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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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『超能力の一つである念動力というのは、読んで字のごとく『念』じて『動』かす『力』です。ゆえに、効果の発動や発揮は意志や思考、あるいはイメージといった精神的なファクター……つまりは『気持ちの問題』が深く関わってきます』
 浩一がそう語り出すと、その言葉を引き継ぐようにしてシフが語り出す。
『だから、念動力を使う為には高密度な集中やイメージを行う為の訓練が必要ですけど、逆に言えば『気持ちの問題』である以上、意志の持ちようである程度自由に応用が利きますし、柔軟な使い方もできるんです。たとえば、単純に物理的な圧力や衝撃を対象物にかける――これが念動力の基本的な使い方ですけれど、そこから応用すれば圧力や衝撃……即ち力場を収束して刃や弾の形にしたり、それとは反対に広げて壁にしたりできるんです』
 シフが挙げた例を聞いた雲雀とサラマンディアは、先ほどの戦いで苦戦を強いられた敵機の技の数々を思い出す。通信機を通して伝わる息遣いからそれを察したシフは、二人が次の話をより理解しやすい精神状態となったのを踏まえ、更に説明を続けていく。
『意志ひとつで剣にも銃にもなる武器……いえ、武器だけに留まりません盾や鎧といった防具にも何にでもなれる装備。しかも、どんな形を取るのも一瞬で、普通の手段では欠片ほども姿が見えない――おそらく、敵が使ってきたのはそんな装備です。ですから、先程サラマンディアさんが感じ取った障壁の形と、たった今の攻撃で久我さんが割り出した障壁の形がまったく違うのもおかしいことではないんです』
 得心がいったのか、サラマンディアは自分の解釈が間違っていないことを確かめる意味合いも込めて、シフへと再び問いかける。
「っつーことは……だ。さっき俺が『見た』のと、今しがたそこの天学の兄ちゃんが『見た』形はどっちも間違っちゃいねえ――そういうこったな?」
 サラマンディアからの問いかけに、通信機から襟元の布が擦れ合う僅かな衣擦れの音が響く、きっとシフが頷いたのだろう。
『ええ。その通りです。ただ、厳密に言えば『どちらも正解である』――が正しいでしょうね』
 どうやらサラマンディアは言われた内容を完璧に理解できたようで、いつもの豪快な調子を取り戻して拳と拳を打ちつけた。
「要は普通じゃ見えない剣だの銃だのを持って、盾と一緒に鎧までガチガチに着込んでる奴を相手にしてる――そう思いやいいだけだ。なら、戦いようもあるってもんだぜェ!」
 豪快な叫び声を上げると、サラマンディアは満身創痍の身体に残された力を一点に集中し、それをコクピットから外に向けて一斉に放つ。炎の精霊である彼の力は、戦場に散らばっていた瓦礫や、流出した燃料――そうした様々な可燃物へと片っ端から火をつけていき、それらはすぐにもうもうと立ち込める濃厚な煙を立て始める。
 煙幕を焚いたような状況になりつつある中、アイオーンからミネシアの声がスピーカーを通して雲雀にかけられる。
『ねね! ひーちゃん! ひーちゃん! ひーちゃんのお友達ってあったまいーね! ワタシとおんなじコト考え付いたみたいだよ!』
 アイオーンも手にしたバスターライフルによる銃撃で周囲の瓦礫を爆散させ、サラマンディアと同じように周囲の物を利用した煙幕を焚いていく。
 先程からの圧倒的な戦力差を鑑みればこの煙幕作戦も、サラマンディアたちがせいぜい悪あがきしている程度にしか見えない。だが、予想に反して敵機の反応は大きかった。この敵機なら今まで通り平然として、それどころか無視していても大丈夫そうなものだが、まるで焦ったように動き出すと両脚を激しく動かし、走る姿を始めて見せる。
 懐に踏み込むようにしてD.プルガトリオに駆け寄ると、何かを掴むようにして左手を握り、続いて何かを振り下ろすように左腕を動かして見せる。一連のそうした動きは、あたかもパントマイムのようだ。
 敵機の動きは不可解極まりない、だが、サラマンディアは一瞬の迷いもなく、アクセルペダルを踏み、操縦桿を右に倒した。
「ッとォ! よォく見えてんぜェ!」
 まるで雄叫びのように威勢が良いサラマンディアの声ととともに、D.プルガトリオも最後の力を振り絞って右側方へとスライドする。それに遅れること0コンマ数秒後、D.プルガトリオの立っていた場所がまるで地割れでもしたかのように突如として断ち割れた。そして、敵機の左手周辺では、そこだけ煙幕の流れや濃さが変わっており、そこだけ違う煙幕はさながら刀剣のような陰影を形作っている。
 不可視の斬撃を避けられた敵機は、D.プルガトリオを追撃しようと、今度は例の『コイントス』の形に左手を握る。
『センサーですら検知が難しくても、煙幕の中でなら簡単に目視できる――意外と盲点だったわ。あ、目視できるのに『盲点』とはこれいかに――ね』
 続いて口を開いたのはアイオーンの霊亀だ。冗談を挟む余裕が出てきたあたり、ここに来て流れは敵機側から教導団側に変わりつつあるのかもしれない。当の霊亀はメインカメラからの映像で目視したのだろう。すぐさま機外スピーカーでD.プルガトリオへと警告する。
『敵機左手上部に球状に収束した小型の力場を確認したわ。さっきのが不可視の剣だとすれば、さしずめこれは『不可視の指弾』といったところかしら――避けて、サラマンディア!』
 霊亀からのアドバイスを受けて、サラマンディアは再度ペダルとレバーを素早く動かした。反復横跳びの要領で、前回とは逆に左側方へと飛び退いたD.プルガトリオの背後で、ある程度原型を留めたまま建っていた施設の残骸が音を立てて倒壊する。
「ハッ、どこ狙ってんだよヘタクソが!」
 小気味の良いサラマンディアの軽口に激昂したかのように、敵機は二発目、三発目と次々に指弾を飛ばしてくる。それに対し、雲雀とサラマンディアは卓越した操縦技術と兵士としての経験を活かし、機能停止寸前まで低下した機体のパフォーマンスを強引にカバーしていた。煙幕を利用して指弾をおぼろげながらも目視したD.プルガトリオは反復横跳びの要領で次々と指弾を避け続け、更には敵機との距離を再び詰めつつある。
『今度は見えんだから遠慮はいらねえ! 腕が無くたって頭突きがあらぁ! そのけったいな壁をかいくぐってブチかましてやるぜ!』
 豪快を通り越して、もはや獰猛とすら言える叫び声を機外スピーカーから上げ、サラマンディアはアクセルを力強く踏み込んだ。だが、結果は予想外のものであった。
 弱った足腰で立て続けに反復横跳びをしたのが祟ったのか、D.プルガトリオの脚部パーツは動作不良を起こし、突撃を敢行しようとした機体は後方へ倒れ込むようにして盛大に転倒する。その派手な転倒ぶりはまるで、バナナの皮が落ちていたのをうっかり踏み、滑って転んだかのようだ。
「うぇっ!?」
「うぉっ!?」
 突撃しようとして派手にすっ転ぶという予想外の事態に、雲雀とサラマンディアの口からは揃って変な声が出てしまう。
 機体の構造材が極限まで披露しているにも関わらず背部フレーム――人間で言えば背骨に当たる部分が、偶然にも折れなかったのは運が良かったとしか言いようがない。そして、偶然はそれだけではなかった。盛大にひっくり返ったD.プルガトリオの足先は敵機が纏うローブ状の装甲にぶつかったのだ。
 おそらく不可視の障壁で凄まじい防御力を確保できているであろう関係から、元々ローブ状の装甲が薄く伸ばした金属によって成形されていることもあったのだろう。D.プルガトリオの足先がぶつかったローブ状装甲の裾は、まるで縦列駐車に失敗した自動車のように大きくへこんでいた。
「……痛てて。おい、サラマンディア……生きてるか?」
 すっ転んだD.プルガトリオのコクピットで後頭部をさすりながら雲雀はサラマンディアに問いかける。
「ああ、何とかな。しっかし見てみやがれ、あの野郎が引っかけてる趣味の悪い一張羅が台無しだぜ」
 軽口を叩きながら笑い、サラマンディアが言うと、雲雀も同じように笑いを浮かべながら軽口を叩く。
「だな。ありゃあ板金七万円コースは確定だろうよ。にしても、流石はあたしたちの機体だ。元ヤンのあたしから見ても立派な、まさにマジモンのケンカキックだったぜ」
 それがおかしかったのか、D.プルガトリオを立ち上がらせながら二人はコクピットで笑い合う。しかし、その一部始終を見ていたアイオーンとマインドシーカーのコクピットでは、パイロットたちが皆揃って絶句していた。
『キックが……当たった……?』
『どういう……こと……? 障壁が、発動しない……なんて?』
『こいつはたまげた……しっかし、どうしてなんだ?』
 浩一とシフ、そして昌毅。困惑に揺れる三人の声が、友軍の通信帯域を震わせるのだった。