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うそ!

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うそ!

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    ★    ★    ★
 
「皆様。ただいま、イルミンスール魔法学校内に鷽がはびこっております。嘘はいけません。チビッコがまねしてしまっては大変です!」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が、ジェットドラゴンに乗って、世界樹の周りを飛び回りながら広報活動をしていた……はずであったのだが、いつの間にか乗っているのが大きな鷽になってしまっている。
「我々立派な大人は、人生の先達として模範を示さねばならないのです。ゆえに嘘はダメです、絶対に!」
「凄い、感動的な演説だよね!」
 展望台の上でクロセル・ラインツァートの主張を聞いた上原 涼子(うえはら・りょうこ)が、思いっきり感動して言った。
「えっ!?」
 こんなんで感動するのかと、唖然としたサー・ガウェイン(さー・がうぇいん)レイリア・シルフィール(れいりあ・しるふぃーる)筧 十蔵(かけい・じゅうぞう)の行動が真っ白になって凍りつく。
「このような鷽をのさばらせないためにも、このクロセル・ラインツァート、クロセル・ラインツァートに清き一票を。綺麗なお金なら、いくらでもあります。ほら、世界樹に銭の花を咲かせましょう!」
 額に、黄金に光り輝く「ぺ」の字を浮かびあがらせながら、クロセル・ラインツァートが服の袖の下から洪水のように雪だるま王国発行ゴルダ札を噴き出させてばらまき始めた。ちなみに、すかしがすでに鷽の姿なので、使える保証はまったくない。
「きゃあ。拾って、拾って!」
 上原涼子がパートナーたちにめーごーさーを叩き込むと、展望台の上にも降り注いだお札をあわてて拾い始めた。
 下着のラインが嫌いなので素肌の上に着たタンクトップとスパッツでは、ポケットが存在しない。仕方ないので、拾ったお札を、たっゆんな胸の谷間や、スパッツのお尻にねじ込んでいく。その周囲に、わらわらとクロセル・ラインツァートのファンの雪だるま八体と、ファン予備軍のミニ雪だるま八億体が集まってきた。
「どうか、クロセル・ラインツァートをお選びください。一家に一台、クロセル・ラインツァート。あなたのお供に、クロセル・ラインツァート、クロセル・ラインツァートをお選びください!」
「ええい、うるさいぞお! ボクが選ぶのはジェイダス様だけだもん!」
 拡声器を使ったクロセル・ラインツァートの声に、騒音公害だと皆川 陽(みなかわ・よう)が飛び出してきた。
 薔薇の学舎の中に自分の居場所が見いだせないと思い込んでいたら、なぜかイルミンスール魔法学校にいたのだった。鷽に呼び寄せられたのかもしれない。だが、誰がそんなことを考えたのだろうか。
「ふふふふふ。やっぱり、今日、この日、ボクは鷽とであったんだ。未来のベストセラー通りの展開だよね」
 ユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)が、原稿用紙の束とペンを片手に、陰から皆川陽を見守った。
 これから起こる、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)とのムフフな展開が、未来の腐女子にはぜひとも必要なのだ。
「ボクは、ジェイダス様しか選ば……。いや、それっておかしいよね。薔薇の学舎は、ジェイダス様が選んだ男の子で構成された学校だもん。ボクだって、ジェイダス様に見初められた一人じゃないかあ」
 唐突に、自分が薔薇の学舎にいる理由を思い出して、皆川陽がはっとした。そんな重要なことさえ、普段は忘れるほど自信をなくしていたらしい。
「というわけで! ボクは、ジェイダス様とほもフィーバーして、ワンナイトラブで、愛のシューティングスターで、夜明けのタシガンコーヒーを二人でベッドの中で飲んでしまうのだぁ!! ほもの花よ咲け!」
 突如目覚めた皆川陽が、空にむかって両手を突きあげて叫んだ。今ならば、ジェイダス・観世院をも召喚できそうな気がする。
「いいぞいいぞ。この出来事こそ、ボクが未来で書き起こす最高の思い出……、あれ、なんだろ?」
 待ってましたと、期待で胸をわくわくさせるユウ・アルタヴィスタが、空の一点を見つめた。
 キラン。
 空の一点が光り、ジェイダス・観世院が愛のシューティングスター☆彡に乗って落ちてきた。そのまま、巨大な星がクロセル・ラインツァートの乗っていた鷽を直撃する。
「ちょ、ちょっと。また肝心なことやってな……!」
 鷽の消滅と共に、せっかく現れたジェイダス・観世院も、クロセル・ラインツァートのばらまいたお札やファンも一瞬にして消えてしまう。
「ああ、お札が……」
 無理矢理お札をねじ込んだためにぶかぶかになってしまったタンクトップとスパッツを、ずり落ちないように必死に手で押さえながら、上原涼子が叫んだ。
「ははははは、よい子のみんなは、まねしないように!」
 そう言いながら、また今年も世界樹の枝の間を落下していくクロセル・ラインツァートであった。
 
    ★    ★    ★
 
「結和……、僕はもう……」
「きゃー、三号さん、どうしたんですか。頭へこんでます、頭!」
 急に寮の自室に入ってきたとたんばったりと倒れたアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)に、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が悲鳴をあげた。そのまま、ずざざざっと、部屋の隅に引っ込んで壁にぺったりとくっつく。これ以上は逃げられない。
 アンネ・アンネ三号は、みごとに頭が凹型にへこんでいる。ちょっと、いや、もの凄くスプラッタ臭がする。
「はっ、いけない。すぐに治療しますねー」
 やっと我に返ると、高峰結和がアンネ・アンネ三号を治療した。そのかいもあってか、アンネ・アンネ三号の頭が元の形に戻って復活した。
「目が覚めましたか。大丈夫ですか?」
 高峰結和がアンネ・アンネ三号にキュアオールをかけながら訊ねた。
「……姉さん。兄さんたちは? ここは……」
「ここは、イルミンスールですよー。ほら、資料を取りに帰ってきたんじゃないですかー」
 なんだか混乱しているようなアンネ・アンネ三号に、高峰結和が言った。
「そんな、僕はシャンバラ教導団衛星科の宇宙ステーションにいたはずで、そこで、先生と……」
 いったい、アンネ・アンネ三号はどこにいたのだろうか。シャンバラ教導団が宇宙ステーションを所有しているだなんて話は聞いたことがない。それとも、超極秘条項なのだろうか。
「いたいた。おお、元気そうじゃないか。やっぱり、私の治療が効いたのだな」
 何やら、鷽の胸と同じ色に濡れてテカテカとしているバールを手にしたアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が部屋に入ってきた。
「カルロットさん、なんで戻って来なかったんですか、先生はあなたが帰ってくるのを本当に楽しみにしてたのに」
 アヴドーチカ・ハイドランジアを見たとたん、アンネ・アンネ三号が叫んだ。
「おや、まだ誰かと勘違いしているようだの。もう少し治療すれば、完全に記憶が戻るであろう」
 アヴドーチカ・ハイドランジアがブンとバールを振り下ろしたが、間一髪、高峰結和がアンネ・アンネ三号の手を引っぱってそれを避けさせた。
「もう充分です。そういう治療はやめてくださいー」
「記憶なら戻っていますよ。先生がいて、たくさんの兄弟姉妹がいて。零号と僕は、先生と一緒に亀ロットさんの帰りを待っていて……。あるとき、戻ってきた姉の二号が暴走して……」
 答えつつ、アンネ・アンネ三号が頭を抑えた。そこで、記憶が途切れている。
「ううむ、やはりまだ治療途中だな。だいたい、わしを誰かと間違える時点で、完全ではないのだよ」
「そんな。あなたは、先生の恋人だった……」
「……だったであるな。私は、花妖精なのだよ」
 誰かに似ていると言うことは、その者が自分の苗床になっていた可能性があることを、アヴドーチカ・ハイドランジアはあえて口にまでだしては言わなかった。
「もう充分ですよ。つらい記憶なら、無理して話すことは……」
 高峰結和がアンネ・アンネ三号を慰めるように言った。
「とりあえず、私の治療が有効なのは証明された。ここは、さらなる治療で、それが完璧であることを証明するのだ」
 そう言って、アヴドーチカ・ハイドランジアがバールを振り回した。アンネ・アンネ三号が部屋から飛び出して逃げるのを、アヴドーチカ・ハイドランジアが追いかける。あわてて、高峰結和が二人の後を追った。
「うむ。なぜ、わらわは絶世の美女のままであるのか。そこに、魔女というものの根本の秘密がありそうなのだが。どうにも、自分が魔女になった瞬間という物を思い出すことができぬ。やはり、自分でそんな昔の記憶はないと思っていることが問題なのであろうか……」
 寮枝の通路をてくてくと歩きながら、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がつぶやいた。魔女の起源は、呪いをかけられた少女たちと言うことになっているが、それがどんな呪いで、その少女たちはどこにいた者たちであったのかも定かではない。
「わらわが始祖の魔女の一人であったのであれば、その記憶があるはずであろうに。それがないと言うこと自体が、呪いなのであろうか。ううむ、記憶喪失の呪いか……」
「なんだって、記憶喪失がいるのだと。よろしい、私が治療してやろう!」
 耳ざとく悠久ノカナタのつぶやきを聞き留めたアヴドーチカ・ハイドランジアが、アンネ・アンネ三号を追うのをやめて足を止めた。
「治療?」
 悠久ノカナタが立ち止まって振り返る。
「逃げてくださーいー!」
 高峰結和が叫んだ。殺気を感じた悠久ノカナタが、素早くルナティックスタッフを頭上で横に構えて、アヴドーチカ・ハイドランジアのバールを受けとめた。赤い飛沫が、悠久ノカナタの顔面にかかる。その飛沫が鷽の姿に変化して、悠久ノカナタの顔面を蹴って飛んでいった。
「はうあ、お、思い出した……」
 のけぞって倒れた悠久ノカナタに、再びバールを振り下ろそうとするアヴドーチカ・ハイドランジアを、高峰結和とアンネ・アンネ三号がなんとか羽交い締めにして取り押さえた。
「やはり、私の治療は完璧なのだ!」
 騒ぐアヴドーチカ・ハイドランジアのそばで、悠久ノカナタの記憶が甦ってくる。
 それは、遙か昔。それは、すなわち、現在、ピー歳の悠久ノカナタが……。
「い、忌まわしい。わらわは、永遠の少女だ。実年齢など忘れた!」
 思わず、思い出した魔女誕生の記憶を、悠久ノカナタが忌まわしいものとする。とりあえず、年齢的に……。
「離せ、三号。私は、カルロットではないぞ」
「誰ですか、カルロットさんって?」
 アヴドーチカ・ハイドランジアが発した名前に、アンネ・アンネ三号がきょとんとした顔をする。
「とりあえず、歳のことはおいておいて、この大発見を……はて、なんだったか……」
 悠久ノカナタも、せっかく思い出した事実とやらをすっかり忘れてしまっていた。
「私の治療が……。そんな馬鹿な……」
 暴れていたアヴドーチカ・ハイドランジアが、へなへなと床に座り込んだ。
 通路の先で、何やら火術の物らしい小爆発が立て続けに起こる。
「うそでごわす〜!」
 火につつまれた鷽が通路を戻ってこようとして、途中で燃え尽きた。
「大丈夫だったか、カナタ」
 通路の先から、積極的に鷽の駆除を行っていた緋桜 ケイ(ひおう・けい)が走ってきた。
 これ以上人様に迷惑をかけてはいけないと、高峰結和とアンネ・アンネ三号が、アヴドーチカ・ハイドランジアをズルズルと自分たちの部屋へと引きずっていく。
「今のは、ケイ、そなたがやったのか。よけいなことを……」
「よけいなことって……。まさか、思いっきり鷽の術中にハマって踊らされていたんじゃないだろうな」
 疑わしそうな目で、緋桜ケイが悠久ノカナタをじっと見た。
「ま、まさか、そのようなことがあるわけがないであろう。わらわが鷽を手玉にとっておったに決まっている」
 悠久ノカナタが、それこそうそぶいた。
「だいたい、なんでケイが魔法を使えるのだ。おぬしの魔法は封印されていたはずではないのか?」
 おかしいではないかと、悠久ノカナタが緋桜ケイを問い質した。
「いや、思えば、魔法封印は自己の強い暗示みたいなものの結果だろう。だから、実際には魔法を使えるはずなのに、使えないと嘘をついている状態のはずだ」
「だが、実際は、魔法は使えなんだな」
「その通りなんだけど。だから、ちょっと自分に嘘をついてみた。魔法を使えないというのは嘘で、本当は使えるんだ。だから、嘘を魔法で攻撃できるんだって」
「ややこしいことを。自分の信じていることに嘘をついて鷽に現実化させ、鷽を倒すと共に大元の魔法を使えないという嘘まで含めて嘘を真に戻したと言うことか」
「ああ。ちょっとややこしい裏技を使ったけどね。おかげで、自分で作りあげた呪縛が解けた」
 軽く空中に小さな炎を出現させて緋桜ケイが言った。