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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【深き場所へ 2】



 暗い洞窟の中、散発的に響く銃声が木霊する。その度に駆逐されるフライシェイドの残骸を調べ、データ化してパソコンへと保存をかけていくエールヴァントの警護をしながら、ふう、とクローラは息を吐いた。
「流石に、巣に近づくにつれてフライシェイドの数が増えてきたな」
「そうだね」
 頷いたのはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だ。
「まあでも、数が多いだけで弱いからね」
 先日の事件の折、戦った経験があるからか、レキには幾分か余裕があるようで、同行するミア・マハ(みあ・まは)
もディテクトエビルで警戒を絶やさないでいながらも「撃ち漏らすでないぞ」と挑発めいた冗談を口にする。
「しかし、沸いて出る、といった方が近いような数じゃのう」
 撃退しても撃退しても、新たに現れるフライシェイドに、ミアが嫌そうな顔をする。そんな何気ない言葉に「しかし」と首を捻ったのは世 羅儀(せい・らぎ)だ。
「だいたい、栄養なんかはどうしてるんだ?」
 その疑問に皆が一瞬その手を止める。その先を促す白竜の視線に、羅儀は続けた。
「だってそうだろ、町が出来る前から居た筈なのに、どうやって生き残ってんだ」
 しかも、先日封印が破られるまでずっと閉じ込められていたはずである。今現在洞窟に居るフライシェイドの分は、その事件の際に回収されたものだとしても、それまでの間の生命維持は、いったいどうしていたのか。
「フライシェイドによる栄養補給以外に、エネルギー供給の手段があるとしか考えられないよなあ……」
 だとすれば、巣に栄養を持ち帰ろうとしていたフライシェイドの役割に矛盾が生まれてくる。女王自身に、自らの生命維持する能力があるのだとすれば、フライシェイドの運ぶ栄養の役割は、産卵のためか、あるいは栄養と思われていたものが別の何かだったのか。推測は尽きないが「だけど」とエールヴァントが更に疑問を追加した。
「栄養もだけど、どうやって産卵してるのかが気になるな」
「そういや、フライシェイドは生殖器官がなかったんだよな?」
 乱世の言葉に、壁面の様子を撮影していたグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が「そう聞いている」と頷いた。エールヴァントが引っ張り出した報告データにも、捕獲したフライシェイドを解剖した結果、繁殖のための生殖器官はなく、一代限りの生物だとある。
「女王は単体生殖か? 卵生生命ってことは、可能性が無くもねえけど」
 呟いた乱世の言葉に、何故か政敏が顔を顰めた。 
「まさか両性具有か? 女王なら兎も角、男は好かん」
「相手は虫だよ?」
 割りと本気で嫌がっているような様子に、思わずといった調子でレキがツッコミを入れていたが、政敏にとってそのあたりは譲れない何かがあるようだ。逆に、エールヴァントの方は、まだ見ぬ女王に興味津々といった様子だ。
「出来れば捕獲して、じっくり調べたいところだけど」
「あの巨体を捕獲するとなると、装備が足りないですよ」
 実物を見た経験がある白竜が言うのに、やや諦めきれない様子ながらも、そうかあ、と残念そうにエールヴァントは息を吐き出した。

 そんな彼らの議論をよそに、他の遺跡から調査団に同行して来ていたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)は一足先に洞窟を進もうとしているところだった。
「ええい、鬱陶しい」
 永谷はあえて止めずにそれを眺めていたが、案の定フライシェイド達にたかられたリリが、その手に魔力を集め始めたのに、流石にいぶかしむ様にその表情を変える。
「……何をするつもりだ?」
 その問いかけにリリは答えなかったが、長い付き合いのユノは直ぐに思い至ったようで、途端にその顔を真っ青に変えた。
「ちょ、ちょっとリリちゃん、待っ……」
 慌てて止めに入ったが、遅かった。
「まとめて灰になるのだよ! 猛り狂え! 灼熱のクリムゾン・ローズ!」
 面倒な制御をとっぱらって放たれたファイアストームが、勢いよく洞窟を赤く染め上げるのに、調査団の方からも悲鳴が上がった。突然の火の手に、驚くなというのが無理な話である。
 何とかユノが咄嗟にフォースフィールドを張ったことで、調査団たちに大事はなかったものの、フライシェイドではなく炎に殺されるところだった、とクローディスも思わず苦笑を漏らす。それ以上に、頭を抱えるようにして「あのなあ」と永谷がリリに顔を顰めて見せた。
「洞窟の中だぞ、大掛かりな破壊行動はよせ。崩れる危険がある」
 それに、空気の通り道が一本しかない場所での炎は危険すぎる、等など、懇々と注意をしていると「……ちょっとまった」と唐突に政敏が遮った。
「やっぱりだ。さっきから妙だなと思ったんだ」
「何が?」
 一人納得したように頷くのに、乱世が首を傾げると、政敏はカツカツ、と踵を鳴らして見せた。
「爆音が変な反響したろ。どうも、足音の響き方も変だなあと思ってたんだよ」
「……もしかして、この壁」
 その言葉に、パートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)がはっとして壁をなぞり、一同を振り返った。
「誰か、サイコメトリを使える人はいない?」
 その言葉に誰より早く、ばっ! と手を上げたのはエールヴァントのパートナーアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)だ。
「俺が使えるぜ。任せてくれよな」
 相手が女性だ、ということで、良い所を見せる気満々なアルフの勢いに、手を上げようとしていたグレアムがその手をこっそり引っ込めたのは秘密だ。
「この壁を調べればいいんだろ?」
 言うが早いか壁に触れたアルフは、意識を研ぎ澄ませてそこへ残された情報を読み取っていく。だが如何せん、何千年も前の代物である。感覚がかなり微かなもののようで、ううん、と眉を潜めた。
「いまいち判り辛いけど、この奥、ちょっと可笑しいな」
 何処がどうおかしい、とまでは読み取れなかったが、感覚が違うのだ、とそこまで説明を聞いたところで、リーンはテロルチョコおもちを取り出すと、ぺたぺたと壁へ貼り付け始めた。
「おい、さっき破壊は危険だと……」
 言ったばかりだろ、という永谷の言葉すら言い終える前に爆発したその爆弾の破裂音が、洞窟の中に響き渡る。だが、誰が文句を口にするより先に、破壊された壁面に触れて「やっぱりだわ」と呟いた。
「見て、これ」
 示された場所を、司が光術で照らすと、洞窟の硬い壁面とは違った、粘土質の土が露になっていた。
「明らかに壁面と地質が違うわ」
 今度はグレアムも手を延ばし、粘土層に触れてサイコメトリを発動させると、軽く眉を潜めた。
「こちらが、本来の地層のようだ」
「本来……?」
 乱世がいぶかしむ中、サイコメトリを続けるグレアムは切れ切れの情報に苦心しながらも、幾つか単語を拾って息をついた。
「埋める、沈む……それから、掘り返される、そんな印象だ」
「この壁面と、ストーンサークルは同質のものだったな」
 クローディスが確認するように問えば、エールヴァントが頷いた。
「この洞窟自体が、人工的に作られたもの、ということになりますね」
 それ自体は、何となく皆思い浮かべていたことではあったが、問題は、それが後か先かだ。
 女王を封印するために作られたのか、あるいは元々あった遺跡ごと女王を封じたのか。もしくは。
「女王のために作られたのか」
 クローディスの言葉に、一同がしん、と言葉を失う。
 女王を封印するため、というのは、ドーム状の巣の存在から可能性は低い。ならば、残された可能性は二つだ。
「巣穴は、工兵タイプのフライシェイドが作ったかもしれないのだ」
 その内の一つ、前者の可能性をリリは示したが、その存在が確認されているわけではない。遺跡ごと封じた、というのであればいい。だが、後者であるなら、その目的を明らかにする必要がある。
「最悪、女王自身がもっと別の何かの封印の要になっている可能性がある」
 司の予感は当たってるかもな、と乱世は続けたが、ふと思い立って表面をなぞり、はっと顔色を変えた。
「ちょっと壁面を照らしてみてくれ」
 慌てたような声に、司が光術の出力を上げて、壁一面を照らしたところで「これは……」と皆が息を飲んだ。
「……紋様、ですね」
「でかすぎて気付かなかったが、これは」
 グレッグが呟くように言ったのに、クローディスが表情を険しくした。足元を照らす程度の明かりでは、ただの凹凸程度にしか見えなかったそれは、壁一面に一文字、といったレベルの巨大さで刻まれた文様だったのだ。サイコメトリで気付かれなかったのは、その紋様自体には、力が無かった為だろう。何故なら。
「……増幅の術式です」
 グレッグがその紋様を解読しながら、硬い声でそう口にした。
「亀裂が生まれたのは、女王の声が原因じゃない。この通路が、女王の声を増幅して、空間を歪ませているんだんです」