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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 四章 エントランス

 刻命城のずたずたに壊れた入り口横にある壁に寄りかかったまま、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は考えていた。

(魔剣が死者を蘇らせるのか、あるいは人を救うのか。どちらにせよ重要なのは、奴らをココで止めることだ)

 アキュートは霧がかかった夜空を見上げながら、ほくそ笑む。
 昔の仕事で死者相手は飽きてしまったが、今回の敵は生者らしい。なら、多少はやる気が出るものだ。

(……クリビアも我慢できないみてえだしな――さあ、舞台へ上がろうかね)

「よ、っと」

 アキュートは戦う意思を固め、寄りかかっていた壁から身体を離す。
 いつも使っている二つの武器の調子を確認。ティグリスの鱗とユーフラテスの鱗はぼやけた月明かりを浴びて妖艶に輝く。
 どうやら武器のほうも気合が十分に入っているらしい。アキュートはそう思い、こっれから起こる戦いに思いを馳せて、少しだけ口元を吊り上げた。
 瞬間、背後から冷たい瘴気にも似たものを感じる。背筋をぞわりと冷たいものが這い上がる。

「……!」

 背後から襲う圧倒的な恐怖にアキュートの表情が凍りつく。彼は恐る恐るといった様子でゆっくりと振り返った。
 そこでは、パートナーのクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)が、大鎌を撫でながら舞台上を見つめていた。彼女は無言で、触れれば切れそうな闘気を纏いながら、金色の瞳でアキュートを見つめる。

(こ、殺される……!)

 目と目が合った瞬間、アキュートの全身の毛が逆立った。
 背筋をぞわりと這い上がる冷たい感触は、脊髄を通じて脳に本能的な命令を下す。
 ――さあ行け、いかないとここで死ぬのはお前だ、と。

「さあ、用事は済んだぜ。俺らも舞台に上がるとするか」

 アキュートは大粒の汗が吹き出た額を拭いつつ、平静を装ってクリビアにそう声をかけた。
 彼女は大鎌を撫でるのを止め、ふわりと羽毛のように柔らかな笑みを返す。
 その笑顔を見たアキュートは、安堵のため息をついて、刻命城に向けて歩き出した。

(……こっ……怖かったからじゃねえからなっ)

 一人のスキンヘッドの、心のなかでの強がりであった。

 ――――――――――

 チリチリと熱い。
 孤島に吹きすさぶ夜風は冷たいはずなのに、何処かで熱いとも感じている。
 戦いの前に起きる独特の雰囲気とでもいうべきか、その感覚を味わいながらトーマ・サイオン(とーま・さいおん)は大きく伸びをした。

「流石に二人分のフル装備は重かったぜ。でも、これで大丈夫だよな」

 伸びに合わせてポキポキと腰が鳴る。無理もない。
 彼は先ほど戦闘を行った御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の装備を運んできたのだから。
 真人は運んできてもらった装備に袖を通して、トーマに労いの言葉をかけた。

「うん、大丈夫ですよ。ありがとう、トーマ」
「へへ。よせよ、兄ちゃん。水臭いじゃないか」

 トーマは照れたように笑い、両手をぶんぶんと前で振った。
 真人は彼のその様子を目を細め穏やかに見てから、きりっと表情を引き締め刻命城を見据える。

「さあ、行きましょうか。準備はいいですか?」
「連戦にってなるから万全とは言い切れないけど、装備も交換したし、問題ないわよ」

 真人の言葉に、セルファがストレッチをしながら返事をする。
 二人の傍に歩いてきたパートナーの名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)も、刻命城に目を向けながら呟いた。

「ま、放っては置けん企みじゃ。セルファとトーマだけでは頼りなかろう。……しょうがない、わらわが手を貸すのじゃ」

 傲然と言い放つ白き詩篇に、真人は苦笑しながらありがとう、と呟いた。
 その四人は刻命城に歩き出す。共に、周りに居た契約者たちも足を進める。壊れた入り口を通り抜け、エントランスに一歩踏み入れた。
 まず、ぼやけた月明かりに照らされる外よりも何倍も強い豪華なシャンデリアの光が彼らを出迎えた。そして、次に――。

「これは……!」

 エントランスに入り次第、周囲を確認した真人が驚愕で目を見開けた。
 自分達より先に進んだ契約者も少しはいた。しかし、そのほぼ全員がエントランスで血まみれになって横たわっていたからだ。

「あーあ、また来ちまったのかい」

 気だるそうにそう呟いたのは、エントランスの中心で佇む節制の従士。
 ふくよかな肉体を包む衣服も、その両手で握る巨大な槌も、大量の返り血により汚れていた。

「そこら辺で倒れている奴らみたいになりたくなかったら今すぐ帰りな」

 節制の従士が槌を構える。それにつられて契約者達も各々の武器を身構えた。
 その契約者達の集団から抜け出して、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は賢騎士の剣の刃先を彼女に向けた。

「……と、言っても今さら聞いてはくれないか」
「……私も本当は従士さんとは戦いたくない。けど、戦わなくちゃここを通してはくれないんでしょ」

 節制の従士は大げさに肩をすくめる。

「戦いたくないだなんて優しいねぇ、お嬢ちゃん。でもま、その通りだよ。
 ……言って分からぬ相手に筋を通したいのなら、力ずくで言うことを聞かせるしかない。うちの城主様の口癖さ」

 節制の従士の言葉に、クレアは悲しげに目を伏せる。
 そして次に開かれたときには、目を険しくさせ、発する声も硬くなっていた。

「我が名はクレア・ワイズマン。ザンスカール家に仕える守護騎士なり。貴公の名はなんと申す」
「節制。名前なんてないからそう呼んでちょうだい。刻命城に使える従士の一人、節制の従士さ」

 くだけた口調とは対照的に、節制の従士の目が細められ、厳しくクレアを睨む。
 そのクレアの隣に歩を進めた日比谷 皐月(ひびや・さつき)は魔装を展開した。
 魔装『カランコエ』を真紅のマフラーとして発現、魔装『ルナティック・リープ』を膝までを覆う脚甲として顕現。
 二つの魔装は、皐月の身体能力を向上させ、戦闘の準備を整える。

「喧嘩の前に問答を重ねる趣味はねーからさ。尋常に名乗りあったんだから、テキトーに始めよう」
「はは……テキトーに、ね。まあ、お兄さんの言うとおり、さっさと始めちゃおうか」

 戦いの前だというのにゆるい皐月の言動に、節制の従士は吹き出し赤く染まった大槌を構えた。
 束の間の静寂。一番初めに動いたのは真人だ。指先がなぞるのは煌々と輝く魔法陣。魔力を込めて飛び出たのは雷の大鳥。

「俺達の目的は刻命城の企みの阻止。ならここは引き受けるので他の皆さんは先に行ってください」

 真人の言葉に周りの他の契約者は頷き、次の部屋に向けて走り出した。

「行っちまうのかい? ……そんなつれないことするんじゃないよ」

 節制の従士はこれを阻止せんと足元に力場を展開。強く蹴りだして、先へ進もうとする契約者に突っ込もうとした。が。

「あなたの相手は俺達です」

 真人が召喚していたサンダーバードを節制の従士に向けて飛翔させた。
 向かってくる雷の大鳥を、彼女は大槌で払う。しかし、その間に他の契約者は先へと進んでいった。

「邪魔するんじゃないよ、全く」

 節制の従士はあーあ、と洩らして片目を瞑り、真人を見た。
 真人は不敵な笑みを浮かべて、彼女を見据える。

「さて、あなたをここに釘付けにしないといけません。しばらくお付き合い願いますよ」
「……まあ、いいさ。先に進んでも他の従士がいるから、大丈夫だろうしね」

 節制の従士は真人に顔を向け、血に塗れた大槌を掲げた。