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リアクション
stage4 絶対防衛線
「くっ……」
辺りに一面に飛び散る泥。水分を多く含んだ空気中に火薬の匂いが充満する。
激しい地響きと共に≪機晶自走砲台≫の砲撃が遺跡周辺に次々と着弾していく。
生徒達が加わったことにより、≪アヴァス≫は遺跡前に向ける敵の数を増やしてきた。おかげで別行動をしている騨達は幹部達を探しやすくなった。
しかし同時に遺跡前での戦闘は激化し、視界や足場が拍車をかけ、防衛に専念する生徒達は苦戦を強いられていた。
そんな中――
「怖気ずくな! これくらいなら冷静に対処すればどうにでもなる!」
激励の言葉が遺跡前に響き渡り、後退を繰り返していた守護兵達が声のした方角を振り返る。
すると、遺跡の入り口前にボウッと松明の明かりが複数灯り、戦国時代の将軍の本陣のような、いあくが姿を現す。
いあくの中央、巨大な地図を広げた机の向こうに佐野 和輝(さの・かずき)が堂々と居座っていた。
和輝は開いていた扇を畳んで地図を眺める。
「ふむ、とりあえず――」
その時、霧の向こうから近づいてくる≪機晶ドール≫の姿が微かに見えた。
怯え、後ずさる守護兵。
その様子を眺めながら、和輝は冷静に――
バッ
と、音を立てて開いた扇を≪機晶ドール≫に向けた。
すると、≪機晶ドール≫の前方にいくつもの柵が地面から突き上げてきた。
行く手を塞がれた≪機晶ドール≫は、たまらず足を止める。
「甘いな。すでに貴様らの行動は予想済みだ。
アニス、追撃だ!」
「うん、まっかせてぇ〜♪」
アニス・パラス(あにす・ぱらす)は足の止まった≪機晶ドール≫に次々と魔法を叩き込み、行動不能にしていった。
「アニス、よくやった」
「えへへ♪ これくらいなんてことないよぉ」
「おい、お前たち。砲撃を食らいたくなかったら、この本陣より後ろに下がれ。
遺跡を傷つけないように、砲撃は一定の距離までしかしてこないからな。
後、勝手に前には出るな。この霧の中で他の奴に仕掛けてもらった罠がいたる所にあるからな。前へ進む勇気のある奴は、他の奴と同じように通信端末を持って指示を仰げ」
和輝の話を聞いた守護兵達のほとんどは顔を見合わせて、本陣の後方へと下がっていった。
「では改めて……」
和輝は改めて目の前の机に広げられた遺跡周辺を表した地図を見やる。
地図には所々マークがしてあり、それらは罠や敵の情報を示していた。
「アニス、悪いが情報を纏めるのを手伝ってくれ」
「おっけぇ〜♪」
和輝は斥候に集めさせた追加情報を纏めた紙をアニスに渡した。
「にゃは〜っ、和輝。なに記入すればいいのぉ?」
「敵の居場所……特に砲台の居場所を頼む」
「おっけ〜」
アニスは嬉しそうに両手を挙げて返事をすると、地図の上にサインペンで赤や青の丸を書いていった。
一通り書き終ると、和輝は地図を見渡して出来栄えに感心する。
「よし、これで敵の場所がわかったな……久秀!」
「ここにいるわよ」
和輝の呼びかけに答えて松永 久秀(まつなが・ひさひで)が本陣に入ってくる。
「この辺りが手薄になってると思われる。
何人か引き連れて向かってもらえるか?」
「いいわよ。後、砲台があるみたいだし、この辺に誰か向かってもらった方がいいわね」
「戦場のど真ん中だな。これは守護兵より、誰か生徒の方がいいな。
ここだと……柊達が近いか。御凪に頼んで連絡をとってもらおう」
「そうね。じゃあ、少しでもうまくいくためにももっと引きつけないといけないわね」
そう言うと久秀は本陣を出て、後方で休んでいた守護兵達の前に立った。
「あんたたち、いつまで休んでいるつもりなの!?」
突然の久秀の大声に、守護兵は目を見開いた。
「これより、作戦を成功させるための陽動をかけるわ!
手が動かせる者は和輝の所へ行きなさい! 走れる者はこの久秀と共に来なさい!
何もしないものが生き残れると思うな! 生き残りたいなら戦いなさい!」
久秀の言葉に守護兵達は顔を見合わせ、ある者は気合の入った表情で、あるものは不安そうに、それぞれの思いを胸に立ち上がった。
その光景に興奮を覚えた久秀は、軽く身震いをして少し嬉しそうに笑う。
「ふふっ、楽しくなってきたわね……」
守護兵達は久秀に指示に従って行動を開始した。
森の中、比較的乾燥した場所で、崎島 奈月(さきしま・なつき)は落とし穴キットを使って落とし穴を作っていた。
「ふぅ……」
奈月は額の汗を拭いながら、完成した落とし穴を満足げに見つめていた。
すると、空中を飛んでいたヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)が不安そうに声をかけてきた。
「ねえ〜、奈月」
「なにヒメリ?」
「思ったんだけどぉ。これ成功するのぉ?」
「え?」
奈月は落とし穴の前にエステ用ローションをばら撒いていた手を止め、不思議そうにヒメリを見上げた。
「するよ、きっと。だって、ほら落とし穴があるって全然わからないよ!」
「そんなに自信満々にいわれてもなぁ」
「大丈夫、大丈夫」
「…………はぁ」
ヒメリはため息を吐いていた。
準備が整った所で、奈月はスズメの状態に変形したスパロウアヴァターラ・ソードを使って、≪機晶ドール≫をおびき寄せることにした。
奈月は≪機晶ドール≫がちゃんとついてくるか、草むらから様子を窺う。
「ほぉら、追って来て……よし」
目の前をうろちょろするスズメを邪魔に思った≪機晶ドール≫が、思惑通り追いかけてきた。
スズメが≪機晶ドール≫から付かず離れずの間隔で、落とし穴に近づく。そしてその落とし穴の前には、ヒメリが待機していた。
「きましたねぇ」
ヒメリを見つけた≪機晶ドール≫が標的を変更して向かってきた。
体を前のめりにして一気に物凄い勢いで近づいてくる≪機晶ドール≫。
ヒメリは意識を集中させ守りを固める。首筋をダラリと汗が流れた。
≪機晶ドール≫が懐からナイフを取り出した。
「それはっ、まずっ――!?」
突き出してきたナイフを、身を翻して躱したヒメリ。だが、流れるような動作で続けざまに繰り出された回し蹴りの方は躱せず、背後に飛ぶことでダメージを減らしたものの大きく吹き飛ばされた。
そして――≪機晶ドール≫がヒメリに向かって跳躍。
「ええ!?」
草むらから驚いて飛び出す奈月の目の前で、≪機晶ドール≫は落とし穴を飛び越えた。
そこに落とし穴があるとわかって跳んだというよりは、ヒメリを追いかけたら偶然飛び越えてしまったという感じだった。
「これは……」
「ヒメリ!」
「やらせないわ!!」
「!?」
ふいに死を覚悟したヒメリを巨大な影が覆い、金属がぶつかる音が鳴り響いた。
ヒメリからは顔が見えないその人物は、仲間の危機に駆けつけた想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)だった。
瑠兎子はナイフを受け止めたタートルシールドを持つ手に力を込める。
「このっ、離れなさい!」
瑠兎子はタートルシールドでナイフが弾くと、≪機晶ドール≫の腹に蹴りを入れた。
ふらつき、数歩後ずさる≪機晶ドール≫。
瑠兎子が背後の想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)を振り返る。
「今よ、夢悠!」
「わかった!」
夢悠は≪機晶ドール≫に向けて【遠当て】を放った。攻撃を食らった≪機晶ドール≫が後ずさる。そしてローションに足を滑らせ、落とし穴へと落下した。
「ちょっと、あんた何してるの! 出番よ!」
「あ、はい! それっ!」
瑠兎子の突然の登場に呆然としていた奈月は、慌てて落とし穴の中にいる≪機晶ドール≫に【シューティングスター☆彡】を放った。
降り注ぐ星のような物を連続で食らって、≪機晶ドール≫は気絶した。
「うわ……成功、だよね」
作戦の成功の実感がすぐに沸かなかった奈月は暫し呆然としていたが、頷いて肯定する瑠兎子を見て、徐々に喜びが込み上げてきた。
「ぅぅぅ〜やった! やったよ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ奈月に、周囲も笑顔になっていた。
すると、夢悠がヒメリに近づくと、膝を地面につけて尋ねた。
「怪我してる所はない?
どこか痛めてるなら治すよ」
「あ、そうだ。ヒメリ、大丈夫!?」
「――」
奈月が心配して近づくと、ヒメリはなんだかムスッとした表情をしていた。
「前からだからわかってたけどぉ。無茶な事が多すぎますぅ」
「ご、ごめん。次はもっとしっかりした作戦立てるから。
ねっ、ねっ?」
「むぅううう」
そっぽ向くヒメリに奈月は必死に謝っていた。
すると、瑠兎子が提案をしてきた。
「じゃあ、今度はワタシ達も協力しようかな」
「え、いいの?」
「もちろんよ。困った時はお互い様でしょ。
……そうね。ワタシが囮を引き受けて、夢悠はいざという時の援護と治療とかでどうかしら?」
「お願い……しようかな。
それだったらヒメリも安全だよね?」
奈月が尋ねると、ヒメリはぼんやりした眠そうな目で瑠兎子を見た。そして暫く見つめたままの後、ようやく口を開く。
「……でもぉ、迷惑じゃないですかぁ?」
何を言い出すか構えていた瑠兎子は、一瞬きょとんとした表情をした。だがすぐに、優しい笑みを浮かべる。
「いいのよ。別に気にしないで。仲間でしょ?
夢悠もいいよね?」
「うん。オレはいざという時の援護攻撃と、回復治療をやらせてもらうけど、何か手伝って欲しいことがあったら何でも言って」
夢悠が握手を求めるように手を伸ばす。ヒメリはその手と夢悠の顔を交互に見つめたのち、自身の小さな手で握手を交わした。
「じゃあ、早速落とし穴作戦を始めようか……」
握手を終えて立ち上がった夢悠は、ふいに視線を落とし穴へと向けた。
そして奈月に向き直って尋ねる。
「あのさ……」
「なんですか?」
「あそこで気絶しているのはどうする?」
落とし穴では未だに≪機晶ドール≫が気絶したままだ。しかし、このまま放っておいては起き上がった際にまた襲われる恐れがある。
「ああ、それなら、縄で縛ってしまいましょう!」
奈月はヒメリからロープを受け取ると、≪機晶ドール≫を捕えるために落とし穴へ駆け出した。
そして落とし穴を目の前にして――転んだ。
ベタンッといい音を鳴らして倒れた奈月の鼻先は、赤くなっていた。
奈月は恥ずかしそうにしながら立ち上がろうとするが、何度も転んでしまい、起き上がることが出来ないでいた。
「た、助けて……全然、起き上が――ぎゃぷっ」
全身ローションまみれになった奈月は、もがきながら必死に救助を求めていた。
「……仕方ないですぅ」
その様子を見ていたヒメリはため息を吐くと、飛んで奈月を助けに行った。
「了解だ……」
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、御凪 真人(みなぎ・まこと)経由で受けた和輝からの指令を承諾する。
恭也は銃型HC弐式をしまうと、前の方で交戦しているリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に指令の内容を伝えようとした。
「なぁ、今連絡があっ――っ!?」
「――――!!」
リカインの放った【咆哮】に、恭也は思わず顔を顰めて耳を塞いだ。
「おいっ! おーい!」
恭也が必死に声をかけるが、連続して放たれる【咆哮】にかき消されてしまう。
このままでは一向に会話ができない。
「……仕方ない」
そこで恭也は一端離れると、落ちていた石ころを拾い上げ、リカインに向けて投げた。
恭也がサイドスローで投げた石ころは物凄い勢いで風を切り――
「――んぎゃぅ!?」
「よし!」
リカインの首に直撃した。
強い衝撃を受けたリカインは、【咆哮】をやめてガッツポーズをとる恭也を振り返り、叫んだ。
「何するのよ! めっちゃ骨に当たったわよ! 骨! ピンポイントに脊髄直撃コースだったわよ!」
「知ってる。俺、目は良い方だからさ」
「わかっててやったんか!?」
「偶然、さ。まぁ、おまえ堅そうだから大丈夫だろ?」
恭也の言葉に、リカインは地団駄を踏んで怒っていた。
ブツブツ文句を言うリカイン。
いちいち反論していたらキリがないと思った恭也は、無視して話を進めることにした。
「さっき、砲台を潰してくれって連絡があったんだけど、一人で突っ込むのはあれなんで一緒に同行してくれ。
俺が突っ込むから、少しの間敵を引き付けてくれればいいからさ」
「……はぁ……ワカリマシタヨ」
リカインはため息を吐くと、嫌々承諾してくれた。
その時、遥か後方で天を貫くような稲妻が発生した。
だが、霧の隙間から見える空には太陽が照りつけている。
「いきなり雷?」
「いや、アニスとか言う女の子の攻撃だろう。
さっき連絡が来た時に聞いた。それで――」
恭也が言い終わる前に、それほど離れていない森の中から数発砲弾が発射された。
弧を描くように飛んでいく弾丸は、数秒後に稲妻が発生した周辺に着弾する。
そして、恭也の銃型HC弐式に敵の予測位置情報が伝えられる。
「派手な攻撃の後には必ず砲撃が発生するから、それから場所を特定して襲撃しろとさ」
恭也は送られてきた情報を確認しながら話していた。
リカインが腕を組んで感心する。
「なるほどね。それじゃあ、さっさと砲台を破壊して皆を助けるとしましょうか」
「ああ。ただ、そこまで詳しい情報がないようなんで、そこは任せる」
「了解よ」
リカインは【超感覚】を発生させると、聴覚と嗅覚で駆動音や火薬の匂いを探った。
たぬきの耳と尻尾がピクピクと動く。
「こっちよ!」
リカインが走り出し、恭也も後を追う。
緑色の葉が空を埋める木々の生い茂った中を駆け抜ける。
湿った土地に足をとられないよう注意しながら、ひたすら前へと進む。
そして――
「見つけた!」
忽然と拓けた空間に、≪機晶自走砲台≫が数体砲身を遺跡の方角に向けて並んでいた。
恭也とリカインが≪機晶自走砲台≫を破壊しようとその空間に足を踏み入れた瞬間、どこからともなく≪機晶ドール≫が現れた。
「ここは私に任せて!」
「ああ、頼ん――」
走りながらリカインを振り返った恭也は思わず耳を塞いだ。
そして大音量の【咆哮】が≪機晶ドール≫を攻撃する。
「っぅ……頼んだ」
「おっけー」
恭也は改めて走り出す。
≪機晶自走砲台≫は恭也の存在に気づき、砲身をゆっくりと向けてくる。
「やらせん!」
恭也は走りながら機晶スタンガンの狙いを定め、トリガーを引いた。
攻撃が直撃した≪機晶自走砲台≫の内部を激しい電流が駆け巡り、ボンッという音を立てて白い煙を上げる。
≪機晶自走砲台≫の体が大きな音を立てて地面に落下する。
「次だ!」
恭也は次々と機晶スタンガンで確実に≪機晶自走砲台≫を仕留めていく。
そうして目の前の≪機晶自走砲台≫は全て撃破された。
「これで全部か……そっちはど――!?」
背後を振り返った恭也は目を丸くした。
「ん、どうしたの?」
「いや、これは……」
不思議そうに首を傾げるリカインの足元に倒れる≪機晶ドール≫の中に、足がもげたり、胴が窪んでいたりするものがいる。
離れた位置には【咆哮】で痙攣を起こして動けなくなった者もいるが、足元のはそれとはまた別のもののようだ。
「あの……何やったんですか?」
「何って……普通に叩いただけよ? ……これで」
リカインが七神官の盾を掲げて見せる。
とても丈夫そうな盾だが、それ以外のなにものでもない。
むしろ原因があるとすれば――
「…………」
恭也はリカインの鎧に目を向ける。そこには、レゾナント・アームズと怪力の篭手が存在していた。
「……ん?」
色々言いたいことはあったが、恭也は深く追求しないことにした。
「さて、次いくか……」
恭也は改めて思った。
機晶姫にも心があるんだ。それをくだらねぇ事に利用するなんて……絶対許せねぇ!!
恭也は決意する。
早くこの戦いを終わらせ、犠牲者を最小限に抑えよう、と。
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