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リアクション
stage10
ティー・ティー(てぃー・てぃー)がいい加減自力で歩くことにしたミッツ・レアナンドに向かって叫んだ。
「ミッツさん、こっちです! 急いで!」
「お、おう!」
遺跡を脱出したミッツは生徒達と共に≪機晶ドール≫と≪徘徊するミイラ≫を巻きながら、どうにか森を抜け出そうとしていた。
そんな中、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が耳まで真っ赤にしながらブツブツと呟く。
「不覚ですわ。わたくしがこんな森の中でなんて……不覚ですわ……」
すると、隣を走っていた源 鉄心(みなもと・てっしん)がため息を吐いた。
「服が濡れなかっただけマシだろう。
今更ウジウジ言ったって――ん?」
突然、話の途中で鉄心が足を止める。
何事かと思ったイコナも制止して、鉄心に近づいた。
「鉄心、どうしました――」
「しっ、何かいる……」
鉄心は立てた人差し指を唇に当て、じっと近くの茂みを凝視していた。
微かに人の息遣いと移動してくる音が聞こえる。
鉄心は銃に手を当て、いつでも引き抜けるようにした。
すると――
「ん、おまえは――」
「あら、坊や……」
現れたのはボロボロの≪迷測のマティ≫だった。
傷の深さから脂汗を滲ませる≪迷測のマティ≫は、自身の弱みを見せまいと無理やり笑みを作っていた。
「確か、パーティーの時にあった子よね。あの時はちゃんとお相手できなくてごめんなさいね」
鉄心は銃を引き抜き、イコナを守るように背中に隠す。
「ああ、気にしてないから別にいいさ。
なんだったら今、ここで相手をしてもらえるとありがたいな」
「ふふ……誘ってくれてありがとう。
でもね。今日も先客がいるのよ」
≪迷測のマティ≫が手を振り上げる。すると、周囲から≪機晶ドール≫が次々と現れた。
「代わりにこの子達があなたと踊ってくれるわ」
「…………」
「鉄心!」
異変に気付いたティーがミッツを引き連れて戻ってくる。
すると、鉄心が声をあげた。
「ミッツさんは先に脱出してくれ! 奴らの狙いはその心臓だ!」
ミッツは足を止め、手に持った心臓と鉄心を交互に見つめた。
そして力強く頷くと、この場を鉄心達に任せて、数名の生徒と共に先を目指すことにした。
「ったく、あいつらしつこすぎるっての!」
「ミッツさん、後少しだからがんばってください!」
「頑張る、ったって、運動苦手なんだよなっ!」
富永 佐那(とみなが・さな)が息の上がり始めたミッツの背中を叩いて励ました。
すると、進んでいた道の両脇から≪機晶ドール≫達が現れ、行く手を塞ぐ。
佐那が守るようにミッツの前に立つ。
「ミッツさん! 少しの間、隠れててください!」
「わかった。任せる!」
ミッツが隠れたのを確認して、他の生徒と一緒に佐那が≪機晶ドール≫の迎撃に向かう。
茂みの中でミッツは心臓の入った宝箱を離すまいと抱きしめる。
「絶対、届けるんだ。……ジェイナスに見せてやるんだ」
「……ミッツ」
背後から声がしたため、ミッツは驚いて振り返った。
だが、背後には誰もいない。
首を回して見渡すが、やっぱり誰もいない。
「でも、今の声は……」
聞こえてきた声に覚えがあった。
その時、木の陰から手引きする存在が目についた。
「ジェイナスなのか……」
声の主が何者か確かめるために、ミッツは立ち上がって手招していた木の元へ歩いて行った。
足元に纏わりつく枝を目障りに思いながら、歩を進める。
徐々に近づき、ぼんやり輪郭が見えてきたが、霧のせいで顔までが分からない。
「ジェイナス! ジェイナスなんだよな!」
「……ああ、そうだ」
声が返ってきた事が嬉しくて、ミッツは速度を上げて近づいた。
そして――自分の目で声の主がジェイナスだと確認できた。
「ジェイナス、お前なんでここに――」
「≪三頭を持つ邪竜≫の心臓は?」
「え、ああ。ここにあるよ……ほら!」
ミッツは誇らしげに宝箱を開け、ジェイナスに見せつけた。
「ああ、御苦労さま……」
ジェイナスが口角を吊り上げて笑った。
「ん、ああ。感謝するならあいつらに言ってくれよ。俺一人じゃどうしようもなかっただろうかさ。
それよりお前連絡ぐら――は?」
ミッツは腹に痛みを感じた。
笑みを浮かべるジェイナスから視線を落としていくと、ミッツは自分の腹になぜか剣が突き刺さっているのを目にした。
「な、んで――っ」
ジェイナスがミッツを貫いた剣をゆっくりと引き抜く。口端から血がこぼれ出す。
ミッツは後ずさり、足の裏に力を入れたが、踏ん張れずに仰向けに倒れた。
「本当にご苦労様」
ジェイナスがミッツの手から零れ落ちた宝箱を拾いあげる。
ミッツは傷口に手を当てて、大量に流れる血液を止めようとした。だが、血は止まることなく、指の間から次々と零れ落ちて行った。
立ち去ろうとするジェイナスに、もう片方の手を伸ばすミッツ。
「ジェイ、ナス……」
「…………ふん」
ジェイナスは一度だけ振り返って鼻で笑っていた。
胸の中には悔しいとか悲しいという感情以前に、『なぜ?』という思いしかなかった。
ミッツを残して立ち去ろうとするジェイナス。
その時、ジェイナスに向けて氷の刃が飛んできた。
「ちぃ!」
ジェイナスは無数の刃で構成された銀の翼を展開し、ガードする。
すると、懐に入り込んだフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がジェイナスに斬りかかる。
フレンディスの忍刀とジェイナスの剣がぶつかる。
「え!? ジェイナスさん!?」
「邪魔だ!」
目を丸くして驚いていたフレンディスは、ジェイナスに吹き飛ばされる。
「宝箱をっ!」
「!?」
血を吐きながら叫ぶミッツの声に反応して、フレンディスは吹き飛ばされながらもワイヤークロー【剛神力】で宝箱を弾き飛ばした。
「心臓がっ!」
ジェイナスが宝箱を取りに行こうとするが、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が再び放った氷の刃によって近づけない。
ミッツの傷を見て、フレンディスはまたしても驚いた。
≪迷測のマティ≫を追いかけてきたが、まさかこんな事態になっていると思っていなかった。
「ミッツさん、その傷――」
「僕のことはいい! いまは宝箱を――邪竜の心臓を渡すな!」
フレンディスは一瞬逡巡したものの、頷いて心臓の確保に向かう。
「させるか!」
「マスター!」
ベルクがジェイナスの足止めをしようと魔法を放つ。
その間に宝箱に接近するフレンディス。
「もらいま――!?」
フレンディスが宝箱に手を伸ばした時、いきなり向かってきた≪機晶自走砲台≫を巨大化させたような怪物に襲われた。
機械と植物が混ざったようなその怪物は、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が植えたグルフシードが戦場の怨念を吸い上げて暴走したものだった。
「フレイ!」
「他人の心配をしている場合か!」
怪物に襲われたフレンディスに目がいっていたベルクに、ジェイナスが斬りかかる。ベルクは辛うじて回避しながら、どうにか距離をとろうとする。
怪物によって吹き飛ばされた心臓の入った宝箱は、ミッツの傍に落ちていた。
ミッツは必死に手を伸ばすが、後少しのところで届かない。
「いやいや、こいつが無事でよかった」
宝箱が目の前にやってきた男にとられる。
「お前……」
「僕? 僕は隷属のマカフだよ」
「!?」
そこに立っていたのは機晶姫を助けると言った早見 騨(はやみ・だん)に「それは甘い考えだ」といった守護兵の少年だった。
「さて、僕はこれで――」
「待て!」
≪隷属のマカフ≫が声がした方向を振り返ると、そこには銃を向ける騨の姿があった。騨は生徒達からミッツが一足先に森から脱出しようとしていることを聞き、援護のために後を追ってきたのだった。
騨の背後には≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむの姿もあった。
「諦めろ! もうすぐ他の皆もここにくる! お前の逃げ場はない!」
「ふ〜ん、あっそ」
≪隷属のマカフ≫が宝箱を持って立ち去ろうとする。
「動くな! 撃つぞ!」
「撃つ? できるの君に?
僕の身体は君が助けたいと思う機晶姫だよ?」
「そ、それは……」
「それとも――」
「!?」
騨が戸惑っていると、≪隷属のマカフ≫が素早い動きで懐に忍ばせたナイフを投げた。
「きゃっ!」
ナイフは騨の脇を通り過ぎ、あゆむの脹脛を切り裂いた。
「あゆむ!?」
尻餅をつくあゆむに駆け寄る騨。
「それとも機晶姫は人間じゃないから撃てるのか?
そのメイドみたいにさ。僕らは人間の皮を被ったただの機械だから撃てる。そういうことなのかな!?」
騨の視線があゆむの傷口に注がれる。そこには自分とは違う機械でできた体組織が見えていた。
銃を持つ手が震える。
相手が機晶姫だからとかそういうのが、関係ないことは頭ではわかっていた。分かっていたが故に、心のどこかで相手が他人でないのだから大丈夫だと思ってしまっていた自分に気付いてしまった。
騨は血まみれで苦しそうにするミッツを見た。
本来、銃を撃てばああいうことになるんだ。そして自分はそれをしようとしていた。
「……撃てない」
騨は銃を手放した。
「……やはり甘かったな」
≪隷属のマカフ≫は鼻で笑うと、騨に背を向けて歩き出した。
その時、≪隷属のマカフ≫の手にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の放ったプラズマが直撃する。
「逃がさん!」
ダリルが弾幕を張って≪隷属のマカフ≫を地面に落ちた宝箱から遠ざける。
すると、ミッツが心配で戦闘を抜け出して佐那が、あゆむから事情を聞いた。
「なるほど……」
話を聞き終わった佐那は、真剣な眼差しで宝箱を見つめた。
そして宝箱に近づくと、おもむろに蓋を開けた。
「おい、何を――」
「こんなのがあるからいけないんです!!」
佐那はレーザーキンジャールを心臓に突き刺した。
周囲に寒気を感じさせる悪寒が走った。
宝箱から飛び散る血しぶき。
≪三頭を持つ邪竜≫の心臓は血を大量に噴き出すと、風船のように破裂した。
「あ……ああ……」
ミッツは出血量の問題もあり、気を失った。
「一端引くぞ!」
「わかったよ」
ジェイナスと≪隷属のマカフ≫が撤退を開始する。
ダリルは逃がすまいとフュージョンガンの照準をジェイナスに向け――引き金を引いた。
鳴り響く銃声。白煙を上げる銃口。
そして発射されたプラズマは――
「――なに!?」
間に飛び込んできた≪迷測のマティ≫に心臓を捕えた。
倒れ込む≪迷測のマティ≫をジェイナスが抱きとめる。
「……」
≪迷測のマティ≫は最後にか細い声でジェイナスの名を呼んでいた。
ジェイナスがダリルを睨みつける。
「この借りは必ず返す」
ダリルはもう一度フュージョンガンで狙いを定めるが、≪機晶ドール≫に邪魔されて取り逃がしてしまった。
ジェイナスと≪隷属のマカフ≫と共に敵は撤退し、≪徘徊するミイラ≫も心臓の破壊と共にどこかへ消えてしまった。
ミッツは駆けつけた生徒の治療と病院での手術を受け、どうにか一命は取り留めた。
それから数日――自分がどうすべきか悩んでいた騨は、あゆむの記憶が一定周期で消えることを本人に教えた。
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