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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

 未舗装の荒れ地の典型例である荒野のど真ん中にも関わらず、まるで舗装道路上を走っているかのようなスピードで突っ込んでくる大型輸送用トラックは、真っ直ぐに戦場へと向かっていく。
 敵機もすぐにそれに気づいたのか、今も破壊活動を続けていた施設に背にしてトラックへと向き直ると、躊躇なく両肩部、両腰部、そして両脚部のミサイルポッドから各種ミサイルを一斉掃射する。
『あぁら、熱烈な歓迎ねぇん』
 トラックの走行音とミサイルの発射音に続き、ヒラニプラの荒野に青年の声が響き渡った。
 妖艶な女性のような口調だが、その声質は逞しい男のそれだ。おそらく車外スピーカーを入れたまま走っていたのだろう。その後もスピーカーを通して車内のものと思しき音がヒラニプラの荒野に流れ出していた。
 一斉掃射されたミサイルは遮蔽物の一切ない荒野の最中に、ただ一つだけ存在する標的であるトラックへと一発の例外もなく殺到する。
「まずい……すぐにUターン――ダメ……間に合わないっ……!」
 トラックに殺到するミサイル群を見ながら、ローザマリアは思わず絶叫していた。当のトラックは殺到する膨大な量のミサイル群れを前にしても些かも速度を緩めずに走行を続けており、まさに無数のミサイル群に真正面から突っ込む形だ。
『ここまでの熱烈な歓迎……嫌いじゃないわ――行くぜオラァッ! かかって来いやァッ!』
 相変わらずの妖艶な女性を思わせる口調での呟きは半ばから荒々しく野性的な男の口調に変わり、それに伴ってトラックはトップスピードでミサイル群に突っ込む。次の瞬間に繰り広げられた光景は、再びローザマリアを絶叫されるには十分だった。
「ウソでしょ……そんなバカな……っ!」
 殺到するミサイル群の中で、まずトラックに襲い掛かったのは速度で他に勝るマイクロミサイルだ。ホーミングミサイルと多弾頭ミサイルの群れよりも一足先にマイクロミサイルの群れが着弾する瞬間、トラックはトップスピードのままハンドルを切った。
 トップスピードでの走行中、しかも路面は未舗装の悪路。にも関わらず強引にハンドルを切るなど、普通ならば操縦不能になってスピンしてもおかしくはない。だが、トラックのドライバーは常人を遥かに凌駕するドライビングテクニックで車体の操縦を維持したまま、スピンすることなく急角度で曲がり切ってのけたのだ。直後、一瞬前までトラックが走っていた軌道をマイクロミサイルが直撃する。直前でカーブしていたトラックに被害は――ない。
『ッシャオラァ! まず一発ッ!』
 マイクロミサイルは速度で他のミサイルに圧倒的に勝るとはいえ、ひきかえにホーミングミサイルのような追尾性や多弾頭ミサイルのような広範囲攻撃力は持たない。ゆえに、飛来する弾頭に反応し、間に合うタイミングでハンドルを切れば、マイクロミサイルの弾道が直線的なものである以上は回避が可能なのだ。ただし、『理論上は』という前置きがつくが。
 実際には机上の空論であるはずの回避。このトラックのドライバーはそれを実際にやってのけたのだ。
 同様の手段でマイクロミサイルをすべて回避し終え、未だ無事に走り続けるトラックに、今度はホーミングミサイルの群れが迫る。だが、ドライバーはまたも尋常ならざるドライビングテクニックを駆使してそれを回避しにかかる。
 小規模な岩山や巨大な岩塊のすぐ横――それこそ数センチあるいは数ミリの所をスレスレで走り抜けることによってトラックは自分を追尾してきたホーミングミサイルをすぐ横の岩山や岩塊へとぶつけていく。信じられないことに、岩のすぐ近くを通り抜ける際にもトラックはスピードを落としていなかった。むしろ、ミサイルの電子装置を騙すべく、時には更にスピードを上げてさえいる。
 トラックを追うことに集中し過ぎたホーミングミサイルは次から次へと岩山や岩塊へと激突し木端微塵に爆発していく。ほぼ全てがそうして木端微塵になり、唯一の例外は岩山の中腹に突き刺さったまま噴射が止まってしまった一発の不発弾のみだ。
『どしたどしたァッ! その程度じゃこちとらのタマは取れやしねェッてんだよ!』
 マイクロミサイルとホーミングミサイルの群を難なく潜り抜けたトラックへと最後の関門とばかりに多弾頭ミサイルの群れが迫る。ひとたび分裂すれば、辺り一面をおびただしい量のミサイルが埋め尽くすことになる。分裂した弾頭はマイクロミサイルの時のようにカーブしたところですべてを避けきれず、ホーミングミサイルにしたように障害物のすぐ横を通り抜けようとすれば『面』の制圧によって障害物ごとトラックが破壊されてしまうだろう。
 先程からの絶技――否、もはやそれすらも超越したさながら魔技と言うべきドライビングテクニックにすっかり見入っていたローザマリアは、三度絶叫することになった。
「そんな……無茶よ……っ!」
 スコープ越しにその一部始終を見守るローザマリアが思わず声を上げたのも無理はない。なんと、トラックはこの状況にあって更に加速したのだ。
 まるで不可視の巨人に後ろから蹴飛ばされたように急加速したトラックは一気に多弾頭ミサイルの直前へと到達する。そして、一見無謀に見えるこの機動こそがドライバーの作戦だったのだ。
 元来、このトラックは直接的な戦闘ではなく支援支援を目的とする車両であるが、一応、申し訳程度の護身用に武器がついてはいる。だが、やはりそれは『一応』であり『申し訳』程度の武器。威力も精度も、そして有効射程も最初から直接的な戦闘を想定して設計された兵器に搭載されている武器には及ぶべくもない。
 そうであるがゆえに、拡散する多弾頭ミサイルの数々をすべて迎撃しきるなど到底無理だ。しかしながら、トラックのドライバーはそんな武器しかないにも関わらず敢えて加速したのだ。そして、一気に距離を詰めた今であれば、一応装備された申し訳程度の武器に過ぎない精度と射程でも高速で飛行するミサイルに命中させることも可能なら、その程度の威力でもミサイルを撃墜することが可能だ。
『オラオラオラァッ! 上等だコラァ! 全弾まとめてハタキ落としたらァ!』
 加えて、急加速によってトラックは分裂前に多弾頭ミサイルとの距離を詰めることに成功していた。その好機を逃さず、トラックに搭載された護身用の機銃は多弾頭ミサイルが分裂シークエンスを完了する前に全てを撃墜していく。これならば、たとえ護身用の機銃であってもすべてのミサイルを一発も撃ち漏らすことなく、完璧に迎撃しきれるのだ。
「……ねぇ……誰か……冗談だって言って……」
 もはや唖然とするしかないローザマリアが見守る中、信じられないことにすべてのミサイルを撃墜しきってしまったトラックはやはり些かもブレーキを踏むことなく敵機へと突進していく。
 流石にミサイルを全弾撃墜されるとは予想だにしなかったのだろう。どこか慌てたような様子で敵機は足部のキャタピラをフル稼働して全速力でトラックへと向かってくる。スコープ越しに見える機影はまだ小さいが、胸の前を開けるように両手を広げながらキャタピラで走っているあたり、胸部に二門装備されたガトリングガンでトラックを仕留めにかかるつもりらしい。ミサイルよりも威力で劣るとはいえ、弾速が速く広範囲をカバーできるガトリングガンを使うのは有効な戦術だ。
 迫るトラックに向けて敵機の胸部でガトリングガンが火を吹いた。それに対し、トラックは戦車ほどではないにしろ軍用車特有の装甲による防御力に任せて正面から突っ込み、機銃弾の掃射を浴びるのも構わずに敵機へと突撃する。
『戦車のような砲塔が無かろうがァ! イコンのような手足が無かろうがァ! 輸送車だって正真正銘の陸戦兵器なんだコノヤロー! 輸送車舐めんじゃねェぞコラァ!』
 そしてなんと、またも信じられないことにトラックはガトリングガン二門による濃厚な弾幕を正面から突破しきってしまったのだ。そればかりか敵機の懐へと入ると、大型車両とは思えない小刻みなカーブの連発で足元を走り回る。
 足元――機体の真下は敵機にとって死角とならざるを得ない場所だったらしい。その強すぎる威力ゆえに至近距離の相手に使えば自分もとばっちりを受けるミサイルや、そもそも身の丈ほどもある長銃身ゆえに懐に入ってきた相手には銃口が向けられないアンチマテリアルライフル、そして胸部という位置と銃身の角度の関係上、真下の相手には当たらないガトリングガン。今や、トラックは全身武器庫という表現すら過言でないほど敵機に搭載された大量の重火器をすべて封殺していた。
 おまけに機体の特性上、足が付いているとはいえ、その移動方法は足を踏み出しての歩行や走行ではなく、キャタピラを駆動して走行するそのスタイルは人型機動兵器の走り方というより車両に近い。これを前提に設計されているせいか、敵機の足部は足を上げたり踏み出したりといった動作にあまり適していないようだ。それゆえに、足元を動き回る敵を踏み潰したり蹴り飛ばしたりといった、人間的な足の使い方がなかなかできず、それもトラックに好き放題を許している一因だった。
 だが、いつまでも同じ手が通用する相手とも思えない――ローザマリアがそう懸念した時だった。グレイゴースト?のサブパイロットシートのコンソールが拾ったのだろうか、友軍機の無線を伝ってきた音声がスピーカーから流れ出す。
『行けるな、ハル?』
『うん。使えるのは一度切り……任せたよカノエくん』
 その会話が交わされた直後、猛スピードでソルティミラージュの機影が敵機とトラックが戦いを繰り広げているエリアに向けて飛行してくる。とはいえ、ソルティミラージュの損傷が酷いのは遠目にも明らかだ。あちこちの装甲版は脱落し、配線の所々がスパークしている。
 ソルティミラージュの接近に気づいた敵機は150mmライフルを構えて迎撃を試みるも、足元を走り回るトラックにかく乱されているせいで今一つ正確な狙いがつけられない。超音速で飛来する150mm弾を紙一重でかわしながら、なおも距離を詰めてくるソルティミラージュ。
 いい加減業を煮やした敵機はアンチマテリアルライフルを下ろすと、両肩部のハッチを開いて大量のホーミングミサイルを一斉掃射しにかかる。
『ミサイル射出タイミング把握、巡航速度把握、ガトリングガン射角把握、近接時クロー有効範囲形状より予測、有効機動パターンK1〜B2入力、ルート計算、タイミング算出、ミサイル発射から5秒以内に近接攻撃……出来たー!!』
 ハルの声にコンソールを高速で叩く音が入り混じる。どうやら、機動ルートの算出を完了したらしい。
『あいよ……行くぜ、ハル』
 糸のような噴煙を引いて高速で接近する大量のホーミングミサイル。それを前にソルティミラージュは機体が空中分解してしまいかねないほどの盛大なマニューバで急旋回すると、ミサイルの群に対して背を向けた。
 この瞬間に爆散してもおかしくないような破損個所だらけのスラスターを限界以上のパワーで噴射しながら更なる加速域へと到達するソルティミラージュだがホーミングミサイルたちも負けてはいない。スラスターから噴煙の糸を引き、瞬く間に着弾寸前まで追いすがる。
 後一歩という所で逃げ切ってはいるものの、ソルティミラージュはどんどん戦場から離れていく。そして、満身創痍のソルティミラージュは次に不具合を起こせば、たとえミサイルは回避できたとしても、もう戦線復帰はできないだろう。
 そんなソルティミラージュをダメ押しとばかりに追い詰めるかのごとくホーミングミサイルは更に迫った。そして遂に着弾というまさにその瞬間、ソルティミラージュは急速に上昇を開始する。
『リミッター解除――こちらソルティミラージュ……仕掛ける』
 無理な加速に加えて上昇まで行ったせいだろう。それに耐えかねてソルティミラージュのスラスターは噴射炎に混じって煙を吹き出し、更には推進目的以外の炎までも吹き出し始める。その様相はあたかも痛みきった身体がする咳に血が混じるようだ。しかしながらソルティミラージュは更にスラスターへと無理をさせ、そればかりか身体中のバーニアを盛大に噴射して姿勢転換を図る。そのせいで、今のソルティミラージュは身体を捻りながら上昇している。
「……ッ! まさか……!?」
 その挙動、そして飛行する軌道を見てローザマリアは何かに気づいたらしい。
 同じ空を飛ぶ機動兵器とはいえ、本来はイコンで行うものではないが、これからソルティミラージュが行おうとしているマニューバは九分九厘『あのマニューバ』に違いないであろう。ローザマリアには確信があった。あの機動から類推されるマニューバは、かつて政府の意向で極秘裏に立案された特殊幼年兵養成計画の一環としてバージニア州リトルクリーク海軍基地にて訓練を受けた際、教本を通した知識として習ったことがある。
 人類史に残る名パイロットの一人に数えられる、とあるエースパイロットが編み出したという空戦機動の大技にして、飛行中に百八十度の姿勢転換を連続して行うことで飛行速度を保ったまま縦方向にUターンする高等技術。その名も――
「……インメルマンターン!」
 ローザマリアが叫ぶと同時、Uターンを終えたソルティミラージュは今までの速度を些かも失することなく敵機の方向へと向けて高速で飛行する。だが、ホーミングミサイルもさるもの。急速回頭されたにも関わらず果敢に反応し、ただの一発として振り切られることなくソルティミラージュに追いすがる。
 だがしかし、それこそがソルティミラージュの、そして庚の狙いだったようだ。
 高速回頭によって敵機の方向を向いたソルティミラージュは未だ大量のホーミングミサイルにロックオンされている。しかし、言い換えればそれはソルティミラージュが大量のホーミングミサイルを引きつれて敵機へと突撃してきたことに他ならない。
 ここにきてようやくソルティミラージュの意図に気づいたのか、敵機は慌てて150mmライフルの銃口を持ち上げると、標的を仕留めることに執心するあまり、よりにもよって自分に向かってくるホーミングミサイルを撃ち落としにかかるが、ただでさえ反動も規格外の150mmライフルを立った状態で手持ちという姿勢、更にはセミオートで撃っているせいか、150mm弾は惜しい所を通り抜けていくも、肝心のホーミングミサイルにはなかなか当たらない。
 ミサイルにミサイルをぶつけて相殺という手もないわけではないが、そんなことをすれば向かってくるミサイルと向かっていくミサイルの爆破が相乗効果を起こし、自分も手痛い巻き添えをくらいかねないのだ。
 そうこうしているうちにソルティミラージュとそれに引き連れられたホーミングミサイルは、もはや敵機の目と鼻の先まで迫っていた。
 已む無く敵機は、残された唯一の火器である二連装ガトリングガンでソルティミラージュとホーミングミサイルを迎撃しようと胸部の装甲版を展開。身体の向きを微調整するべく右脚を一歩前に踏み出すが、それより早くソルティミラージュはエナジーバーストのバリアを最大出力で展開、ガトリングガンの射角がこちらに向く前に鋭角ターンし、ブレイドランスを突き出しながらバリアを纏った機体をぶつける。
 ソルティミラージュの猛攻はそれだけに留まらない。懐に飛び込まれた敵機が咄嗟に左手首に折りたたまれていたクローを展開して突き出してくるが、小刻みなバーニアの噴射による姿勢制御でそれを紙一重で回避。身体を傾けてクローの刺突を避けたソルティミラージュは突撃の勢いを残したまま、さながらクロスカウンターのようにギロチンアームを繰り出した。
『噛み砕け……ッ!』
 繰り出されたギロチンアームは敵機が右手に持っていた150mmライフルの銃身をがっちりとはさみ込む。しっかりと敵機を保持したソルティミラージュはそのまま最後の力を振り絞って敵機を押し出しにかかった。すぐにソルティミラージュの意図を察したのだろう。敵機の足元を走り回っていたトラックもアクセル全開で敵機の向う脛に当たる部分に体当たりし、ソルティミラージュと一緒になって敵機を押し出していく。
 教導団施設を襲撃しに現れた五機のうち最大の機体重量とキャタピラの高速走行を以てしても一機と一台の押し出しには敵わないらしく、敵機はヒラニプラの荒野の赤土に轍を引きながら押し出されていく。
「なるほど……だから……っ!」
 トラックのドライバーに続き、押し出しの意図を理解したローザマリアは来るべき時に備えて全神経を集中させ、精神と呼吸を極限まで安定させる。
 そして、完全にフラットな形へと持ち込んだコンディションでスコープを覗き込む。