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リアクション
リビングに取り残されたウォウルが紅茶からそろそろ珈琲に趣向転換を図っていた頃。
玄関の方から叫び声が響いた。
「おや、次のお客人の様ですね」
声にして推定で三名の客人。その存在を知った彼が、のんびりと立ち上がってカップを並べ、紅茶を入れたところで、彼女たちはやってくる。
「……ビックリしたわぁ…なんやの、あれ………」
「さぁ、何だったんでしょうか。って、ウォウル先輩!」
「もうっ! あれ何よ! かなりビックリだよ!? 心臓ちょっと止まっちゃったもん今!」
「ようこそ皆様。いやはやあれには僕たちも驚いちゃいましたよ。っと、いきなりであれですけど、今紅茶を淹れたんです。よろしかったら一杯どうぞ」
余りにも普通な笑みを浮かべて席へと促すウォウルを前に、美羽、ベアトリーチェ、カノコの三人が進められた椅子に腰かけた。自分たちの前に出されている紅茶を見て、カップに指を掛け、思い思いにそれを口へと運ぶ。
「この紅茶……うん、美味しいですね!」
「ほんとだ! お店屋さんの紅茶みたい」
「うはぁ……カノコこんなん今まで飲んだことないんちゃうかな…そんくらい美味い!」
「でしょうね。だって、猛毒入りですもの」
思わず紅茶を吹き出す三人。
「な、何飲ませんねん自分! うげぇ! がっつり飲んでしもうたっ!」
「酷いよウォウル先輩! 何やってんのさ!」
「美羽さん、仕方ないですよ。切りましょう、ウォウル先輩を」
「何故そうなるんでしょうね。まぁ、冗談ですよ」
へらへらと笑いながら自分の座っていた席に腰掛けたウォウル。と、それと全く同じタイミングで、ほくほくと湯気を纏った綾瀬がリビングに戻ってくる。
「あら、皆様御機嫌よう」
「おや、綾瀬さんだけ、ですか?」
「私、あまり長湯は趣味じゃないんですの。自宅ならばいざ知らず、他人様のお宅で長湯するのは気が引けてしまって。あぁ、私にも紅茶を一杯くださいな」
流れる様に席に着いた綾瀬が、同じく席に着いたばかりのウォウルにそう声を掛ける。
「僕、今座ったばかりなんですけど……」
「存じてますわ」
にっこりと笑顔を溢しながら、彼女は肩にかけていたタオルで髪を撫でていた。
「ってか何々!? お風呂入ってたの!?」
呆然とそのやりとりを見ていた美羽が尋ねると、綾瀬が頷いてから三人に提案した。
「まだラナロック様、レティシア様、ミスティ様に雅羅様がいらっしゃいますわ。皆様も行ってみては如何でしょう」
「おおぅ! 正直此処までの道のりで汗かいてしもうたから、それは有難い!」
たん、と、勢いよく立ち上がったカノコがリビングを後にすべく足を運ぶ。
「じゃあ、私達もお借りしますか? お風呂」
「賛成っ! やった! 来て早速お風呂は有難いよねっ」
ベアトリーチェ、美羽もカノコ同様に席を立ち、リビングを後にする。
「出たところを右に進み、三番目の扉を開けたところから更に左に進んで、そのまた更に六番目の扉が脱衣場、ですわ」
「ありがとっ! って、めんどっ!?」
そんなリアクションを返しながら三人は、リビングで自分たちを見送るウォウル、綾瀬へと手を振って一路、浴場へと向かって行った。
一旦静寂に包まれたリビング。ふとウォウルが口を開いたのはそれからすぐ後の事だった。
「時に綾瀬さん。先程の話ですが……」
「先ほどの? あぁ、ゴンザレス様、と仰っていた」
「ええ。事情は追って話しますが、まずは一つ……。僕ね、面白い事を思いついてしまったんですよ」
ウォウルの言葉を聞き、一拍の間の後に綾瀬が笑う。静かに笑い、淹れられた紅茶を一口啜ってから、彼女は口を開いた。
「ウォウルさん。顔――悪人面になってますわよ」
「そうですか? ですがそれ、生憎と生まれつきなんでね」
二人が笑う。笑いながら、ウォウルは綾瀬に自分の作戦を話し始めるのだ。
◆
パーティと言えば――。
“豪勢な料理や飲み物”かはさて置いて、しかしパーティと称しているのにもかかわらず食べ物、飲み物があまりに品数少なくては話にならないのは事実だ。
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、自らのパートナーであるノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)とと杜守 柚(ともり・ゆず)、杜守 三月(ともり・みつき)の二人を誘い、パーティで並べる料理の材料を調達しながら、パーティの舞台となるラナロック邸へと向かっていた。彼等と共に歩いている霧丘 陽(きりおか・よう)とフィリス・ボネット(ふぃりす・ぼねっと)は、立ち寄ったスーパーで偶然にして出会い、彼等が誘って此処まで来た。と言うのが、彼等の現状の簡単な説明である。
「それにしても……僕たち急に参加しても良かったのかな。ねぇ?フィリス」
「知らねぇよ! 陽がのこのこついてきちまったんだろ?」
「構わんだろうさ。面識があろうがなかろうが、恐らくあの二人置いては些細な問題だ。それは俺たちにだって言える事で、面識がある無しだけでもそうなのだ、誘われていようがいまいが、それはもうあってないような問題なんだろうよ」
「うんうん! 何を言ってるのかわからないけど、多分そうだよねっ!」
陽とフィリスの言葉に反応したレン。彼の言葉を本当に理解していないだろうノアが笑顔で頷いた。多分、本人としては“理解していない”のではなく“理解する気がない”のだろうが。
「パーティは大人数でやった方が楽しいですしね!」
「そうそう。きっと二人が参加するの、ウォウルさんやラナロックさんも喜ぶと思うよ」
「だったら嬉しいけど」
「いや、もうなんかタダ飯が食えるってだけでこっちとしちゃあ願ったりなんだけどよ」
「フィリス……もう少し違う言い方しようよ」
「ん? いいじゃねぇかよ」
「それに……ラナロックさんのお屋敷でパーティなんでしょ? ……お屋敷で、なんて言ったらさ、やっぱりこう、もう少しお洒落してくれば良かったな、なんて思うんだよね」
「それは必要ないだろう? 俺を含めた此処にいる全員が、そんな事は考えてさえいなかったからな」
スーパーのビニール袋を両手に下げるレンは、胸を張ってそう言い放った。
「胸、張って言う事じゃないと思うけど……」
「何だノア、細かい事は気にし過ぎると負けだぞ?」
「そう、なのかな」
そんなやりとりを続けながら、しかし三月がふと何かを思い出したかの様に呟く。
「あのさ……僕ちょっと気になる事があるんだけど……」
「どうしたんですか? 三月ちゃん」
「うん。今日、泊りがけでパーティでしょ。でもさ、あの二人絡みだと、絶対何かしらが起こると思うんだよね。今まであの二人に関わっても、関わってなくても、彼等が何かしてるのって、絶対何かが起きてる時じゃない。寧ろ何もない状況に置かれてる二人を想像できないんだよね」
「確かに……大学内で見かける時でさえ、あの二人は何かを行っているし、何かに巻き込まれているな。大なり小なり、それは確実だ」
三月の言葉にレンが頷いた。
「じゃあ……今日のパーティも何かが起こるって事?」
思わず、と言う表現が本当に似合う表情で陽が言うと、全員で息を呑んだ。
「ま、まぁまぁ! 何かが起こっていたとしても、何かが起こったとしても……パーティの余興だと思って楽しめばいいですよねっ」
慌てた笑顔で言った柚の一言に、彼等が笑う。
「何かがなければ何かを起こす。それがあいつらだからな。その意気込みは確かに正しい」
「性質悪ぃなおい!」
「そうかな? 楽しいから良いと思うよー!」
フィリスのツッコミに対して、ノアが返した。屈託のない笑みは、心から楽しみにしているから、なのだろう。会話が一区切りしたのか、フィリス、ノア、柚、三月がそれぞれの買い物袋を下げながら前を歩く姿を見て、レンは隣を歩く陽へと声を掛けた。
「お前も確か、あの時に見たな」
「あの時……あぁ、病院での」
「そうだ。……ウォウルとラナ。あいつ等はあいつ等で、面倒な事があったばかりだ。ウォウルは退院してからこっち、やはりどこか元気が無い様に思うし、ラナはラナで、やはりどこか居辛そうな感じがある。それなりにこうやって楽しめる機会があるのであれば、俺たちが何か手助け出来るのであれば、それはそれで良い事、だろうよ」
「そうですよね……やっぱり、もう少し着る物気にしておけば良かったなぁ」
レンが笑う。
「まぁそれは良いさ。そうだ、先程思ったが、食材の選び方等を見てるとお前も料理をするみたいだな」
「しますよ? 結構好きなんです」
「そうか……。ならばそこで、互いにこのパーティを盛り上げればいいだろうよ」
陽は一度言葉を呑むが、すぐに笑顔になって頷いた。彼等の正面、未だに焼け、しかし静かに落ちて行く太陽が彼等の顔を茜色に染めている。
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