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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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 まるで大海のような深い青に染め上げられた機体、それとは対照的に、海上に輝く陽光のような鮮やかな黄色に光るビーム刃とエネルギー翼を持つ機体は、手にした新式のビームサーベルをハードポイントに納刀すると、代わって別のハードポイントから高出力のライフルたるバスターライフルを取り出し、グリップをしっかりと握るとともにトリガーへと指をかける。
『霊亀、アイオーンの被害状況はいかがかしら?』
 大海のような深い青色の機体――アイオーンから柔らかく理知的な印象を受ける少女の声が響く。どうやら、機外スピーカーがコクピット内の会話を外に響かせているようだ。
『表面装甲を第一層から第六層まで貫通したけど、最終装甲まではまだ遠いから問題ないわ。攻撃の正体を念動力による力場と推測して、とりあえず新式ビームサーベルのビーム刃の腹を盾にすることで受け止めて減衰できないか試してみたのが良かったみたい。力場の種類は厳密には違うけど、それでもやっぱり力場は力場。双方をぶつければ、ある程度の相殺は可能みたいね』
 続いて聞こえてくるのは、最初にアイオーンから聞こえた少女の声よりも、更に理知的な印象を強めた別の少女の声だ。
 コクピット内で言葉のやり取りを交わしていたアイオーンは一端会話を打ち切ってD.プルガトリオを振り向くと、再びスピーカーから声を発する。
『教導団の防衛部隊を単機で圧倒するほどの敵機性能、最低でも一般のパイロットの乗るプラヴァーでは複数でも歯が立たない相手と見るべき――そう思っておりましたが、まさき単機でここまで長く渡り合えるパイロットがいらしたとは、別の意味で予想外です。これは失礼しました。私は金団長の救援要請に応じて参りました天学のシフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)。魔法は兎も角、超能力相手ならレイヴンのテストパイロットを務めた経験がありますからね。ゆえに、こちらの戦域に駆けつけた次第です。そして、こちらは――』
 そこでシフの言葉を引き継ぐように、彼女とは対照的に快活明朗な印象を受ける、元気そうな少女の声が割って入る。
『――ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)だよ! ワタシ、アイオーンのサブパイロットなんだ! さってっと〜超能力使うイコンなら普段から乗りなれてるし、負けないよ! まー、あのイコンのはBMIとは違う気がするけど』
 元気いっぱいに自己紹介したミネシア。彼女が自己紹介とともに告げた言葉に、今度は先ほどの理知的な印象の強い少女の声が相槌を打つ。
『BMIとは違う……私もそう思うわ。こんなこと私が言うのも変だけど、理由は何故だかわからない。でも、何だか違う気がしてならないのよ――失敬。申し遅れたわね。私もこの二人と同じくアイオーンのパイロットの一人、四瑞 霊亀(しずい・れいき)イコン関係の研究や整備などがもっぱらの担当よ。よろしくね。さっきからそのプラヴァーに通信で呼びかけてるんだけど反応がないみたいだったから、もしかして通信機能を損傷してるのかと思って機外スピーカーで失礼させてもらったわ。やかましかったらごめんなさいね』
 シフたちに続き、舞い降りてきたもう一機のイコンからも声が響く。
『同じく天学の斎賀 昌毅(さいが・まさき)だ。フフフ、いいね。強敵との戦いは燃えるぜ。ましてやただ耐えてるのではなく、一切の攻撃を受け付けない障壁となるとますます突破してやりたくなるぜ。なぁ、そうだろ――』
『ボクは昌毅のバックアップ担当のマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)です。そして、これがボクたちの機体――フレスヴェルグ。どうぞよろしくお願いします』
 アイオーンが深い青色の機体なら、フレスヴェルグは上品な風合いのインディブルーのアクセントが特徴的な白基調のカラーリングという機体だ。もはや原型を留めないまでにカスタムされているが、かろうじて天学仕様のクルキアータが原型機だとわかる。
『出撃前に貰った情報だとやっぱりあの障壁は超能力か魔法の類だな。それならある程度の負荷をかけてやるか集中力を乱してやれば何とかなるだろ。にしても、たった一機で圧倒できる奴が相手なんて腕がなるぜ!』
 不敵に笑う昌毅に続き、マイアも快活さの中に理知的なものを感じさせる声で言う。
『超能力だけでなく、魔法も使いこなすってのは素直に凄いですね。それだけにものすごい集中力がいるはずなので、少しの乱れで大分崩せるんじゃないでしょうか? 相手の攻撃は離れていればそんなに怖くないですから、果敢に攻めていきましょう。障壁さえ攻略してしまえば勝ったも同然ですね』
 先程からアイオーンとフレスヴェルグのパイロットたちが機外スピーカーで喋りかけてきていた理由を理解すると雲雀は、かろうじて生きているD.プルガトリオのコクピットシステムから機外スピーカーの機能を立ち上げ、マイクに向けて喋りかける。
「救援、誠に感謝であります! 自分はシャンバラ教導団秘術科所属、土御門雲雀であります!」
 相棒に対する口調とは別の、軍人らしい口調に意図的に改め、雲雀はシフたちに名乗った。その一方でサラマンディアは、雲雀とは対照的に相変わらずの口調であった。
「おう、すまねえな。俺はこのチビの相棒でサラマンディア・ヴォルテールってもんだ」
 サラマンディアが名乗った直後、アイオーンの機外スピーカーからビープ音が聞こえてくる。どうやらアイオーンとフレスヴェルグのコクピットが何かをキャッチしたようだ。
『私たち以外にも天学の通信帯域で喋ってるのがいる……?』
 何か気になることがあるような口ぶりで呟いた霊亀は、ふと雲雀たちのことを思い出したようで、機外スピーカーからの声でこう付け加えた。
『ああ、そういえばそのプラヴァーは通信機能を損傷しているんだったわね。ちょっと待ってね、今、アイオーンの機外スピーカーに繋いでそっちにも聞こえるようにするから』
 霊亀が気を利かせてそう言った直後、アイオーンの機外スピーカーからの声に、パイロットである彼女たち三人以外の声が混じり始める。アイオーンが拾った通信を、気を利かせた霊亀が機外スピーカーでコクピット外に流してくれているようだ。
『さて、戦場での情報解析と行きますか。見てろよ。絶対に弱点を暴いてやるからな! とはいえ、超能力に魔力ですか。目指しているものを目の前で見せられると少々辛いものがありますよね』
『確かに。とりわけ、あなたにとっては因縁浅からぬ題材でしょうから、その思いもひとしおでしょう。それはそうと、既に先客がいるようです――そういえばあの青い機体、どこかで見たことがあるような。あれは確か……』
 アイオーンの機外スピーカーが外に流してくれる会話は二人の人物によるもののようだ。最初に口火を切った方は真面目そうな印象の声の男、それに応じたのは勇猛そうな印象の声の女だ。
『おお。あれは俺たちと同じく天学のリンクスクロウさんが所有するジェファルコンタイプのカスタム機……アイオーンですね』
『なるほど。あの青い機体をご存じなのですね。となると、私が以前あの機体を拝見したのも、きっと天学の敷地内だったのでしょう』
『イコン開発技術と超能力開発技術の融合――彼女たちも俺たちと同じ目標に向かって研究を続けている人たちですからね。もっとも、知名度でいえば、俺たちよりも有名でしょうけど』
 真面目そうな男がシフへの敬意と自嘲気味の苦笑を口にする声が、段々とエコーがかかったように二重音声じみてくる。おおかた、アイオーンの機外スピーカーで垂れ流しているこの会話を、大元であるこの男女が乗る機体が機外マイクで拾っているのが、そのまま通信帯域に流れ出してしまっているのだろう。実に複雑な話だが、要はこの男女が乗った機体がD.プルガトリオとアイオーンのいるこの戦域まで着々と近付いているということだ。
『知らないうちに、私も随分と有名になっていたようですね。ここまで持ち上げて頂いておいて、挨拶しないわけにもいきませんもの。こちらから呼びかけてみることに致しましょう』
 小さく笑い、シフは真面目そうな男へと通信で呼びかけた。
『こんにちは。先程はお褒め頂き光栄です。こちらは、あなたがご存じのシフ・リンクスクロウです。私の方が有名だそうですが、そう仰るあなたも十分有名ですよ――天御柱学院監査委員の久我 浩一(くが・こういち)さん。それと、お話のお相手は希龍 千里(きりゅう・ちさと)さんかしら?』
 すると真面目そうな声の男――浩一が驚いたように息を呑む気配が通信を通して伝わってくる。それからほどなくして、推進機構からのエネルギー放出音とともに一機のブルースロートがアイオーンの隣に舞い降りてくる。
『ご存じ頂けているようで、こちらこそ光栄ですよ。さて、リンクスクロウさんとはじっくりお話してみたいものですが……今はそれよりも先にやることがありますからね』
『ええ。それは私たちも理解しています。ちょうど、私たちのアイオーンがジェファルコンタイプなのに対して、そちらの機体……マインドシーカーブルースロートタイプ。しかも、私たちは同じ畑の者同士――これほど連携の取りやすい組み合わせもないでしょう?』
 舞い降りてきたマインドシーカーはアイオーンからの通信に応えるように頭部パーツを小さく可動させて頷くと、イコンに限らず機動兵器に一般的なものとして搭載されている機外スピーカーとは似ているようで明らかに違う装置をハードポイントから取り出して、それを敵機へと向ける。
『ソニックブラスターを使います。巻き添えや誤射は十分考慮していますが……念の為、離れていてください』
 友軍機に向けて警告するが早いか、マインドシーカーは音響兵器であるソニックブラスターのスイッチを入れた。出力を増大された強力な音波が破壊兵器となって敵機へと襲い掛かる。
「シャンバラ教導団の土御門であります! 迂闊に攻撃しても、不可視の障壁で防御されてしまうだけであります! ここは迂闊に攻撃せず、策を――」
 焦ったようにコクピットのマイクへと叫ぶ雲雀に対し、マインドシーカー、もといその操縦席に座る浩一は落ち着き払った声音で応えた。
『不可視の障壁で防御されてしまう――承知していますよ。良いんです、それで。むしろ良いんですよ――それが』
 よほど強力な音波が放射されているのだろう。敵機の周囲に転がっていた大型の瓦礫が次々と細かく砕け、数秒前には巨大なコンクリートブロックだった瓦礫も、今では細かく粉砕されて砂のようになっている。
 だが、それほどまでに強力な広範囲攻撃をもってしても敵機は平然と、そしてどこか悠然と立っているだけだ。おそらく、被害らしい被害など何一つ受けていないだろう。
 しかしそれでもマインドシーカーは音波による攻撃を止めない。先程の落ち着き払った様子の声音といい、浩一が口にした言葉といい、それらを聞く限りでは決して意地や自棄になっているわけではないようだが……?
『なるほど……全方位をカバーするのか』
 マインドシーカーの操縦席でそう一人ごちた後、浩一は友軍機へと一斉に告げた。
『音波反射から不可視の壁の形状判断が完了しました。障壁の形状は機体の全方位をすっぽりと覆うタイプのようです、もっと簡単に言えばドーム状の障壁形状ですね。念の為、そちらの機体にも解析データを転送します』
 その報告に真っ先に反応したのは、浩一と同じく超能力分野を研究や開発におけるテーマの一つとしているシフや霊亀ではなく、意外にもサラマンディアであった。
「ちょっと待て……ドーム状だぁ? 野郎の出すけったいな壁は、まっすぐ突っ立ったまさに壁って形のはずだぜ? そもそもドームだとか何だとかみてぇに丸っこくなんかねぇ、カクカクした四角い壁だった。俺が実際にこの目で確かめたんだから間違いねえ」
 サラマンディアからの指摘にじっと耳を傾けていた浩一は、やがて得心がいったように語り始めた。
『なるほど。やはりそうではないかとは思っていましたが、これで確信が持てました。必要な時に、必要な分だけ――高効率かつ最適化された機能は俺たち技術者にとっては永遠のテーマ、まさに命題と言うべきものの一つ。それに関して、超能力が生み出す念動力の力場という不定形……言い換えれば自在かつ迅速な成形が可能なリソースは理に適っています。だからこそ、超能力を制御する技術をある程度実用可能なレベルで実現してくるだけの相手なら、そのリソースを利用してくる筈なんですよ』
『久我さんもそう思われましたか。超能力を任意に制御できる術を持つ私のような人間にしてみれば、念動力の力場は成形の自由度や成形速度に優れた素材という考え方はあながち間違っていないと思います。それに加えて、超能力に関する知識を有する人でしたら間違いなく念動力が持つ優位性を活かした運用をして当然ですものね。何から何まで、久我さんの仰る通りです』
 途中からシフも加わって何やら難しいことを語り合い出した二人の会話に、雲雀とサラマンディアはすっかり置いて行かれていた。自らが持つ超常の能力をどちらかといえば直感的に理解して使いこなしているサラマンディアはともかく、秘術科に属しそれらを理屈で理解して使っているはずの雲雀ですら、シフと浩一の語らいは半分くらいがちんぷんかんぷんだった。何が何だかさっぱり解らず、二人はやや遠慮がちに口をはさむ。
「あ、あの……お話し中大変失礼でありますが、もう少しわかりやすくお願いできるでありますか?』
「お、おう……その、あれだ。もっとカンタンな言葉で頼むぜ。小難しくて面倒臭ぇのは苦手なんでよ』
 D.プルガトリオからの声にはっとなって、アイオーンとマインドシーカーの二機が同時に振り返る。
『すみません。技術者として興味深かったもので、つい……』
『失礼しました。私もつい熱くなり過ぎたようです』
 どこか恥ずかしそうに、そしてどこかバツが悪そうに謝ると、二人は上手く分担し、雲雀とサラマンディアにも解るように噛み砕いた説明をしていく。