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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 六章 死神という名前

 刻命城、回廊。周囲を螺旋状の階段が取り付けられたこの部屋で、大鎌を構え契約者を待ち構える者が一人。
 しかし、それは死神の従士ではなく、顔を隠す兜を被った刀真。彼の行動を不思議に思った死神の従士は彼に問いかけた。

「どういうつもりだい、侵入者。君は僕と戦う気がないのか?」
「……おまえ等の方法じゃなくても城主の記憶は刻める、協力ついでにそれを証明してやる」
「協力? 僕達に?」
「ああ。今から俺が死神の従士を演じてやるよ」

 そう呟く刀真の声はどこか怒りを孕んでいて、口調も先ほどとはうって変わり乱暴だ。
 多くは語らない刀真に代わり、月夜が死神の従士に語り出した。

「私や刀真はフローラの話を聞いて貴方達は城主さんに生き返って欲しいんじゃなくて、ただもう一度会いたいんじゃないかな? って思ったの。
 ……だって、フローラは城主さんが生き返ったら何をしたいとかそういう先のこと、一言も言わないんだもん」
「確かに、そうだね。僕達は城主を生き返らせることしか考えていなかった。
 ……だからといって、僕達は戦う以外に城主のことを他の人達に刻み込む方法を知らない」

 死神の従士はどこか寂しそうな表情で、そう呟いた。
 月夜はそれを見て、柔らかな笑みを浮かべながら言葉を発した。

「貴方達がどれほど城主さんの事を想っているかって気持ちを皆に語れば良いんじゃないかな?」
「気持ちを、語る……?」
「うん。その言葉が聞いた人達の心に響いたのなら、それはもう人々の心に強くその人の記憶を刻んでいるんじゃないかな?」
「でも、聞いてくれる保証なんて……」
「聞いてくれなかったら聞いてくれるように形を変えれば良い、詩でも物語でもいくらでも方法はある……そしてどの方法でも、今よりずっと気持ちが良いよ」
「…………」

 月夜のその言葉に、死神の従士に迷いが生まれた。このままでいいのか、そんな遅すぎる迷いだった。
 しかし、その迷いが解決するより先に、回廊に多くの契約者達がやって来る。
 契約者達は顔を隠して、素顔が分からないように兜を被り、大鎌を構えている刀真を死神の従士だと思い各々の武器を構えた。

「戦う前に一つ、聞いて欲しいことがある」

 刀真は契約者達にそう言うと、一つのお話を語り出した。
 その話は、門番達とのやり取りとフローラの話からの刀真と月夜の推測。
 戦いのなかで聞かせるこの話が彼等の心に強く刻めるように、と刀真は願い、懸命に話した。
 従者が城主に抱く飽くなき忠誠心を。契約者達の心に響くよう、必死に伝えた。

「――だから、従者達の願いは、ただ大好きな想い人に会いたい、それだけなんだ」

 そこまで言い終えると、刀真は話すのを止めた。
 少なからず、刀真の思いを込めた話は契約者達に響いたようだ。
 でも、それでも――契約者達は武器を構える。彼らにも、譲れないものがあるからだ。

「…………よ」

 死神の従士の小さな呟きは、刀真には届かなかった。
 刀真は大鎌を構え、殺気看破で契約者達の攻撃の気配を探る。刀真は彼らを殺すつもりはない。ある程度手加減をして、最終的にはフローラの元へ向かわせるつもりだ。
 さらに刀真は百戦錬磨の経験から彼らの視線や構え、間合いや重心の動きと呼吸を読んでいた。が。

「もう、いいよ」

 契約者に集中し過ぎたからだろうか、刀真は背後に迫った死神の従士への対応が少し遅れた。
 死神の従士は近づくやいな、刀真の首筋に手刀を奔らせた。使い慣れていない鎌のせいか防御することが間に合わず、その攻撃は直撃。
 勇士は武器の扱いのほかに体術にも優れたクラス。もろに受けた刀真は一瞬で意識が刈り取られ、その場に崩れ落ちた。

「命をかけるのは僕達だけでいい。……君みたいないい人を、巻き込めるわけがないじゃないか」

 意識を失った刀真を優しく受け止め、死神の従士は彼をパートナーの月夜のもとへ運ぶ。

「……ここで死ぬかもしれないから。一つだけ、この協力者に伝えて欲しいことがある」
「なに?」
「君みたいな他人を思いやる優しい人には死神は似合わないって、伝えておいて」

 死神の従士のその言葉に、月夜は頷いた。
 彼はそれを見てから、優しく笑って、大鎌を拾いにいく。
 拾い上げた大鎌を片手で持ち、突然のことに呆気に取られた契約者達に礼をした。

「待たせたてしまってすまないね」
「クスクス……やっぱり。君が本物の死神の従士さん?」

 刀真が偽者だということに気がついていたのだろうか、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は不気味に笑いながら死神の従士に問いかける。

「ああ、そうだよ」
「そう。……ねぇ、早速だけど一つ質問いい? 死ってどういうものだと思う、死神さん?」

 死神の従士は少しだけ考えて、返答した。

「一般的には死ということは肉体の喪失。物理的意味で生命活動を停止することだろう?」

 死神のその答えを聞いた瞬間、ハツネの不気味な笑いは止まった。
 求めていた答えとは違ったのだろうか。まるで失望した、といわんばかりの表情で彼を睨む。
 しかし、死神の従士の話は終わっていない。ただ、と呟き彼は言葉を紡いでいく。

「ただ、これは僕個人の意見なんだけどね。死ということは精神的な意味もあると思う。
 目標を失い、ただ生きているだけなんて、亡者と一緒だから。……そう、魔剣が見つかる前の僕みたいにね」

 死神の従士のその答えを聞いた瞬間、ハツネの顔に人として歪んだ笑顔が戻る。

「クスクス……やっぱり。あなたはハツネと同類なの……クスクス」

 嬉しそうな笑い声を洩らすハツネの隣に、アルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)が足を進め隣に並ぶ。
 そしてハツネと同じよう、死神の従士に質問した。

「なら、貴方は何故、死神であるのですか?」
「なぜ死神をしているのか、か。難しい問いだね。けど、答えることは簡単だ」

 死神の従士は微笑を浮かべながら、言葉を続ける。

「それはうちの城主がそう僕に名づけたからさ」
「……そうですか。まあ、答えがどうであれ斬り捨てます」

 アルティナは厳しくそう吐き捨てると、聖剣ティルヴィング・レプリカを構えた。
 つられて死神の従士も大鎌を身構え、戦闘態勢をとる。回廊を渦巻く緊張感が、それだけでより一層と強まった。
 そんなピリピリと肌に焦げ付くような濃厚な戦いの気配が部屋を満たすのを感じて、天神山 保名(てんじんやま・やすな)は名乗りをあげた。

「呵々! 俄然やる気が出てきたのじゃ! さぁ、名乗り死合おうか!
 ――我が名は天神山保名! 白狐神拳の使い手じゃ! 主も名を名乗れい!」

 大気を震わすほどの気持ちのいい名乗りは、死神の従士の武人としての心を震わせる。
 端正な口元を吊り上げ、幼さを残した表情を引き締め、死神の従士も名乗り返した。

「名前はなく、称号は死神。刻命城が抱える従士の一人、死神の従士」

 焦りも猛りも、周囲の鳴動すら届かない。
 刻命城の従士の称号を抱く者として、退けない道がある。

「いくぞ、侵入者! 我を以て、死神が故と知れ――!!」

 その部屋に迷いを抱えていた者はもういない。
 今はただ、死神の従士としての役割を全うするのみだ。
 死神の従士はそう思い、漆黒の大鎌を抱えて床を蹴った。