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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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第六章:分析担当
「五カ所同時攻撃はともかく、各地に一機ずつ……というのは不自然。が、そこには何かの意図があるはず」
 教導団本校。
 集まった分析要員と、各地からの映像を映し出すモニターがずらりと並んだ光景を見ながら、歩兵科所属クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)大尉は重々しく呟いた。
 正確には教導団本校のすぐ前の空き地に機材を持ち込み、大型トレーラーを指揮車として急遽設営された特設対策本部――ではあるが。
 なお、特設対策本部の設営はクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)少尉の提案だ。
 ――教導団は軍事施設だから一般人の立ち入りは禁止。緊急事態だからこそ他校生を作戦本部に入れてはならない、内通して下さいと言う様な物だし、団長の暗殺すら可能だからだ。
 という提案が聞き入れられ、教導団本校は急遽司令部として特設対策本部を設営したのだ。
 当のクローラはというと、前回の工場襲撃には内通者が存在した。敵は同じ組織。なら今回も『教導本部に内通者が居る』のでは――そう推察し、相棒のセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)とともに調査へと向かっている。
「なぜ、5カ所もの場所に、1機ずつで攻撃してきたのか。もちろんその戦闘力に自信があってのことだろう。が、『できるからやる』は軍事ではない。そうする事に何らかの意味があるはずだ」
 頭の中でいくつもの仮説が曖昧模糊としたまま、具体的な形を成さずに混じり合い、分裂し、また混じり合うのを繰り返していく中、まだ取りとめのない断片でしかない情報をなんとか形にしようと、クレアは取りあえず判明している事実を基に、頭の中で渦巻く断片をつなぎ合わせたものを口に出して考えてみる。
「五カ所もの施設を破壊されては大打撃……には違いないが。そのこと自体が決定的かといわれればそうでもない。いくら強かろうと、施設を破壊はできても占拠できるわけではない。各施設にある機密狙いだとしたら,破壊のようすがずさんすぎる。奇襲ということであれば、五機の戦力を集中させればもっと重要な施設でも潰せる。高機動型あたりはともかく、火力型や防御型は『帰り』を考慮しているのか? ……それらを考えると――敵の行動は、あれだけ強力でありながらも、デモンストレーションにすぎないようにも見える」
 すると、クレアのその自問に対して問いかける声がかけられる。
「デモンストレーション……ですか?」
 声をかけてきたのは彼女の仲間の一人であるハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)だ。
「ああ。そうだ。少なくとも現時点では考えられる可能性は二つ――」
 ハンスからの問いかけに答えながら、クレアは指を二つ立てて見せる。
「まず可能性1だが、この戦闘はめくらましであり,敵パイロットが機体を捨ててこちら……たとえば救護所などに紛れ込む。軍人については所属確認もできるが、避難民としてだとそれも難しい。念の為、既に現場には注意を促してあるが、過信は禁物だろう」
 立てた二本の指のうち、一本を曲げてから、クレアは次の可能性を唇に上らせた。
「次に可能性2だ。この攻撃を世界に配信することで、他勢力を煽る――などが考えられるだろうか」
 話しながら立てていたもう一本も曲げ、口を閉じたクレアに代わり、それを受けてハンスが口を開く。
「では、敵のデモンストレーションが他の勢力に与える影響を抑えるために、敵を1機でも倒す――自爆させたり、鹵獲するなどできた場合、『残された部分を解析して、技術の利用が可能になった』と情報を広めましょう――本当にそれが可能かどうかは関係なく」
 ハンスからの提案に、クレアはただ黙って真剣に聞き入っていた。もとよりクレアがハンスを信頼しているというのもあるが、それだけではなく、ハンスの提案は優秀な軍人であるクレアが思わず聞き入ってしまうほどの優れた着眼と着想の賜物であった。
「敵側は高い技術はあっても、人員などを含む戦力そのものは少なそうですから。『技術の差』さえ埋めたふりをすれば、一時的には今件の印象度を抑えられます。何にせよ、この攻撃そのものが本命の攻撃ではないことは疑い用も無く。むしろ、あれだけの戦闘力を持つ機体ですら捨て駒、くらいに思っておいてちょうどいいのかもしれません」
 二人の会話が一段落したのを見計らい、新たに声がかけられる。
「成程。一理あるな」
 たった一言。それだけでこの司令部内に満ちていた場の空気が一瞬にして引き締まった、もとい、声の主の放つ存在感一色へと完全に変化した。そのことからも、声の主が放つ存在感は壮大なものであることが伺える。
「団長、状況は以前として危機的です」
 姿勢を正し、声の主――金 鋭峰(じん・るいふぉん)へと直立不動の姿勢で最敬礼するクレア。その横に立つハンスも同様に姿勢を正して最敬礼する。二人だけではない、この場に集った団員の全てが直立不動の姿勢で最敬礼していた。
 金鋭峰団長が現れた――ただそれだけのことで、この場の士気は何倍にも高まったように感じられるが、それもあながち間違いではないだろう。
 クレアとハンスの二人に答礼すると、鋭峰はクレアを真正面から見据えて口を開く。鋭峰の視線を真っ向から受けて、冷静なクレアですら緊張で微かに震えているようだ。
「クレア・シュミット大尉」
 鋭峰からの呼びかけに、クレアは直立不動のまま、通りの良い声で応えた。心なしか、クレアの声はあまりの緊張で上ずっているようにも思える。
「は! 何でありましょうか!」
 クレアの返事に一度頷くと、鋭峰は彼女へと問いかけた。
「当該事案は教導団にとって緊急事態であることにもはや疑いの余地はない。しかし、だ。私は教導団の総司令であり、それゆえに教導団全体の指揮を執らねばならない。本来ならば私自らがこの対策本部の指揮を執りたいところではあるが、私は総司令として教導団全体――この事案への対処に関わっている者たち以外も含めた教導団全体の指揮を執るという役目がある。そこでだ、クレア大尉。この対策本部の司令を君たち部下の誰かに委任しようと考えている。誰か適任に心当たりはあるか? もしなければ、君自身への委任もやぶさかではないが?」
 このような形で鋭峰が意見を求めてきた――それはクレアにとって光栄であると同時に凄まじい重圧を伴う緊張感を引き起こすものであった。なにせ、クレアという部下を鋭峰が信頼していなければ、このような形で意見を求めるようなことはないのだから。いわば、鋭峰からの信頼の証というべきことである。
 教導団の大尉として、そして、一軍人としてこの申し出には自らが立候補したい気持ちもある。だがしかしながら、教導団全体の利益を考え、もっと相応しい人物を推挙するべきだ――クレアはそう判断した。そして、クレアにはその人物に心当たりがある。
「団長、お言葉ですが、私――クレア・シュミット大尉は辞退致します。代わりまして、最も適材と言える人物――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)中尉を推挙致します」
「ルカルカ・ルー中尉か?」
 問い返す鋭峰に、クレアははっきりと頷いた。
「はい。本来ならばこの場において最も階級の高い――大尉である私か、マキャフリー大尉が指揮を執るのが妥当であることは重々承知しております。しかし、司令官としての実務経験で言えばルー中尉の方が豊富です。よって、ルー中尉が最適であると判断致しました」
 はっきりと言い切るクレアの言葉に、すぐ近くで話を聞いていたルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)もそれに同調する。
「オレもそれに賛成ですよ。確かに、団長を除けばここにいる中で階級が一番上の大尉にあたる人間……クレアやオレが指揮を執るのが本来ならば妥当ですがね、生憎とオレは事務仕事専門なもんで。実戦現場で指揮を執ることにかけちゃ、ルカルカの奴が一番慣れてるってのはクレアの言う通りです。だから、ついでに言っちまいますけど、オレも辞退させてもらいますよ。オレみたいな事務屋は、裏方としてサポートしてんのが性に合ってるんで」
 大尉二人からの意見を聞き、考え込むように頷いた鋭峰に、クレアは更に付け加えた。
「現に、ルー中尉の呼びかけで教導団はもとより、他学園からの協力者も含めた連携ネットワークが形成されています。五機の未確認機による施設の襲撃が発生し、急行指令が緊急発令されてから殆ど経たないうちに連絡を取り終え、連携体制を構築してみせたことからも、ルー中尉を司令とするのが妥当な判断であると、僭越ながら進言致します」
「ま、他にも付け加えとくとすれば、崑崙での戦いじゃ六百人の部隊の指揮を執り、第七龍騎士団と戦った時にはイコン部隊を動かしてそれを退かせ、しかも第二龍騎士団も砦ごと圧壊させたとか、それ以外にも最終決戦の大一番に違いない戦いで総指揮を担ったこともあるそうで――ま、伝説には事欠かない軍人ってことですよ。だから、今回もルー中尉に任せておけば大丈夫だとは思いますがね」
 クレアとルースからの進言を受けて、鋭峰は大きく一度頷くと、分析要因と情報交換の為に言葉を交わしていたルカルカを呼び寄せた。
「ルカルカ・ルー中尉」
 鋭峰直々に名前を呼ばれ、ルカルカはまるで雷に打たれたかのようにびくりと反応すると、即座に鋭峰のもとへと駆けつけ、直立不動の姿勢とともに最敬礼する。
「ルカルカ・ルー中尉、ただいま参上致しました!」
 最敬礼で直立不動するルカルカに向けて、鋭峰は静かに告げる。
「シャンバラ教導団機甲科所属ルカルカ・ルー中尉、現時刻をもって当該司令部の指揮権を貴官に移譲する。これより貴官の判断で指揮を執れ。以上だ」
 鋭峰から直々に命じられた大任を前に、ルカルカは再び姿勢を正して直立不動の姿勢を取ると、最敬礼とともに心からの言葉で応える。
「僭越ですが、このルカルカ・ルー中尉、身命を賭して拝命致します」
「ルカルカ中尉。君には期待している」
 良い返事に満足そうな頷きを返すと、鋭峰はルカルカにその一言を告げて去って行った。
「は! ルカルカ・ルー中尉、身命を賭して本作戦を指揮致します!」
 三度目の直立不動と最敬礼をしながら、ルカルカはやはり心からその言葉を口にする。鋭峰が完全に退出し、その姿が全く見えなくなるまでルカルカは直立不動で最敬礼したまま、鋭峰の後姿を瞬き一つせずに見送っていた。
 今回の作戦に対し、ルカルカはひとかたならぬ思いがあった。
 対処に急行する旨の緊急指令を受けた際、団長の言葉と施設の映像が彼女の中でスパークしたのだ。
 ――私の全てを賭そう。信頼する皆と共に、守り退け救う為に!
 そして、彼女はそう自らに誓ったのだ。
 司令の大任を命ぜられたことで、その誓いを新たにしたルカルカは、凛々しく引き締まった顔で対策本部の中央に立ち、そこに集まっている仲間たちへ向けて威風堂々と告げた。
「現時刻をもって私――シャンバラ教導団機甲科所属ルカルカ・ルー中尉が今件の指揮を執ることになったわ。この未曾有の危機に対し、信頼する皆と共に、守り退け救う為に私は全力を尽くす! ――だからみんな、力を貸して!」
 ルカルカが威風堂々と言い放った直後、場は水を打ったような静寂に包まれる。やがてそれから一人、また一人とルカルカの言葉を聞いていた仲間が立ち上がると、彼等は鋭峰に向けて行ったのと同じ、姿勢を正した直立不動の恰好からの最敬礼をし始めた。
 最初は数人だったそれはすぐに十数人となり、やがてその場に集まった全員がルカルカに向けて直立不動での最敬礼を送る。
「みんな……有難う……」
 感極まって涙ぐみそうになるのを必死に堪え、ルカルカはその一言だけを絞り出すように呟いた。
 最敬礼を送る仲間たちはがルカルカが涙を堪えきるまで待っている間、再び静寂が訪れる。ややあってその静寂を破ったのは空圧式の自動ドアが開いて特設対策本部に誰かが入ってくる音だった。
「お邪魔だったかしら?」
「……」
 自動ドアから入ってきたのは腰まである朱色のロングストレートヘアーに黒地に紅いラインの入ったボディースーツ、そしてその上に白衣を羽織るという扇情的な恰好をした女性と、彼女を護衛するように背後から付き従う、頭頂部から爪先までを黒い全身装甲に包んだ大柄な人物だった。白衣の女性が軽く微笑んで問いかけてきたのに対し、黒い全身装甲の人物は一言も発しない。
「いえ、大丈夫。あなたは?」
 気持ちを切り替えるのを兼ね、首を振って目元に浮かんでいた涙を吹き飛ばすと、ルカルカは指揮官の顔になって白衣の女性に問いかけた。
「これは失礼しました。私は水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)と申します。敵の新型をじっくり調べてみたくて天御柱学院から来ました。オペ子というよりは技術屋、分析やデータ収集が本業なので、未知の敵と戦う上での分析作業で協力できると思いましてね。それと彼は鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)。まぁ、私の護衛みたいなものと思って頂ければ。とにもかくにも、どうぞよろしくお願いします」
「……」
 そう言って睡蓮がにこやかに微笑み、握手するべく右手をルカルカに差し出す一方、黒い全身装甲の人物――九頭切丸はやはり一言も喋らないが、注意して見ていると僅かに首を頷くように動かす。きっと、それが彼なりの『よろしく頼む』という意思表示なのだろう。
 握手を交わしながら、ルカルカはすぐに睡蓮へと指示を出していく。
「本作戦の指揮官を担当するルカルカー・ルー中尉よ。こちらこそよろしく頼むわね。早速だけど、睡蓮にはその端末を使ってもらうわ。九頭切丸は――」
「了解しました。それと、彼のことはお構いなく。彼のサイズに合う椅子はなかなかありませんし、小さな椅子にこじんまりと座っているよりは、立っている方が楽みたいですから」
 ルカルカに指示された通りの端末に座る睡蓮。その背後には黙って立つ九頭切丸が控える。
「本当に敵かどうかはさておき、どこからあんなものを引っ張り出してきたのか興味があります。あれだけの技術をどこで仕入れてくるのでしょうね」
 与えられた席で、備え付けのヘッドセットを装着しながら睡蓮は誰にともなく言う。そして、それに続く言葉を心の中だけで一人ごちる。
(まあ、もしかすると私の知った人かも知れませんが)
 心の声はおくびにも出さず、睡蓮は席に設置された端末のキーボードを叩き、既に入っている情報を確認しながら、司令席に座ったルカルカへと顔を向ける。
「中尉さん、ユニークな機体だけに墜とすのが少々惜しいですが……ともあれ、敵機体を分析しつつオペレーションしたいのですけれど、それに関しては他の方と意見をあわせつつ指示を送りましょうか? また各機体の戦闘中の挙動を分析、移動パターン・コース、攻撃射線を割り出しを行いたいのですけれど、始めてもよろしいでしょうか?」
 手際の良い睡蓮の段取りに感心しながら、ルカルカは大きく頷いた。
「オペレートに関してはそれなりに実務経験があるとお見受けしたわ。それに技術者としての造詣も深いでしょうから、まずは睡蓮自身の所見を聞かせて頂戴」
 端末の前に置かれた回転式の椅子を半回転させ、身体ごとルカルカに向き直った睡蓮が、片手でキーボードを叩いて既に入っている敵機のリストをスライドさせながら説明を開始しようとした時だった。
「失礼、説明の途中で口を挟んで申し訳ないが、少々よろしいだろうか?」
 睡蓮が説明を始めるのに先んじて声を発したのはクレアだ。睡蓮と同じくオペレーター席に座っていた彼女はルカルカに向き直ると、背筋を伸ばして姿勢を正した上で立ち上がる。
「ルー中尉、いや……ルー司令。今後オペレートを行う上で敵機を呼称することは頻繁にあると思われる。よって、早い段階でコードネームを決定しておきたいのだが、よろしいか?」
 クレアからの提案にルカルカは数秒の間ではあるが高密度に熟考した後、即断即決する。
「許可します。ただちにその提案を受理するわ。コードネームに関して、クレア大尉は何か案が?」
 提案を受け入れたルカルカからの問いかけに、クレアはしっかりと頷いた。
「提案の許可、感謝する。既にコードネーム案は五機とも用意してある。もし問題がなければすぐにでも採用して頂きたく、併せて上申する次第だ」
 淀みなくすらすらと告げていくクレアに頷き返しながら、ルカルカはクレアをしっかりと見据え、次いで対策本部内に集った他の面々を見渡した後、再びクレアへと目線を戻してこう告げる。
「それも許可します。それと、この機会を利用し、改めて情報の共有化を行うわ。クレア大尉、コードネームの発表と併せて各機体の説明をお願い」