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リアクション
<part1 魔法鍋でハチャメチャ合成>
世界の果てまで透き通って見えそうに晴れ渡った空。そこから降り注ぐ爽やかな陽光に揺り起こされ、野山の草木が生き生きと春を謳歌していた。
ヴァイシャリー近郊にある広大な畑には、エリスの募集に応じて集まった契約者たちが立ち並んでいる。
戦士、魔術師、陰陽師など、普段は戦いに明け暮れている者たちも、今日ばかりは自然に包まれて穏やかな表情をしていた。
畑のかたわらにはエリスの貸し出した特製の魔法鍋が何十と並んでいる。幅は腕一抱えよりも少し大きく、高さは大人の腰の辺りぐらい。ピンクと黄色で彩られ、魔法鍋というよりはおままごとの道具みたいだ。
「そんじゃ、いっせーのでいくわよ」
「はい」
グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)の言葉にシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)がうなずく。
二人は各自の持ち寄った合成素材を背中に隠していた。前もって話し合いをしていないから、なにが出るか分からなくて面白い。
「いっせーのせ!」
「せ」
素材を出し合う二人。
「……なにそれ」
グラルダはシィシャの素材を見てつぶやいた。小さな鉢に植えられたサボテンだ。
「見ての通り、サボテンです。トゲトゲしているところや、中身は意外とやわらかいところが、貴女と似ているとは思いませんか」
「思わないわよ。ていうか、あたしと似てるからどうだって言うのよ。なに? もしや本当はあたしを合成したかったけど、すんでのところで踏みとどまってサボテンで妥協したとでも言うつもり?」
グラルダは詰め寄るが、シィシャは答えず、グラルダの手の中をじっと見下ろす。
「グラルダこそ、それはなんですか」
「見ての通りよ」
グラルダの持っているのは、カロリーメギド・チーズ味だった。彼女が主食とする栄養調整食品である。
グラルダは胸を張る。
「これこそ人類の叡智。三百万年の歴史が出した結論。完全栄養食。こいつがびっしりと実る様子を想像してみなさい。胸が熱くなるでしょ」
「なりません」
シィシャは無表情で斬り捨てた。黙ったままサボテンをグラルダの顔に近寄せる。
「ええい! 文句があるなら口で言え! 鬱陶しい!」
顔を反らすグラルダの鼻に、鋭い臭気が突き刺さった。
いや、そんな言葉で足らない。臭いという名の暴力。あるいは呪い。
そんなレベルの悪臭が、どこからか流れてきたのだ。
「なっ、なによこのニオイ!?」
面食らうグラルダ。
「グラルダ、まさか……」
「なんであたしを見るのよ!?」
言い合いながら悪臭の発生源を捜すと、ちょうど隣の魔法鍋の前で、芦原 郁乃(あはら・いくの)がビニール袋からドリアンとラフレシアを取り出しているところだった。
地球臭い物NO1を競っては何度も引き分けに終わっている、例のあれらである。両者は、他のいかなる悪臭物を凌駕して君臨している。
「主……、なぜよりにもよってその二つを選んだのですか……?」
蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)はハンカチで上品に鼻を覆って尋ねた。
「ほら、わたしってよく、味の好みが変わってるって言われるじゃない?」
郁乃は言って、得意気に腰に手を当てる。
「でもね、わたしだってみんなのお陰で味について詳しくなったんだよ。美味しい物を見分けるコツを教わったからね!」
「はあ。というと?」
マビノギオンはあまり期待せずに聞いた。
「ずばり! 美味しい物は臭い物が多い!」
郁乃はドヤ顔だった。世界にこれ以上ドヤっとした顔の人間がいるだろうか。マビノギオンがそう思うほどに、徹頭徹尾ドヤ顔だった。
「……主。斜めに悪化してるじゃないですか」
「そう? だってさ、納豆も、ブルーチーズも、シュールストレミングも臭いでしょ?」
「どれも人によって好みが激しく分かれる食べ物ですよね」
「だからー、ドリアンとラフレシアの合成食品も、コアなマニアに支持されるんじゃないかな?」
「死肉の臭いがするラフレシアが好きって、どれだけコアなんですか……」
マビノギオンはもはや突っ込みを入れるだけで精一杯だ。
恐れをなしたグラルダや他の契約者たちは、郁乃のそばから遠ざかっていた。
シィシャはグラルダの背中を無言でぐいぐい押して郁乃たちの方へと近づける。
「おっ、押すな! あたしになんの恨みがあるのよ!?」
「恨みはありません……ですが死んでもらいます」
「あたし死ぬの!?」
必死に押し合いっこをする二人。
郁乃がドリアンとラフレシアを魔法鍋の上で高々と掲げて呼ばわる。
「ねーねー、これってここに入れていいんだよねー!?」
グラルダは遠くから腕で丸を作った。
「よーし、入れちゃおー!」
郁乃がどぽどぽとドリアンとラフレシアを魔法鍋の中に落とす。
「ああ……」
マビノギオンは己の無力を嘆きながらそれを見守ることしかできなかった。
「うーん、なかなかみんな面白い物作りそうだな〜」
柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)はこぢんまりと腕組みして、周囲の契約者たちの様子を眺めていた。
「異様な物ができようとしておるようですな」
片倉 小十朗(かたくら・こじゅうろう)は渋い顔だ。
「よし。俺も負けてられない! 作物と甘い物を合体させてみるか!」
氷藍は魔法鍋に板チョコと椎茸を放り込んだ。不思議な霧の満たされた魔法鍋の中で板チョコと椎茸がぐるぐると回り、眩い光を放つと、ビー玉サイズの種に変わる。
「おー、できたできた! 凄いなこの鍋!」
氷藍は鍋の中に身を乗り出して種をすくい取った。
「おい、小十朗はなにを合成するんだ?」
「そうですな……、大根と棍棒か、ネギと木刀などはいかがと。天の恵みを冒涜する不逞の輩をしばき倒すには格好かと思うのですが、ね?」
小十朗はにっこりと笑った。口角は上がっているものの眼差しは凍てついている。
「どうした? なんか言葉に刺があるな」
「いえいえ、百姓というのは汗水垂らしてなんぼだと考えておりましたゆえ、少々当惑しておるだけでございますよ」
「ふーん、そっか。まあいい。次はチョコシイタケのライバルにキャラメルタケノコでも作ってみるかな。あと、キャンディとブドウも混ぜてみるか」
氷藍はキャラメルとタケノコを左右の手に持って、わくわくと鍋を見下ろした。
「さあっ、みんなでカレーセットを作るですよぅ!」
サオリ・ナガオ(さおり・ながお)は藤門 都(ふじかど・みやこ)と藤門 秀人(ふじかど・ひでと)の前で気勢を上げた。
「はい、頑張りましょう」
秀人はうなずいたが、都はなにも答えずに自分用の魔法鍋にそそくさと歩み寄る。
サオリは都の方に手を伸ばして呼びかける。
「み、都様? あの、どうして無言なんですぅ?」
魔法鍋を観察しながら返事する都。
「あ、すみません。聞こえませんでした」
「えー!? わたくし、結構大きい声で言ったですよねぇ!?」
「インドカレーなら、付け合わせはチャツネなんだけど……まぁ、福神漬けでもいいわよね。日本人だし」
都はぶつぶつとつぶやきながら、魔法鍋にダイコンとナスを放り込む。
またしても返答がなく、サオリはちょっと涙目になった。
都はできあがった種を鍋から取り出した。次はナタマメとレンコンを合成して種を作成。さっきの種と組み合わせて……を繰り返し、福神漬けの全材料を合成していく。
「わ、わたくし、負けないですぅ! 本格インドカレーを皆さんにご馳走するんですよぅ!」
サオリは気を取り直し、割り当てられた鍋に向かった。
シナモン、カルダモン、ナツメグ、クローブといったカレースパイスの材料を二つずつ順に合成していく。
「では私は、飲み物でも用意しましょうか」
秀人は魔法鍋に大根と牛乳を静かに入れた。
「うーん、いい香りだね」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はカーネーションの花弁を鼻に当て、うっとりとささやいた。
他の人間がしたらキザになりそうなポーズも、王子様然とした彼にはとても似合っている。彼の足下に広げられたブルーシートには、カーネーションに加えてプリムラ、パンジーなども積まれていた。
「これをリンゴとかけ合わせてしてみよう。美味しくて綺麗な花があれば食卓がもっと華やかになるはずだ」
「じゃー、ルカは薔薇とチョコを合成しよっかなっ。チョコは正義だし!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が声を弾ませる。
「オイラはオイラはー、これっ!」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)はてててっと魔法鍋に駆け寄り、ミニトマトと『お子様のおやつミニゼリーミックス』を投げ込んだ。勢い余って魔法鍋に転げ落ちそうになる。
「おい、危ないぞ」
夏侯 淵(かこう・えん)がクマラを後ろから抱き止めた。宙に抱き上げられ、クマラは足をばたばたさせながら舌を出す。
「ごめーん。おまえはなに作るんだにゃー?」
「俺か? 俺は酒とブドウを組み合わせてみる。あとは……、ザクロとなにかを合わせてもよいかもしれぬな」
「私は苺と苺タルトね。チェリーとチェリータルトも」
リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が唇に指を添えて言った。
クマラがむむーっと体ごと首を傾げる。
「それって同じ物じゃないのかにゃ?」
「ふふ、どうかな。できてからのお楽しみ」
リリアは意味ありげに笑った。
周囲がノリノリで合成を始める一方で、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は苦い顔。
「俺は勝手に生き物をいじくるのは好きじゃないぜ。自然のままが良くねえ?」
「自然のまま?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が鼻で笑った。
「なにをもって自然とする? 俺たちが食べている植物や家畜のほとんどが、品種改良された生き物だぞ。古代からありのままの形を保っている生き物など皆無に等しい。遺伝子操作と魔法による合成のなにが違う?」
「それはそうかもしれないけどよ。もやもやすんぜ……」
カルキノスはつぶやいた。
ルカルカは薔薇とチョコの合成を済ませ、魔法鍋から種を拾った。
離れた魔法鍋の前に主催者の姿を認め、手を振りながら呼びかける。
「ねーねー、エリスー! 相談があるんだけどー!」
「ん? なーに?」
上園 エリス(かみぞの・えりす)が走り寄ってきた。
「この鍋さ、もっと大きく改造できない?」
「もっと? なにを入れたいの?」
「それはねー、はいっ、こちらですっ!」
ルカルカはテレビショッピングみたいなノリで、魔法鍋のそばに置いていた品を手の平で指した。
小型飛空艇ヴォルケーノと、その運転席に乗ったスイカを。
カルキノスがため息をつく。
「ふう……。そんな無茶な合成、許可が出るわけが――」
「いいよっ!」
エリスは笑顔をきらめかせた。
「……いいのか」
呆れるカルキノス。
エリスは丸めた両手を顎に添えて目を輝かせる。
「なにができるか楽しみだよねっ! 改造しよしよっ!」
「わーい! 理解あるー!」
ルカルカは小躍りし、淵にも手伝わせて改造を始めた。
「うーん、なにとなにを混ぜたら美味しい物ができるんですかね?」
鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は魔法鍋の前で腕組みして悩んでいた。
「あら、あなたは美味しい物を作るつもりなんですか?」
右隣の魔法鍋で合成の準備をしているイリス・クェイン(いりす・くぇいん)が意外そうに眉を上げる。
貴仁は驚いて聞き返す。
「そういうお嬢さんは美味しくない物を作るつもりなんですか?」
「そうではないですけど。私は食虫植物と野菜をかけ合わせて、自動で外敵を捕食してくれる野菜を作ろうかと」
イリスはそう言いながら、大きなビニール袋に入れていたハエトリグサを引っ張り出した。パラミタで無闇に育った品種らしく、引き伸ばすと大人の身長より長い。
左隣の魔法鍋で作業中のアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)も話しかけてくる。
「そうそう。あんまり真面目に考えなくても、自分の好きなようにやっていいんだぜ」
「お兄さんはなにを作るんですか?」
貴仁は参考のために聞いてみた。
「まずはこれだな」
アキラは魔法鍋に打ち上げ花火を突っ込み、桜の花びらをさっと一振り入れた。
「た、食べ物ですらない?」
面食らう貴仁。
「おーよ。これが終わったら万華鏡とサボテンの合成だな。お菓子の家とカボチャもやってみるぜ」
アキラは非常に楽しそうだ。
「なるほど……。自由でいいんですね」
貴仁は感心した。
「お兄さん、その打ち上げ花火を一本譲ってもらってもいいですか?」
「いいぜ」
アキラは快諾し、打ち上げ花火を放って寄こす。
貴仁は持参した大根を魔法鍋に入れ、打ち上げ花火も差し入れた。鍋の中で素材が回るのを見ていると、なんだか魔女みたいな気分になってくる。
「さーて、なにができあがることでしょうねぇ。いーひっひっひっ」
思わず魔女っぽい笑い声が漏れてしまう貴仁だった。
「うーん……、無茶な合成をしてる人が多いわね……」
多比良 幽那(たひら・ゆうな)は耳に手を当ててつぶやいた。
合成された種の声を聞いていると、時折悲鳴のような声が混じっている。特に、飛空艇とスイカの合の子や、
打ち上げ花火と大根の合の子辺りから。
農家の人間として、無生物や動物を植物と合成するのには大反対だった。農業には植物への愛こそが重要だと感じるのだ。
これは主催者に文句を言いに行かなければ。幽那はそう思い、エリスの姿を捜した。
「ふむ、これはなかなか高度な魔法技術を用いて作られているではないか」
ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)は魔法鍋をさすりながら、上下左右からじっくりと観察していた。
「そんなに凄いの? ただの可愛いお鍋にしか見えないけどなー」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)は腰の後ろに手を組んで、ニコラの様子を見守っている。
ニコラはつやつやした顔を終夏に向けた。
「ああ。私が生前使っていた錬金術の方法論を進化させて、さらに幾つも特殊な魔法技術が混ぜてあるようだな。賢者の石を作るのは面白かったが、生物の錬成というのも興をそそられる」
「そっかー。で、なにを作る?」
「うむ。私はこの『燃える水』を入れてみるぞ。さあ、君も自由に入れたまえ!」
ニコラは燃える水の詰まった試験管を片手に、魔法鍋に向かって派手に手を振った。
「えぇー……」
「遠慮することはない。合成した『なにか』の種から育てた『なにか』を食してくれればよいだけだとも!」
「……それは私に毒味役をやれってことじゃあないかい、フラメルさんや」
「そうとも言う!」
びしっと人差し指を突き出すニコラ。
「そうとしか言わない!」
終夏も指差し返す。ぱっと見は地球外生命体とのコンタクト。仲の良い二人だった。
「ふ、分かったよ。フラメル」
終夏は首を振る。
「君が『燃える水』を入れるというならば! 私は食材売り場で買ってきたこれを入れようじゃないか!」
そうやってスーパーのレジ袋から取り出したるは、真っ赤なトマト。
それを見てニコラはしたり顔でうなずく。
「ふむ。燃える水に色を合わせたのだな!」
「違うよ!? そういう安直なのじゃなくて、もっとこう、深遠な理論と叡智に基づいて……えーい!」
弁解もめんどくさくなった終夏は魔法鍋にトマトを投げ込んだ。
「その理論とやらを後でお聞かせ願おうか!」
ニコラも魔法鍋に『燃える水』を試験管ごと入れる。
トマトと『燃える水』がぐるりと回り、真っ赤な真っ赤な種ができあがった。
「赤いね……」
「赤いな……」
二人は種をつまみ上げ、ごくりと唾を飲んだ。
今にも燃え出しそうな激しい赤。とりあえず、食用になりそうなレベルの色ではなかった。
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