
「いやぁん……こんな所で、人気者の軍人様に会えるなんて、素敵ぃ〜」
 リビング中央のソファーに、妖艶な肢体を投げ出すような格好で寝そべっていた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が、ゆっくりと上体を起こして淫靡な笑みを浮かべる。
 鋭峰を含め、これだけ大勢のホスト達を掻き集めた主は、どうやら彼女であるようだった。
「こちらの客人は……どうやら、純粋にハーレムを堪能したいだけのようであるな」
 鋭峰は思わず、小声でそう呟いた。
 しかしそのひとことはリナリエッタの耳には届かなかったようで、彼女はただただ、妙にいやらしい手つきで入り口付近に佇む鋭峰を手招きし続けるのみである。
 ひとまずリビング内に足を踏み入れた鋭峰の目の前に、リナリエッタの指示を受けた椿が、リナリエッタ持参の『金鋭峰の帽子』を差し出してきた。
 鋭峰は一瞬、何事かと怪訝な表情を浮かべたが、椿がもう一方の手にサインペンを掲げているところからリナリエッタの意図を察したらしく、何もいわずに帽子の側面に自らのサインを素早く記す。
 その様子を眺めていたリナリエッタは、サインペンを持つ鋭峰の手に、情熱的な視線を送った。
「あぁ……軍人さんって素敵ぃ……いっつもその手は、真っ赤なのね……美しいわぁ……でも、貴方程の立場になると、ただ椅子に座って見下ろしてるだけ、なのかもねぇ」
 淫靡な空気が漂う場の雰囲気とは随分とかけ離れた血生臭い台詞を、艶のある声で響かせるリナリエッタ。しかし鋭峰はただやれやれと、小さくかぶりを振るばかりである。
 リナリエッタのサド全開の挑発など、まるで堪えていないといった様子であった。
 更にその後、シャンパンタワーを仕上げる為の職人として、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)までもが呼び出されてきた。
 つまりこのVIPルームには、合計7人ものホストが一堂に会しているということになる。この7人のホスト達の端整な面立ちの列を眺めるだけでも、リナリエッタは身悶えしたくなる程の快感を覚えるらしく、ソファー上でひとり、その豊満な体をくねくねと捩じらせていた。
「あぁ……良いわ良いわ! この壮観、堪んないわ〜!」
 ここから、リナリエッタの独壇場――奇妙なビッチワールドが展開され始めた。
 まず標的となったのは、椿とネオスフィアの両名である。
 このバラーハウスでナンバー1ホストを目指すと公言して憚らないネオスフィアであったが、まさかよりによってリナリエッタ程の剛の者に指名されようなどとは予想だにしていなかったらしく、女性客を散々に飲ませて酔わせるつもりが、逆に大量のアルコールを滝のような勢いでがぶがぶと飲まされる破目となった。
「よし! 良いだろう! 折角の夜だ、楽しまなくては損というもの!」
 という訳で、最初のうちは威勢の良かったネオスフィアだが、その勢いも長くは続かなかった。
「あ、あの……ガーネットさん……?」
 リナリエッタの勢いにすっかり我を見失ってしまっているネオスフィアを、椿はただただ心配そうな面持ちで眺めるしかない。そして案の定、ネオスフィアはものの数分程で、酔い潰されてしまった。
 次は、椿の番である。
 ブルーズと悠司が仕方なさそうにネオスフィアをリビング隅の別のソファーへと引きずっていっている間に、リナリエッタは椿と天音を左右に侍らせて、ピンク色のシャンパンを注いだグラスを右手で掲げた。
「ねぇ、このピンク色……綺麗ねぇ」
 何気無く放たれたこのひと言が、実はリナリエッタ流のテストであることを、天音はすぐに見抜いた。
 ところが椿は、リナリエッタの性格をよく知らない。それどころか、ホストとしての経験などほとんど無い椿にとっては、この難問はレベルが高過ぎた。
 ただあたふたとうろたえ、どう答えて良いのか見当もつかない様子で狼狽している椿を、リナリエッタは潤んだ瞳で微笑ましげに眺めている。
 椿のように、どんな色にも染まっていない初心な男が自分の言葉で右往左往する様を見るのは、随分と気分の良いものであるらしい。少なくとも、リナリエッタはそういう性格の女性である。
 一方、天音はというと――。
「このピンク色は、そう……貴女の淫靡さを象徴する色、かな? 例えば、こんな具合に……」
 いいながら、天音はリナリエッタの剥き出しの柔らかな美脚に自身の脚を絡ませ、そして右腕をリナリエッタの腰にそっと廻す。
 対するリナリエッタも、天音の密着プレイに呼応するかのように、ピンク色の髪を僅かに揺らして、相手の肩にしなだれかかった。
 その時、リナリエッタの持つグラスにブルーズがシャンパンを注ぎかけていたのだが、天音との絡みに反応してか、ブルーズの尾が僅かに震え、変な動きを見せていた。
 リナリエッタも、ブルーズのこの反応の理由を心得ている。彼女は妖艶な笑みをブルーズの仏頂面に向けてから、天音に薄く笑った視線を転じた。
「うふふっ……分かっているわぁ……あなたは、違う花園の薔薇……でも、鉄格子の向うから眺めても、良いでしょう?」
 反対側で聞いている椿が、もうどうして良いのか分からないといった様子で、全身を硬直させたまま、背筋をぴんと伸ばして姿勢を正している。
 天音とはまるで正反対の場慣れしていない反応に、リナリエッタは満足そうに微笑んだ。

 しかし、リナリエッタからの問いかけに、アクリトと鋭峰はまだ何も答えていない。
 どこか期待するような眼差しを受けて、最初に応じたのは鋭峰であった。
「そうだな……そのピンク色は、血を薄めた色によく似ている。戦場では、よくある色だ」
「でも……貴方はその手を汚さずに、敵を屠っているんでしょ? それって、楽しい?」
 うふふと湿った笑い声を漏らしながら、更にサドチックな言葉で鋭峰を挑発してみせるリナリエッタに対し、鋭峰はリナリエッタの破壊的な虐待心を上回るひと言で応じた。
「それは楽しいのひと言に尽きる。君のようなピンクの豚をミンチの如く叩き潰した時などは、まさに至福の瞬間であると知れ」
 この鋭峰からの切り返しに、リナリエッタは腹を立てるどころか、寧ろ逆に、全身を身悶えさえて歓喜の喘ぎ声を漏らす有様であった。
 自身も相当にサドッ気が強いリナリエッタだが、彼女の更に上を行く強烈な虐待の力をその身に受けた時の感動は、何にも替え難いオルガスムスに値する。
 シャンバラ教導団の総司令官たる人物が見せた器は、リナリエッタの想像を遥かに越えていた。
 もうこうなってくると、リナリエッタの勢いは止まらない。彼女はソファーの裏側から、何故か恋愛指南書を取り出し、椿を立たせてアクリトの元へと持って行かせた。
「ねぇセンセェ……その恋愛指南書について、学術的な面からコメントを頂けないかしらぁ?」
 いいながら、リナリエッタはアクリトが汗にまみれながらタキシードを着こなしている様に、酷く興奮している様を見せていた。
 つい先程まで地下闘技場で試合を終わらせたばかりであり、まだクールダウン出来ていないアクリトは、とにかく暑くて堪らない。そこへ窮屈なタキシードなどを着せられたものだから、汗が噴き出てどうしようもないのである。
 が、それでも自身に与えられた役割を全うしようとする几帳面な性格は健在であり、そういうところも、リナリエッタの幾分常軌を逸した性癖には、堪らない程の快感を与えていた。
 ともあれ、アクリトは求められたからには応じなければならない。
 椿から手渡された恋愛指南書をぱらぱらと数ページ繰ってから、アクリトはふんと鼻を鳴らし、眼鏡のレンズをきらりと光らせた。
「ふむ……ひとことでいえば、全く非科学的でくだらない、というに尽きる。そしてこんなものを後生大事に持っている輩も、いってしまえば屑同然だ」
 短くはあったが、アクリトのこの一連のコメントはリナリエッタを満足させるには十分であった。
 鋭峰に続いてアクリトからも、リナリエッタのサド的精神を踏み躙り、叩き潰す台詞が飛び出してきた。これに対してリナリエッタはひたすら快感に打ち震え、身悶えている。
 この様を見て、天音はしばらく出番は無いだろうと判断し、一旦VIPルームを辞去することにした。
 廊下に出てみると、悠司が先に室を出ていたらしく、休憩用のベンチに腰を下ろしてひと息ついていた。
 天音は悠司の前につと近づき、そっと差し出した手の甲で、悠司の頬に軽く触れた。
「やぁ、お疲れさん……薔薇の花に、女神からの恵みの雨は等しく降っているかい?」
「生憎だな。客への愛が、まだ全然足りてねぇよ」
 実のところ、悠司と天音には、このバラーハウスに対して共通の思いを抱いている。まだこの場でははっきりと口にすべき段階ではないのだが、しかし現在までの活況ぶりを見るにつけ、その思いは更に強まっているといって良い。
 その時、ブルーズが酔い潰れたネオスフィアに肩を貸して、室から出てきた。椿も一緒になってついてきている。
 ホスト専用の控え室まで連れて行こうとしていたブルーズだが、天音が悠司に優しげな調子で語りかけている様を目撃した際、眉間に皺を寄せていた。
「あの……どうか、なさいましたか?」
 ネオスフィアの暴走、というよりもリナリエッタに潰されてしまった悲惨な結果に、椿自身も相当に振り回される格好になっていたが、それでもブルーズが妙な反応を見せていることに気付く程度の余裕はあった。
 しかしブルーズは小さくかぶりを振って、苦笑を浮かべるばかりである。
「いや、何でもない……彼を連れて行こう」
「あ、はい」
 ブルーズに促されて、椿は反対側の肩を貸して、ネオスフィアを介抱しながら控え室へと足を向ける。
「椿ぃ〜……良い子だからぁ〜……俺からぁ、離れないように、な〜……ぜ、絶対、離れないようにな〜」
 酔っ払っても尚、椿を心配する台詞がネオスフィアの口から飛び出してくる。ふと傍らに視線を飛ばし、ネオスフィアの顔を見てみた椿だが、ネオスフィアは意識が朦朧としている。
 どうやら、彼は無意識の中で椿を心配している様子だった。